さよなら、クラシック・ジャンボ!その姿は空の旅を変えた! ボーイング747 愛称“ジャンボ”

7月31日に新千歳→成田、ホノルル→成田のフライトでいわゆるクラシック・ジャンボと呼ばれるボーイング747が日本の空から退役することとなりました。現在、日本航空の6機のB747-300が日本に残るクラシック・ジャンボですが、すべて退役となります。7月31日のラストフライトで成田空港に到着後、同空港で記念式典が開催される予定です。今回と次回の2回にわたって、クラシック・ジャンボについてお話していきたいと思います。今回はその開発の歴史に関してお話していきましょう

クラシック・ジャンボ(在来型とも呼ばれます)とはボーイング747の-300までの機種を表します。B747は-400から大幅な近代化(顕著な例をあげるとコクピットの自動化により3メンクルーから2メンクルーでの運航を可能にしたこと。コクピット計器のグラスコクピット化)を図り、それと区別するためにクラシック・ジャンボ(在来型)と呼ばれるようになりました(クラシックと対応して-400のことは、ハイテク・ジャンボ、テクノ・ジャンボと呼ばれます)。

ボーイング747の開発の契機となったのは、アメリカ空軍の超大型長距離次期輸送機(CX-HLS)計画であったことはご存知の方も多いでしょう(ボーイング側には、この計画前にももっと早くから将来の長距離大型旅客機の開発構想はあったそうです)。このCX-HLS計画は1962年に空軍の正式プログラムとして取りあげられ、ボーイング、ロッキード、ダグラスの3社が選考に進みました。このCX-HLS計画というのは当時としては桁外れなもので、エンジン4発搭載型、総重量249t(55万ポンド)、積載量81.6t(18万ポンド)およびマッハ0.75(805km)で飛行可能という性能が求められました。結局のところ、1965年9月30日にロッキードが担当会社に選定され、ボーイングは敗れることとなりました(ちなみにこのロッキードが開発した軍用機はC-5ギャラクシーとして現役で利用されています)。当時のボーイングは民間旅客機の分野でも、長距離ジェット旅客機の分野においてB707の胴体延長型の開発に失敗し、DC-8に大きく水をあけられていたところでしたので、CX-HLS計画の敗北とともに会社として大きなショックを受ける出来事だったのです。

しかしボーイングはこの敗北によって、ボーイング747をボーイング独自の純粋な民間旅客機として開発することに全力をかけることになるのです。ボーイングは市場の要求に見合う大型機の必要とされる4つの設計目標を掲げました。
●1970年代中期の市場動向を見越し、それに見合った容量を提供する
●旅客および貨物の双方に等しく適合した航空機を設計する
●既存の空港から、最低の離着陸騒音で運航できる航空機を設計する
●運航経費(座席マイル経費)を既存機の平均より20~30%低くなるように設計する

ここからボーイングは、CX-HLS計画の提案計画を活かしつつ、主翼は高翼から低翼に変更し、客室も全2階建てから、緊急時の脱出に時間がかかることや貨物機とした場合に主デッキのスペースが狭くなるとともに使いにくいことなどの理由から主客室を1階に置き、操縦席を2階にあげ、その後方にラウンジなどのための小スペースを設け、貨物を客室の床下に搭載するなどの機体構成に最終決定されたのです。こうした機体の基本設計は1966年2月までにまとめられ、型式仕様書を完成させ、航空会社への提案説明が開始されました。そして当時のアメリカのフラッグキャリアともいえるパンアメリカン航空が4月13日に25機を発注したことから、ルフトハンザ ドイツ航空、日本航空、ノースウエスト航空、英国海外航空(BOAC)、トランス・ワールド航空、ユナイテッド航空などが次々に発注を行い、ボーイング747はその一歩を歩き始めたのです。

1968年9月30日に初号機がロールアウトし、1969年2月9日に初飛行を行いました。初飛行するまでにアメリカの7か所で、合計1万5000時間を超える風洞実験が行われ、7万5000枚におよぶ設計図が描かれました。

b747_pa.jpg
ちょっとレジ番号は見えないかもしれませんが、この機体はパンアメリカン航空に最初に引き渡されたB747-100(N747PA)です。ボーイング747の成功はパンアメリカン航空が一助を担っていたといっても過言ではありません。実はまだボーイングが正式な型式仕様書を完成させる前の計画段階時であった1965年にパンアメリカン航空は、なんと22機ものボーイング747を購入するというレター・オブ・インテント(発注趣意書)にサインしていたのでした。CX-HLS計画にボーイングが敗北したわずか2か月後のこと。当時のパンアメリカン航空の先見の明には脱帽してしまいますね。

そして1970年1月21日、パンアメリカン航空によってニューヨーク/ロンドンの大西洋路線に就航しました。この記念すべき最初の商業フライトを行ったボーイング747(レジ番号:N747PA)は、座席数370席、最大離陸重量は約322トン、航続8895kmでした。

ボーイング747はその大きさだけではなく、形態や装備においても当時の在来機にはなかった多くの特徴を備えたものでした。たとえば操縦計器において、慣性航法装置(INS)の民間機初の採用や、2本通路(ワイドボディ)で10列配置の座席、ハット・ラックにかわる扉つきのストウェージ・ビン、壁面間接照明、映画や音楽などの機内エンターテイメントの本格的な導入などなど、その後の大型機の雛形となった機体でもあったのです。

計画スタート時には、現在でもボーイング747-8などの新型まで続く大ベストセラー機になるとはボーイング側でも予想していなかったようですが、ボーイング747はボーイングを世界一の旅客機メーカーの地位を確立する1つの要素となったことは間違いありません。

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近井コアラ

69(ロック)な生まれ(69年生まれ)がちょっと自慢な音楽と旅をこよなく愛する三十路。旧ソ連を皮切りに旅した国は30数カ国。旅は食にこだわりたい食いしん坊だが、高級かどうかは問わない雑食。少しでも旅のスパイスになるような情報を発信していきたいと思ってます!!

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