伝説のF1チャンピオンが作った航空会社

ラウダ航空のB737-800。最新の旅客機です。
見えませんが尾翼のマークには 「サービスこそ我々の成功」 と書かれています


セレブはヒコーキ好き?

 世界の有名セレブや著名人の中には、ヒコーキ好きな人が結構います。たとえば自身もパイロットのライセンスを持っている筋金入りのヒコーキ好き、ジョン・トラボルタは有名です。大の航空機マニアで、多数の飛行機を所有するだけでなく、2004年には所有するジェット旅客機ボーイングB707を自ら操縦し来日していました。

 好きかどうかは不明ですが、エルビス・プレスリーのように自家用として旅客機を個人所有している有名人もたくさんいます。ちなみにプレスリーが所有していた旅客機は、コンベア880(娘の名前を付けリサ・マリーと呼ばれていました)。ちなみにこのプレスリーのコンベア880(リサ・マリー)は、エルビスの故郷テネシー州メンフィスの「Presley's Graceland Museum」に展示されています。

F1の世界チャンピオンが設立した航空会社

 しかしいくらヒコーキ好きでも自分で航空会社を作ってしまった人はそうはいません。今回紹介する有名人はF1チャンピオンから航空会社を興した、ニキ・ラウダ(彼もパイロットのライセンスを持っています)です。

 1975年にF1の世界チャンピオンになったニキ・ラウダは、翌年のドイツGPで激しいクラッシュを起こし瀕死の重傷を負ってしまいます。しかしその1カ月後、ラウダはサーキットに復帰、1977年には再び世界チャンピオンの座を獲得。そして1979年にはF1を引退し、航空会社を設立します。そうその名もラウダ航空。

 ラウダ航空は当初、定期便の運航が認められずフォッカー27フレンドシップでチャーター便を運航するにとどまっていました。会社としては忍耐の時期だったわけですが、1982年にラウダはF1に復帰。なんと1984年にはマクラーレンのドライバーとして3度目の世界チャンピオンの座を獲得します。いやはや凄い人ですね~。しかし1985年にはモータースポーツ界から完全に引退し、航空ビジネスに専念します。旧式だったフレンドシップを双発ジェットBAC111に変更し、旅行会社のITAS社と提携し業績を上げていきます。

ラウダ航空はサービスも充実

 1988年にはとうとう念願の定期便の運航が許可され、ウィーン/香港、バンコク、シドニーへの路線を開設するなど、着実に路線を増やしていき、1997年にはオーストリア航空グループの一員に、2000年3月にはスターアライアンスにも加盟するなど、世界を代表する航空会社の1つとなるのです。

 そんなラウダ航空ですが、ユニークなサービスがウリ。客室乗務員のユニフォームは黒いジーンズと赤いキャップ。機内のBGMは、ビートルズをはじめとするちょっと懐かしいポップスが流れます。シートエンターテインメントも充実していて、ビデオやオーディオはもちろん、ゲームから電話、カジノまで楽しむことができます。また機内食の美味しさでも有名です。

 所有している旅客機にも1つ1つ名前が付けられているのですが、これまた実在の有名人などの名前。たとえばジェームス・ディーン、フレディ・マーキュリー、ジョージ・ハリソン、グレゴリー・ペック、マリア・カラス、グレタ・ガルボなどなど。

 残念ながら日本線への定期路線はありませんが、一度は乗ってみたい航空会社の1つといえるでしょう。

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近井コアラ

69(ロック)な生まれ(69年生まれ)がちょっと自慢な音楽と旅をこよなく愛する三十路。旧ソ連を皮切りに旅した国は30数カ国。旅は食にこだわりたい食いしん坊だが、高級かどうかは問わない雑食。少しでも旅のスパイスになるような情報を発信していきたいと思ってます!!

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