2011年04月22日

次世代国産リージョナルジェット機「MRJ」組立開始!

三菱重工業と三菱航空機は4月5日、次世代リージョナルジェット機「MRJ」の組立を開始したことを発表しました。個々の部品の製作は昨秋よりスタートを開始していましが、今回の組立開始は、2012年に初飛行を予定しているプロジェクトが着々と進捗していることがわかります。

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このたび機体の組立が開始されたMRJの完成イメージ図。国産旅客機としてはYS-11以来40年ぶりとなる日の丸ジェットのお披露目ももうすぐです。日本の空で世界の空でたくさんの姿を見たいものです。(Image/MITSUBISHI AIRCRAFT CORPORATION)


記念すべき最初に取り組まれた場所は、操縦室の天井部分にある乗員用非常脱出扉周囲の井桁構造の鋲打ち。これを記念して三菱重工業の飛鳥工場で同日に「MRJ鋲打ち式」が開催されました。三菱重工業は今後、MRJの胴体・主翼・尾翼などの主要構造部品を製造するほか、多数のパートナー企業が現在製造を進めている各部位が仕上がるのを待ち、胴体や主翼を組み立てた後、三菱重工業の小牧南工場で主翼接合などの最終作業が行われることとなります。

今回の震災の影響について三菱航空機の江川社長は「調査中だが、2012年初飛行、2014年初納入の開発スケジュールは変更しない」と述べています。また「MRJは(東日本大震災で)大きな打撃を受けたわが国が、再び雄々しく飛び立つ希望の象徴だ」と抱負を語りました。

またこれに先立つ4月4日には、オランダのアムステルダムに三菱航空機100%子会社の現地販売会社の設立も発表しています。世界のリージョナルジェット機(100席以下)の需要は、今後20年間で約5000機と見込まれており、ヨーロッパ市場はその約3割の1500機が見込まれています。三菱航空機では今後20年間で約1000機の販売を目標としており、ヨーロッパが主戦場となる可能性が高く、現地法人の設立が受注獲得の大きなステップになることが期待されています。5月1日にアムステルダムで設立される海外販社は、2008年11月に設立されたアメリカに続き2社目となります。

現在MRJは全日空とアメリカのトランス・ステーツ・ホールディングス社の2社へ計125機の納入が決まっていますが、採算ラインは350機程度と試算されているので、この2社以外の動きがないのが厳しいところです。しかし、ヨーロッパでもMRJの関心は高いとされていますので、今後の販路拡大に注目したいです。
※トランス・ステーツ・ホールディングス社は、傘下にトランス・ステーツ・エアラインを持ち、ユナイテッド航空とUSエアウェイズから地方都市への路線運航を請け負っています。米国内の50都市を結び、現在はブラジルのエンブラエルのERJ145を運用中です。

●MRJについて
MRJは「三菱リージョナルジェット(Mitsubishi Regional Jet)」の略で、三菱重工業が開発を進めてきたが、2008年より子会社の三菱航空機が計画を進めています。MRJは、運航経済性と客室快適性を備えた70~90席クラスの次世代リージョナルジェット機。2010年9月に発表された三菱航空機プレスリリースによれば、初飛行を2012年第2四半期に、初号機の納入(全日空)は2014年第1四半期を予定しています。

2011年03月10日

ありがとう!JALジャンボ

日本航空のジャンボジェット、ボーイング747-400D(2月20日)とボーイング747-400(3月1日)が退役しました。

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ボーイング747-400DのDはDomesticの略で、国内線向けモデルです。これは短距離路線を大型機で輸送するという日本の特殊な事情から必要となったモデルで、ダッシュ400の特徴であるウィングレットがなく(短距離の国内線では燃費低減の効果が少ないため)、外観はボーイング747-300と似ています。性能的には最大離陸重量が引き下げられていて、約276トン。また胴体や床面の構造強化がダッシュ400から改造されています。この機体も日本航空と全日空のみが発注しました。


国内線仕様のボーイング747-400Dは2月20日、JAL1024便として那覇→羽田がラストフライトとなりまし。便名は19日に同機が羽田から新千歳に向かったJAL3152便とつなげると「最後に飛ぶよ」となる語呂合わせにしたそうです。ラストフライトの機体となったのはレジ番号JA8084でボーイング社の製造番号は25214、ラインナンバーは879。ドリームエクスプレスとしてスペシャルマーキングをまとった機体でもあります。

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写真はJA8089。ダッシュ400は2メン・クルーの実現、ハイバイパス・ターボファンエンジン、FADECシステム、ウィングレットなどなど長距離・大量輸送とともに低燃費を実現した画期的な機体でした。


国際線仕様のボーイング747-400のラストフライトは2機で、3月1日にそれぞれ国内線の那覇→成田のJAL3098便とホノルル→成田のJAL75便。那覇便のレジ番号はJA8077、ホノルル便はJA8089でした。JA8077は、ボーイング社の製造番号は24784、ラインナンバーは798、JA8089は製造番号は26342、ラインナンバーは905。


本ブログでも何度か紹介してきましたが、日本航空は1970年にクラシック・ジャンボを導入して以来、旅客型を100機、貨物機12機の計112機のジャンボを運用してきました。国内線での大量輸送という日本ならではの特殊な事情から、日本航空のジャンボはバリエーションが豊富なのも特徴です。ボーイング747-100~400までの各シリーズのほか、747SR(日本航空と全日空のみ運用)、747-100B/SUD(747-300のボディに747-100のエンジン、747SRの足まわりという異端児。世界に日本航空のJA8170と8176の2機しか存在しませんでした)、747-400D(こちらも日本航空と全日空のみ運用)と世界一のジャンボオペレーターの面目躍如といったところでしょうか。

それではクラシック・ジャンボと今回退役したダッシュ400(ハイテクジャンボ)違いの中で、革新的に変化した部分を紹介していきましょう。クラシック・ジャンボとダッシュ400では、同じジャンボといいながら、まったく別モノといってもいいくらいの革新的な進化がありました。

まず大きな革新としては、フライトエンジニアをなくし、2メン・クルーとなったフライトデッキです。ボーイング757/767で導入されたデジタルシステムを導入したダッシュ400は、コクピットに8×8インチのCRTディスプレイが6面並び、システムが集積・統合され、その制御と監視が自動化されたのでした。次にエンジンのコントロールです。クラシック・ジャンボでは、エンジンの制御はケーブルと油圧によるコントロールシステムでしたが、ダッシュ400ではFADEC(ファデック=Full Authority Digital Engine Controls)とよばれるシステムになり、ケーブル・油圧システムは電気に置き換えられ、サーボによる動作で制御されるようになりました。これにより出力の微調整に職人技が必要でなくなり、エンジン運用の限界超過にプロテクションがかけられるようになりました。さらにFMS(フライト・マネジメント・システム)と統合されたことで、フライトフェーズにおけるオートスロットルが可能となり、経済性を追求した最適出力を自動的にコントロールできるようになりました。

見た目の大きな変化のひとつ「ウィングレット」もそのひとつ。ボーイング747-400Dは取り付けられていませんでしたが、クラシック・ジャンボとダッシュ400を区別する大きなポイントがウィングレットです。ウィングレットは、誘導抗力を減少させて燃料消費率を低減させることに成功しました。高速巡航時の抵抗減のほかに、低速時のマニューバリング向上にも一役かっています。ちなみにダッシュ400の全体からみたら小さく見えますが、ウィングレットのサイズは長さが6フィート(約2メートル)、付け根部分の幅が10フィート(約3メートル)と意外に大きいものです。素材にはカーボン、アルミニウム、ファイバーグラスが使われ、1個あたりの重さは66kgという軽さなのです。

大量輸送時代に適材適所として現れたジャンボ。日本の航空事情にマッチし、日本だけのジャンボまで登場し、乗員に乗客に愛された名エアライナー。日本航空から惜しまれつつ引退しました。全日空に残るジャンボも数少なく、国際線からは3月中にも姿を消し、2015年にはすべてのジャンボが勇退することが決まっています。ジャンボで空の旅を楽しむ機会がありましたら、ぜひその勇姿を楽しんでください。

関西国際空港では、3月19日から5月15日まで、関空展望ホール「Sky View」で、「JAL-ありがとうジャンボ-in KIX」を開催します。歴代機材の大型模型や当時のポスターの展示や記念グッズの販売、パイロットのトークショー、客室乗務員との記念撮影などが予定されています。関空にお寄りの際は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

●JAL-ありがとうジャンボ-in KIX
http://www.kansai-airport.or.jp/play/event/event_110301/index.html


2011年02月20日

3月26日、エアバスA300-600R日本の空から退役

航空ファンの間で「空の女王」と呼ばれている機体があります。それは1981年に東亜国内航空(日本エアシステム→日本航空)が導入したエアバスA300B2のことで、なぜかというと登場時につけられた「空の女王ヨーロピアン・エアバス」というキャッチコピーによるものです(これ以降、日本の航空ファンはエアバスA300シリーズを、またエアバスの機体のことを「空の女王」と呼ぶことが多いようですね)。日本の航空会社が導入した初のエアバス機となりました。

そのエアバスA300シリーズで日本の航空会社で現在運航されているのが日本航空のエアバスA300-600Rですが、3月26日に全機退役することとなりました。今回はエアバスA300シリーズの開発経緯について紹介していきたいと思います。

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1991年に導入されたエアバスA300-600R。エアバスA310のグラス・コクピットや各種自動化をすすめたハイテクコクピットをそのまま採用し、2メン・クルーを実現した機体です。日本エアシステム時代に22機の導入が決定され、最後の22機目(JA016D)は最初から日本航空カラーで納品されました。そしてエアバス社において最後のA300シリーズ製造機にもなりました。


エアバスA300シリーズはエアバス社創立の基となった機体でもあります。1960年代に入るとジェット旅客機の技術が向上していたとき、アメリカではボーイング、ダグラス、ロッキードといった航空機メーカーは、ワイドボディ機の開発を進めていました。もちろんヨーロッパの航空機メーカーでもワイドボディ機の開発の検討をはじめていましたが、アメリカのメーカーに比べ、資金力が弱く、このままではヨーロッパ市場をアメリカ製旅客機に奪われてしまうということにもなりかねない事態になっていました。

そこで、検討されたのが国際共同開発。1967年にイギリス・フランス・西ドイツ(当時)は各国のメーカーが個別に開発していた開発案を1つにまとめて共同開発する予備協定を結んだのです。3か国が選定したメーカーはそれぞれ機体メーカー1社とエンジンメーカー1社ずつで、イギリスからはホーカー・シドレー・アビエーションとロールス・ロイス、フランスはシュド・アビシオン(後のアエロスパシアル)とスネクマ、西ドイツはドイッチェ・エアバスとマン・ツルボ・ウニオンの6社。開発計画機体は、300人乗りクラスのワイドボディ機であったことからプロジェクトは「ヨーロッパ・エアバス300計画」と呼ばれるようになりました。

後にロールス・ロイス社がトライスター計画に集中することとなり(これにより、計画は旅客収容数を減らした「A300B」に変更されることとなります)、イギリスは参加しない方向になってしまいました(しかし、ホーカー・シドレー・アビエーションは私企業としてプロジェクトに参加します。以降、ブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーションと合併し、ブリティッシュ・エアロスペースとなった後の1979年1月になってフル・パートナーとなります)。

そしてフランスと西ドイツによる協定は1969年5月29日に調印され、1970年12月に絵エアバス・インダストリーが設立されました(後にオランダ、スペインが加わります)。1969年5月29日のパリエアショーにて正式に開発が決定されたエアバスA300は、世界17か国、1400社以上が計画に加わり、1号機であるエアバスA300B(F-WUAB、後F-OCAZ)は1972年10月28日に初飛行したのです。実際の量産型はA300B2となり、この1号機(F-WUAD)は1973年6月28日に初飛行し、1974年5月11日にエールフランスに引き渡され、23日から就航を開始しました。

日本の空には、1981年から東亜国内航空(現日本航空)がB2型(近距離タイプ)を9機、1986年からはB4型(燃料タンクを増設した中距離タイプ)を8機、日本エアシステム(現日本航空)が1991年からA300-600R型(エアバスA310のコクピット導入し、2メンクルーを実現)を22機導入することとなりました。
※A300B2のフェリーフライトで通過・寄港した国は、フランス、イタリア、ギリシャ、エジプト、サウジアラビア、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーン、インド、ビルマ(当時)、タイ、ラオス、ベトナム、香港、台湾の16か国、16,000キロにおよびました。


●エアバスA300B2/B4スペック
全幅:44.8m 全長:53.6m 全高:16.5m 乗客:最大345名
航続距離(最大ペイロード):1,850km(B2型)/4,070km(B4型)

●エアバスA300-600Rスペック
全幅:44.8m 全長:54.1m 全高:16.5m 乗客:最大361名
航続距離(最大ペイロード):5,000km


東亜国内航空から日本エアシステム時代のA300シリーズの塗装であるレインボーカラーは、エアバスのデモフライト機の塗装を譲り受けたもので、日本航空との合併後の塗装変更によりエアバスに自動的に権利が戻りました。ちなみにA300-600Rの最後の22機目であるJA016DはJAL塗装で2002年に納品され、さらにA300シリーズの最後の製造機でもありました。

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東亜国内航空から日本エアシステムでおなじみのレインボーカラーのエアバスA300-600R。エアバス社のA300B2のデモフライト機のカラーリングをそのまま譲り受けたもので、美しいカラーリングとして人気がありました。


B2/B4型は2006年5月に全機登録抹消され、いよいよA300-600R型も3月26日をもって退役となります。ラストフライトはおそらくJAL1878便、鹿児島→羽田だと思います。最後の美しい「空の女王」をぜひ見届けてください。

2011年02月04日

政府専用機、退役へ 変更は夏までに結論

今回お話するのは旅客機ではありません。皆さんは皇室や首相などの要人の海外訪問時や災害など緊急事態における在外邦人の輸送などの際に、「政府専用機」というものが使用されることをご存知ですか。日本で使用されている政府専用機はボーイング747-400型機なんです。今回はその「政府専用機」についてご紹介したいと思います。

政府は1月28日、政府専用機をめぐる関係省庁協議の初会合を開きました。これは、整備を委託している日本航空が3月末までに専用機と同型のボーイング747-400型機の運航を終了し、専用機の整備に関しても5年程度で打ち切る方針のため、機種変更なのかチャーター機を活用するかの選択を検討するためです。28日は管理・運用を行っている防衛省が現状を説明し、平成24年度予算概算要求をまとめる夏までに内閣官房と外務・防衛・国土交通省で一定の結論を出す方針を確認しました。

それでは簡単に政府専用機について紹介しましょう。政府専用機は昭和62年(1987年)に導入が決定され、「政府専用機検討委員会」において機種などの検討が行われました。当時、アメリカ政府から対日貿易赤字の縮小を求められていたこともあり、アメリカ製の航空機を購入するということで、ボーイング社、マクドネル・ダグラス社(当時)の航空機が検討されました。最終的には日本からノンストップ(無給油)でヨーロッパや北米へフライトできる唯一の機材であったことから、ボーイング747-400の導入を決定し、予備機を含め2機(約360億円)が購入されました。1991年9月に1番機、11月に2番機が納入され、運用を開始しました。当初のレジ番号は1号機がJA8091、2番機がJA8092でしたが、1992年4月に総理府から防衛庁(現在は防衛省)に管理を移管するにあたり民間航空機としての登録を抹消し、航空自衛隊の機体識別番号(1番機:20-1101、2番機:20-1102)が与えられました。1993年2月に渡辺美智雄副総理兼外務大臣(当時)が訪米する際に使用したのが初の運用となります。運航を担当するのは、航空自衛隊千歳基地に所属する「特別航空輸送隊第701飛行隊」です。通常は任務機に何らかの問題が発生した場合を考え、2機の政府専用機が同時に飛び、整備担当の自衛官も同行し、万全の体制をとっています。

●政府専用機諸元
政府による正式呼称:日本国政府専用機
航空自衛隊における正式名称:特別輸送機
英語表記:Japanese Air Force One/Two
機種:ボーイング747-400(ゼネラル・エレクトリックCF6-80C2)
所属:航空自衛隊航空支援集団特別航空輸送隊
機体番号:20-1101、20-1102
機数:2機(通常2機を同時に運用)
乗員:17~19人(操縦室×2~4、通信室×3+12=客室最大)
輸送能力:乗客数約150人
コールサイン:任務中の場合「JAPANESE AIRFORCE 001/002」(任務機/副務機)、訓練時および任務外移動時「CYGNUS 01/02」

政府専用機と日本航空のかかわりは、ボーイング747-400の整備作業、機内改装、特別空中輸送員(客室乗務員)の訓練、国内外における機内食の企画・調製・調達(日本航空の系列会社であるティエフケーが担当)など、運航ハンドリングおよび整備協力で、これを自衛隊自ら行うことになると、設備や器材などゼロから用意しなければならず、数百億円を超える経費が必要となってしまいます。そういったことから、新機種導入やチャーター機の活用など、今後の方針を決める必要があるのです。皆さんもご存知の通り、航空機はオーダーから納入まで数年かかる場合もあり、政府専用機としての改装や飛行訓練などを考えると、再来年度予算の要求までに決定しないと問題が生じてしまう可能性があるのです。

最近の各国の政府専用機の状況では、中・小型機の後続距離、双発機の燃費やETOPSの認定などで、汎用性の高い中・小型機を運用する国が増えています。新たな機種を導入する際には、こうしたことも考慮されることは間違いないと思います。チャーター機の活用にしても、有事の際に海外での邦人救出にも利用されることもあり民間航空会社の乗務員の安全などを考えると問題が残ります。なんにせよタイムリミットが迫っていますので、よりよい選択をお願いしたいものです。なんといっても過密な首脳外交や私たち国民の安全・保護といった重要な任務の一端を担うのが「政府専用機」なのですから。

2010年12月26日

量産型ホンダジェット、初飛行に成功!

ホンダは2010年12月22日、同社子会社の「ホンダ エアクラフト カンパニー(以下HACI)」が小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の量産型初号機の初飛行に成功したと発表しました。

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初飛行に成功したホンダジェットの量産型初号機(レジ番号:N420HJ)。(Photo/Honda)


量産型初号機(レジ番号:N420HJ)は、米国ノースカロライナ州にあるピードモントトライアッド国際空港から12月20日15時31分(日本時間21日5時31分)に離陸、約50分間飛行し、性能、飛行特性の評価、その他システムの機能試験を行いました。このテストフライトは米連邦航空局(FAA)の型式認定取得に向けたもので、ホンダジェットは今後も必要な認定飛行や地上試験を行う予定です。

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エンジンが主翼上面に配置されている独特のフォルムで空港でも目立つこと間違いなし。エンジンもホンダの自社開発というのも現在の旅客機開発ではユニークなところです。今後はセールス面でももっと伸ばしていってほしいものです。日本の空にデビューするのが楽しみです。(Photo/Honda)

本ブログでも何回かホンダジェットに関してはご紹介してきましたが、簡単に再度ご紹介しましょう。ホンダジェットは、ホンダが1986年から着手してきたプロジェクトの一環で、2003年12月には小型ビジネスジェット実験機として試作機(レジ番号:N420HA)が完成し、フライトに成功しました(エンジンはHF118を搭載)。

革新的なのは、エンジンまですべてホンダの自社開発という点です。独自開発のターボファンエンジンHF118から、GE社と業務提携を行い合弁会社のもとでHF120を開発し、今回の量産型初号機はこのHF120エンジンが搭載され、今後量産機にはHF120エンジンが搭載される予定となっています。

外観も特徴的で、エンジンを主翼上面に配置される独特のスタイルで、これは特許も取得した新開発のOTWEM(Over The Wing Engine Mount)で、高速飛行時の造波抵抗の低減に効果があります。主翼も独自開発で、自然層流翼設計を採用し、空気抵抗を大幅に低減させることに成功しています。さらに胴体の先端形状に工夫し、ここでも自然層流を実現していますので、随所に空気抵抗低減の技術が盛り込まれた機体となっています。

価格は1機あたり2008年当時のリリースでは390万米ドルとなっていて、北米企業から100機以上の受注を果たしています(一部報道では現行では450万米ドルとするものもあります)。

ホンダジェットの開発責任者であり、開発・製造・販売を担当するHACIの藤野社長は「今回の量産型初号機の初飛行の成功は、HondaJetの開発、認定における重要なマイルストーンであり、FAAの認定基準を満たす機体の開発が順調に進んでいることを実証しました。性能や飛行特性が非常に優れていることを確認し、Hondaの技術力の高さを実証できたことを大変うれしく思います。今までにない最先端の小型ビジネスジェット機をお客様にお届けできるよう、引き続き努力していきます」と語っています。

今後のタイムスケジュールとしては、2012年のFAAと欧州航空安全局(EASA)の型式認定取得を目指します。顧客への機体引渡しは2012年後半を予定しているとのこと。それにともない、HACI本社(ノースカロライナ州グリーンズボロ市)隣接地に建設中の機体生産工場は2011年前半に完成予定で、2012年の量産開始に向けて準備を進めています。

ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、1962年に発行されたホンダ社報にて軽飛行機の開発を宣言していることや、ホンダのオートバイのエンブレムでもあるウィングマークは「いつか空へ羽ばたきたい」という願いを込められたものだということなど、空への憧れをもっていました。いよいよその憧れは、現実となりつつあります。今後のホンダジェットの開発が順調に進むことを見守っていきたいと思います。


2010年11月17日

QF32便のエアバスA380のエンジントラブルはタービン部品に原因

11月4日のシンガポール発シドニー行きのカンタス航空QF32便のエアバスA380(レジ番号:VH-OQA)で発生した「トレント900」のエンジントラブルですが、11月12日、エンジン製造会社であるロールス・ロイス社がトラブルの原因についての調査結果を公表しました。

カンタス航空のエアバスA380は、シンガポールのチャンギ国際空港を離陸し、シドニーへ向かいましたが、インドネシア西部バタム島上空付近を飛行中、左翼内側の第2エンジンが機能を停止し、一部のカバー部分が落下した後、チャンギ国際空港に戻り緊急着陸をしていました。同機には乗客433人、乗員26人が搭乗していましたが、全員無事でした。事故を起こしたエアバスA380(VH-OQA、シリアルナンバー14)は、カンタス航空に2008年9月19日に引き渡され、これまでに831回計8165時間飛行実績がある機体。

この事故を受け、カンタス航空では保有しているエアバスA380の6機すべての安全点検を行った結果、6機のうち3機のあわせて3基のエンジンでオイル漏れが見つかり、エアバスA380の運航を現在でも停止しています。
※カンタス航空と同じ「トレント900」エンジンを搭載したエアバスA380を運航しているシンガポール航空、ルフトハンザ ドイツ航空でもすべての機体を点検し、運航を再開しています。ただし11月10日に、シンガポール航空では同社の保有する11機のうち3機についてエンジンを予防的措置のため交換すると発表しました。この3機には搭載しているエンジン計3基に油の汚れが付着しているのが見つかったため。ちなみにエールフランス航空、エミレーツ航空はエンジンアライアンス製のエンジン「GP7200」を使用しているので、通常通りの運航を継続しています。

このエンジン破損事故で原因を調査していたロールス・ロイス社では、エンジンのタービン部分の部品に不具合があり油に着火し火災が起きたのが原因だったと発表しました。問題部分の油漏れに引火した火災によって、ジェットエンジンのタービン翼を固定する中圧タービンディスクが外れたと説明しています。不具合は「トレント900」独自のもので他のエンジンには問題がないことも改めて強調しています。
※この他のエンジンには問題がないということをロールス・ロイス社が強調しているのは、今年の8月2日に「通常とは異なる状態でエンジンを動かす開発プログラム」中に発生した「トレント1000」(ボーイング787ドリームライナーに搭載予定のエンジン)の爆発とは無関係であることを示したいためだと思われます。

ロールス・ロイス社のローズ社長は、エンジン検査はまだ終わったわけではないとしながらも、「この部品が原因で油漏れによる火災が発生した」とし、部品を交換することで「エアバスA380を通常通り運航できるようになる」と強調しました。

このトラブルの波紋は大きく、エアバス社では、エアバスA380の来年予定されている納入が遅れる可能性があることを明らかにしていますし、カンタス航空でも未だに運航停止中であり、運航スケジュールや予備機の調整(ブリティッシュ・エアウェイズから航空機を借りること明らかにしています)などで、かなりの損失を被ると見られます。今後もエンジン検査の継続と問題解決には全力を尽くしてもらいたいものです。

2010年10月02日

三菱MRJ生産スタート!

日本初の国産ジェット機三菱航空機の「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」の生産が9月30日にスタートしました! MRJは1974年に生産中止となった双発ターボプロップエンジンのYS-11以来となる国産旅客機事業として期待されています。政府も航空機産業を次代の成長産業のひとつとして位置付けており、開発費約1,500億円のうち国が約500億円を負担しています。

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MRJ(Mitsubishi Regional Jet)の完成予想イメージ。ついに生産がスタートしました。順調に予定通りスケジュールが進むと2012年には初飛行を行い、2014年には全日空に初号機が納入される予定です。(Image/三菱航空機)

YS-11の撤退以来、日本の航空機メーカーは、ボーイング社やエアバス社の航空機の機体の一部などを請け負うだけの下請け的位置にとどまってきました。またそれすらも中国などといった新興国企業との競争も激しくなってきています。最先端技術の塊といえる航空機生産は、国内の部品・素材メーカーの技術力を伸ばし、関連産業にも波及効果があり、日本の航空機産業のレベル向上にもつながります。MRJの成功は日本の航空機産業の悲願ともいえるでしょう。

今回生産が開始されたのは、水平尾翼結合リブ部品。9月30日に三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所大江工場にて、メタルカット式典が行われ、その場でアルミニウム合金製部品の切削加工の様子が公開されました。長さ840×幅400×厚さ60mmのアルミ合金の約95質量%を削って部品に仕上げるというもの。今後、大江工場で部品の生産、飛鳥工場で胴体や主翼、小牧南工場で機体を組み立てる予定。
※ちなみに大江工場は戦前に「零戦」が開発された場所で、小牧南工場はYS-11を生産した工場でもあります。

MRJは本ブログでも何度か紹介していますが、座席数100席クラスの小型ジェット機(リージョナル・ジェット)です。2009年9月に素材・設計変更を行い、機内の快適性をアップし、さらに炭素繊維と樹脂を組み合わせた軽量素材と新型エンジンで燃費も他社の同型機と比べ20~30%良いものとなっています。

世界の航空業界の予測では、大都市のハブ空港から地方空港へ、また地方空港間を結ぶ中・近距離向けの機体として、小型ジェット機は今後20年間で5,000機近い需要が見込まれるとしており、MRJの入り込む余地は大きいといえるでしょう(目標としてMRJは5,000機のうちの1,000機の受注を目指すとしています)。しかし皆さんもご存知のとおり、100席クラスの小型ジェット機は、カナダのボンバルディア社、ブラジルのエンブラエル社の寡占状態といってよく、さらにロシアのスホーイ、中国の中国商用飛機も参入しており、後発であるMRJがどこまで食い込めるか今後の新規受注獲得が鍵となってきます。
※同型機の比較は表を参照してください。

●各社同型機比較

三菱MRJ90 ボンバルディアCRJ900 エンブラエルEMB190 スホーイSSJ100-95 中国ARJ21-700
座席数 92 86 98 98 85
航続距離 1,700km 2,414km 4,448km 3,048km 2,200km
巡航速度 M0.78 M0.83 M0.82 M0.78 M0.82
エンジン P&W PW1000G GE CF34-8C5 GE CF34-10E PowerJet SaM146 GE CF34-10A
進行状況 生産開始 2003年納入 2005年納入 テスト飛行 テスト飛行
※各社資料等による。座席数・航続距離は型式によって数値が異なります。


現在のところ、全日空とアメリカのトランス・ステーツ・ホールディング社の2社へ計125機の納入が決まっていますが、採算ラインは350機とされていますので、まだまだ現状は厳しいところ。7月に行われた「ファンボロー国際航空ショー」でも受注はゼロだったことを考えると先行きは明るいものではありません。しかし、今後三菱航空機ではアメリカに次ぐ営業拠点として年内にヨーロッパに設ける計画で、営業人員を増やし大型受注を目指すとしています。

今後のスケジュールとしては、2012年春初飛行、2014年初号機を全日空に納入予定としています。ただ飛ばすだけではなく、息の長いビジネスとして競争を勝ち抜けてほしいものです。

2010年08月06日

乗る・撮るならば急げ!DC-9の伝統を受け継ぐMD-81引退迫る

すでに退役が進んでいるMD-81の完全退役が9月末と迫ってきました。旧日本エアシステムが1981年に導入したDC-9スーパー81(1985年以降の納入機からMD-81に機種名変更)から、最盛期の1994年には18機ものMD-81が羽田空港と地方空港、地方空港から地方空港とまさに国内ローカル線の柱として活躍してきました。8月5日現在では3機のMD-81が活躍するのみとなっていて、羽田/奄美大島、奄美大島/鹿児島の定期便でのみその勇姿を見ることができます(MD-90就航便のシップチェンジで投入される場合もあります)。今回は9月末に日本の空から引退してしまうMD-81についてご紹介したいと思います。

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9月末で日本の空から引退するMD-81。今となっては特徴的なリアエンジンとT尾翼がノスタルジーを感じさせます。主翼から前方が鶴の首のように長いフォルムもマクドネル・ダグラス機の特徴といってもいいでしょう。また1つ、往年の名機が姿を消します。羽田/奄美大島、奄美大島/鹿児島線の定期便のみの運航となっていますので、思い切って夏休みの旅行に組み入れても損はないはずです!

アメリカの航空機メーカーであるダグラス社(当時)は、短距離用のジェット旅客機DC-9を1965年に就航させました。このDC-9は抜群の経済性と信頼性に支えられ、大成功した旅客機の1つです。その成功からDC-9ファミリーといってもいいくらいシリーズ数が多いのが特徴で、MD-81もこのDC-9ファミリーのひとつなのです。1970年代末よりマクドネル・ダグラス社(1967年に合併・当時)は、DC-9シリーズのひとつとして、DC-9-50の胴体をストレッチ(延長)し、あわせて主翼も付け根と翼端で延長して全体的に大型化したスーパー80シリーズの開発を開始しました。当初開発のアナウンスが出されたのは、DC-9スーパー81・82・83の3種類。1983年にスーパー80シリーズは、MD-80シリーズと名称が変更されます(旧JASに最初に納入されたのは1981年なので当初はDC-9スーパー81という名称でした)。このMD-80シリーズはボーイング727の代替を狙ったモデルで、乗客数はほぼ同じであるのに対し、パイロットは2名、燃費や騒音面でも勝っていたために、ボーイング727の生産終了を決定づけた機体でもあります。最終的にMD-80シリーズは、MD-81・82・83・87・88とバリエーションを増やし、後継機であるMD-90が登場した後の1999年まで生産し続けられ、シリーズで1191機という大ベストセラー機となったのでした。

外見的な特徴も現在の旅客機を見慣れているとノスタルジックな部分がたくさんあり、見ていて楽しい機体でもあります。コクピットの窓には上部に「天窓」がふたつあり、正面から見ると愛嬌のある姿を見せてくれます。また、胴体後部に左右のエンジンを2つ装着するリアエンジン・スタイルとT尾翼。これも今の旅客機には見られないノスタルジックなスタイルですね。胴体も主翼から前が長くなっていて、これはダグラスの十八番であるストレッチのなせる独特のフォルムです。

機内も特徴があります。MD-80シリーズの特徴は、左右非対称のキャビン。シートレイアウトが中央の1本の通路を挟んで進行方向左側に2席、右側に3席の5アブレストとなっています。このシートレイアウトは、窓際でも通路側でもない席に当たる確立が少ないという利点もありました。

このように今現在の主力機にない古き良き時代を感じさせるMD-81の姿を見られるのも9月いっぱいです。夏休みにMD-81に搭乗する、撮影するというテーマの旅行を計画してみるのもよいのではないでしょうか。JALツアーズでは、9月19日出発の一泊2日のツアー「さよならMD81型機 引退記念チャーターフライト2日間」を企画しています。ツアー内容はかなりファンに楽しい企画となっていますので、こちらのツアーに参加してみても楽しいと思います。申し込み開始日は8月10日で電話でのみ申し込みが可能です。詳細はJALツアーズのホームページを参照してください。

●MD-81スペック
全長×全幅×全高:45.08m×32.88m×9.05m
最大離陸重量:63,503kg
航続距離:2,897km
巡航速度:815km/h
最大旅客数:172人
装備エンジン:P&W JT8D-209、P&W JT8D-217A

2010年02月22日

日本航空スペシャル・マーキング「ドラえもんジェット」就航!

日本航空は2月15日より4月末まで、ドラえもんのキャラクターなどを描いたスペシャル・マーキング機「ドラえもんジェット」を国内線で運航します。

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2月15日に就航した「ドラえもんジェット」。ボーイング777-300でレジ番号はJA8941。就航路線は、新千歳・羽田・伊丹・中部国際・福岡・那覇線が主となっていて4月末までの運航となっています。スペシャル・マーキングは、機体胴体に縦約3.5メートル、幅約15メートルにわたっていて、ドラえもんやのび太が海で自由に泳ぐことができる「人魚スーツ」を着てのびのび泳ぐ姿が描かれています。(Image/Japan Airlines)

スペシャル・マーキング機は、ボーイング777-300(レジ番号:JA8941)で、主な就航路線は新千歳・羽田・伊丹・中部国際・福岡・那覇路線となります。ちなみに今回スペシャル・マーキング機となったJA8941は、導入時はスタージェットの「レグルス」で、「アテネ五輪がんばれ!ニッポン!」「悟空ジェット」「ワンワールド・スペシャル・マーキング」「コブクロジェット」と5回目のスペシャル・マーキングを纏うこととなりました。
※スタージェットとは、日本航空がボーイング777のうち国内線仕様の機材につけた愛称。ボーイング777-200(JA8981~JA8985)とボーイング777-300(JA8941~JA8945)のそれぞれ5機の計10機。星座のα星の名前がつけられていました。機首に愛称と星座が描かれていましたが、新塗装の際には愛称もなくなり塗装も通常のものになりました。

今回の「ドラえもんジェット」は、2010年3月6日に公開予定の「映画ドラえもん のび太の人魚大海戦」をもって映画ドラえもんが30周年を迎えるにあたりこれを記念して、日本航空と映画ドラえもん製作委員会が企画したものです。日本航空が特定のキャラクターを塗装するのは「ミッキーマウス」「ムシキング」「たまごっち」に続く4作目となります。

スペシャル・マーキングは、機体胴体に縦約3.5メートル、幅約15メートルにわたっていて、ドラえもんやのび太が海で自由に泳ぐことができる「人魚スーツ」を着てのびのび泳ぐ姿が描かれています。

日本航空グループでは、JALツアーズが1月18日より「ドラえもんジェット就航記念 沖縄・美ら海へ行こう♪ツアー」の販売が開始され、新千歳・羽田・伊丹・中部国際・福岡・北九州を出発地として、2月15日から4月30日までの毎日出発の設定で企画されています。ツアーの参加者には「映画ドラえもん×JALどこでもドラえもんマンタドラストラップ」がもれなくプレゼントされるほか、ツアー特典が多数用意されているとのこと。
※本ツアーは「ドラえもんジェット」での運航ではありません。
詳細は未定ですが、「ドラえもんジェットで行く 遊覧フライト」(4月24日出発、3月11日発売開始)も予定されているので、絶対に「ドラえもんジェット」に乗りたいという方は、こちらをチェックしてみてください。

また連動企画として日本航空の国際線機内においては、2010年3・4月に旧作「映画ドラえもん のび太の恐竜2006」と、国内線機内では2・3・4月にドラえもんTV版アニメをそれぞれ上映するそうです。空港においては、キッズランドなどでドラえもんコーナーを展開し、BLUE SKYにおける期間限定ドラえもんオリジナルグッズの販売なども予定されています。お子様がいるご家庭ならば、この春休みドラえもんジェットで空の旅なんていいかもしれません。経営再建中でどうしても深刻な話題が多くなってしまう日本航空ですが、ドラえもんという長く愛されるキャラクターとともに明るい話題を振りまいて欲しいものです。

2010年01月16日

ボーイング vs エアバス 2009年の納入・受注機数ともエアバスが上回る

ボーイングとエアバスはそれぞれ2009年度の納入機数、受注数を発表しました。2009年度の納入機数は、ボーイングは481機、エアバスは498機とエアバスが7年連続で上回りました。それぞれの内訳は以下の通り。

●2009年度ボーイングデリバリー数(481機)
・737シリーズ 372機
・777シリーズ 88機
・747シリーズ 8機
・767シリーズ 13機

●2009年度エアバスデリバリー数(498機)
・A320シリーズ 402機
・A330/A340シリーズ 86機
・A380 10機

また2009年度の受注数は、ボーイングが142機(B787型キャンセル59機を差し引いた数)、エアバスが271機(キャンセル39機を差し引いた数)とやはりエアバスが上回りました。内訳は以下の通り。

●2009年度ボーイング受注数(142機)
・737シリーズ 178機
・777シリーズ 19機
・747シリーズ 2機
・767シリーズ 2機
・787シリーズ 24機(83機のキャンセル)

●2009年度エアバス受注数(271機)
・A320シリーズ 228機(A318×4機、A319×4機、A320×8機、A321×5機がキャンセル)
・A330/A340/A350 XWBシリーズ 78機(A330-200×5機、A340-500×1機、A340-600×7機、A350-800×5機がキャンセル)
・A380 4機

両社とも世界的不況にもかかわらず、納入数の目標は達したと発表しています。特にエアバスは過去最高を達成していますが、A380の納入機数は目標としていた18機を下回り10機となってしまいました(2008年度は12機の納入)。未達成分の8機のうち4機は、経済状況を背景とした航空会社からの納入延期要請としていて、残りの4機が年末の作業遅延によるものとしています。A380はコスト面において、まだまだエアバスの経済的負担になることは間違いないことは確かですが、エアバスでは長期的には投資といえるとしています。今後はA380の生産コスト低減に向けて大規模な改善策に乗り出す方針と発表しています。また開発中のA350 XWB(eXtra Wide Body)は、2009年度の受注はA350-900が22機で、トータルで500機以上となり、ボーイングのB787対抗機として順調に受注を伸ばしているのは明るい材料でしょう(B787は現在のところトータルで851機の受注数)。ファーストフライトは2012年、デリバリーは2013年の予定。

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2010年以降の鍵を握るエアバスのA350 XWB(上)とボーイングのB787ドリームライナー(下)。受注数はじゃっかんB787が上回っていますが、今後デリバリーの予定がさらに遅れるようなことがあれば、キャンセルも増える恐れもあります。エアバスの猛追をかわすには、2010年のデリバリーは死守したいところです。両社の競争は2010年も目が離せません。(Image/Airbus、Photo/Boeing)

ボーイングは納入機数の目標は達成したものの、受注実績では過去最高だった2007年度の10分の1の水準に落ち込んでしまいました。特に問題は納入が遅れているB787で、2009年度のキャンセル件数は、83機と新規受注の24機を大幅に上回ってしまいました。ただようやっとB787もめどがたってきたといえます。ファーストフライトを2009年12月15日に実施し、初号機のデリバリー(全日空向け)は2010年第4四半期を予定しています。さらにB747-8プログラムでは、B747-8フレイターのファーストフライトを2010年初頭に実施し、2010年第4四半期に初号機デリバリー、B747-8インターコンチネンタルは、2011年第4四半期に初号機デリバリーを予定しているなど、明るい材料もあります。

両社とも経済が回復の兆しを見せるなか、状況を見ながら柔軟な対応をしていくとしていますので、2010年はそれほど大幅な上向きは見せないと予想されますが、2009年度の水準を維持または上回るのではないかと思います。今年はB787のデリバリーがありますので、ボーイングが小幅ながら巻き返すのではないか、と個人的に予想しています。

2009年12月19日

ボーイング787ドリームライナー、ファーストフライト成功!

12月15日、ボーイングはボーイング787ドリームライナーのファーストフライトを実施しました。同社のエバレット工場のペインフィールドを従業員や招待客1万2000人以上が見守るなか、現地時間午前10時27分に飛び立ち、約3時間後の13時33分にシアトルのボーイング・フィールド(キング郡国際空港)に着陸しました。

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12月15日にファーストフライトを成功させたB787ドリームライナー。ペインフィールドからボーイング・フィールドまで約3時間のフライトを行いました。現在の予定では2010年10月~12月期に全日空にデリバリーされる予定です。早く日本の空で見たいものですね!(Photo/Boeing)


ファーストフライトは、ペインフィールドを離陸後、ファン・デ・フカ海峡の東側上空を通るルートで飛行し、最高度1万5000フィート(約4,572メートル)まで上昇し、最高速度は180ノット(時速333キロ)で運航されました。実は現地は曇天の悪天候で、予定から30分遅れに離陸し、当初予定されていた高速飛行などを実施できなかったそうですが機体は良好とのこと。

本ブログでも何度も紹介していますが、B787ドリームライナーは機体の5割を東レが開発した炭素繊維と樹脂の複合材を採用し、強度を高めつつも軽量化を実現しています。また主翼部分を三菱重工業が、前方胴体・主翼固定後縁・主脚格納庫・中央翼部品を川崎重工業が、中央翼を富士重工業がそれぞれ担当しています。またエンジン部分でも、トレント1000に三菱、GEnxにIHIが参加しています。B787ドリームライナーは、機体の70%程度を海外メーカーなど約70社とともに開発した国際共同事業であり、そのなかで日本企業が占める割合は約35%とダントツなのです。

今後、今回のファーストフライトで使用した機体を含む6機で数ヶ月におよぶフライトテストプログラムが行われる予定です。ファーストフライトで使用した機体は、ロールスロイス製トレント1000のエンジンを搭載したもので、テスト機6機のうち4機がトレント1000、2機がGE製GEnxエンジンが搭載されます。

B787ドリームライナーは、度重なるトラブルにより計画から約2年半という大幅な遅れをとりましたが、同サイズの他の旅客機と比べ、乗客1人当たりで20%の燃費向上、貨物搭載量は45%増量といった最新のエコプレーンです。またキャビン内は従来よりも20センチほど天井が高くなり、約1.6倍の大型の窓の設置、窓のシェードにはエレクトロクロミズムを使った電子カーテン、客室内の灯りはLED、新型フィルターを使用した空気清浄を兼ね備えた加湿器が設置されるなど、乗客にとっても快適な要素がたくさん盛り込まれています。

現在のところ55社から840機が発注されており、ローンチカスタマーである全日空への第1号機は2010年10月~12月期に引き渡しが行われる予定です。また、デリバリー前に世界各地でのデモンストレーションフライトなども行われる予定ですので、商業フライト前にその姿を見ることができるかもしれません。現在のスケジュールですと、全日空により行われる世界で初めての商業フライトは、2011年1月ごろかと思われます。早く日本の空でB787ドリームライナーの勇姿を見たいものですね。

2009年10月02日

ANA、モヒカンジェット復活!

全日空は12月1日の設立記念日に、現在の塗装の1代前である通称モヒカンルック塗装を復活し「ANAモヒカンジェット」として運航することを発表しました。イベントやアニバーサリーとして外国航空会社では、昔のマーキングを復活させることはありましたが、日本の航空会社では初となります。それでは、モヒカンルック塗装について簡単にご紹介していきましょう。

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写真は当時のモヒカンルック塗装機。1969年5月のデビューから1989年3月まで約30年間、全日空の顔として空を飛び続けました。余談ですが、全日空は設立時より一貫して青系の色をコーポレートカラーとして機体の塗装が行われています。今回復刻されるモヒカンジェットは、2009年12月から2013年まで運航される予定ですので、撮影したい1機になりそうですね。
(Photo/ANA)

全日空にモヒカンルック塗装がデビューしたのは、1969年5月。これはボーイング737-200の導入がきっかけとなりました。これより前の塗装は白をベースに窓のラインに紺色の線を引き、その上下に細い赤線を配したものでした。モヒカンルック塗装は、写真をご覧になっていただければわかりますが、窓のラインにスカイブルーのラインが入り、垂直尾翼もスカイブルーに塗られました。そして尾翼には、現在でも同社の正式な社章にも使用されているレオナルド・ダ・ヴィンチが構想したヘリコプターの図が描かれていました。
※なぜヘリコプターかというと、全日空の前身は日本ヘリコプター輸送という東京を拠点にヘリコプターを使用した会社だからなのです。2レターコードのNHもN=Nippon H=Helicopterが由来です。

「モヒカンルック塗装」と呼ばれるようになったのは、機種から垂直尾翼までスカイブルーのラインが延びていて、これが髪型のモヒカン刈りを連想させることから呼ばれるようになりました。このモヒカンルック塗装は1982年12月に設立30周年を記念して塗装が現在のトリトンブルーのものに変更されてから、順次変更され最後のモヒカンルック塗装機がなくなった1989年3月まで、約30年間、全日空の顔として空を飛び回りました。

今回の復刻は、「航空機での旅行に多くの夢があった当時を思い出して頂き飛行機でのご旅行を楽しんで頂くと共に、社員としては、初心に立ち戻る象徴に!」という社員提案があり、ボーイング767での復活となったそうです。モヒカン塗装機の飛んでいた時代は、日本の高度経済成長期と重なり、航空機の旅行が一般的になった時代でもあるのです。

復刻されるモヒカンジェットは、ボーイング767-300に塗装され、12月の運航は羽田/宮崎、鹿児島線を中心に投入される予定です。これはモヒカンルック塗装機が飛んでいて時代のハネムーンの人気デスティネーションだったそうで、モヒカンジェット投入を記念して、当時のハネムーンの人気コースを再現したツアーも販売されます。

●モヒカンジェット・ダイヤ(12月)
運航日:2009年12月1日、3日、7日~9日、14日~16日、21日~24日
・羽田/宮崎線
ANA603 羽田 9時5分→宮崎 10時50分
ANA608 宮崎 11時30分→羽田 13時00分
・羽田/鹿児島線
ANA625 羽田 14時00分→鹿児島 15時55分
ANA628 鹿児島 16時40分→羽田 18時15分

予定ではモヒカンジェットは、2013年までの期間限定となり、その間日本の空を飛び回ります。運航ダイヤなどの詳細は「ANA モヒカンジェット」専用ページ(http://www.ana.co.jp/mohican/)で確認することができます。

なお、ボーイング767は1983年にB767-200が初就航した時から現在のトリトンブルー塗装で導入されており、モヒカンルック塗装になるのは今回が初めてでもありますので、乗るのも楽しいですが、撮影したい1機になると思いますので、12月からは空港でいい写真を狙ってみてください。

2009年09月12日

MRJ、素材・設計変更で納期延期を発表

国産旅客機の開発ではYS-11以来、40年ぶりとなる三菱重工(三菱航空機)が開発を進めている「MRJ」(Mitsubishi Regional Jet)ですが9月9日、2013年内に予定していた初号機納入を2013年末~2014年1~3月に最大3か月程度遅れると発表しました。
※三菱航空機株式会社とは、三菱重工業が2008年4月1日付で100パーセント子会社として設立した会社。三菱航空機は設計・型式証明取得・調達・取得・カスタマーサポートなどを担当し、試作・飛行試験・製造は三菱重工の名古屋航空宇宙システム製作所が担当します。

主な変更点は客室と荷物収納スペースの大型化、貨物室の統合、主翼材料を従来の複合材料からアルミに変更するといったもので、より競争力の高い機種にするための変更と説明しています。

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写真は2008年10月に開催された国際航空宇宙展で公開されたキャビンのモックアップ。このキャビンから約3.81センチ拡大するというのが、今回の仕様変更の1点となりました。たかが3.81センチと思ってはいけません。これにより荷物収納スペースの容量が12%もアップします。

それではまずは1点目の変更点である客室スペースの拡大についてみていきましょう。仕様変更前と比べ、胴体縦径は6.35センチ(2.5インチ)、客室高は3.81センチ(1.5インチ)拡大しました。これにより客室内荷物収納スペースの容量を12%アップし、大型のローラーバックを含む機内持ち込み荷物の収納力を強化しています。

2点目の貨物室の統合ですが、仕様変更前は前方貨物室116立方フィート分を廃止し、後方貨物室に統合しました。後方貨物室を528立方フィートから644立方フィートと変更前の前方貨物室分をあわせた貨物容積を変更せず、一箇所に集約することで、積載効率の向上とバッグ積載個数(95個→106個)の増加を図りました。これにより貨物の取り扱いが容易になり作業性の向上が見込めます。
※バッグサイズは53×79×28センチで換算。

3点目の主翼材料の変更ですが、当初は複合材技術で軽量化を図ろうとしていましたが、軽量化につながらないことが判明したため金属(アルミ)に変更することを決定しました。これによって、主翼構造の最適化が容易となり、MRJ 70、MRJ 90と新たに検討を行っているストレッチ型を含めて、ファミリー機のモデルごとに主翼構造を最適化することが可能となり、MRJ全モデルの性能が最大限に引き出されるとしています。

MRJは以前もご紹介したとおり、経済産業省が推進し三菱重工業が主体に事業化を決定した国策のプロジェクトです。開発費約1,500億円のうち500億円が国費で賄われる予定で、2011年末までに初飛行し、2013年末までに第1号機の引き渡しを予定していました。ローンチカスタマーは全日空で2008年3月27日に25機(MRJ 90を確定発注15機、オプション10機)を発注しています。

この仕様変更は「MRJをベストセラー機にするための変更」と三菱航空機側は強調としています。たしかにMRJはもともと優れた燃費性能や低騒音といった環境性能の高さや次世代エンジン(プラット&ホイットニーのPurePower PW1000G Engine)の搭載で経済性にも優れた機体として設計されています。これにより世界の航空会社から注目や関心を集めていますが、現在はまだ全日空の発注のみとなっています。採算ラインは300機といわれていますので、国内外の特に海外での受注は必須案件となります。

小型機需要は増加傾向ですが、先行しているカナダ・ボンバルディア(CRJ 700など)、ブラジル・エンブラエル(ERJ170など)の2強のほかに、ロシア(スホーイ・スーパージェット100)や中国企業(AVICI・ARJ21)が新規参入しようとしていて、価格の争いにもなりつつあります。今後、YS-11の轍を踏まぬよう販売網にも力を入れ、ぜひ小型機市場に殴り込みをかけメイド・イン・ジャパンの底力を見せつけてほしいものです。

2009年07月31日

さよなら、クラシック・ジャンボ! 非常識を常識に変えてしまった名エアライナー

前回に引き続き日本の航空会社から7月31日で退役となるクラシック・ジャンボについてご紹介します。今回はクラシック・ジャンボの型式について、その型式のエピソード等をまじえてお話していきましょう。

クラシック・ジャンボにはさまざまなバリエーションが存在しますが、主だったものを紹介していきます。
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クラシック・ジャンボの特徴ともいえるコクピットにずらりと並ぶ計器。右側は、航空機関士が操作するアナログ計器。B747-400では、コクピットのアナログ計器はぐっと減り、コンピュータ化され、グラスコクピット化され大型のディスプレイが並びます。クラシック・ジャンボが退役することにより、日本の航空会社で3メンクルーで運航される旅客機はなくなりました。


●ボーイング747-100
開発当初は100型というモデル名はつけられていませんでしたが、性能を向上したB747-200Bの登場により、100型というモデル名がつけられました。1970年1月21日からパンアメリカン航空によってニューヨーク/ロンドン線に就航しました。1970年には、部分的な改修によって最大離陸重量を約333トンに引き上げ、当初このモデルはB747-100Aと称していましたが、新規生産も引き渡し済みの機体もすべてこの改修が行われたため、シリーズ名はB747-100に統一されました。100型の派生型には、主翼・胴体・降着装置などを強化し、最大離陸重量を引き上げたB747-100Bがあります。この100B型は、1979年7月にイラン航空に引き渡されましたが、わずか9機(SR-SUDを除く)しか製造されませんでした。
★スペック
全幅:59.64m 全長:70.66m 全高:19.33m 最大離陸重量:322~333t 最大巡航速度:マッハ0.85 最大航続距離(最大搭載時):8,895km エンジン:JT9D-7F、CF6-45A2、RB211-524B 運航乗員:3名 最大座席数:528席 初飛行:1969年12月
◆特徴的な機体
レジ番号「N7470」は、ボーイング747生産第一号機で生産地を称えて「シティ・オブ・エバレット」の愛称が付けられています。現在は静態保存状態でエンジンは取り外されています。ボーイング767とボーイング777のエンジンを第二エンジン部に付け替えて行う「エンジンテストベッド機」としても使用されました。
レジ番号「JA8103」は、日本航空→日本アジア航空で使用されたあと売却。なんと映画「エアフォースワン」の撮影用機体として使用されました。
レジ番号「JA8170」「JA8176」は、300型のボディに100B型のエンジンを搭載したモデルで、日本航空が発注したのみでわずか2機しか生産されていません。100型が搭載していたエンジン(JT9D-7A)やその他システムを300型のボディに流用しているため、B747-100B/SUDと呼ばれています。


●ボーイング747-200
機体の外形は100型とまったく変わらないものの、機体各部を補強し、翼中央の燃料タンクを大型化して燃料搭載量を増加させ、エンジンの推力を向上させたJT9D-7Wを装備したもので100型と区別して747Bと称されていましたが、のちにB747-200Bと改称されました。1970年に10月に初飛行し、1971年6月には商業運航を開始しました。200B型は、その後に続くクラシック・ジャンボの基本型となった機体です。
★スペック
全幅:59.64m 全長:70.66m 全高:19.33m 最大離陸重量:350~377t 最大巡航速度:マッハ0.85 最大航続距離(最大搭載時):11,397km エンジン:JT9D-7R4G2、CF6-50E、RB211-524D4 運航乗員:3名 最大座席数:528席 初飛行:1970年10月
◆特徴的な機体
レジ番号「JA8180」は、日本航空機材で初のポリッシュドスキン試験機となったフレイター機。
レジ番号「N633US」「N634US」は、エンジン等が輸出規制にかかり、アルジェリア航空に引き渡されなかった2機の幻のジャンボ。1980年にシアトルでアルジェリア航空のニューカラーでロールアウトされましたが、結局引き渡しは行われず、ノースウエスト航空に引き渡されました。


●ボーイング747SR
SRはShort Rangeの略であり、もともと日本の国内線用に開発された機体で、世界でも日本航空と全日空のみが発注しました。外形は100型とほとんど同じで、特徴としては、最大離陸重量を引き下げ、多くの離着陸に耐えるため機体構造の一部を強化し、疲労破壊に備えて200B型と同様の降着装置への変更や、ブレーキの改良などを行っています。1973年9月に初飛行し、1973年10月に商業運航を開始しました。エンジンは2社それぞれ違うものを装備していて、日本航空がプラット&ホイットニーのJT9D-7Aを、全日空がゼネラル・エレクトリックのCF6-45A2を装備しました。
★スペック
全幅:59.64m 全長:70.51m 全高:19.33m 最大離陸重量:259t 最大巡航速度:マッハ0.85 最大航続距離(最大搭載時):3,780km エンジン:JT9D-7A、CF6-45A2 運航乗員:3名 最大座席数:584席 初飛行:1973年9月
◆特徴的な機体
レジ番号「JA8157」は、全日空で最後まで残ったSR型。1982年導入後、国内線用として使用されましたが、1984年に最大離陸重量が引き上げられ、後にエンジンもCF6-50E2に改修され、国際定期便用機材として活躍しました。
レジ番号「JA8158」は、全日空から日本貨物航空へ転籍され、貨物機に改造された世界でも珍しいB747SRF。フレイター機でありながら、窓があるのが特徴でした。
レジ番号「JA8117」は、日本航空で使用後売却され、現在はNASAでスペースシャトル輸送用機(N911NA)として使用されています。


●ボーイング747SP
SPはSpecial Performanceの略です。最大航続距離が1万キロを超えるスペックを持つ最初のジェット旅客機です。胴体がほかのジャンボ・シリーズよりも短く、シルエットが大きく異なります。ジャンボのなかでもかなり異色のモデルと言っていいでしょう。
★スペック
全幅:59.64m 全長:56.31m 全高:19.94m 最大離陸重量:318t 最大巡航速度:マッハ0.85 最大航続距離(最大搭載時):10,656km エンジン:JT9D-7A、RB211-524B2 運航乗員:3名 最大座席数:331席 初飛行:1975年7月
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日本航空のボーイング747-300。日本航空が300型を導入したのは1983年。日本航空は400型もあわせて、通算で世界最多の100機以上ものジャンボを導入した航空会社ですが、ジャンボのバリエーションも世界最多。これは大きな輸送力が必要な国内線、航続距離と輸送力が必要な国際線、この2つの需要にあわせてジャンボ・シリーズを使い分けていたためで、全日空も同様も同様で両社のジャンボ・シリーズは、世界からみてもとても個性的でした。日本の空には世界では非常識といってもいいほど、多様なジャンボが空を飛んでいたのです。


●ボーイング747-300
200B型のアッパーデッキを後方に約7.1m延長したモデル。アッパーデッキが短いタイプと比べ、空気抵抗が減ったこと、さらに燃費のよいエンジンが採用されたことにより、機体の大型化とともに、航続距離の延長、標準巡航速度の向上も実現しています。300型には全旅客型、貨客混在型(コンビ型)、そして日本の国内線に対応した300SRの3モデルが存在しています。300SRは、747SRで採用された短距離路線運航のための技術を盛り込んだ機体で、世界でも日本航空の4機のみでとっても珍しい機体です(その後全て改修を受け、ホノルル線などで活躍していました)。また、一部の航空会社では、100型や200型を改造して300型のような胴体にしたところもありますので注意(これはSUD仕様と呼ばれています)。
★スペック
全幅:59.64m 全長:70.66m 全高:19.33m 最大離陸重量:372~378t 最大巡航速度:マッハ0.85 最大航続距離(最大搭載時):10,463km エンジン:JT9D-7R4G2、CF6-50E、RB211-524B2 運航乗員:3名 最大座席数:563席 初飛行:1982年10月
◆特徴的な機体
レジ番号「JA8183」「JA8184」「JA8186」「JA8187」は、世界で日本航空のみが発注したB747-300SR。


大量輸送時代を牽引したクラシック・ジャンボ。大きさや輸送力、航続距離など、全てが当時では非常識とされていたものが、ジャンボの登場によっていまや空の常識となっています。

初飛行から約40年という月日が経ち、当時の先進的なメカニックもいまやノスタルジーを誘うものとなってしまいました。コクピットに計器がずらりと並び、航空機関士という3人目のコクピット・クルーが乗務していた機体は、日本の空から姿を消します。時代を彩った名機、クラシック・ジャンボ。お疲れさまでした!

2009年07月29日

さよなら、クラシック・ジャンボ!その姿は空の旅を変えた! ボーイング747 愛称“ジャンボ”

7月31日に新千歳→成田、ホノルル→成田のフライトでいわゆるクラシック・ジャンボと呼ばれるボーイング747が日本の空から退役することとなりました。現在、日本航空の6機のB747-300が日本に残るクラシック・ジャンボですが、すべて退役となります。7月31日のラストフライトで成田空港に到着後、同空港で記念式典が開催される予定です。今回と次回の2回にわたって、クラシック・ジャンボについてお話していきたいと思います。今回はその開発の歴史に関してお話していきましょう

クラシック・ジャンボ(在来型とも呼ばれます)とはボーイング747の-300までの機種を表します。B747は-400から大幅な近代化(顕著な例をあげるとコクピットの自動化により3メンクルーから2メンクルーでの運航を可能にしたこと。コクピット計器のグラスコクピット化)を図り、それと区別するためにクラシック・ジャンボ(在来型)と呼ばれるようになりました(クラシックと対応して-400のことは、ハイテク・ジャンボ、テクノ・ジャンボと呼ばれます)。

ボーイング747の開発の契機となったのは、アメリカ空軍の超大型長距離次期輸送機(CX-HLS)計画であったことはご存知の方も多いでしょう(ボーイング側には、この計画前にももっと早くから将来の長距離大型旅客機の開発構想はあったそうです)。このCX-HLS計画は1962年に空軍の正式プログラムとして取りあげられ、ボーイング、ロッキード、ダグラスの3社が選考に進みました。このCX-HLS計画というのは当時としては桁外れなもので、エンジン4発搭載型、総重量249t(55万ポンド)、積載量81.6t(18万ポンド)およびマッハ0.75(805km)で飛行可能という性能が求められました。結局のところ、1965年9月30日にロッキードが担当会社に選定され、ボーイングは敗れることとなりました(ちなみにこのロッキードが開発した軍用機はC-5ギャラクシーとして現役で利用されています)。当時のボーイングは民間旅客機の分野でも、長距離ジェット旅客機の分野においてB707の胴体延長型の開発に失敗し、DC-8に大きく水をあけられていたところでしたので、CX-HLS計画の敗北とともに会社として大きなショックを受ける出来事だったのです。

しかしボーイングはこの敗北によって、ボーイング747をボーイング独自の純粋な民間旅客機として開発することに全力をかけることになるのです。ボーイングは市場の要求に見合う大型機の必要とされる4つの設計目標を掲げました。
●1970年代中期の市場動向を見越し、それに見合った容量を提供する
●旅客および貨物の双方に等しく適合した航空機を設計する
●既存の空港から、最低の離着陸騒音で運航できる航空機を設計する
●運航経費(座席マイル経費)を既存機の平均より20~30%低くなるように設計する

ここからボーイングは、CX-HLS計画の提案計画を活かしつつ、主翼は高翼から低翼に変更し、客室も全2階建てから、緊急時の脱出に時間がかかることや貨物機とした場合に主デッキのスペースが狭くなるとともに使いにくいことなどの理由から主客室を1階に置き、操縦席を2階にあげ、その後方にラウンジなどのための小スペースを設け、貨物を客室の床下に搭載するなどの機体構成に最終決定されたのです。こうした機体の基本設計は1966年2月までにまとめられ、型式仕様書を完成させ、航空会社への提案説明が開始されました。そして当時のアメリカのフラッグキャリアともいえるパンアメリカン航空が4月13日に25機を発注したことから、ルフトハンザ ドイツ航空、日本航空、ノースウエスト航空、英国海外航空(BOAC)、トランス・ワールド航空、ユナイテッド航空などが次々に発注を行い、ボーイング747はその一歩を歩き始めたのです。

1968年9月30日に初号機がロールアウトし、1969年2月9日に初飛行を行いました。初飛行するまでにアメリカの7か所で、合計1万5000時間を超える風洞実験が行われ、7万5000枚におよぶ設計図が描かれました。

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ちょっとレジ番号は見えないかもしれませんが、この機体はパンアメリカン航空に最初に引き渡されたB747-100(N747PA)です。ボーイング747の成功はパンアメリカン航空が一助を担っていたといっても過言ではありません。実はまだボーイングが正式な型式仕様書を完成させる前の計画段階時であった1965年にパンアメリカン航空は、なんと22機ものボーイング747を購入するというレター・オブ・インテント(発注趣意書)にサインしていたのでした。CX-HLS計画にボーイングが敗北したわずか2か月後のこと。当時のパンアメリカン航空の先見の明には脱帽してしまいますね。

そして1970年1月21日、パンアメリカン航空によってニューヨーク/ロンドンの大西洋路線に就航しました。この記念すべき最初の商業フライトを行ったボーイング747(レジ番号:N747PA)は、座席数370席、最大離陸重量は約322トン、航続8895kmでした。

ボーイング747はその大きさだけではなく、形態や装備においても当時の在来機にはなかった多くの特徴を備えたものでした。たとえば操縦計器において、慣性航法装置(INS)の民間機初の採用や、2本通路(ワイドボディ)で10列配置の座席、ハット・ラックにかわる扉つきのストウェージ・ビン、壁面間接照明、映画や音楽などの機内エンターテイメントの本格的な導入などなど、その後の大型機の雛形となった機体でもあったのです。

計画スタート時には、現在でもボーイング747-8などの新型まで続く大ベストセラー機になるとはボーイング側でも予想していなかったようですが、ボーイング747はボーイングを世界一の旅客機メーカーの地位を確立する1つの要素となったことは間違いありません。

2009年06月30日

ボーイング787、5度目のファーストフライト延期を決定

本ブログでもファーストフライト間近とお伝えしてきたボーイング787ドリームライナーですが6月23日、機体側部(主翼と胴体の結合部分)の補強のため、ファーストフライトを延期するとボーイング社が発表しました。

この補強の必要性は、テスト機を使用した静止テストにおいて確認されていたもので、事前分析では予定通りにフライトテストの開始は可能としていましたが、効率的なフライトテストの実施には延期が最善であるとの決定が下されたようです。

B787ドリームライナーの主翼のメーカーは三菱重工業、主翼と結合する胴体部品を製造するメーカーは富士重工業で、問題となっている部分には両社とボーイング製品が使われていて、現在3社が解決に向けた取り組みを行っているとしています。ボーイングでは、この問題が機体素材の選択や製造プロセスの変更に直結するものではないとしており、比較的修正は簡単だともしています。

ファーストフライトと初号機デリバリーの日程は、補強作業とフライトテストのスケジュールの組み直し後に決定するとしていますが、新スケジュールの決定には数週間がかかるとしています。

B787ドリームライナーは、近年の新型旅客機開発の中でも非常に難産な旅客機になってしまったといって間違いないでしょう。今回のファーストフライト延期で5回目となり、当初の計画から2年遅れてしまいました(これまでの日程変更は表を参照)。

●B787ドリームライナー開発スケジュール日程の変遷

初飛行日程
納入時期
延期理由
当初計画
2007年8月27日
2008年5月
 
2007年10月
2008年3月
2008年11月~12月
部品不足やシステム統合の遅れなどによる組立て作業の遅延
2008年1月
2008年6月
2008年後半~2009年初め
組立て作業の遅延
2008年4月
2008年10月~12月
2009年7月~9月
主翼付け根のウィングボックスの強度に問題
2008年12月
2009年4月~6月
2010年1月~3月
ストライキの影響、ファスナー差し替え
2009年6月
機体側部(主翼と胴体の結合部分)の補強

航空アナリストの間では、ファーストフライト延期で少なくとも納入開始が数ヶ月遅れ、最良のシナリオでも納入開始は2010年半ばになるのではとの見方がされています(最悪のシナリオでは1年ほど遅れ、納入開始は2010年末もしくは2011年初めになるとの見方も)。また数週間の遅れであれば問題はないが、数ヶ月かかる改修となれば、コスト増の可能性を指摘する見方もあります。

50機と大量発注している全日空ですが、納入が大幅に遅れるとなると運航計画に影響が出る可能性もあり、発注航空会社各社の対応も気になるところです。また、度重なる延期ですのでボーイングの信用、株価への影響、遅延による機体のキャンセル等、ボーイングにはさまざまな問題が発生しそうです。今後ボーイング側からのスケジュール発表がありましたら、またお伝えします。

2009年06月12日

B787ドリームライナー、中間ガントレットテスト完了

2007年7月8日に初号機が華々しくロールアウトしましたが、実は外観をのぞいて未完成であり、製造スケジュールに大幅な遅れが出ていたことは本ブログでもお伝えしていました。しかし、現在急ピッチに作業が進んでいます。今回はB787ドリームライナーの現況をお知らせしたいと思います。

B787ドリームライナーの完成が遅れていた1つの原因として、ファスナー部分の供給が間に合わなかったことによります。皆さんもご存知のようにB787は複合材が構造重量の約50%を占めています。そのため従来のアルミ合金のファスナーでは適合しないため、複合材用のファスナーが必要となります。その複合材用のファスナーの供給が遅れていたのです。この1月の時点でやっと複合材用のファスナーの供給がスムーズになり、ロールアウト式典でお披露目された初号機(ZA001)の差し替えが完了(ロールアウトの時点では暫定的にアルミ合金用のファスナーで組み立てられていました)し、ZA002ではほぼ完了、ZA003とZA004は順調に作業が進められていると伝えられました。
※航空機で使用される複合材には、ポリエステルやエポキシを繊維材料で固めた繊維強化プラスチック(FRP)が主流で、ガラス繊維を使ったガラス繊維強化プラスチック(GFRP)、炭素繊維を使ったカーボン繊維強化プラスチック(CFRP)、ボロン繊維を使ったボロン繊維強化プラスチック(BFRP)、石英繊維を使ったクォーツ繊維強化プラスチック(QFRP)などがあり、それぞれの特性を活かした部位に使用されます。複合材は、金属素材に比べて軽量であり、腐食を起こさないという利点があります。

4月21日にはファーストフライト前に必要とされる構造テストが、静止試験用機体を使用し行われました。これは実際の運航時に予想される最大の負荷重量である翼に対する約2.5倍の重力に相当する荷重を加えるなどのテストです。

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エンジン地上テストを行うB787ドリームライナー。エンジンはロールスロイス・トレント1000エンジンです。B787ドリームライナーはエンジンの始動を電気化しており、今回の電気による航空機搭載エンジンの起動は民間航空機史上初!となりました。(Photo/Boeing)

5月21日には、試験機に搭載したエンジンを初起動し、約40分間に渡って稼動させ、全システムに予定通りパワーが供給されたことが確認されました(このテストはロールスロイス・トレント1000エンジンで実施されました)。B787ドリームライナーは、エンジンの始動を電気化しており、今回の電気による航空機搭載エンジンの起動は民間航空機史上初となります。

そして6月8日に、フライトテスト用試験機ZA001の中間ガントレットテストが完了したと発表されました。このテストでは、通常のフライトからフライト中に1つ、または複数のシステムがダウンするというようなシナリオを数種類設定し、パワーやアビオニクス、フライト・コントロールなどのあらゆるシステムを実際のフライト時と同様に操作するシミュレーションが実施されたそうです。また、約1週間分の航空機の運航状況に合わせた各種テスト、ならびに個別に条件を設定した数百種類のテストも実施されました。

このテストの結果をふまえ、ファーストフライトに向けて、必要な調整を図りながら残りのテストを実施していくとのことですので、ファーストフライトもそう遠くないと思われます。

当初のスケジュールでは2008年5月に全日空に引き渡されるはずでしたから、相当な遅れといわざるを得ませんが、やっとその翼が空を飛びそうです。全日空に最初にデリバリーされる予定ですし、全日空では導入当初は国内線で運用するという見解を示しているので、まさに世界で最初にB787ドリームライナーに乗れるのは“日本”なのです。楽しみに待ちたいものですね。

なおwww.boeing.comとwww.newairplane.comにおいて、ガントレットテストまでの道のりやガントレットテストの模様などをまとめたビデオを見ることができます。

2008年12月12日

スペースシャトルをおんぶするジャンボ

米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル「エンデバー」が12月10日、専用のジャンボの上部に固定され、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地からフロリダ州ケープカナベラルのケネディ宇宙センターに向かいました。

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今回シャトル輸送に使用されたN911NA。元日本航空のJA8117で、1973年~1988年まで日本の空を飛んでいました。もう1機のN905NAとの区別方法は、アッパーデッキの窓が5つであれば元JA8117、2つであればアメリカン航空で使用されていた元N9668となります。Photo:NASA/Tony Landis

国際宇宙ステーション(ISS)の拡張工事などを行っていた「エンデバー」ですが、16日間の飛行を終え、本来の予定地だったフロリダ州のケネディ宇宙センターから悪天候のためカリフォルニア州のエドワーズ空軍基地に11月30日(日本時間12月1日)に着陸することとなりました。そんなわけで今回の輸送となったわけですが、スペースシャトルを運ぶための輸送機としてNASAには2機のジャンボがあります。今回は、その2機のジャンボについて紹介しましょう。

スペースシャトルは旅客機と同様に翼とエンジンが付いていますが、着陸後自力で空を飛ぶことができません。それで、ベース基地であるケネディ宇宙センター以外に着陸した際には、シャトルを運ぶジャンボが登場することとなります。
※シャトルは通常ケネディ宇宙センターから打ち上げられ、帰還しますが、悪天候などの場合はカリフォルニア州エドワーズ空軍基地、ニューメキシコ州ホワイトサンズ・スペースハーバーの通常代替地に着陸します。そのほかにも緊急時に世界各地に53か所の緊急代替地が指定されています。

NASAが持つシャトルを輸送するジャンボ“ボーイング747”は、B747-100とB747-100SRを改造したものです。ファンの方なら、“もしかして”と気づく方も多いでしょう。B747-100SRは、日本航空と全日空だけが発注した日本国内線専用機材ですからね(グアム線、ホノルル線に使用されたこともありましたが)。そうです、シャトルをおんぶして運ぶジャンボの1機は、日本航空で使用されていた機材でもあるのです。

今回の輸送に使われたジャンボ(N911NA)は、日本航空で使用されていたジャンボです。1989年に日本航空からボーイングに売却されたB747-100SR(JA8117)は、1973年に日本航空に導入された機材であり、SRの1号機でもあります。総飛行時間32,168時間、総着陸回数23,678回と国内線を15年間飛び続けたもので、ボーイングで改造後1990年11月20日にNASAに引き渡されN911NAとして生まれ変わりました。

もう1機のB747-100(N905NA)はアメリカン航空(N9668)のもので、1974年にNASAが購入し、1990年11月までこの1機で運用されていました。

シャトルの本体部分である80トンもの“オービタ”を運ぶために、2機とも改造されましたが主な改造点は、
・強度確保およびシャトル取り付けのために3つの支柱(Mate-Demate Devices)を装備
・水平尾翼の先端に垂直安定板の取り付け
・座席等機内のインテリアの全撤去
です。

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まさにシャトルをおんぶしたジャンボといった写真ですね。しかし80トンものシャトルを背中に乗せることは大変なことのようで、重さと空気抵抗のせいで、1回の給油で飛行できる距離は1,900km程度となり、アメリカ大陸横断時には何回の給油が必要となるそうです。Photo:NASA/Tony Landis

改造してもオービタ輸送時にはオービタ自体の重さと空気抵抗のため燃費は悪化し、何も載せないときの5,500海里(10,000km)に比べてオービタ輸送時の飛行距離は1,000海里(1,900km)程度になるため大陸横断時には何回か給油する必要があるそうです。今回の輸送ミッションでも何度か給油を受ける予定で、移送経費は約180万ドル(約1億6700万円)となるそうです。

日本の空を飛んでいたジャンボが、スペースシャトルをおんぶしているなんてちょっと面白いですよね。現在のアメリカ政府の方針によると、スペースシャトルは2010年9月末で ISSの組立を終えて退役する予定となっています。ですから今後は、シャトルがケネディ宇宙センター以外に着陸した、というニュースがありましたらぜひ注目してみてください!シャトルをおんぶしたジャンボの勇姿を見ることができますよ。


2008年11月21日

空港間を最短距離で運航! 新航法RNAVが2011年度末までに導入決定

国土交通省は、国内線で離着陸する空港間を最短距離で飛行できるようにする新航法“RNAV”を計画より1年前倒しにし、2011年度末までに国内主要路線75路線について導入する方針を決定しました。

空には目に見える道路などがありませんが、勝手に飛んでいるわけではなく、キチンとしたルートが設定されています。従来、飛行機は地上にある航空保安無線施設(VOR/NDB)同士を結んだ経路を飛行します。しかし地上施設は、出発地と目的地を直線的に結ぶ位置にすべて設置できるわけではありませんから、ジグザグにならざるをえませんでした。
※VOR=VHF omni-directional radio range beacon(超短波全方向式無線標識)
NDB=non-directional radio beacon(無指向性無線標識)

今回導入が前倒しになったRNAV(aRea NAVigation:広域航法)では、航空保安無線施設に頼らなくても、GPS(Global Positioning System:全地球測位システム))やDME(Distance Measuring Equipment:距離測定装置、VORと併設されることが多い)といったハイテク機器により、距離情報も発信できる基地の電波等を使うことで、飛行機が自分の位置を把握できるようになりました。これによりVOR/NDBに頼らずに2地点間を直線的な航空路を結ぶことができるようになりました。

RNAVが導入されることにより、飛行経路(飛行距離で平均約2%短縮)、飛行時間の短縮が実現します。これにより航空分野の省エネ・CO2排出削減に貢献すると期待されており、主要75路線導入後の全体効果(年間推定)は、CO2排出量で約15万5000トンが削減できるとしています(一般家庭約2万9000世帯分の年間排出量に相当)。また、燃料消費量で約6300万リットルの削減効果が見込まれます。

なお、当初は2012年度末までに導入完了の予定でしたが、2008年8月29日にとりまとめられた「安心実現のための緊急総合対策」において、省エネに資するRNAVの導入促進が盛り込まれたことから、スケジュールの見直しが行われ計画を1年前倒しし、2011年度末までに導入するということになりました。

私たち利用者にとって、目に見える形ですぐに何か便利になるということはありませんが、RNAV専用の上空域での高い飛行精度を活かし、鉄道網のような複線といったような現在の航空路に並行した路線を設置することが可能(VOR経路とRNAV経路を原則29,000フィートで運用的に分離し、29,000フィート以上の国内空域にRNAV経路を展開し、空域を再編する「スカイハイウェイ計画」)になるので、それにより空の混雑が減ることにより、飛行時間や待機時間が減少するというメリットがあることは確かです。

2008年09月25日

ボンバルディアCRJ1000 NextGen、初飛行に成功!

ボンバルディア社は9月3日、カナダ・ケベック州ミラベルにある同社施設において、開発中のリージョナルジェット機の次世代モデル“CRJ1000 NextGen”試作機の初飛行に成功しました。

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ケベック州ミラベルにあるボンバルディア社の施設において、初飛行に成功したCRJ1000 NextGen。2009年第4四半期の商業就航を目指しています。(Photo/Bombardier)

CRJ NextGenシリーズは、同社のリージョナルジェット機のCRJシリーズの次世代モデルとして、2007年3月にローンチしました。CRJ NextGenシリーズに移行したのは「CRJ700」「CRJ900」「CRJ1000」の3タイプでそれぞれ機種名末尾に「NextGen」が付加されることとなります。

  CRJ700 NextGen CRJ900 NextGen CRJ1000 NextGen
全幅 23.24m 24.85m 26.18m
全長 32.51m 36.20m 39.13m
全高 7.57m 7.51m 7.13m
最大巡航速度 875km/h 882km/h 870km/h
最大航続距離 3,789km 3,341km 3,131km
エンジン CF34-8C5B1 CF34-8C5 CF34-8C5A1
座席数 70~78席 86~90席 100~104席


CRJ NextGenシリーズの特長は、高い経済性の実現です。従来機よりも燃料消費量を最大4%抑えたことと、機体メンテナンス要件を軽減することで整備コストが下げられたということで実現しました。メンテナンスの間隔を延ばし、総合的な調整を図った結果、機材の耐用期間全体の中でのダウンタイム(補充・調整時間)と作業工数を下げることができたそうです。ボンバルディア・リージョナル・エアクラフトの社長スティーブン・リドルフィによると、CRJ NextGenは、競合機よりも1フライトにつき最高で15%までコストが低くなるとしています。

また内装デザインも改良されています。キャビンの窓は拡張され、従来機と比べて視界が24%拡大されました。座席頭上の荷物収納スペースも拡大され、大型キャスター付きバックを収容できるようになり、収納力は27%アップしています。また、客室のライトにLEDを追加したことでキャビン内部が高くなり、快適性をアップしています。天井パネルや凹型の窓部側壁は設計が一新され、美しいデザインとなっています。

今回初飛行に成功したCRJ1000 NextGen試作機(シリアルナンバー19991)は9月3日、カナダ東部夏時間午前10時2分に離陸し、フライトタイムは3時間25分、到達高度は3万フィート(9,144m)、最高速度は260ノット(481km/h)でした。

予定としてはCRJ1000 NextGenは、2009年第4四半期の商業就航を目指すとしています。これまでに確定受注、条件付き受注、オプション契約をあわせ、4社から計63機を受注しています。


2008年07月28日

ヒコーキがクールなインテリアに大変身?!

飛行機がその役割を終えるとスクラップされたり、砂漠に捨て置かれるというパターンが多いようです。しかし見つけました! 役割を終えたヒコーキをクールに再利用している会社があるのです。

その会社の名はMotoArt社。アメリカはカリフォルニア州のトーランス市にオフィスを構える会社です(ちなみにトーランス市は、第2のリトル東京と呼ばれるほど日系企業や日系スーパー、レストランが多い街として有名です)。この会社は、廃棄された飛行機や戦闘機、爆弾などのパーツ(部品)を利用してオリジナル家具や小物を販売する会社で、トーランス空港に隣接しており、航空業界のコネクションを活用し、パーツを入手しているそうです。旅客機や戦闘機のエンジンカウリング、翼、尾翼、操縦席、エンジンといったパーツを利用して、テーブルやリラックスチェア、時計などを製作しています。

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B747のエンジンカウリングを利用した「B-747 Cowling Reception Desk」。受付用机ですが、メタリックな感じがカッコいいですね~。(Photo/MotoArt)


写真をご覧になっていただけばおわかりのとおり、デザインはかなりクールでカッコいいもの。注文に応じて個人用の机から会議用テーブルまで製作してくれるそうですが、価格は1万ドルからとのことです。普通の家具よりも高価なので、オフィス家具として購入する企業が多いそうですが、航空ファンやデザインに魅かれ個人の方の購入例もあるそうです。

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B727のエンジンカウリングを利用した「B-727 Valet Desk」。3発機で日本の航空会社でも使われていた旅客機です。こちらはB747と比べて小型になりますので、個人用デスクですね。(Photo/MotoArt)

ちなみにMotoArt社の家具を購入している企業は、ボーイングをはじめとして航空会社からマイクロソフト、高級デパートのサックス・フィフス・アベニュー(これは男性用品売場のインテリアとして飾っているそうです)、ホテルなどで、オフィスの環境を差別化したいとのことで購入しているそうです。たしかにオフィスにこんな家具が置いてあったら、普通じゃないですよね(笑)。

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ロッキードL-1011 トライスターのエンジンのスピナー部分を利用したコーヒーテーブルです。メカニックな感じがたまりません(笑)。こんなテーブルがオフィスやカフェにあったらおしゃれですよね。(Photo/MotoArt)

スクラップとして捨てられたものを、ここまでデザイン性あふれるインテリア家具として生まれ変わらせる、目の付け所が面白いですよね。航空ファンでなくとも、この家具はちょっと欲しくなってしまうのでは?! 現在、販売経路を拡大中であり、スイスや香港にも代理店があるそうです。日本進出にも意欲があるそうなので、代理店ができるのを楽しみに待ちたいものです(ただ個人で購入するにはちょっと高いんですよね~)。また、一般消費者向けの低価格な商品ラインも充実させるそうなので、私たちにも手が届く商品がたくさん登場するとうれしいですね。

ご興味のある方は、MotoArt社のホームページをご覧になってみてください。見ているだけでも楽しくなりますよ。

●MotoArt社ホームページ
http://www.motoart.com/

2008年05月22日

成田空港、開港30周年!

成田国際空港(以下成田空港)は5月20日、開港30周年を迎えました。開港から現在までで、航空機の発着回数は累計354万回、利用客は6億8000万人を超え、また航空貨物量も昨年11月には累計4000万トンを達成するなど、日本の空の玄関口として機能しています。

おなじみの空港ですが、ここで空港概要を紹介しましょう。
開港:1978年5月20日
滑走路:A滑走路 16R/34L、4000×60m B滑走路 16L/34R、2180×60m
空港ターミナル:第1ターミナル、第2ターミナル
●年表
1966年7月4日  成田市三里塚に新空港建設を閣議決定
1966年7月30日  新東京国際空港公団設立
1973年4月30日  A滑走路完成
1978年5月20日  開港
1978年5月21日  航空機運航開始。京成電鉄空港線が開業
1984年6月23日  国際旅客5000万人達成
1986年11月26日 第2期工事着工
1988年3月19日  国際旅客1億人達成
1990年9月28日  国際旅客1億5000万人達成
1990年11月6日  発着回数100万回達成
1992年12月6日  第2旅客ターミナルビル供用開始
1993年2月2日  新管制塔供用開始
1993年2月5日  国際旅客2億人達成
1995年4月8日  国際旅客2億5000万人達成
1997年4月3日  国際旅客3億人達成
1998年12月23日 発着回数200万回達成
2002年4月18日  B滑走路(暫定平行滑走路)供用開始
2004年4月1日  新東京国際空港公団が民営化。成田国際空港株式会社に改組。新東京国際空港から成田国際空港に名称を改称
2005年6月8日  発着回数300万回達成

現在、アジア各国の空港が国際競争力の強化でアジアのハブ空港を争う中、成田空港は厳しい状況であるといえます。もちろん成田空港でもさらなる発展のための準備は行っており、2010年にB滑走路を2500m化し、発着回数を現在の1.5倍にあたる年間30万回に、またアクセスも同年に成田新高速鉄道の開業により、日暮里駅から36分とするなど、機能・利便性強化を進めています。

成田空港は、ACI(国際空港評議会)の2006年度世界空港ランキングにおいて、国際線旅客数は約3386万人で6位、国際線貨物取扱量は約224万トンで3位となっています。世界有数の国際空港である成田空港が、アジアでのハブ空港争いを勝ち抜くためにハード、ソフト面ともに今後も充実させていくことは必須といえるでしょう。成田空港の今後の発展に期待しましょう!

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第1旅客ターミナルビル出発ロビーで行われた運航の安全を祈る「航空安全祈祷会(きとうえ)」。成田山新勝寺の僧侶やNAAの森中社長ら約150人が出席し、僧侶がお経を唱えると、多くの旅行客も手を合わせ、空の旅の安全を祈っていました。

2007年01月10日

ホンダジェット出足快調! すでに受注100機を突破

見れば見るほどユニークな概観を持つホンダジェット。主翼の上にあるエンジンが本当に特徴的です。すでに100機以上の受注を得ていますので、出だしは非常に順調です。今後もこの勢いで受注を伸ばしていってほしいものです。(Photo/Honda Motor Co., Ltd.)

2006年8月に、アメリカに航空機の機体開発、製造、販売を行うホンダの全額出資子会社である「ホンダ エアクラフト カンパニー(Honda Aircraft Company)」(以下HAC)が設立されました。そして2006年10月17日(現地時間)にて、世界最大のビジネス航空機ショーであるNational Business Aviation Association(NBAA)において“ホンダジェット”の受注を開始しました。

なんと受注開始初日に年間生産予定機数(70機/年)を上回る100機以上の受注を突破し、早くも4年後の初デリバリーを前に増産の検討を始めています。

ホンダジェットは以前「航空機市場に本格参入決定! The Power of Dreamsホンダの挑戦!!」(2006年10月4日更新)でもご紹介したように、機体のみならずエンジンまでもが100%ホンダ製という世界でも類を見ない開発経緯を誇ります。

機体自体も斬新な設計と外観も特長です。ホンダジェットは、エンジンが主翼上面に取り付けられているという独特のスタイルで、これは特許も取得した新開発のOTWEM(Over The Wing Engine Mount)で、高速飛行時の造波抵抗の低減に効果があります。また主翼全体が滑らかな加工が可能なアルミニウム合金の削りだし加工で製造されていて、翼形状も独自開発した空気抵抗が軽減される翼型とのことで、低燃費を実現しています。さらに低燃費のターボファンエンジンを搭載していますので、従来機と比べて約40%の燃費向上がホンダジェットでは実現しています。

またキャビンも胴体内のエンジン支持構造を廃することで、従来の機体に比べ胴体内容積を30%以上拡大しています。胴体にはカーボン複合材一体成形構造を用い、小型軽量でありながら、クラス最大のキャビンを実現しています。

HACの藤野社長が「他社の従来機が普通乗用車なら、ホンダジェットはスポーツカーのような乗り心地」とPRするように、高速・機敏でかつ広いキャビンは、小型ビジネスジェットの世界を大きく革新していくのではないかと思います。

今年から2010年のデリバリーに向けて、アメリカ連邦航空局(FAA)の型式認定試験が始まります。今後順調に計画が進み、ホンダジェットがデリバリーされ大空を飛ぶ姿が見たいですね~。

●ホンダジェット主要スペック
座席数:6席(乗員2名+乗客4名または乗員1名+乗客5名)
エンジン:Honda HF118 ターボファンエンジン×2
最大離陸推力:757kgf×2
最大離陸重量:4,173kgf
全長×全幅×全高:12.5×12.2×4.1m
最高速度:時速778km
最大運用高度:12,497m
航続距離:2,037km
燃費:3.3km/kg
離陸距離:807m
着陸距離:694m

2007年01月08日

日本/インド間の航空便が3倍に! 日印航空協議が合意


関空線で使用されているエアインディアのエアバスA310。日本には1955年に、東京/香港/バンコク/カルカッタ/ボンベイ路線を開設したのがはじまり。1992年の経済開放政策以降、外国企業等の参入で経済が急成長し、航空需要が拡大しているため、同社では今年の2月にボーイングへ68機(B777×23機、B787×27機、B737×18機)という大量の発注をしています。エアインディアや日本航空、また現在インド線がない全日空など、増便は来年の春または秋のダイヤからと思われます。(Photo/Air India)

12月13日に来日したインドのシン首相と安倍首相の首脳会談が行われ、旅客便をこれまでの3倍増とすることで合意しました。日本とインドの航空交渉の合意は、関西国際空港の開港を前に航空輸送量を拡大した1993年以来13年ぶりとなります。この合意により経済成長が著しいインドと日本のさらなる交流が期待されます。

現行の日本/インド間の運航路線および便数は以下の通りです。
●日本航空
成田/デリー 週4便(B777)
●エアインディア
ムンバイ/デリー/バンコク/成田 週2便(B747)
ムンバイ/デリー/成田 週2便(B747)
ムンバイ/デリー/香港/関空 週3便(A310)

これが今回の航空協議の合意により以下のようになります。
●輸送力
・旅客便を3倍増(双方週21便まで)
・日本側航空会社は、インド国内への各地点に対して週7便まで旅客便を運航可能とする(インド側の成田線については、週4便を維持)
・上記の週21便のうち、週14便まで相手国と以遠地点間または中間地点の運輸権を講師可能(香港、バンコク等中間地点からの運輸権については週9便まで)
・上記に加え、貨物専用便を双方週7便まで運航可能とする
・日本側航空会社は、ムンバイ+デリー+4地点(うち3地点はコードシェア限定)に運航できる
・インド側航空会社は、成田+関空+那覇+4地点(うち3地点はコードシェア限定)に運航できる
●コードシェア
・相手国企業とのコードシェアに加え、同一国企業、第三国企業とのコードシェアを可能とする
●ウェットリース
・同一国企業間でのウェットリースを可能とする

この輸送力増加が実現したことで、2001年にインド路線から撤退した全日空も再び参入することが見込まれます。各社とも機材や人員の確保等に時間がかかるため、来年の春か秋のダイヤ改正で増便すると思われます。ただ、成田国際空港は発着枠が満杯ですので、成田の他の国際線の枠を振り替えるか、発着枠にまだ余裕のある関西国際空港などを使う便が増えるのではないでしょうか。

2006年12月15日

A380、型式証明取得作業へ向けた最終テストツアーを無事終了!


テストツアー第4回目のフライト、南アフリカ共和国のヨハネスブルクのO.R.タンボ国際空港に到着したA380。ここでは最大離陸重量とほぼ同じ555トンの重量で離陸し、南極点上空を通過しオーストラリアのシドニーへ飛行しました。(Photo/Airbus S.A.S. 2006 - Photo by Frans Dely)

エアバス社は、世界最大の旅客機A380「技術路線実証飛行」を成功裏に終えたことを発表しました。これは12月中旬に予定されている型式証明取得に向けた最終テストとなったツアーで、A380は寄港した各空港でさまざまなテストを行いました。

この最終テストツアーは、2006年11月15日に更新した「11月19日、成田にエアバスA380がやって来る!」でもご紹介しましたが、日本の成田空港にも寄港しました。ツアーは18日間で世界を回り、アジア・太平洋地域の10空港に寄港しました。ツアー寄港空港は以下の通り。

■1回目(寄港地)
11月14日:シンガポール、11月15日:ソウル
■2回目(寄港地)
11月18日:香港、11月19日:成田空港
■3回目(寄港地)
11月22日:広州、11月23日:北京・上海
■4回目(寄港地)
11月26日:ヨハネスブルク(南アフリカ共和国)、11月28日:シドニー、11月29日:バンクーバー

このツアーの総飛行時間は152時間で、12万7,788kmを飛行しました。飛行には搭乗していた欧州航空安全庁(EASA=European Aviation Safety Agency)と米連邦航空局(FAA= Federal Aviation Administration)からのパイロットも4路線で操縦に携わったそうです。

各空港では、A380を運航した場合、航空会社が行う通常の営業運航と同じ状況下で空港の運用が問題なく行われるかのテストを行いました。たとえばボーディングブリッジの接合試験や機内清掃、ケータリング、給油、乗客の搭乗実験などさまざまな確認作業が行われました。

成田空港には、11月19日午前11時50分、第1ターミナルの南ウイング45番スポットへ。コールサインは「Airbus 202」でした。翌20日13時にフランス・トゥルースへ帰還しました。

この最終テストツアーのトピックスといえば、南アフリカ共和国のヨハネスブルクのO.R.タンボ国際空港でのテスト。ここでは最大離陸重量とほぼ同じ555トンの重量で離陸し、南極点上空を通過しオーストラリアのシドニーへ飛行しました。16時間で13,512kmを飛行しました。また、O.R.タンボ国際空港は、海抜1,680メートルにあり、高高度の空港でのA380の機能性、信頼性も証明されました。

さて、気になる成田空港への乗り入れ一番乗りの航空会社ですが、どうやらエールフランス航空となりそうです。同社のパトリック・アレクサンドル上席副社長が11月29日に都内で会見を開き、2009年夏にパリ/成田線へのA380の投入を明らかにしました。

A380が世界で最初に就航するのはシンガポール航空のロンドン/シンガポール/シドニー線です。しかし、他の路線に投入することも考えられるので、シンガポール航空カラーのA380も成田で見られる可能性はあると思っています。

現在A380は、機内配線等の問題から生産計画が3度に渡り約2年間引き渡し時期が遅れており、貨物専用型を10機発注していたフェデックスがキャンセルしたことで、15社計149機となっています。さらにタイ国際航空(6機発注)では適切な補償が受けられない限りキャンセルすると示唆、エミレーツ航空もキャンセルをにおわすなど、状況は厳しいですが、がんばってほしいものです。


最大離陸重量とほぼ同じ555トンの重量で飛行してきたA380のシドニー空港でのタッチダウン。(Photo/Airbus)

2006年12月04日

トリプルセブンの最新鋭機B777-300ER シンガポール航空へデリバリー

11月28日(シアトル現地時間)にトリプルセブンの最新鋭機B777-300ERが、シンガポール航空へデリバリーされました。シンガポール航空は、2004年8月に19機のB777-300ERを発注していますが、そのうちの2機が今回デリバリーされました。予定では今年中に6機、2007年半ばまでに10機がデリバリーされる予定で、欧米やアジア路線に投入されます。B777-300ERは、B777-300の航続距離延長型となります。また、B777-300ERには、現在民間航空機に搭載するターボファンエンジンとしては世界最大推力を誇るゼネラル・エレクトリック社製のGE90-115B(115,300lbf)が搭載されています。


最新キャビンが設置されるシンガポール航空のB777-300ER。12月5日からシンガポール/パリ線に就航します。最新鋭機に最新キャビンという最強の組み合わせとなるシンガポール航空のB777-300ER、機会があればぜひとも搭乗してみたいものですね。(Photo/Boeing)

トリプルセブンのバリエーションは、ボーイング社によって2つの特性によって明確に分けられています。まず1つは、機体サイズです。基本サイズはB777-200とし、B777-300は胴体を延長し収容力を強化したサイズとする、としています。次に航続距離です。路線距離を3分類してそれぞれの需要にマッチしたバリエーションとしています。A需要は7,200kmから9,200km、B需要は10,800kmから14,250km、C需要は14,800km以上としています。ちなみにA需要はB777-200/300、B需要はB777-200ER/300ER、C需要はB777-200LRとなります。今回のB777-300ERはB需要ということになりますね。

シンガポール航空は、発注済みの全19機の777-300ERに11月8日に更新した「どこまで進化し続けるのか?! シンガポール航空の新キャビン発表」でご紹介した新キャビンが導入されます。

■シンガポール航空B777-300ER就航路線
・2006年12月より
シンガポール/パリ、シンガポール/香港、シンガポール/ミラノ/バルセロナ
・2007年1月より
シンガポール/チューリヒ
・2007年3月より
シンガポール/ソウル/サンフランシスコ
・2007年5月より
シンガポール/フランクフルト

シンガポール航空は、今回デリバリーされた2機の777-300ERを含め、業界最多である60機のトリプルセブンを運航しています。内訳はB777-200が31機、B777-200ERが15機、B777-300が12機、B777-300ERが2機の計60機。

最新鋭機に最新キャビン、機会があればぜひ体験したいですよね。

2006年11月22日

中国国際航空に150機目のボーイング機がスペシャル・マーキングでデリバリー!


中国国際航空のボーイング・フリートとしては150機目となった記念すべき機体は北京オリンピックのスペシャル・マーキング!機体はB737-800です。マスコットは機首に近い部分から「歓歓」(ホアンホアン・モチーフは聖火)、「貝貝」(ベイベイ・モチーフは魚)、「??」(ニーニー・モチーフはツバメ)、「晶晶」(ジンジン・モチーフはパンダ)、「迎迎」(インイン・モチーフはチベットアンテロープ)の5体。2008年の北京オリンピックを空から盛り上げてくれそうです。(Photo/Boeing)

11月14日、ボーイングから中国国際航空(CA/CCA)に通算で150機目となるボーイング機がデリバリーされました。記念すべき150機目となったのは B737NGのB737-800で、2008年に開催される北京オリンピックの公式マスコットを機体に描いたスペシャル・マーキング機となりました。

中国国際航空は前身を中国民用航空(略して中国民航と呼ばれることが多かったですね)といい、1949年の設立と非常に歴史のある航空会社です。中国民航は国内の航空交通を独占してきましたが、1988年に行政機能と航空会社経営機能を分割し、航空会社が民営化されました。余談ですがこの民営化により、中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空、中国西南航空、中国西北航空、中国北方航空の6社に分割されました(さらに2002年に中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空の3社に統合)。この分割された航空会社の中でも中国民航のコールサイン「Air China」、IATAコード「CA」、ICAOコード「CCA」を受け継いだのが中国国際航空なのです。現在でも国際線ネットワークと運航するフリート数や規模において、中国最大の航空会社であり、北京オリンピックの公式パートナー航空会社でもあります。

今回デリバリーされたB737-800は、GEコマーシャル・アビエーション・サービス(GECAS)から中国国際航空へのリースという形となっています。ちなみにGECASは、中国国際航空へ2機のB737-400SF(フレイター)、9機のB737をリースしているそうです。

ボーイングと中国国際航空の付き合いは、中国民航時代の1972年に10機のB707が発注されたことにさかのぼります。現在中国国際航空は、150機のボーイング機(B747-400/400CMB/200F/400F、B767-300/200/300ER、B737-300/600/700/800、B777-200、B757-200)とエアバスA340-300、A320-200、A319-100など多数の航空機を運航しています。また15機のB787ドリームライナーを発注しています。

記念すべき150機目が、北京オリンピックの公式マスコットが描かれたスペシャル・マーキング機というのもおめでたいですよね。機体に描かれているマスコットを簡単に説明しますと、機首に近い部分から「歓歓」(ホアンホアン・モチーフは聖火)、「貝貝」(ベイベイ・モチーフは魚)、「妮妮」(ニーニー・モチーフはツバメ)、「晶晶」(ジンジン・モチーフはパンダ)、「迎迎」(インイン・モチーフはチベットアンテロープ)の5体。すべての読みをあわせると「北京へようこそ」という意味になるそうです。今後も北京オリンピックのスペシャル・マーキング機は増えそうですが、この機体が北京オリンピックのスペシャル・マーキングを描いた最初の機材となります。

今年5月にスターアライアンスに加盟、またキャセイパシフィック航空との間で相互間の資本関係を発表するなど、中国国際航空は今後の発展も楽しみな航空会社です。

2006年11月15日

11月19日、成田にエアバスA380がやって来る!


いよいよ日本にやって来ます! 11月19日に飛来の予定で、翌20日にはトゥールーズに向けて離陸します。今回やって来るのはMSN002(製造者連番2)の機体で、初めて乗客を乗せたテストフライトにも使用された機体です。(Photo/Airbus)

エアバス社は、A380が型式証明取得に向けた最終テストで成田空港に11月19日に飛来することを発表しました。これは12月の型式証明取得を目指した技術的な最終段階の試験を行うためのアジア7都市の他、南アフリカ、オーストラリア、カナダを回るテストフライトツアーの一環としての寄港です。テストフライトは11月13日から合計で17日間行われ4回150時間以上の飛行を連続的に行い、A380の機能性、信頼性を実証するものです。成田空港に飛来するのは2回目の実証飛行においてとなります。

この最終テストに用いられるA380は、MSN002(製造者連番2)で、エンジンはロールス・ロイス社製トレント900を搭載したもの。ツアーはすべてフランス・トゥールーズから出発し、4回に分けて10都市を回ります。スケジュールは以下の通り。

■1回目(寄港地)
11月14日:シンガポール、11月15日:ソウル
■2回目(寄港地)
11月18日:香港、11月19日:成田空港
■3回目(寄港地)
11月22日:広州、11月23日:北京・上海
■4回目(寄港地)
11月26日:ヨハネスブルク(南アフリカ共和国)、11月28日:シドニー、11月29日:バンクーバー

この最終テストは「技術路線実証飛行」の一環として行われるもので、各航空会社が通常の営業運航と同じ状況下で空港での運用が問題なく行われることを実証するものです。各空港では、機体のメンテナンス方式、運用状況、空港設備の適合性などをチェックします。また、ボーディングブリッジの接合試験や機内清掃、ケータリング、給油、乗客の搭乗実験などさまざまな確認作業もあわせて行われます。このテスト飛行には、欧州航空安全局(EASA)と米国連邦航空局(FAA)のパイロットも搭乗し、飛行状態を監視します。

現在A380は、機内配線等の問題から生産計画が3度に渡り約2年間引き渡し時期が遅れており、貨物専用型を10機発注していたフェデックスがキャンセルしたことで、15社計149機が発注されています。

いよいよ成田にA380がやって来ます。いろいろ問題が発生し、実際の商業フライトで日本にやって来るのは来年以降となりそうですが、とにかく1日だけでも来ちゃいますので、時間のある方は成田空港へ足を運んでみてください。詳しい飛来時間は未確認ですので、詳細がわかり次第、コメント等でご紹介します。楽しみですね~。

2006年10月13日

エアバスA380の1号機引き渡しは2007年10月と発表


1号機の引き渡しが2007年10月と発表されたエアバスA380。この写真は5台ある飛行テスト機のうちの4台が8月30日に地中海の上を編隊飛行したものです。早く世界の空でA380に乗ってみたいものですよね。(Photo/Airbus)

旅客機業界に革命を起こすと期待されているエアバスA380ですが、予定されていた引き渡しから相当遅れて、1号機の引き渡しが2007年10月になると発表されました。新たに発表された計画によると、A380の1号機(シンガポール航空向け)の引き渡しが2007年10月、2008年に13機(シンガポール航空、カンタス航空、エミレーツ航空)、2009年に25機、2010年には当初の計画通り、貨物専用型1号機を含む量産体制が整い45機を引き渡すとしています。

今回の遅延の原因は、胴体の前胴部および後胴部に取り付ける配線作業の複雑さから生じる作業量の予測に誤りがあったためとしています。さらに配線作業が複雑であることに加えて、配線作業を効率化するために利用する「三次元デジタル・モックアップ」の導入が遅れたこと、そして作業員がその使用方法を学ぶ過程にあったことが新たな遅延の主な原因としていて、飛行性能自体の問題ではないとしています。

エアバスA380の最大発注元のエミレーツ航空(43機発注+リースで2機)は、最初の機体を受け取るのが2008年8月となり、当初の引き渡し予定からほぼ2年遅れることに「非常に深刻な問題で、全ての選択肢を検討している」(エミレーツ航空、ティム・クラーク社長)と述べていて、発注をキャンセルする可能性も示唆しています。実はエアバスA380の引き渡しの時期に関しては、今年の6月にも発表されていてそれよりもさらに遅れるとの今回の発表は顧客である航空会社、投資家からの信頼を大きく損なう「エアバスの危機」(イギリス、フィナンシャル・タイムズ)とも指摘される事態となりそうです。

エアバスでは、違約金などで2010年までに計20億ユーロ(約3,000億円)を見込んでいた減益幅が、48億ユーロ(約7,200億円)に拡大するとの見通しを発表し、人員削減や生産体制の見直しを図る「パワー8」計画を立ち上げるとしています。この計画の目的はコストを削減し、新機種をより早く開発することで、開発サイクルを2年短縮し、生産性を20パーセント増加させることができるとしています。さらに2010年に向けて年間支出を少なくとも20億ユーロ(約3,000億円)削減し、50億ユーロ(約7,500億円)の貯蓄総額を捻出する予定です。

ファンとしては早くA380を見たい、乗ってみたいという気持ちはやまやまですが、さまざまな問題をキチンと解決してよりより機体としてデビューしてもらいたいものです。そしてこの遅延によってエアバスのボーイングに対する対抗力がなくなってしまわないように、経営努力で乗り越えていってもらいたいものです。ボーイングも素晴らしい航空機メーカーですが、寡占状態ではファンとしては寂しいですからね。

2006年10月04日

航空機市場に本格参入決定! The Power of Dreamsホンダの挑戦!!

ホンダジェットは2003年12月3日に初飛行以来、累計240時間を超える試験飛行を行っています。後発の新興メーカーの航空機は相当の特長がないとユーザーの支持を得られないといわれる中、ホンダの革新的な性能は業界に大きなインパクトを与えると思われます。どうか商業的に成功してもらいたいものです。(Photo/Honda Motor Co., Ltd.)

ホンダは8月8日、航空機の機体開発、製造、販売を行う全額出資子会社、ホンダ エアクラフト カンパニー(Honda Aircraft Company)を米国に設立すると発表しました。ホンダ エアクラフト カンパニー(以下HAC)は、かねてから自主開発していた小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の試験飛行の拠点となっていた米国ノースカロライナ州グリーンズボロ市のピードモントトライアッド国際空港の敷地内に設立され、社長にはホンダジェットの開発責任者である藤野道格氏が就任しました。10月からの本格稼動に向けて今後準備を進め、秋ごろからホンダジェットの受注を開始し、2010年中の初号機引き渡しを目指す予定です。

ホンダといえば、“車やバイク”というイメージが強いのですが、実は創業者である本田宗一郎氏は1962年に発行されたホンダ社報にて軽飛行機の開発を宣言していて、以前から高い関心を持っていたようです。それから約20年後1986年に同社の和光基礎技術研究センターが開設されると本格的に航空機研究が開始され、1993年には他社製のエンジンを搭載した小型実験機「MH02」が初飛行に成功しています。そして開発から20年、ついに自社開発の航空機の開発・製造・販売を行う会社を持つこととなったのです。

さて気になる「ホンダジェット」の機体についてですが、なんといっても最大の特徴は、機体のみならずエンジンまでもが100%ホンダ製ということです。みなさんもご存知の通り、ボーイングやエアバスの旅客機といってもエンジンは、ボーイング製、エアバス製ではありません。それをホンダはエンジンまでも自社開発してしまったのです。そのエンジンはターボファンエンジン“Honda HF118”と名付けられ、小型でシンプルにまとまっており、また自動車分野で培ってきた電子制御技術も惜しみなく投入された、高性能、低燃費なエンジンとなっています。

また機体もエンジンが主翼上面に取り付けられているという独特のスタイルで、これは特許も取得した新開発のOTWEM(Over The Wing Engine Mount)で、高速飛行時の造波抵抗の低減と、燃費の向上を実現しています。翼や機種のデザインにしても乱流発生を抑える自然層流といわれる形状を取り入れたことで、空気抵抗を大幅に低減させる先進的な空力設計となっています。操縦系統も複数の情報を集中表示する高解像度平面デジタルディスプレイを計器類に採用し、最新技術を取り入れています。

1948年に自転車用補助エンジンの製造からスタートしたホンダは、常に「夢」を原動力にして「商品」を提案・提供してきました。世界的にも前例の少ない自社製エンジンと自社製機体の組み合わせによる「ホンダジェット」は、今まさに大空への「夢」を実現しようとしています。

●ホンダジェット主要スペック
座席数:6席(乗員2名+乗客4名または乗員1名+乗客5名)
エンジン:Honda HF118 ターボファンエンジン×2
最大離陸推力:757kgf×2
最大離陸重量:4,173kgf
全長×全幅×全高:12.7×12.2×4.1m
最高速度:時速778km
最大運用高度:12,497m
航続距離:2,037km
燃費:3.3km/kg
離陸距離:807m
着陸距離:694m





2006年09月29日

パイロットになりたい! 憧れのパイロットにはどうしたらなれるの?


安全にかつ快適に乗客を目的地に送り届けることがパイロットの仕事。重責とともにとてもやりがいのある仕事でもあります。写真はイメージ。(Photo/Iberia)

大空を飛ぶ旅客機を操縦するパイロットになりたい!と子供のころ1度は思ったという方は多いのではないでしょうか? 何百人という乗客を乗せ、安全に快適に旅客機を操縦するというのは、やりがいのある仕事であり、かつとても重責のある仕事です。航空会社のパイロットになるためには、どのような手段があるのか、今回は航空業界への就職、パイロットになるためにはどんな方法があるのかをご紹介します。

日本の航空会社で旅客機を操縦するパイロットになるためには、主に3つの方法があります。

・自社養成
自社養成とは、4年制大学もしくは大学院修士課程の新卒者を対象とするもので、日本航空や全日空など大手のエアラインで実施されています。自社養成はまったくの素人を対象に行われるもので、試験において操縦知識などの専門分野を問われることはありません。通常の就職試験と考えていいでしょう。あくまでも、パイロットとしての素質があるかどうかを見る試験であり、どんな企業にでも求められるような、さまざまな分野に興味を持ち、向上心のある学生が採用されることが多いようです。自社養成は、自分の希望する航空会社を受験することができますので、希望する航空会社に就職でき、訓練中の社員ですので給料が支払われます。旅客機のパイロットになりたい人には、まさにベストなコースといえるでしょう。しかし、自社養成の採用試験は1回きりのチャンスなので、再受験ができないという狭き門なのです。

・航空大学校
航空大学校とは、運輸省(現国土交通省)が設置した民間パイロット養成機関です。さまざまな訓練課程を修了すると、全員が大手航空会社のパイロット試験を特別枠で受験することができます。しかし、自社養成と違う点は、必ずしも希望する航空会社を受験できるわけではないということと、航空会社の状況や個人の成績によっては全員がパイロットとして就職できるわけではないという点です。

航空大学校の受験資格は、4年制大学に2年以上在籍し、所定の単位を取得した25歳未満の人、もしくは短大卒および卒業時に専門士の称号が付与される専修学校の卒業者で25歳未満の人です。自社養成と違い航空大学校への受験は、25歳未満であれば何度でもできるということ。気になる試験内容は、英語、総合(数学など)、総合適正検査、身体検査、面接となります。自社養成の試験同様、操縦の専門知識などを問われることはありません。2年間の訓練が行われますが、この間は入学料、年間授業料、寮生活となりますので、寄宿寮等を支払う必要があります。

・必要資格を自力で取得し、航空会社へ就職する
エアラインパイロットに必要最低限の資格である、事業用操縦士、多発飛行機、計器飛行証明、航空無線士などの資格を自力で取得し、航空会社へ就職活動を行うという方法があります。この採用方法は、JALエクスプレスやジェイ・エア、スカイマークなど中小航空会社で実施されています。自社養成や航空大学校が25歳くらいまでを対象とするのに対し、それ以上の年齢であってもパイロットになれるチャンスがある、というのがこの方法です。しかし、この方法は資格を取得するのに時間も経費もかかるということを覚悟しなければなりません。資格を全て取得するとなると、およそ1,000万円近くの経費がかかってしまうというのがデメリットであり、必ずしも航空会社に就職できるわけではないというリスクも高い方法なのです。

ただしこの3つの方法の前にパイロットになるためには、健康であることが大前提となります。現役のパイロットになっても半年に1度の航空身体検査を受け、これにパスできないとその日から乗務停止となります。志願者とて同じこと。試験科目の中に身体検査が含まれていますので、パイロットを目指す方は、健康に十分注意することが必要です。これからパイロットを目指す方は、まずは健康であることを心がけてくださいね。

エアラインでの採用情報は、ホームページ上で発表されますので、要チェックです。また航空大学校は平成19年度の入学募集は終っていますが、学校案内等は請求できますので航空大学校のホームページ等を見て情報を収集してみてください。


2006年09月27日

堅実な設計思想で一時代を築いたダグラス社DC-9ファミリー

Variety Artist/BATTLE JAZZ-BIG BAND ultimate fast tunes ビッグバンドでの高速チューンばかりを集めた「スピード」感あふれるご機嫌なアルバム(だからスピード感溢れる旅客機がジャケットなのかなと)。ブラス・セクションの速いのに正確で複雑なフレイジング、スピード感を倍増させる超シャープなドラミング等、聴きどころ満載! スイング、そしてモダンなビッグバンドの魅力を浮き彫りにした1枚です。

今回は、ビッグバンドの「スピード」に着目して選曲された「BATTLE JAZZ-BIG BAND ultimate fast tunes」(V.A.)の青い空の下にDC-9ファミリーの機体(すいません、詳細な型式はわかりませんでした)が美しいジャケットを見ながら、短距離ジェット旅客機DC-9ファミリーについてご紹介していきましょう。

1967年4月に、戦闘機メーカーであったマクドネル社に買収される形で合併され、マクドネル・ダグラス社となりましたが、レシプロ時代からダグラス社といえばアメリカを代表する旅客機の名門会社でした。1950年代~1960年の初頭、中距離中型旅客機分野ではさまざまな航空機メーカーが新しく画期的な旅客機を発表していました。たとえば、シュド・アビアシオンの“カラベル”(1955年初飛行)、デハビランド社(ホーカー・シドレー・アビエーション)の“トライデント”(1962年初飛行)、ボーイング社のボーイング727(1963年初飛行)、ビッカース社のBAC111(1963年初飛行)などがそうです(商業的に成功した機体は、DC-9とボーイング727でした)。

そうした中、ダグラス社でもボーイング社のボーイング727の対抗機として1963年から中・短距離用の旅客機の開発が進められることとなりました(プロジェクト名は「プロジェクト2000」)。その機体の名がDC-9でした。プラット&ホイットニーの傑作エンジンJT8Bエンジンを機体後部の左右に取り付けるというリア・マウント方式でT尾翼を持つフォルムとなりました。試作機は1965年2月に初飛行し、その年の12月にデルタ航空で就航しました。開発は後発でしたが、商業的には大成功をおさめ、ダグラス社時代だけで976機が生産され、マクドネル・ダグラス社となっても生産が続けられ、1980年代にはストレッチ型のMD-80シリーズ、1990年代にはエンジンをIAE V2500に換装したMD-90シリーズ、ボーイング社との合併後もMD-95がボーイング717-200として引き継がれました。DC-9ファミリーには多数のモデルが存在していますが、ざっと紹介しましょう。

モデル 全幅 全長 航続距離 最大旅客数
DC-9-10 27.25m 31.82m 2,038km 90人 JT8D-5
DC-9-15/20 28.47m 36.37m 3,030km 115人 JT8D-15
DC-9-30 28.47m 36.37m 3,030km 115人 JT8D-15
DC-9-40 28.47m 38.28m 3,120km 125人 JT8D-15
DC-9-5028.47m 40.72m 3,030km 139人 JT8D-17
MD-8132.8m 45.1m 2,900km 172人 JT8D-209
MD-82/-8832.8m 45.1m 3,800km 172人 JT8D-217A/C
MD-83 32.8m 45.1m 4,600km 172人 JT8D-219
MD-87 32.8m 39.7m 4,400km 139人 JT8D-217C
MD-90 32.9m 46.5m 2,330km 166人 V2500
ボーイング717-200 28.4m 37.8m 2,650km 117人 BR715-A1-30
トータルの生産数は2,400機以上で、これはボーイング737シリーズの5,100機以上、エアバスA320の3,000機以上に次ぐ生産数を誇るベストセラー機なのです。 ノースウエスト航空のDC-9-50。まだまだ現役バリバリでアメリカ国内線で活躍中です。

2006年09月20日

ボーイング737NG 中国が150機の受注契約を完了


ボーイング737NGを発注した8社の中国系航空会社。737NGは、競合機と比べ、燃料効率性を大幅に向上し、高度、速度、航続距離、低騒音性の面でも優れた性能を持っています。737ファミリーは、民間航空機史上最高の人気を誇るプログラムで、これまでに 236社から6,500機を受注、737NGは2006年8月31日時点で、100社から3,300機以上から発注されており、受注残は1,360機でリストプライス総額は910億ドルに上る大ベストセラー機です。(Photo/Boeing)

ボーイングは9月14日、中国の海南航空(H4/CHH)から15機の737NGの受注を確認したことにより、中国航空機材輸出入集団公司(CASGC)との間で計150機の次世代737の契約が完了したと発表しました。

これは中国航空機材輸出入集団公司が2005年11月に737NGを150機購入することを決定したことから始まった契約で、2005年12月に50機、2006年1月に20機を発注しています。ボーイングでは、今年の4月に中国国際航空(CA/CCA)、中国東方航空(MU/CES)、中国南方航空(CZ/CSN)、山東航空(SC/CDG)、上海航空(FM/CSH)、深セン航空(ZH/CSZ)、厦門航空(MF/CXA)から計65機の737NGを受注していました。今回の海南航空も合わせて中国系航空会社8社からの受注総額は、リストプライスで100億ドル、デリバリーは2006年から2010年にかけて行われる予定です。内訳は下の表を参照してください。

航空会社 モデル 2005年発注数2006年発注数
中国国際航空737-800 --- 25機 中国東方航空737-700 3機 11機
中国東方航空737-800 1機 5機
中国南方航空737-700 9機 3機
中国南方航空737-800 11機 7機
海南航空737-800 6機 19機
山東航空737-800 --- 12機
上海航空737-700 --- 3機
上海航空737-800 5機 5機
深セン航空737-800 5機 5機
厦門航空737-800 10機 5機
ボーイングでは、2005年の時点で中国では今後必要とする新造機数は約2,600機で、金額ベースでは約2,130億ドルに達すると試算しています。そのうち737型機のような単通路型機への需要が最も多く、1,678機が納入されるとし、中国内外を含めた全路線の旅客需要は、年率7.3%上昇すると予測しています。現に、中国で運航されている全航空機の41%にあたる394機がボーイング737シリーズであり、中国市場にとって最適な航空機であるといえるでしょう。

2006年09月13日

エアバスA380乗客を乗せたテストフライトを開始!


今回フライトで実際に使用されたファースト・クラスの様子。シートは現在も使用されているファースト・クラスのシートという感じですが、キャビンの広さを感じさせますよね~。(Photo/Airbus)

9月4日から8日までで計4回、A380で初めて乗客を乗せたテストフライトを行いました。

9月4日の飛行では474人の乗客を乗せ、午前9時58分(現地時間)にエアバスの本拠地フランスはトゥールーズのブラニャック空港から離陸しました。今回テストフライトに使用されたA380はレジストリMSN002が使用され、キャビンは標準的なファースト・ビジネス・エコノミークラスの3クラス制(474座席)のコンフィギュレーションが設置されました。今回のテストフライトの乗客は20~30人のキャビン専門家を含むエアバス社の社員が搭乗しています。

4回のフライトは、それぞれ7時間、10時間、12時間、15時間のフライトタイムで実行され(内1回は夜間フライト)、短いフライトタイムではスペイン、フランス、イギリス、ドイツまわり、より長いフライトタイムはノルウェーやカナリヤ諸島あたりを飛行したようです。

テストフライトに搭乗したエアバス社の社員である乗客は、空調調節、照明、音響効果、機内エンターテイメント、食事や飲み物のサービス、電気回路、トイレと水を含むテスト機体で機能しているキャビンシステムをチェックしました。4回のフライトで搭乗したエアバス社員は1900人にものぼったそうです。

気になるテスト結果ですが、エアバス社のクロード・レライー飛行部門担当上級副社長は、「満席のキャビンにもかかわらず、窮屈さを感じず広いという印象と、機内はとても静かだった」とコメントしています。今回、標準的なキャビンレイアウトでしたが、写真を見てもおわかりのように、確かに広い! 各航空会社がどんなレイアウトにしてくるのか、ますます楽しみになりました。

今回の飛行平均速度はマッハ0.85(時速850km)で、飛行高度は43,000フィート(13,106m)ということです。4回のフライトを合計すると41,750kmに達し、世界一周程度の距離をフライトしたことになります。また8日のフライトで、A380テストプログラムは2005年4月27日に最初の飛行以来616フライト、2,000飛行時間に達しとのことです。

飛行試験プログラムには5機のA380が投入されていて、その内4機はロールスロイス・トレント900のエンジンで、1機がエンジン・アライアンスGP7200エンジン(8月25日に初飛行成功)となっています。

A380は現在16社から159機の確定発注を受けていて、最初の商業フライトはシンガポール航空となる予定で、2006年末には就航する予定です。シンガポール航空のA380はまず、カンガルー路線と呼ばれるシンガポール/ロンドン線とシンガポール/シドニー線に導入されます(シンガポール航空は、A380を25機発注しています(10機確定、15機仮発注)。シンガポール航空のA380は、3クラス制で通常は555席の配置が可能なところを3クラス制で480席弱とする予定です)。

世界に先駆けていち早くA380の路線に就航するのは日本路線ではないのですが、今年の年末にはA380をどこかで見かけられるかもしれませんね。


9月4日のフライトのテイクオフシーン。午前9時58分にトゥールーズのブラニャック空港から離陸しました。(Photo/Airbus)

2006年09月11日

ボーイング737ネクスト・ジェネレーション最新型「B737-900ER」がフライトテスト開始


青と白を基調としたボーイングのブランドカラーを施したB737-900ER。尾翼のライオンマークはライオン・エアーのものですね~。フライトテストに使用される2機はどちらもライオン・エアーにデリバリーされるそうです。今後5か月間で235時間のフライトが行われ、来年2007年春には路線に就航する予定です。(Photo/Boeing)

9月5日、ボーイングは737NG(ネクスト・ジェネレーション)ファミリーの最新型であるB737-900ER(航続距離延長)の初フライトテストを9月1日に実施、運航認可所得に向けたフライトテストプログラムを開始したことを発表しました。

ボーイング737ファミリーは、世界でも最も売れているベストセラー機ですが、1968年のルフトハンザドイツ航空での初就航以来、たくさんの派生型が生まれてきました。ちょっと整理してみますと、初期型と呼ばれるB737-100、-200、737クラシックと呼ばれるエンジンを高バイパス比ターボファンに換装したB737-300、-400、-500そして737NGと呼ばれ、主翼の設計を見直して効率を高めB777の技術を用いたB737-600、-700、-800、-900が登場しています。

今回テストフライトプログラムを開始したB737-900ERは、2005年7月18日にローンチしたB737NGシリーズの中でも最新機種です。本機種は、胴体長はB737-900と同じですが、主翼後方左右に非常口を追加したことで、最大客席数を215席(モノクラス仕様)としました(B737-900は189席)。また、最大離陸重量も8万5141kgに引き上げられ(B737-900は7万9010kg)、機体各部に構造強化が行われて、航続距離を5900km(B737-900は5084km)に延長しています。オプションで、ブレンデッド・ウィングレットの装備も可能です。

9月1日に行われた初テストフライトは、午前9時21分(現地時間)にワシントン州レントンのレントン・ミュニシパル空港を離陸し、まずは太平洋に向けて西方に航行、その後オレゴン州アストリアに向けて南方へ、さらにはワシントン州オリンピック半島上空と、約1時間45分をかけてフライトテストを行った後、シアトルのボーイング・フィールドに着陸したそうです。

今回のテストでは、航空機の耐空性、空力性能、安定性、そして巡航中のパフォーマンスとともに、操縦系、自動運航、与圧装置、空調、飛行管理システムの確認を行いました。今後B737-900ERは、2機を使用して235時間のフライト及び210時間の地上でのテストが5か月間行われ、2007年初頭までにFAA(米国連邦航空局)およびEASA(欧州航空安全庁)から運航認可を取得、2007年春にはライオン・エアーによって運航が開始される予定です。

B737-900(-900ERを含む)は現在までに、ライオン・エアー、GEコマーシャル・アビエーション・サービス(GECAS)、スカイ・エアラインズ、コンチネンタル航空、スパイス・ジェットから計80機が発注されています。フーツラ・インターナショナル・エアウェイズとエクセル・エアウェイズはGECASとのリース契約を通じ、2008年からB737-900ERを運航する予定だそうです。




2006年09月06日

B787ドリームライナーの部品を運ぶ! 巨大フレイター着々準備中

台北国際空港で初披露された747LCF(ラージ・カーゴ・フレイター)。今回披露された巨大な機体は787ドリームライナーの主要部位を空輸するために改造する3機の特別機の初号機です。(Photo/Boeing)

以前「実は結構メイド・イン・ジャパンなんです。ヒコーキって」(8月2日更新)でも、次世代旅客機B787ドリームライナーのプログラムに多数の日本企業が参画していると紹介しました。たとえば、三菱・川崎・富士の重工3社は機体の35%を担当していますし、複合材を東レ、タイヤをブリヂストン、ラバトリー、フライトデッキのインテリアとドアなどをジャムコなどが担当しています。日本以外にもB787ドリームライナーの部品等を担当する企業が世界中にあります。それではそうした部品は、どうやってB787ドリームライナーの最終組み立て向上であるシアトル郊外のエバレット工場まで運ばれるのでしょうか。

部品はそれぞれ貨物機(フレイター)によって運ばれます。しかし、たとえば三菱重工は主翼部分、川崎重工は前部胴体部分と主脚格納部の複合材部品を、富士重工は主翼の付け根部分の「中央翼」を担当していますが、たとえば通常のフレイターで運べる大きさなのでしょうか(B747-400Fで最大で120トン前後を運ぶことができます)。運賃コスト等を考えればよりいっぺんに大量の部品を運ぶほうがよいですよね。

そうなんです。ボーイング社はB787のためにB747-400型を改造して大型特殊貨物機を3機ほど作ってしまうのです。その機体の名前部品は“B747LCF”(ラージ・カーゴ・フレイター)といいます。B747-400LCFは、胴体部を拡張することでB747-400Fの300%もの貨物を搭載することが可能だということです。

8月16日に、B747-400LCFの初号機が台湾にて披露されました。現在、この B747-400LCF は初飛行に向けて地上でのテストが進められており、今後は、 8 月中に台北での初飛行を行い、その後にシアトルへ移動、最終のテストプログラムを経る予定とのことです。この B747-400LCFの改造は台湾のエバーグリーン・アビエーション・テクノロジー社によって行われました。同社は日本でもお馴染みのエバー航空とゼネラル・エレクトリックの合弁企業であり、台湾のエバーグリーン・グループの傘下でもあります。現在、同社によって 2 機目のB747-400LCF 改修作業も進められており、今秋には完了し、来年には 3 機目の改造が予定されています。なお、今年中に完成する B747-400LCFの2機は、 787 型機の最終組立の開始に向け、2007 年より運航を開始します。

このB747-400LCFを運航する会社は、アメリカのエバーグリーン国際航空、ルクセンブルクのカーゴルックスの2社で、エバーグリーン国際航空がアメリカ/日本間を、カーゴルックスがアメリカ/ヨーロッパ間の運航と受け持つそうです。

日本には中部国際空港に飛来の予定で、エバーグリーン国際航空が運航を担当し、主翼と胴体を積み込む予定だそうです。ちょっとみてみたいものですよね。

2006年08月28日

YSに続くか?! 国産ジェット機開発支援を強化へ

8月7、9、11日ともうすぐ日本の空から退役してしまう国産旅客機“YS-11”を紹介していきました。その中でも“唯一の国産旅客機”と何度も書きましたが、現在の日本ではYS-11が今のところ唯一の国産旅客機で、今後日本で旅客機が開発されなければ最後の国産旅客機となってしまいます。しかし着実に国産開発の芽が育っていることをご存知でしょうか?
実は2002年(平成14年)に経済産業省が予算を獲得するとして発表した「30席~50席クラスの小型ジェット機」開発案が現在進行中で、小型ジェット機の国産開発計画が進行しているのです。

この開発案では、機体は最先端の複合材を多用し軽量化を図り、機体のフォルムも空気抵抗を減らして高性能化し、従来の旅客機よりも燃費効率の向上(従来機より約2割高める)、運航費の大幅な削減を狙ったものとしています。さらに操縦システムも最新のIT技術をふんだんに取り入れ、容易なものとするとしています。開発期間は2003年(平成15年)度から5年間、開発費は500億円を予定し、半分を国が補助するとしたものでした。

2003年(平成15年)4月7日、経済産業省はプロジェクト「環境適応型高性能小型航空機」の窓口となる新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)において、メーカーを招いての説明会を行い、4月末を締め切りとして希望者を募集するとしました。計画案を提出したのは三菱重工業のみで、5月29日に三菱重工業を主契約企業として、富士重工業と日本航空機開発協会が協力することとなりました。機体開発に関しては宇宙航空研究開発機構(JAXA)が協力、富士重工業は主翼など10パーセントを請け負うことに決定し、経済産業省は2003年(平成15年)度予算において10億円を獲得したのです。

三菱重工業は2003年(平成15年)秋に概案作りを開始した結果、競合機と差別化を図るために「環境適応型高性能小型航空機」(三菱重工業での略称は“MJ”)に以下の特徴を盛り込むこととしました。
・ヘッドアップディスプレイの採用
・強化型対地接近警報装置(EGPWS)
・航空交通警報装置、衝突防止装置の搭載
・3次元CADの試作デモによりコスト削減

三菱重工業は、2005年(平成17年)9月に、中間評価を公表しました。この発表において21世紀前半において、アジアで航空需要の急成長が見込めるなど、市場の動向から大型化が必要という判断がされ、70席の計画から90席に規模を拡大することとなりました。この構想変更により、2007年(平成19年)に初飛行の予定が2011年(平成23年)になる見通しとなりました。

また経済産業省では、この国産旅客機プロジェクトの開発支援を強化する方針で、2007年度予算の概算要求に前年の4倍の20億円を盛り込んでいます。

2007年度は、機体自体の開発に着手するかどうかの判断を下す正念場となる大事な時期でもあります。小型リージョナルジェット機は、今後市場が拡大するとされている分野ですので、ぜひとも開発の成功を祈りたいものです。メイド・イン・ジャパンの旅客機が世界の空を飛ぶところを見たいものですね。

■産業技術総合開発機構(NEDO)「環境適応型高性能小型航空機研究開発」ページ
http://www.nedo.go.jp/activities/portal/p03029.html
■宇宙航空研究開発機構(JAXA)「国産旅客機チーム」ページ
http://www.apg.jaxa.jp/res/ctt/index.html

2006年08月09日

特集! ダートサウンド高らかに、日本の空を支えたYS-11


全日空と東亜国内航空のYS-11のそろい踏み。昔はこんな光景が結構見られたものです。全長26.3m、全幅32.0m、全高8.9m、エンジンロールスロイス・ダート Mk542-10K×2、巡航速度245kt(時速454km)、最大速度263kt(時速490km)、航続距離2,200km、座席数64席を誇りました。

今週は9月30日に民間航空使用機材としては、日本の空から消えてしまうYS-11についてご紹介していますが、今回は日本の航空会社のYS-11の使用歴などについて紹介していきます。

さて話はちょっとずれます。YS-11という機種名ですが、どのような理由で命名されたかと思いますか?
まずYですがYS-11の設計のために創立された「輸送機設計研究協会」をローマ字にした頭文字のYが、Sは「設計」をローマ字にした頭文字のS、そしてエンジン候補番号10案中の最初の1案を採用したことから1、機体仕様候補1案の1ということからYS-11と命名されたようです(11には諸説いろいろあるようです)。呼び方としては、「わいえすじゅういち」とか「ワイエスイレブン」と呼ばれることが多いのですが、設計者の方々は「わいえすいちいち」と呼んでいたそうです。

YS-11の初定期便就航は1965年(昭和40年)4月1日のことで、日本国内航空の東京-徳島-高知線で、JA8612(愛称:聖火)が使用されました(1964年(昭和39年)の東京オリンピックで聖火を那覇~鹿児島~宮崎~札幌に運んだ機体)。さらに同年5月には東亜航空が広島-大阪線、大阪-米子線の運航を開始しました(後にこの2つの航空会社は合併し東亜国内航空となります。旧日本エアシステム、現在は日本航空)。ちなみに東亜国内航空が日本、いや世界最大のYS-11オペレーターなのです。

日本でYS-11のオペレーターとなったのは、全日空(37機)、東亜国内航空(49機)、中日本航空(1機で試作1号機でした)、南西航空(現日本トランスオーシャン航空)(6機)といった顔ぶれ(機数はのべ機数。航空会社名は当時のもので、グループ会社等に移籍されたものも含む。また海外にデリバリーされたものを購入したものも含む)。日本航空もウェットリースで運航していたこともあります。そのほかに、航空自衛隊(13機)、海上自衛隊(10機)、航空局(6機。航空大学校含む)、海上保安庁(5機)と、YS-11の総生産数182機中のうち127機が日本で活躍していたのです。ちなみに1968年(昭和43年)5月にデリバリーされた南西航空へのYS-11は、当時沖縄はまだ日本に復帰していなかったため、同じ日本でしたが政府の輸出許可を取り輸出されたという経緯があります(JA8696、愛称ゆうな)。

1965年(昭和40年)の量産機1号から1972年(昭和47年)の生産終了までたった7年間の製造期間でしたが、当時としては離着陸性能と旅客搭乗数が同クラスの外国機(たとえばフォッカーF27フレンドシップ)に比べ優れた機体だったといえるでしょう。YS-11は、とっても頑丈なヒコーキとしても知られていて(これは合理的な機体耐用年数を踏まえた設計をしていた欧米に対し、日本では初の機体だったために不合理なほど頑丈に作られていることが功を奏しています)、機体年数が40年を超えるものでも現役バリバリで使用されているものもあるほどです。

それでは、なぜ退役するの?という疑問が出てきます。実は国土交通省の決定により、座席数が30席を超える旅客機には2006年から衝突防止警報装置(TCAS)の装備が義務化されることとなりました(YS-11に関しては2006年度いっぱいまでの猶予措置が設けられています)。もちろんYS-11にはもともとTCASを装備されていません。もし付けるとなると1機あたり1億円程度の経費がかかるほか、快適性やスピードの面からいってもすでに時代遅れとなってしまっているという理由により、退役が決まってしまったのです。退役後は、海外に売却され当分は活躍すると思われます。ただし、TCASの装備が義務つけられていない自衛隊においては、全機が現役で当分の間は使用されると思いますので、日本の空からYS-11が全く姿を消すことはなさそうです。


カセットコンロス/パラボラ 2004年に発売されたカセットコンロスの「パラボラ」には、南西航空カラーと思われるYS-11のイラストがジャケットに使用されています。テナー・ギター、陽気なホーンセクション、踊り出すかのようなリズム隊がワクワクさせて、ボーカルのあたたかい歌声に心沁みる、流行とは関係のない音楽です。音楽のイメージが南国という感じなので、南西航空カラーなのかな?

2006年08月07日

特集! ありがとう!YS-11 国産唯一の名機退役迫る


日本エアコミューターに残る最後の3機のうちの1機、YS-11A(JA8717)。日本エアコミューターでは、「ありがとう日本の翼 YS-11キャンペーン」として、搭乗証明書、毎月11日の「YS-11の日」に各種イベント開催、スペシャルツアーを設定、公式記念メダルなどさまざまな企画が開催されています。

1962年(昭和37年)の試作機初飛行、1965年(昭和40年)商業運航開始とこれまで約40年以上も唯一の国産旅客機として活躍を続けていたYS-11がついに、9月30日を持って日本の空から退役します。かつては、国内の航空会社が数多く導入し、全国を飛び回っていましたが、現在では日本エアコミューター(JAC/JN)の3機(JA8717、JA8766、JA8768)を残すのみとなってしまいました。

派手さのないターボプロップ機ですが、それこそ地道に日本の空で働き続けたYS-11を記念して、3回にわたり特集していきたいと思います。第1回は、YS-11の開発経緯について紹介していきたいと思います。

1952年(昭和27年)にサンフランシスコ講和条約を締結したことにより、日本は連合国の占領下から独立を果たしました。それにともない、連合国最高司令官総司令部(GHQ)による航空禁止が一部解除され、日本の空に旅客機が帰ってきてから日本の航空路線は、ダグラスDC-3やDC-4、コンベア440などのアメリカ製の輸送機が占めていました。多くの日本の航空関係者は、かつて航空王国であった日本に日本製の航空機を飛ばしたいという悲願を持っていたことは想像に難くないでしょう。日本国政府は1957年(昭和32年)に航空禁止が全面解除になることを見越し、1956年(昭和31年)に通商産業省(現・経済産業省)の主導で「中型輸送機の国産化計画構想」という国産民間機計画を打ち出しました。翌年から専任理事に木村秀政日本大学教授を迎えた「財団法人 輸送機設計研究協会」(通称「輸研」)が設立され、小型旅客輸送機の設計が始まったのです。

この輸研には、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を設計した新三菱の堀越二郎、中島飛行機で一式戦闘機(隼)を設計した富士重工業の太田稔、川西航空機で二式大艇を設計した新明和の菊原静男、川崎航空機で三式戦闘機(飛燕)を設計した川崎の土井武夫といった、戦前の航空業界を支えた人物が参加・設計に着手しました。この4人に航研機を設計した木村教授を加えて航空業界では「五人のサムライ」と呼んでいます。

輪研での研究開発が進み、ついに1958年(昭和33年)、横浜にてモックアップ(精巧な模型)が公開されます。翌年の1959年(昭和34年)に特殊法人日本航空機製造株式会社(NAMC)が創設され、輸研は解散しました(五人のサムライは実機の製作には携わらないと宣言していました)。初代社長には輸研理事長の荘田康蔵、技術部長に新三菱の東條輝雄が就任。資本金は55億円、日本国政府が最大株主であり、新三菱重工(現三菱重工業)、川崎航空機(現川崎重工業)、富士重工業、新明和工業、日本飛行機、昭和飛行機の6社の協力体制が敷かれ、本格的に輸送機の開発作業が始まりました

機体設計は、胴体はレイアウトに余裕が持てるように真円部分を長くしたものが採用されました。また、地方路線でも使用できることを目的としたため、1200m級の滑走路でも離着陸が可能な性能とし、エンジンは耐空証明の取得に困難が予想されたため自国での開発を諦め、イギリスのロールスロイス製のダート10という当時主流になりつつあったターボプロップ・エンジンを採用、プロペラはダウティ・ロート製、当時の日本では技術力不足な部分であった電子機器もほぼ全て海外製品を採用しました。

飛行試作機(JA8611)は1962年(昭和37年)に完成し、8月30日に初飛行を行いました。その後、空気特性の悪さからプロペラ後流によって右方向へ異常な力が働き、全ての舵の効きが悪いというトラブルを克服し、1964年(昭和39年)8月に運輸省(現国土交通省)の型式証明を取得し、国内線向けのデリバリーを開始しました。9月9日には全日空にリースされた2号機が東京オリンピックの聖火を日本全国へ空輸し、日本国民に航空復活をアピールしました。1965年(昭和40年)3月30日に量産1号機が運輸省航空局に納入、4月から航空会社への納入が始まりました。

ところが、YS-11-100は運航が増えるたび、トラブルが起こったことも事実で、この経験が1967年(昭和42年)からのYS-11A(2050以降)誕生へ繋がったのです。1968年(昭和43年)にはトラブルもほとんど解消し、1機あたりの飛行時間は月300時間以上、定時出発率99パーセントを誇る、高い信頼性を持つ航空機となったのでした。

なかなかドラマがある旅客機なのです、YS-11という機体は。このあたりの経緯は、「YS-11 上 国産旅客機を創った男たち/下 苦難の初飛行と名機の運命」(前間孝則著/講談社+α文庫)に詳しいので興味のある方は、ご一読してみてください。


今のハイテク旅客機と、比べると機械式計器がたくさんあることがわかります。油圧式ではなくすべて直接ケーブルでつながっている、手動の操縦系統としては、YS-11は限界ぎりぎりの大きさの機種。重たい操縦系統だそうです。

2006年08月02日

実は結構メイド・イン・ジャパンなんです。ヒコーキって


ボーイング787ドリームライナーは、同クラスの767と比較すると、燃費は15~- 20%向上するとされています。この燃費の向上は、空力改善・複合材(炭素繊維素材)の多用による軽量化・エンジンの燃費の改善・これらの相乗効果によるものです。この複合材を開発・供給しているのが東レ。三菱、川崎、富士の重工3社のほかにも、見えない部分で日本企業が大活躍です。(Image/Boeing)

最近の大型旅客機は、アメリカのボーイング社、フランス・ドイツ・スペイン・イギリスの4カ国が出資している統合企業のエアバス社の2社の寡占状態です。日本もかつて第二次世界大戦後に設立された日本航空機製造のYS-11という小型機を製造していましたが、1972年には販売を終了してしまいました(日本の空からの引退も間近です)。

でも、実はボーイング社やエアバス社の旅客機には、メイド・イン・ジャパンな部品が多数使われていることをご存知ですか?

たとえば、ボーイング社の旅客機を見てみると、大型部品や完成品などを91社以上の日本企業に発注しています。なかでも三菱重工業、川崎重工業、富士重工業の3社は、30年以上にわたってボーイング社と密接な協力関係にあり、これら3社はボーイング767プログラムがスタートした1978年以来、同プログラムに参加し、767型の胴体パネル、フェアリング、主脚ドア、主翼インスパーリブなどを製造しています。これら日本のメーカーが提供する部品は767型の価格全体の15%に相当するほどです。

さらに、三菱、川崎、富士の重工3社は777型プログラムにもパートナーとして参加し、1990年代初始めに777型の設計、製造、テストに参画しました。現在は胴体パネルおよびドア、中央翼セクション、主翼・胴体取り付け部フェアリング、主翼インスパーリブなど、777型の機体全体の約20%を供給しています。

また、三菱、川崎、富士の重工3社はボーイングの次世代旅客機787ドリームライナープログラムにも参画していて、機体の35%を担当する予定です。ちなみに三菱重工は主翼部分、川崎重工は前部胴体部分と主脚格納部の複合材部品を、富士重工は主翼の付け根部分の「中央翼」をそれぞれ担当しています。

ボーイング787は、軽くてさびない複合材(炭素繊維と樹脂を組み合わせたもの)が使用されますが、この複合材を提供するのが東レ。さらにブリヂストンはタイヤを提供し、ジャムコはラバトリーの提供、フライトデッキのインテリアとドア、そしてバルクヘッドの組立を担当します。他にも、日本企業はギアボックス、前縁フラップ、化粧室、高度計、アクチュエーター、各種バルブ、ビデオ・エンタテイメント・システムなどをボーイング社に供給しています(いやー凄いもんですね~)。

そしてもちろんエアバス社の旅客機でも日本企業は大活躍です。代表的な企業としては、川崎重工がA321の中胴スキン・パネルを、住友精密工業がA330/A340向けに着陸装置のジャックを、三菱重工がA320ファミリー用にシュラウド・ボックスを、A330/A340ファミリー用に後部カーゴドアを生産しています。2003年11月には、ブリヂストン、古河スカイ、新明和工業もA330/A340の生産に参画しています。

さらにエアバスの次世代超大型機A380でも、日本からこれまで21社が参画しています。ジャムコ、東レ、東邦テナックス、住友金属工業、三菱重工業、富士重工業、日本飛行機、新明和工業、横浜ゴム、日機装、横河電機、カシオ計算機、牧野フライス製作所、ブリヂストン、三菱レイヨン、松下アビオニクス・システムズ、小糸工業、住友精密工業、ミネベア、昭和飛行機、コミーの21社。これら日本企業21社がA380から得る売上は、合計46億ドル以上になるとのこと(これまた凄い!!)。

メイド・イン・ジャパンな旅客機もいつか乗ってみたいですが、ボーイングもエアバスの旅客機でも皆さんの目に付くところ、付かないところのあらゆるところにメイド・イン・ジャパンなものが使われているんです。


超大型機のエアバスA380は、なんと21社もの日本企業が参画しています。こちらも日本の炭素繊維が多用されていて、機体に使用されている炭素繊維の50%以上が東邦テナックス(テイジングループ)の製品が使用されます。鉄の4分の1の軽さで旅客機の機体を軽くし、省エネルギーに一役かっています。今年年末にはシンガポール航空に引き渡される予定です。(Photo/Airbus)

2006年07月19日

知って納得! 空の疑問解決Q&A


夏休み、今年は皆さんどちらへ旅行されますか? ヒコーキに乗る時、ちょっとした知識があれば、もっと楽しく乗れるかもしれません。疑問に思うことがあれば、コメント欄に書き込んでくださいね。わかる範囲でお答えします。(Photo/Airbus)


夏休みに向けてヒコーキに乗る機会が増えるかと思います。ヒコーキに乗っていて、「これってどういうことだろう?」「どうして?」「なぜ?」という疑問を持つことがあるかもしれません。ということで、今回は航空関係の疑問解決のQ&A方式で進めていきたいと思います。


Q 飛行機の航空路というのは目で見て確認することができませんが、たとえば地上の道路のように“幅”という考え方はあるのですか?

A ずばり、あります。航空路はNDB(non-directional radio beacon=無指向性無線標識)を起点とするものについては片側5マイル(約8000メートル)VOR(VHF omni-directional radio range beacon=超短波全方向式無線標識)を起点とするものは片側4マイル(約6500メートル)の幅を持っています。NDBとVORで幅が異なる理由は、電波の精度によるもので、長波を使うNDBは超短波を使うVORに比べて誤差が生じやすいので、安全を見て航空路の幅が広くなっています。


Q ヒコーキ1機を塗装するにはどのくらいの時間がかかりますか?

A 大型機のボーイング747クラスで、2~3日程度でできます。しかし、実際にはエアラインが塗装する場合は、すでに塗ってあるとそうを剥がす作業から始めますし、重整備期間中に他の整備作業と並行して作業しますので、1週間から10日以内を目安としたスケジュールで進めているそうです。


Q ヒコーキ1機には、どれくらいの塗料が使われているの?

A 飛行機の塗装は3層になっていますが、ボーイング747クラスで1機当たり、1層につき300~250kgの塗料が使われるそうです。ですから、塗装全ての重さは約1トンということになりますね。思ったよりも塗装って重いものですね~。


Q パイロットの呼び名には操縦士や副操縦士、機長、コ・パイロット、FO、PIC、PF、PNFなどさまざまな呼び方がありますが、どういう意味なのですか?

A 機長(キャプテン)には、そのフライトの最高責任者という意味と、フライトの最高責任者を務める資格を持っているという2つの意味があります。たとえばフライトによっては、機長資格者が2名乗ることもありますが、最高責任者を務めるのは1名だけです。そこで、そのフライトの最高責任者を務めるパイロットのことをPIC(Pilot In Command)といいます。その場合、もう1人の機長資格者は、そのフライトでは機長にはなりません。
操縦士、副操縦士という使い方ですが、軍用機などでは必ずしもパイロットが機長を務めるとは限りません。その場合は、パイロットはただの操縦士や副操縦士ということになります。
また、コ・パイロットは副操縦士のことを指しますが、FO(First Officer)と呼ぶ航空会社もあります(これは船用語がきているようですね)。
PFPNFは、パイロットの役割分担を示す呼び名です。PFはPilot Flyingの略で、その言葉通り主に操縦を担当し、PNFはPilot Not Flyingの略で、その言葉通り操縦以外の業務を担当します。通常は機長がPFを務めることが多いのですが、副操縦士(FO)が務めることもできます。


これ以外にも質問がありましたら、コメントにどんどんお書きください。わかる範囲でお答えしたいと思います。

2006年07月12日

最新動向! 各社の新路線を紹介


ウラジオストク航空のツポレTu-154M(機体マーキングは昔のものです)。旧ソ連のツポレフ設計局が開発した3発機です。日本にやってくるTu-154Mは、騒音対策を施したものです。

現在はいわゆる夏期スケジュール(たいてい4月1日~9月30日)と呼ばれている時期ですが、各社の新路線の開設が続々発表されています。昔は、夏期スケジュール前、冬期スケジュール前に発表されることが多かったのですが、最近ではフレキシブルに随時発表されることが多いようです。

各社の新路線をご紹介する前に、そもそも航空会社が「定期便」を開設したのはいつごろからの話なのか簡単にお話しましょう。

デイリー運航という意味での世界初の定期便は、エアクラフト・トランスポート・アンド・トラベル社(ブリティッシュ・エアウェイズの前身)が1919年8月25日に開設したロンドン/パリ線にはじまります。現在のヒースロー国際空港の近くにあるロンドン郊外のハウンズローから、パリまでを2時間半で結び、機材はデハビランドDH4Aでは 乗客1人運びました(そのほかにライチョウのつがいなども運んだそうです)。

さて、それでは現在の日本での最新の新路線をご紹介しましょう。

■国内線
●スカイマークエアラインズ
・羽田/那覇:9月15日~
運航はデイリーで、使用機材はB767(座席数は機材により異なるが280席前後)。その前に夏期限定で深夜定期便を7月14日~9月11日まで運航。


■国際線
●ウラジオストク航空
・北九州/ウラジオストク:8月19日~9月23日
運航日は水・土曜日の週2便で、使用機材はTu-154M(ビジネスクラス8席、エコノミークラス141席の合計149席)。


●エバー航空
・中部国際/台北:7月10日~
運航日は月・火・水・金・土曜日の週5便で、使用機材はエアバスA330-200(プレミアム・ローレルクラス24席、エコノミークラス228席の合計252席)。


●エミレーツ航空
・中部国際/ドバイ:6月1日~
運航日は当初月・火・木・土曜日の週4便でしたが、7月1日からはデイリーで、使用機材はボーイング777-200(ファーストクラス12席、ビジネスクラス42席、エコノミークラス236席の合計290席)。10月29日からはエアバスA340-500型機での運航を予定しています。


●ダリアビア航空
・新潟/ハバロスク:7月4日~10月27日
運航日は7月4日~10月10日までは火曜日、7月7日から10月27日までは、月・金曜日で、使用機材はTu-214とTu-154M。
・青森/ハバロスク:7月16日~8月23日
運航日は水・日の週2便で、使用機材はTu-214とTu-154M。


●チャイナエアライン
・新千歳/台北:7月1日~
運航日は火・水・木・金・土・日曜日の週6便で、使用機材はボーイング737-800(ビジネスクラス8席、エコミークラス150席の合計158席)。
・関空/台北:7月1日~
運航日は火・木・金・土・日曜日の週5便で、使用機材はエアバスA330-300(ビジネスクラス36席、エコノミークラス277席の合計313席)。11月からはデイリー運航をする予定です。
・中部国際/高尾:7月2日~
運航日は水・日曜日の週2便で、使用機材はボーイング737-800(ビジネスクラス8席、エコミークラス150席の合計158席)。


●フィンランド航空
・中部国際/ヘルシンキ:6月4日~
運航日は火・木・日曜日の週3便で、使用機材はMD-11(ビジネスクラス36席、エコノミークラス246席の合計282席)。7月より長距離路線に就航が決定しているエアバスA340-300がもしかしたら導入されるかもしれませんね。


フィンランド航空のMD-11。マクドネル・ダグラス(現ボーイング)製の3発機です。日本からヘルシンキは「日本から一番近いヨーロッパ」で、飛行時間は9時間半。今後は長距離路線へはA340-300を使用するとのことなので、この雄姿を見られるのは今のうちかもしれません(Photo/ Finnair)

2006年07月07日

ワールド・エアラインズ・アワード2006が決定!


フルフラットを世界初で導入したのがブリティッシュ・エアウェイズのファースト・クラス「ファースト」。なんと14席しか配置されていなく、それぞれの席がほかの席と隣り合うことがないという独特なレイアウトも斬新で、かつ贅沢な空間を堪能することができます。(Photo/British Airways)

以前「AIRPORT of the YEAR 2006で関空が世界4位に!」(5月26日更新)でも取り上げた、イギリスのエアライン関連調査会社「SKYTRAX」ですが、今回はエアラインを対象にしたアワードの発表を行いました。「ワールドエアラインアワード」は、毎年9月から5月まで実施する意識調査の結果に対する賞で、世界の航空会社の商品やサービスなど、35のカテゴリに関して旅行者の満足度を図るものです。今年度は全世界で1361万1244人を対象に実施されました。

35の全ての領域をご紹介することは無理なので、気になる部門をピックアップして紹介しましょう。まずは、総合部門となる「エアライン・オブ・ザ・イヤー」です。



■エアライン・オブ・ザ・イヤー(カッコ内は昨年の順位)
1位 ブリティッシュ・エアウェイズ(5位)
2位 カンタス航空(2位)
3位 キャセイ・パシフィック航空(1位)
最優秀の「エアライン・オブ・ザ・イヤー」を受賞したのは、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA/BAW)ビジネスクラス「クラブ・ワールド」や「ファースト」などのキャビンクラス利用者からの支持が高く、10位内に入った航空会社の中で最も高い満足度を得たということです。2位のカンタス航空(QF/QFA)は、どの分野も高品質なサービスを提供していることが評価されました。3位のキャセイ・パシフィック航空は、エコノミー・クラスの評価が高かったようです。



■ベスト・インフライト・エンターテイメント
1位 エミレーツ航空
2位 シンガポール航空
3位 ヴァージン アトランティック航空
機内エンターテイメント部門で第1位を受賞したのは、エミレーツ航空(EK/UAE)。エミレーツ航空では、すべてのエアバスA340-500、一部のボーイング777-200および777-300ERの機内エンターテインメント・システムが充実していて、その名も“ice”システムといいます。iceは、映画、TVチャンネル、ラジオ、音楽、通信、旅行情報などを提供し、フライト中いつでもスクリーンをタッチすれば好きなサービスを選択することができるという優れもの。500以上のチャンネルと通信・情報機能を持つ使いやすく、充実したサービスで、2年連続の受賞は納得のひとこと。



■ベスト・キャビン・スタッフ
1位 タイ国際航空
2位 カタール航空
3位 マレーシア航空
キャビン・スタッフの部門で1位を受賞したのは、タイ国際航空(TG/THA)。タイは、微笑みの国と呼ばれるほどホスピタリィには定評のある国ですが、タイ国際航空もまさに暖かいもてなしの心が生かされています。女性客全員にオーキッドの生花で作られたコサージュのプレゼントなど“ソフト”なサービスが好評のようです。ちなみに4位に全日空(NH/ANA)が入っています。



■ベスト・エコノミー・クラス
1位 マレーシア航空
2位 シンガポール航空
3位 スイス インターナショナル エアラインズ
エコノミー・クラス部門で1位を受賞したのは、マレーシア航空(MH/MAS)。マレーシア航空のエコノミー・クラスは、シートが34インチのシートピッチを持つ快適さです。世界の航空会社の中でもこの広さを持つ会社は少数です。しかもB777-200では、フットスト、ランバーサポート、ヘッドレストなどが装備され、ワンランク上のエコノミー・クラスを堪能することができます。また、機内エンターテイメントも充実していて、B747-400とB777-200のエコノミー・クラスでは最新の機内エンターテイメントシステム“3000i”が導入されていて350種類以上のエンターテイメントの中から好きなプログラムを好きな時に楽しむことができるオンデマンドサービスを提供しています。



■ベスト・ケータリング エコノミー・クラス
1位 タイ国際航空
2位 カンタス航空
3位 エミレーツ航空
機内食のエコノミー・クラスの部での1位は、タイ国際航空。メインは2種類より選択できますが、たいてい1種類はタイ料理(タイ風カレーが多いようです)が用意されていて、本格的なタイ料理が堪能できます。また、出発の48時間前までにリクエストをすれば、和食も対応してくれます。こうしたお国色の強い料理を出すことや和食やスペシャル・ミールへのきめ細かな対応が高評価につながったものと思われます。

ベスト3の枠に日本の航空会社が入っていないのは残念ですが、エアライン・オブ・ザ・イヤーの8位に全日空(昨年度は10位)が入っていて、今後のサービス向上が期待されます。皆さん個人的にごひいきの航空会社があるとは思いますが、こうした全世界的な利用客の意見というも面白いものですよね。


タイ国際航空では、トムヤンクンやタイ風チキンカレーなどタイ料理を食べることができます。また、路線によって日本線ならば日本食、中国線なら中華料理といったようにきめ細かくサービスに手を入れています。こうした細かな心配りが高評価につながったのではないでしょうか。(Photo/Thai Airways International)

2006年07月05日

夏休みは羽田のチャーター便を使って海外へGO!


エアーマカオ(NX/AMU)は、1994年に設立されたマカオの航空会社です。運航している路線は、北京、成都、桂林、昆明、南京、上海、厦門といった中国路線と、ソウル、高雄などの韓国路線、フィリピンはマニラなど北東アジアにフライトを行っています。

関東圏にお住まいの方ならば、海外旅行は成田国際空港が旅の玄関口となります。ただ都心からのアクセスが1時間以上かかってしまうので、ちょっぴり不便を感じている方も多いことでしょう。もうすぐ夏休みのバカンスシーズンが到来します。長期休暇は取れなくても海外に行きたい!という方は、アクセスの時間も気になるところ。そうした方へは、羽田空港の国際チャーター便を利用した海外旅行なんていかがですか?

羽田空港は成田国際空港開港時に、羽田=国内、成田=国際というように区分されました。しかし2000年9月から、学識経験者、関係地方公共団体等からなる「首都圏第3空港調査検討会」を国土交通省航空局が開催した結果、羽田空港の再拡張案が、他の候補(新空港の建設等)と比較して、既存ストックの有効活用、アクセス等の旅客利便等の観点から大きな優位性があるため、羽田空港の再拡張案を優先して推進することになりました。2002年6月25日に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」において、「財源について関係府省で見通しをつけた上で、国土交通省は、羽田空港を再拡張し、2000年代後半までに国際定期便の就航を図る」とされるまでになりました。そうした動きの中で、現在羽田空港では国際線のチャーター便が積極的に運航されています。

羽田空港から出発する国際チャーター便は、忙しい社会人にはメリットがたくさんあります。
●空港までのアクセスが簡単・速い
●日本から通常直行便で就航していない地域へ行ける
●深夜出発、早朝到着が多く、仕事帰りにも出発できる

デメリットというよりも注意点としては、チャーター便のため出発日が限られていること、チャーター便のため延泊等のオプションが利用できないというようなことでしょうか。でも、デメリット以上に羽田発の海外旅行は便利でお手軽です。夏のバカンスシーズンは、羽田から出発してみる!というのはいかがですか。以下に、羽田空港から出発予定のチャーター便をご紹介しましょう。

■アジア方面
韓国:日本航空、全日空、コリアンエアー、アシアナ航空
香港・マカオ:エアーマカオ
モンゴル:日本航空

■ビーチリゾート
ハワイ:オムニエアー
グアム:日本航空(JALウェイズ)、全日空

こうしてみてみると、羽田発の行き先は、韓国やグアムといった週末を使った短期でも楽しめる近場のデスティネーションが中心となっています。こうしたチャーター便の運航は、「いつ、どこにくるかわからないチャーター便に乗りたい!」(1月16日更新)にもご紹介しましたが、「包括旅行チャーター」と呼ばれるもので、旅行会社がヒコーキを借り切り、ツアーを募集する形態のものです。チャーター便を運航するエアラインが直接航空券を販売することはなく、チャーターした旅行会社が現地のホテルや観光などとセットで販売されるものです。ですから、チャーター便に乗りたい場合は、旅行会社のツアーを利用することになります。Gokutabi Webでご協力いただいているH.I.S.のホームページには、羽田発のチャーター便の紹介が掲載されています。また、他の旅行会社のホームページや店頭のチラシもチェックしてみて、自分にあった旅行を見つけてください。もちろん羽田以外の空港でもバカンスシーズンは各国へのチャーター便が運航されますので、ぜひチェックしてみてください。チャーター便という定期便では味わえない面白さを、ぜひ体験してみてください。


オムニエアー(OY/OAE)は、1983年に設立されたアメリカのチャーター便専門航空会社です。現在DC-10とB757-200ERを運航しています。主にハワイのホノルル国際空港から、ラスベガスというルートが多いそうです。。




2006年07月03日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループH編

グループHは、スペイン(8大会連続12度目/ベスト4)、ウクライナ(初出場)、チュニジア(3大会連続4度目/1次リーグ敗退)、サウジアラビア(4大会連続4度目/ベスト16)というグループ(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。タレント揃いのスペインが1位、ウクライナが2位で決勝トーナメントに出場しました。


イベリア航空のA340-600。この機体導入時にビジネス・プラス・クラスを導入しています。ワンワールドの創立メンバー。スペインでの空港ハンドリングサービスを200社以上の航空会社に提供しています。(Photo/Airbus)
●スペイン
常に優勝候補の一角に挙げられている強豪国スペインですが、決勝トーナメントではフランスに破れ、残念ながらベスト16に終わりました。そんなスペインの航空会社といえば、日本にも乗り入れ経験のあるイベリア航空(IB/IBE)。1927年と世界の航空会社の中でも最も古い時代に設立されたイベリア航空は、国営航空会社として発足しました(現在は民営化されています)。
ワンワールドの創立メンバーで、スペインを中心に41か国(地域)110都市へ1日835便を運航しています。その他にはエア・ヨーロッパ(UX/AEA)、スパンエア(JK/JKK)などがあります。




写真はUkraine International Airlines のB737-500。ボーイング737シリーズのみを使用して国内・国際線を運航しています。
●ウクライナ
東ヨーロッパにあるウクライナは、初出場ながら決勝トーナメントではスイスを破りベスト8に進出しました。Air Ukraine(6U/UKR)というフラッグ・キャリアがありましたが2002年に経営破綻により運航停止。以降フラッグ・キャリア的な大きな航空会社はなく、Ukraine International Airlines(PS/AUI)、Aerosvit Airlines(VV/AEW)、DonbassAero(7D/UDC)等の航空会社が国内・国際線を運航しています。




写真はB737-600。Tunisairは、エアバスA300、A319、A320、ボーイングB737-500、B737-600といった機材で、チャーター便のサービスとともにヨーロッパ、中東、北・西アフリカに49のデスティネーションを結ぶ国内・国際線を運航しています。
●チュニジア
北アフリカに位置するチュニジアは、地中海に面した自然豊かな国。ワールドカップには4度出場し、2004年のアフリカネーションズカップを制するなど存在感溢れるチームです。そんなチュニジアの航空会社といえば、フラッグ・キャリアのTunisair(TU/TAR)。また1965年に設立されたArab Air Carriers Organization(航空会社間の協力、品質・安全標準を推進するアラブ地域の組織)にも加盟しています。またその他にはチャーター専門のNouvelair(BJ/LBT)があります。




写真はB747-300。サウジアラビア航空は、大型機を多数所有していますが、中型機、リージョナルジェットも保有していて、2005年にはエンブラエルERJ-170を15機発注しています。
●サウジアラビア
ワールドカップには、1994年の第15回(アメリカ)大会に初出場を果たしてから連続して出場しているサウジアラビア。サウジアラビアのフラッグ・キャリアといえばサウジアラビア航空(SV/SVA)。日本へ貨物便のみの乗り入れですが、中東・東南アジア・アフリカ・ヨーロッパ、北米と国際線のデスティネーションも豊富。メッカ巡礼の需要があるため大型機も多数所有しているのが特徴です(巡礼の時期にチャーター便を多数運航することで、そうしたチャーター便をハッジ・フライトといいます)。

2006年06月30日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループG編

グループGは、アジアからはお隣は韓国(6大会連続7度目/ベスト4)、ヨーロッパからはフランス(3大会連続12度目/優勝)、スイス(3大会ぶり8度目/ベスト8)、アフリカからは初出場となるトーゴ(初出場)というグループ(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。予選リーグの結果は1位スイス、2位フランスとなり両国代表が決勝トーナメントに出場することになりました。




写真はエアバスA330-300ですが、コリアンエアーはヨーロッパ以外では初のオペレータとなりました。またエアバスA380は5機の確定発注と3機のオプションを発注しています。コリアンエアーは、ボーイング、エアバスともにバランス良く発注していて、ボーイングB787型も発注しています。(Photo/Airbus)
●韓国
今回は残念ながら予選リーグ突破とはならなかった韓国。そんな韓国の航空会社といえば、まず思い浮かべられるのがコリアンエアー(KE/KAL)でしょう。1962年に国営会社の大韓航空公社として設立され、1969年に民営化されました。仁川国際空港を国際線専用のハブ空港として、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、北アメリカを結ぶネットワークを結んでいます。日本への乗り入れは1963年でお馴染みですね。あと日本でお馴染みなのがアシアナ航空(OZ/AAR)。1988年に設立されたアシアナ航空は、韓国で最初にできた純民間エアラインです。設立2年目を待たずして1990年に国際線に進出しました。またその他には2005年に設立された済州航空(7C)、2004年に設立された韓星航空(HAN)が国内線を運航しています。




画像はエアバスA380で、エールフランス航空では10機を発注しています。ヨーロッパ最大の輸送旅客数を誇り、国際線旅客輸送で世界3位、国際線貨物輸送で世界4位という実績を持っています。(Image/Airbus)
●フランス
1998年の第16回大会(フランス)の優勝経験のあるベテランが代表に戻ってきて土壇場でドイツへの切符を手にしたフランスは、チームの若返りが今後の課題。そんな“レ・ブルー”(フランス代表の愛称)の国を代表する航空会社といえば、エールフランス航空(AF/AFR)。1933年にフランス国内外路線を運航していた5社(アエロポスタル、エール・ユニオン、ソシエテ・ジェネラル・ド・トランスポール・アエリアン、カンパニー・アンテルナシオナル・ド・ナビガシオン・アエリエンヌ、エール・オリアン)が合併統合する形で設立されました。設立以来、新機材をいち早く導入し、1976年からは世界初の超音速旅客機「コンコルド」を運航していたことも有名ですね。現在ではパリを拠点に、ヨーロッパ、フランス国内、アジア、北・南アメリカ、アフリカ、中東へ100都市以上を結ぶネットワークを構築しています。日本への乗り入れは1952年のことで、南回りの路線でパリ~ローマ~ベイルート~カラチ~サイゴン~羽田という経由で50時間かかったそうです。




写真はエアバスA340-300。スターアライアンスに加盟したスイス インターナショナル エアラインズは、6月2日から全日空とコードシェア(東京/チューリヒ間)を開始しています。(Photo/Swiss International Air Lines)
●スイス
3大会ぶりの出場となるスイスは、2002年のU-16欧州選手権で優勝、U-21欧州選手権でもベスト4 に残るなど、若手育成が実を結び、予選リーグ1位という結果を残しています。そんなスイスの航空会社といえば、スイス インターナショナル エアラインズ(LX/SWA)。2001年秋に破綻したスイスエアーのグループ企業であったクロスエアーが経営を引き継ぐ形で2001年に設立された航空会社。現在はルフトハンザ ドイツ航空に買収され、2006年4月にスターアライアンスに加盟しています。




写真はAir TogoのエアバスA300。1960年にフランスから独立したという経緯から公用語はフランス語。同社の国際線も近隣アフリカ諸国以外はフランスのみ。
●トーゴ
前回大会ベスト8のセネガルを退け、初出場となったトーゴは、西アフリカ、ギニア湾に面する国です。トーゴのフラッグ・キャリアはAir Togo(YT/TGA)。国営の航空会社で主にトーゴ/フランス間、西アフリカの近隣諸国へのフライトを運航しています。

2006年06月29日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループF編

グループFは我らが日本代表も属したリーグですが、残念ながら予選リーグ敗退となってしまいました。うーん残念。前回大会優勝のブラジル(18大会連続18度目/優勝)に、日本(3大会連続3度目/ベスト16)とクロアチア(3大会連続3度目/3位)、そして1974年大会以来の快挙を果たしたオーストラリア(8大会ぶり2度目/1次リーグ敗退)というグループ(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。予選リーグの結果は1位ブラジル、2位オーストラリアとなり両国代表が決勝トーナメントに出場しました。駒を進めたのは、やはりブラジルでしたね。




日本線でお馴染みだったヴァリグ・ブラジル航空のMD-11。社名となっている「VARIG」とは、ポルトガル語で“輸送”を意味する「ヴァイソン」のV、空を意味する「アエリア」のA、これに同社の発祥の地であるリオ・グランデ州の頭文字「RI/G」を合わせたものです。(Photo/VARIG)
●ブラジル
ブラジルの航空会社といえば、日本へ乗り入れていたヴァリグ・ブラジル航空(RG/VRG)。日本への乗り入れは1868年で、2006年1月13日まで成田/リオデジャネイロ(ロサンゼルス、サンパウロ経由)にMD-11で週4便の運航をしていました。この路線、1往復するだけで2万マイルを超える長距離路線で、成田からサンパウロまででも24時間の所要時間がかかるほど。その他、ブラジルには大手からリージョナルエアラインまで多数の航空会社があります。大手でいえばTAM Linhas Aereas(JJ/BLC)や、以前日本線にも乗り入れしたいたこともあるVASP航空(VP/VSP)(2005年初頭に経営悪化のために全便の運航を停止。チャーター便運航会社として復帰)等があります。




日本航空が発注しているボーイングB767-300ER。旅客型を3機、貨物型を3機の計6機を発注しています。(Photo/Boeing)
●日本
残念ながら予選敗退となってしまった、日本。日本の航空会社といえば、日本航空グループと全日空グループが2大航空グループです。戦後間もない1951年に純民間企業として設立されたのが日本航空(JL/JAL)の前身。その後1953年に施行された「日本航空株式会社法」により政府が資本金の50%を出資する半官半民の特殊法人として再スタートし、名実ともに日本のナショナル・フラッグ・キャリアとなりました。1987年に「日本航空株式会社法」が廃止され民間企業となり、2001年には日本エアシステムと経営統合を発表、現在は、持株会社の日本航空システム傘下で、国内線を運航する日本航空ジャパン、国際線を運航する日本航空インターナショナル、航空貨物分野は日本航空カーゴとして運営されています。
一方全日空(NH/ANA)は1952年に設立された日本ヘリコプター輸送株式会社が前身。「45・47体制」により国内線のみの運航に限定されていましたが、1986年に「45・47体制」が廃止され念願の国際線に進出。以降はスターアライアンスに加盟するなど、国際線ネットワークを着実に広げています。




Croatia AirlinesのA320。クロアチアのフラッグ・キャリアで、1989年に設立されました。2004年にはスターアライアンスの地域会員(リージョナル)として加盟。機体マーキングは国旗の赤・白・青をモチーフにしたものと思われます。(Photo/Croatia Airlines)
●クロアチア
1991年に旧ユーゴスラビアから独立したクロアチアは1998年の第16回フランス大会が初出場となり、いきなり3位という高成績を収めました。そんなクロアチアの航空会社といえば、フラッグ・キャリアのCroatia Airlines(OU/CTN)。1989年に設立されたZagreb Airlinesが前身です。2004年にリージョナルメンバーとしてスターアライアンスに加盟。ドイツのルフトハンザ ドイツ航空に機体メンテナンスや技術的サポートを受けています。



写真はカンタス航空が発注しているエアバスA380。現在12機の確定発注と10機のオプションの計22機を発注しています。導入後はロサンゼルス/シドニー線に投入すると同社では公表しています。(Photo/Airbus)
●オーストラリア
0.5しか出場権のないオセアニア地区からウルグアイを破って32年ぶり2度目の大会出場で見事予選リーグを突破したオーストラリア。そんなオーストラリアの航空会社といえば、カンガルーが目印のカンタス航空(QF/QFA)。南半球最大手の航空会社で、世界でも3番目に古い航空会社(1920年設立)です。傘下には格安航空会社のジェットスターなどがあり、国際線・国内線ともに圧倒的なシェアを誇っています。その他には、ヴァージン・アトランティック航空グループが設立した国内線格安航空会社のヴァージン・ブルー(DJ/VOZ)などがあります。

2006年06月28日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループE編

グループEは、今回とても攻撃的なチームとなっているイタリア(12大会連続16度目/優勝)、FIFAランキングではグループ内最上位(2006年4月現在2位)のチェコ(4大会ぶり9度目/準優勝)、そして北米のアメリカ(5大会連続8度目/ベスト4)、アフリカの強国ガーナ(初出場)の4か国(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。決勝トーナメントには、1位イタリア、2位ガーナの順でコマを進めました。

アリタリア航空のA320-200。機体のマーキングは1970年に導入されたボーイングB747の導入以来、現在まで変更されていません。(Photo/Airbus)
●イタリア
伝統的に守備には定評のある過去3度の優勝経験のあるイタリアチーム(カテナチオ・扉に鍵をかける、という意味)ですが、今回のチームは攻撃的なスタイルも持ち、今回のアズーリ(イタリア代表の愛称)は、ブラジルに次ぐ優勝候補。そんなイタリアの航空会社といえば、アリタリア航空(AZ/AZA)が日本にも乗り入れしていてお馴染みですね。アリタリア航空は、第2次世界大戦後の1946年に設立され、名称はイタリア語でアリ(翼)とイタリアを組み合わせたもの。日本への乗り入れは1962年からで、現在は成田と関空からそれぞれミラノとローマに直行便が就航しています。その他には、エア・ワン(AP/ADH)、サルディーニャ島とイタリア本土を結ぶメリディアーナ(IG/ISS)、Blue Panorama Airlines(BV/BPA)、2005年に設立された新規航空会社Air Italy(I9/AEY)など多数の航空会社が存在しています。

Ghana International AirlinesのB757-200。フリートは現在2機のB757-200で、首都アクラとロンドンのガトウィックへの路線を運航しています。
●ガーナ
西アフリカの国ガーナは、今大会が初出場となりますが、アフリカサッカー連盟が主催するアフリカネイションズカップでは、4回も優勝している強豪国です。そんなガーナの航空会社はフラッグ・キャリアのGhana International Airlines(G0/GHB)。アフリカの航空会社で初のオンラインチケット販売を開始した航空会社でもあります。

写真はA320-200。共産圏当時はソビエト連邦製のTu-104Aを運航し、ターボジェット機の運航を行う世界初の航空会社の1つでしたが、現在はエアバスとボーイング、ATRのフリートを使用しています。(Photo/Airbus)
●チェコ
1993年のチェコスロバキア連邦解体後初のワールドカップ参戦となるチェコ。チェコの航空会社といえば、スカイチームにも加盟しているCSAチェコ航空(OK/CSA)。旧チェコスロバキア政府によって1923年に設立されたCSA Ceskoslovenske Statni Aerolinieが前身。ヨーロッパ各地、北アメリカ、アジア、中東、北アフリカへの路線を持ち、年間200万人を超える旅客を運んでいます。

写真はA319。2005年にはアメリカウエスト航空を買収し、現在アメリカで7番目に大きな航空会社となっています。(Photo/US Airways)
●アメリカ
かつてはサッカー不毛の地と呼ばれていたこともあったアメリカですが、現在では北中米カリブ予選では強豪メキシコとともに圧倒的な強さで予選を通過する強豪国となっています。そんなアメリカは、航空大国としても有名です。日本に乗り入れているアメリカの航空会社だけでも、アメリカン航空(AA/AAL)、ユナイテッド航空(UA/UAL)、デルタ航空(DL/DAL)、ノースウエスト航空(NW/NWA)、コンチネンタル航空(CO/COA)の5つの会社が乗り入れしています。この5社に加えサウスウエスト航空(WN/SWA)、USエアウェイズ(US/USA)の7社がアメリカのメガ・キャリアと言っていいでしょう。

2006年06月27日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループD編

グループDは、北中米の強豪国メキシコ(4大会連続13度目/ベスト8)、予選で日本を苦しめたイラン(2大会ぶり3度目/1次リーグ敗退)、アフリカから初出場のアンゴラ(初出場)、自国開催の2004年EURO(欧州選手権)以降も躍進を続けるポルトガル(2大会連続4度目/3位)の各大陸の攻撃的なチームが一堂に会したグループです(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。決勝トーナメントには、1位ポルトガル、2位メキシコがコマを進めました。


アエロメヒコのボーイングB777-200ER。今年の3月と4月に1機と合計で2機のボーイングB777-200ERを受領しています。南米でEFB(Electronic Flight Bag)を装備した機体を初めて受領した航空会社です。(Photo/Boeing)
●メキシコ
メキシコは、1970年(第9回大会)と1986年(第13回大会)の開催国。ワールドカップでは欧州や南米の強豪と互角以上の戦いを繰り広げており、ここ3大会はいずれも決勝トーナメントに進出している強豪チームです。
メキシコの航空会社としては古くからアエロメヒコ(AM/AMX)とメキシカーナ航空(MX/MXA)が2大勢力で、アエロメヒコが「スカイチーム」、メキシカーナ航空が一時「スターアライアンス」に参加(2004年3月31日に脱退)と、名実ともにこの2社がメキシコを代表する航空会社と言えます。アエロメヒコは、メキシコ、北米、南米、ヨーロッパに63のデスティネーションをもち、毎日400便以上を運航しています。メキシカーナ航空の創立は1921年と古く、創立当時からの会社名を使用している航空会社では4番目に古い航空会社です(古い順に、オランダのKLM、コロンビアのアビアンカ、オーストラリアのカンタス航空)。


イラン航空のボーイングB747SP。日本線に使用されているボーイングB747SPは、747シリーズの中でも最も少ない45機しか生産されていないかなりレアな機体です。重量軽減のために胴体を短縮したために独特のシルエットが特徴です。現在B747SPを日本への定期便で運航しているのはイラン航空のみです。


●イラン
予選で同じ組だった日本は、ずいぶんと苦しめられたアジアの強豪チーム。ワールドカップ出場回数は少ないですが、熱狂的なファンが多く、地元での試合ともなれば10万人以上の観客が集まり大声援を繰り広げるほどサッカーは人気のスポーツです。 そんなイランといえば、日本にも乗り入れをしているイラン航空(IR/IRA)。イラン航空は、イランの国営航空会社で、旅客便運航会社だったIranian Airwaysと貨物便運航会社だったPersian Airwaysが1961年に合併したことからスタートしました。日本へは1974年に乗り入れを開始しています。


TAAG Angola Airlinesがボーイングに発注しているボーイングB777-200ERとB737-700。2機のB777-200ER、4機のB737-700を発注していて、最初のB777-200ERは今年の7月に引き渡される予定です。(Image/Boeing)


●アンゴラ
アフリカ南西部に位置する共和制の国であるアンゴラは、今回ナイジェリアなどの強豪を破り初出場を果たしました。そんなアンゴラを代表するフラッグ・キャリアは、TAAG Angola Airlines(DT/DTA)。ポルトガル政府(1975年までポルトガルの植民地でした)によって1938年に設立されたDTA Angola Airlinesが前身です。国内線はもちろんこと、アフリカ、ヨーロッパ、南米にデスティネーションを持っています。


TAPポルトガル航空は、オール・エアバス機材という航空会社。写真は、2013年から引き渡される予定のA350-900。10機を発注しています。(Image/Airbus)


●ポルトガル
攻守のバランスを兼ね備えた今大会の優勝候補の1つであるポルトガル代表チーム。EURO(欧州選手権)2004では、決勝戦で敗れたもののハイレベルのサッカーに世界中のサッカーファンの人気を集めました。そんなポルトガルのフラッグ・キャリアは国営航空であるTAPポルトガル航空(TP/TAP)。1945年に設立され、1953年に一時民営化されましたが、1975年に再び国営化されました。現在はポルトガルの国内線を含む24か国40都市に就航しています。日本には未就航ですが、日本事務所もあり名前を聞いたことのある方もいらっしゃるのでは。2005年にスターアライアンスに16番目の会員となっています。



2006年06月26日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループC編

戦力的にどのチームが決勝トーナメントにあがってもおかしくない「死のグループ」とも呼ばれているグループC編です。グループCの出場国は、アルゼンチン(9大会連続14度目/優勝)、コートジボワール(初出場)、セルビア・モンテネグロ(2大会ぶり10度目/3位)、オランダ(2大会ぶり8度目/準優勝)の4か国(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。セルビア・モンテネグロは、旧ユーゴスラビア時代は“東欧のブラジル”とも呼ばれる強豪。2003年に国名をセルビア・モンテネグロに変更したため初出場となっていますが、ユーゴ時代を含めると10回目となります。結局は1位アルゼンチン、2位オランダが決勝トーナメントにコマを進めました。

アルゼンチン航空のエアバスA340-200。アルゼンチン航空は、首都ブエノスアイレスのエセイサ国際空港をベースに、中南米・北米・欧州・南太平洋州への国際線と国内線の運航を行っています。
●アルゼンチン
アルゼンチンは1978年の第11回大会で開催国として初優勝、1986年の第13回大会(メキシコ)も優勝(マラドーナの「神の手」ゴールなどが印象的でした)。そんなアルゼンチンを代表するのがアルゼンチン航空(AR/ARG)。ナショナルチームの公式スポンサーでもあるアルゼンチン航空は、アルゼンチン国内では最大手の航空会社で、アルゼンチンの国内線の40%、国際線の80%を運航しています。歴史は古く1929年に遡れますが、現在の会社としてスタートしたのは1950年。国営の航空会社でしたが、1990年に民営化プログラムの一環としてイベリア航空に85%の株式が売却されました。しかし経営危機に陥り、2001年に7路線の国際線の運航停止、破産などに追い込まれましたが、2002年再生し、現在に至ります。その他には主に国内線を運航するLADE-Lineas Aereas Del Estado(5U/LDE)(アルゼンチン軍が運営)、チリのラン航空もラン・アルゼンチン航空としてアルゼンチンで運航しています

日本に乗り入れを開始したのが、1951年12月と日本にはお馴染みのKLMオランダ航空。写真は、B777-200ER。機体を彩る鮮やかなブルーは「スカイブルー」ですが、1919年創設の世界で一番歴史の古いエアラインだからこそ選べたカラーといえますね。(Photo/KLM)
●オランダ
オレンジ軍団の異名を持つオランダ代表は、1974年の第10回大会(西ドイツ)準優勝、1978年第11回大会(アルゼンチン)準優勝と古くからの強豪チーム。そんなオランダの航空会社といえば、日本にも就航しているKLMオランダ航空(KL/KLM)。1919年設立と世界で最も長い歴史を持ち、現存する航空会社の中では世界最初の国際定期便の運航、チャーター便の運航、航空貨物輸送など数多くの「世界初」のタイトルを持っています。日本へは1951年12月と非常に早い時期から乗り入れしています。2004年5月にエールフランスと持株会社方式での経営統合(エールフランス-KLM)を行いました。

Air IvoireのA321-200。実はこの機体2004年6月に受領したのですが、2005年2月に売却されてしまい、現在は、3台のフォッカーF-28-4000フェローシップ3機で運航しています。
●コートジボワール
ワールドカップ予選で、カメルーンがエジプト戦で終了間際のPKを失敗したため、スーダンを下したコートジボワールに出場権が転がり込んできたラッキーな初出場ですが、アフリカのレベルが高いだけに、7勝2敗1分の成績を収めての出場権獲得は立派。そんなコートジボワールのフラッグ・キャリアが1963年に設立されたAir Ivoire(VU/VUN)。Sodetraf、UTA、Air Afriqu(西・中部アフリカ11か国間で設立された多国籍航空会社)が株式を持っていましたが、1976年にコートジボワール政府が全ての株式を取得。1999年に一時運航を停止しましたが、Nouvelle Air Ivoireと名称を変更し、活動を再開。その後再びAir Ivoireと名前を元に戻し、現在に至ります。

Montenegro AirlinesのフォッカーF100。モンテネグロのフラッグ・キャリアです。現在はポドゴリツァ空港をベースに、中央・東部ヨーロッパ、地中海方面にフライトを行っています。
●セルビア・モンテネグロ
旧ユーゴスラビアとして、1930年の第1回大会(ウルグアイ)から出場していた強豪国です。面白いことに1974年の第10回大会(西ドイツ)から2006年の第18回大会となる本大会まで、偶数の大会は全て出場していますが、奇数の大会は全て出場を逃しているというジンクスめいた結果が残っています。今年モンテネグロが独立を宣言したことから、2006 FIFAワールドカップはセルビア・モンテネグロ代表として最初で最後のワールドカップとなります(次回からはセルビア代表、モンテネグロ代表となります)。そんなセルビア・モンテネグロの航空会社といえば、セルビアのJat Airways(JU/JAT)とモンテネグロのMontenegro Airlines(YM/MGX))。Jat Airwaysは、旧ユーゴスラビアの国営航空会社として1927年に設立されたヨーロッパの中でも16番目に古い航空会社です。エールフランスと密接な関係があるため、現在スカイ・チームへの加盟に向けて動き出しています。一方Montenegro Airlinesは、モンテネグロの国営のフラッグ・キャリアです。1994年にモンテネグロ政府によりフォッカーF28-4000が購入を決定し、1996年に実際に購入され1997年に初飛行をしました。

Jat AirwaysのB737-300。同社は2005年6月にニューヨークなど長距離国際線をB767-200ERで開設する予定でしたが、2007年前半に延期されています。スカイチームに加盟の予定しています。






2006年06月12日

ワールドカップ開催特別企画! 出場国の航空会社事情 グループA編

ついに2006年ワールドカップ・ドイツ大会がはじまりました! わが国日本にはがんばってもらいたいものです。ということで本blogでもせっかくですからワールドカップにちなんで、グループA~Hまで出場国の航空会社を簡単にご紹介していこうかと思います。

まずはグループA編です。グループAの出場国は、ドイツ(14大会連続16度目/優勝)、コスタリカ(2大会連続3度目/ベスト16)、ポーランド(2大会連続7度目/3位)、エクアドル(2大会連続2度目/1次リーグ敗退)の4か国。(カッコ内は出場回数/過去最高成績)。

ルフトハンザ ドイツ航空はエアバスの超大型機エアバスA380を確定15機、オプション10機を表明しています。最初の1機2007年の後半に受領の予定で、アジア、アメリカ線に投入するものと思われます。日本路線に使用してくれるかどうか、楽しみですね。


●ドイツ

1954年の第5回大会(スイス)、1974年の第10回大会(西ドイツ)、1990年の第14回大会(イタリア)で優勝と輝かしい戦績を誇るドイツ(過去大会はすべて西ドイツ時代のもの)。ドイツの航空会社といえば、日本でもおなじみのルフトハンザ ドイツ航空(LH/DLH)が最大の航空会社です。1926年に「ドイツ・ルフト・ハンザ(Deutsche Luft Hansa Aktiengesellschaft)」として創業し、ドイツの「フラッグ・キャリア」です。1945年~1990年の東西ドイツ分断時には、西ドイツ側の航空会社となり、東西ドイツ統一時に、東ドイツ側の国営航空部門インターフルクの事業を引き継ぎました(インターフルクは解散)。現在世界96ヵ国411都市以上へフライトを運航しています。日本路線は、成田、関空、中部国際の3都市からでフランクフルト、ミュンヘンに直行便を運航しています。ドイツ第2の航空会社といえば、エア・ベルリン(AB/BER)です。ロウコストかつバカンス型のエアラインで、主な就航地はスペイン・イタリア・ギリシャ・モロッコなど観光都市が多いのが特徴です。その他、ドイツには格安航空会社やバカンス型のチャーター便を飛ばす航空会社が数多く存在しています。

サンサ航空のセスナ208B Grand Caravan。ファンサンタマリア国際空港をハブとしており、TACA Regional airlinesのグループの1つとして主に国内線を運航しています。


●コスタリカ
太平洋とカリブ海に面する自然豊かな国、コスタリカ。コスタリカのフラッグ・キャリアはSansa(サンサ航空・RZ/LRS)です。SansaとはServicios Aereos Nacionales S.A.の略称で、国立の航空会社として設立されましたが、現在はエルサルバドルに本拠地を置くTACAグループ内のTACA Regional airlinesのグループの1つとして主に国内線を運航しています。

ワルシャワ空港にずらりと並ぶLOTポーランド航空の機体。成田に久々にチャーター便として飛来する予定です。成田発着は7月21日、28日、8月4日、8月11日、8月18日。


●ポーランド

ポーランドの航空会社といえば、チャーター便等で日本に飛来の実績もあるLOTポーランド航空(LO/LOT)です。1929年に民間航空会社数社が合併し国営の航空会社として設立され、「LOT」はポーランド語で「航空」の意味を持ちます。今年成田に15年ぶりにチャーター便の運航を行う予定で、成田発着は7月21日、28日、8月4日、8月11日、8月18日です。

TAMEのエンブラエル190。1962年設立と老舗の航空会社で当初はエクアドル空軍によって運航されていました。現在は民間に移譲されていますが、空軍の影響力はまだあるようです。


●エクアドル
エクアドルは南米の赤道直下にあり、中央をアンデス山脈が横断中央し、海岸線は亜熱帯、東はアマゾン上流熱帯雨林と自然豊かな国で、太平洋上にガラパゴス諸島を領有しています。そんなエクアドルの航空会社といえばフラッグ・キャリアと呼べる大きな航空会社がないのが現状です。古くからある航空会社といえばエクアドル空軍が1962年に設立したTAME(Transportes Aereos Mercantiles Ecuatorianos・EQ/TAE)です(1990年に民間に移譲されていますが、現在でも空軍の影響力は強いようです)。その他は、ワン・ワールドにも加盟しているラン航空のグループ会社の1つLanEcuador(XL/LME)です。

グループAの出場国は、ドイツ以外はあまり日本と馴染みのない国が多く、航空会社も同様です。ただ、LOTポーランド航空はチャーター便等で日本に飛来の実績もありますし、南米の航空会社はめまぐるしく変わるので目が離せない(いい意味でも悪い意味でもですが)、という面白さもこのグループAの国の航空会社にはありますね。


2006年06月07日

フライトのためにはたくさんのブリーフィングが必要なんです


写真はコクピットクルーと運航管理者によるディスパッチ・ブリーフィングの風景です。あらかじめ作成されたフライトプランを元に、ルート上や目的地の気象情報を説明し、フライト時間、搭載燃料、高度などを打ち合わせます。キャプテンと運航管理者の両方の承諾のサインがないとヒコーキはフライトすることはできません。(Photo/Iberia)

旅客機のフライトには、たくさんのスタッフが係っています。そうした多数のスタッフが申し送りをしたり、申し合わせをしたり、円滑に業務を行うために行っているのがブリーフィングです。ブリーフィングとは、日本語でいうと打ち合わせのことを指します。実際に旅客機に乗り込むスタッフのブリーフィングは1回だけ行うのではなく、スタッフのメンバーによっていくつものブリーフィングが行われています。ブリーフィングを行うスタッフによってそれぞれブリーフィングの名称が異なってきます。今回は、よく耳にするブリーフィングの名称と内容をご紹介しましょう。

●ディスパッチ・ブリーフィング
コクピットクルーと運航管理者(ディスパッチャー)によるブリーフィングをこう呼びます。ディスパッチャーが作成したフライトプラン(※1)を元に、ルート上や目的地の気象情報を説明し、フライト時間、搭載燃料、高度などを打ち合わせます。このブリーフィングによって、フライトプランに問題がないとなった時点で、キャプテンと運航管理者がフライトプランにサインをし、ルートや高度が決定されます。旅客機の種類や路線によって異なりますが、だいたいが出発2時間前ぐらいに行われるブリーフィングです。
※1 フライトプランとは、航空機が飛行を行う際に原則として航空管制機関に提出する書類です。フライトプランが航空交通管制官から承認を得られないと飛行することができません(計器飛行方式(IFR)の場合)。フライトプランには、国籍・機体登録記号・航空機型式・飛行経路・出発地・目的地・航続予定時間・搭乗人員・操縦者・救難装置・無線装置などが記入されます。
●キャビン・ブリーフィング
客室乗務員(キャビンクルー)がフライト中のサービス手順や、緊急時の誘導など、私たち旅客に対するサービスやケア全般の打ち合わせをするブリーフィングをこう呼びます。そのフライトに搭乗する客室乗務員の全員で行われ、チーフパーサー(そのフライトの客室乗務員を統括するリーダー)が中心となって進められます。コクピットクルーがディスパッチ・ブリーフィングを行っている時間に行われる場合が多いです。
●合同ブリーフィング
ディスパッチ・ブリーフィングを終えたコクピットクルーとキャビン・ブリーフィングを終えた客室乗務員が合同で行うブリーフィングをこう呼びます。これはキャプテンが統括して行うことが多く、ルート上の天候がキャビンサービスにどのように影響するかなどを含めた最終的な打ち合わせを、その便に搭乗するスタッフ全員で行われます。空港内のオペレーションセンターで行われたり、機内で行われたりすることが多いです。
●デ・ブリーフィング
コクピットクルー、客室乗務員の両スタッフの連携に問題がなかったか、サービス上の問題はなかったかなど、フライト中の不具合点を申し送りし、次のフライトに役立てる反省会的なブリーフィングをこう呼びます。目的地到着後に行われます。また、運航管理者にコクピットクルーが飛行中に遭遇した気象状況、その他の情報を通報することもデ・ブリーフィングといいます。 このように、1回のフライトだけでも多数のスタッフがフライトに問題のないように念には念を入れて打ち合わせを何回も行っているのです。フライトには多くのスタッフが係っていますが、全てのスタッフが情報を共有しあい、安全で円滑なフライトを行うべく努力しているんですね。

2006年06月05日

2基のエンジンで洋上運航を可能にしたETOPS

写真はボーイング777-300ER。この機体のETOPS承認テストは2機で38フライト合計267時間をかけて行われました。双発機の長距離運航が可能になったことで、航空会社の機種の選定が劇的に変わってきています。コストパフォーマンスの高い双発機は、航空会社にとっても使い勝手がよく、フリートの数多くを占めるようになっています。(Photo/Boeing)

ETOPS(イートップス)とは、Extended range Twin-engine OPerationSの略号で、双発機の洋上運航での飛行可能範囲を拡大したルールのことをいいます。

双発機は名前の通り2基のエンジンを持つ飛行機ですが、何らかのトラブルでエンジンが1基故障するなどして停止してしまうと、残りの1基のエンジンで最寄りの空港に緊急着陸をしなくてはならなくなります。双発機の運航では、2基のうち1基のエンジンが停止した場合を想定して、60分以内に緊急着陸ができるポイントを含んだ飛行ルートを選ばなければならないというようにICAO(国際民間航空機関:International Civil Aviation Organization)によって定められています。

しかし、この規則はエンジンの信頼性が低かった時代に定められた規則で、ジェットエンジンの信頼性向上に伴い、一定の条件を満たしたエアラインや安全性が実証された組み合わせについては、 最寄り空港から60以内の距離という制限を延長するための方式が確立されました。このような運航をETOPSと呼びます。制限時間に応じて90分ETOPS、120分ETOPS、180分ETOPSがあり、最長では207分まで設定されています。

たとえば 日本アメリカ間を飛行する場合、アラスカからアリューシャン列島、カムチャツカ半島、千島列島を経由すればETOPS認定を得なくても無着陸飛行ができますが、とても大幅な迂回経路となってコストがかかってしまいます。しかしETOPS認定を取得した双発機であれば、3発機以上の飛行機と同様に、より効率的な飛行ルートを使って長時間の洋上飛行を行うことができるようになります。このETOPS認定は、ボーイング737、757、767、777とエアバスA300、A310、A320、A330に与えられています。

ETOPSはまずは1985年にFAA(アメリカ連邦航空局:Federal Aviation Administration)は、セントルイスとフランクフルト間でのボーイング767(トランスワールド航空)に最初の90分間ETOPS認定を与えました。その後120分、180分のETOPSが採用されることになります。207分のETOPSに関しては、ボーイング社とユナイテッド航空の申し立てにより2001年に承認されましたが、これはボーイング777だけに与えられています。この規定は、北太平洋ルートで冬期にダイバートの空港が閉鎖される場合だけに限られています(この207分ETOPSはFAAの承認のみで、JAA(欧州合同耐空証明局:Joint Aviation Authorities)では慎重な立場をとっています)。

ETOPSの承認は、2つのプロセスによります。第一には航空機機体とエンジンの組み合わせで、1基のエンジンを止めて、ETOPS認定時間残りのエンジンで航空機を完全に飛ばせることを証明しなければなりません。これはたとえば180分ETOPSならば、1基のエンジンで3時間飛ぶことができなければならないということを意味します。第二のプロセスは、ETOPSフライトを行うオペレータ(航空会社)は、自国の航空監査機関の基準を満たさなければなりません。これは通常の飛行手順と特別な飛行手順とフライトクルーの手順を満たさなければならないということで、パイロット等フライトクルーは資格を得るためにETOPSの訓練を受けなければなりません。これにより特定の機体とエンジンの組み合わせが監査され、もしETOPSの認定を受けた機体・エンジン・航空会社であっても運航に問題があれば取り消されることもあるのです。

このように双発機のETOPSが認められたことで、当初は3発機以上ではないと飛行できなかったルート(路線)が双発機でも運航できるようになりました。こうした影響により3発機の必要性が少なくなり、MD-11などの3発機の機体は生産が終了する時代を迎えたのです。今後も、経済性の高い双発機の活躍は続きそうです。






2006年06月02日

空の上から見る美しい景色を楽しもう!


New Order「JETSTREAM」
2005年に発売されたシングルです。New Order(ニューオーダー)は、イギリスはマンチェスターで結成されたニューウェーブロックバンド(実は私のお気に入りのバンドです)。世界のクラブシーンで直接的、間接的を問わずこのバンドの影響を受けていないアーティストはいないと言われるほどです。アルバムやシングルのジャケットは、一貫してグラフィックデザイナーのピーター・サヴィルが手がけています。

今回は機窓から美しい雲海を写した写真がジャケットになっているNew Orderの「JETSTREAM」(タイトルもGood!)を見ながら、飛行機の窓から見られる景色についてお話しましょう。

飛行機の窓から見られる景色ですが、国際線と国内線では飛行高度の低い国内線のほうが景色をよく見ることができます。特に日本は四季がはっきりしていますし、山脈や海岸線が多く変化に富んだ地形をしていますので、機窓から美しい風景を見ることができるのです。

私がおすすめする国内線の絶景ルートは、羽田/福岡線です。羽田から福岡へ向かうというルートでお話すると、まず離陸すると東京都心部の風景が、それから富士山上空を越えるようにして西へと進路を取りますので、ほぼ真下に富士山を見ることができます。次には南アルプスの山々が見え、名古屋市上空では蛇行する天竜川を見ながら琵琶湖上空を通過しながら中国山地へ進路を取ります。ここでは瀬戸内海、日本海の風景を遠くに見つつ中国山地を縦断します。そして玄界灘からは博多湾へ進み、ランウェイによっては福岡空港の全景を見ながら着陸していきます。夏ならば南アルプスの山頂にうっすらと雪を残した山々や花火大会の花火が、冬ならば純白の山々が見下ろせます。晴れている日ならば、絶景間違いなし!のルートです。

さて、こうした絶景を見るために、また機窓から写真を撮りたい!というための大前提は左右の窓側席をリクエストすることですが、もっとこだわりたいという人はこんなシートをリクエストしてみてはいかがですか。まず、窓際といっても翼の上の窓側席は翼が邪魔になってしまい美しい風景を見ることができませんので注意。基本的には翼よりも前方の席が写真撮影に適していますが、エンジンや翼も風景と一緒に1枚に収めたいという場合は、翼の付け根前方部分か、尾翼に近い後方の席がおすすめです。

また、曇っていたり、飛行高度が高すぎたりして雲しか見えないという場合も、もしかしたら飛行機ならではの機窓風景が見られるかもしれません。積雲や積乱雲、巻層雲などさまざまなタイプの雲を間近で眺めるのも、また、楽しいと思いませんか。また、雲海に映る自分の飛行機の影のまわりに虹の輪が広がる「ブロッケン現象」が運よく見られたら、これこそ飛行機ならではの景色です! 国際線などでは雲海の向こうに日没や日の出が見られることもあり、これもまた絶景ですよ。

ぜひ、次の飛行機旅の際は窓側の席で風景を楽しんでみてはいかがですか?


このように機窓から富士山が見られたら素晴らしいですよね。日本は四季折々の美しい風景を機窓から見下ろすことができます。空の旅ならではの風景をぜひ楽しんでみてください。

2006年05月24日

ラッセンのイルカが空を飛ぶ!? エアトランセのスペシャル・マーキング!


9月~10月ごろに就航予定のエアトランセのビーチクラフト1900Dに施されるスペシャル・マーキング機のデザイン画。クリスチャン・ラッセンの版画を販売するアールビバン社のアドカラーとなります。綺麗な機体となりそうですよね~。空港に見に行きたくなる機体です!就航が待ち遠しいですね。(Image/airtransse)

北海道の地域の翼「エアトランセ」スペシャル・マーキング機を就航させることを発表しました! 日本でも最近多くなってきた機体を広告スペースとして利用する“アドカラー”と呼ばれるスペシャル・マーキングですが、クリスチャン・ラッセンの版画を販売するアールビバン社が広告主となり、クリスチャン・ラッセンのイルカが描かれることになりました。これはエアトランセが3号機導入に伴い機体広告を募集したところ、アールビバン社が名乗りを上げたことによるものです。

エアトランセは2005年から運航を開始したコミューター・エアラインで、“日本で唯一”「ビーチクラフト1900D」を運航する会社です。このヒコーキを製造するビーチクラフト社は、1932年にウオルター・ビーチらによって設立された航空機メーカーで、50年以上も生産が続けられているボナンザ・シリーズが有名ですが、1980年2月にアメリカのレイセオン社に買収されました。

ビーチクラフト1900Dというヒコーキは、世界で440機ほどしか存在しないレアなヒコーキです。静粛性に優れ、室内高1.8mを確保し居住性も高い、18席クラスのコミューター機の中では快適な旅ができる双発ターボプロップ機です。18席の内2席を除く全席が窓際で、低高度を飛ぶため見晴らし抜群。晴れた日には、北海道の四季折々の大自然を満喫できるでしょう。

さてそんな日本でも世界でもとってもレアなビーチクラフト1900Dに描かれるのは、イメージイラストをご覧になっていただければおわかりの通り、ラッセン氏のイルカです。青い海に躍動感あふれるイルカが泳いでいる、とっても幻想的で美しいデザインとなっています。この機体が北海道も空を飛ぶなんて!見たい、乗りたい!ものです。

このエアトランセの3号機目となる機体は、現在アメリカでマーキング等の準備が行われている最中で、日本へのフェリーは8月末~9月、就航は9月~10月になる予定です。またラッセンファンなら要チェックなのが、初就航またはその後にラッセン氏自らもスペシャル・マーキング機に搭乗する予定とのこと。ラッセン氏と一緒にラッセンのイルカの機体にもしかしたら搭乗できるかもしれませんよ。セレモニー等の案内はエアトランセのホームページにて案内されるとのことなので、ファンの方は要チェックです。

ちなみにエアトランセは、日本の航空会社で初となる女性社長江村林香さんが就任している航空会社でもあります。

■エアトランセ概要
設立年:1997年
就航路線:函館/新千歳・女満別・帯広、新千歳/帯広(6月20日より新千歳/女満別)
使用機材:ビーチクラフト1900D(18席)×2機
ホームページ:http://www.airtransse.com/

2006年05月19日

チャイナエアラインが一挙に3都市3路線を開設!

チャイナエアライン(CI)は7月から、新千歳/台北線、関空/台北線、中部国際/高尾線を開設することになりました。

ちょっと余談になりますが、日本におけるチャイナエアライン(中華航空とも呼ばれます)は、外交的な事情から成田空港開港後でも成田に移転せず羽田空港に残った航空会社として知られています。この外交的な事情とはいわゆる“2つの中国”という問題で、中華人民共和国政府と日本政府の航空交渉の席上で「主権問題で対立する中華民国の航空会社を同じ空港に乗り入れさせないように」という依頼から羽田に残りました(ちなみに福岡空港ではチャイナエアラインと中華人民共和国の航空会社が両方乗り入れていますが、ダイヤ上は同時に地上にいることがないように配慮されているそうです)。しかし2002年4月18日、成田空港の暫定滑走路の供用が開始されたことにより、成田空港へ移転しました。羽田空港の国際線として、便利にご利用された方も多かったでしょうが、実はこんな経緯があったのです。

さて一挙に3つの路線開設には、台湾から日本への観光ブームが後押ししているようです。特に北海道の人気が高く、台湾では北海道への観光がブームだそうで、昨年は北海道と台湾を結ぶチャーター便を片道ベースで1361便(すごい!)を運航し、 需要が堅調なことから、今回の定期便化となったようです。ちなみに週6便体制。

また、大阪への就航は1974年4月に伊丹/台北線を運休して以来、32年ぶりの復活となりました(関西空港へは初定期便乗り入れ)。2004年の日台航空協議での発着枠拡大により、今回のチャイナエアライン大阪再就航が実現しました。内訳は旅客便が週5便、貨物便が週2便となります。

中部国際空港への就航は、台北線ではなく台湾第二の都市である高尾との直行便となりました。こちらは週2便の運航となります。

気になる運航機材は、新千歳と中部国際線がボーイングB737-800(ビジネス8席、エコノミー150席の158席)、関空線がエアバスA330-300(ビジネス36席、エコノミー277席の313席)。

この3つの路線開設により、チャイナエアラインの日本/台湾間運航便数は7都市、旅客便週70便(新千歳/台北:6便、成田/台北:22便、中部国際/台北:7便、中部国際/高雄:2便、関空/台北:5便、広島/台北:7便、福岡/台北:7便、沖縄/台北:14便)、貨物便週5便(成田/台北:2便、中部国際/台北:1便、関空/台北:2便)となり、ますます便利になりました。今後も日本と台湾を結ぶ空の架け橋となって活躍してくれるでしょう。

■チャイナエアライン概要
設立年:1959年
日本発着路線:成田/台北、中部国際/台北、広島/台北、福岡/台北、沖縄/台北(7月より新千歳/台北、関空/台北、中部国際/高尾)
日本路線使用機材:B747-400、B737-800、A330-300
設定クラス:ファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラス
FFPプログラム名:ダイナスティ・フライヤー・プログラム
加盟アライアンス:なし
ホームページ:http://www.china-airlines.co.jp/

2006年05月15日

マクドネル・ダグラスの血を引く最後の旅客機 B717生産終了


最終号機となったB717-200の製造風景。搭載されたロールスロイスのエンジンは、新世代の小型ターボファンであるBR715で、低価格、低燃費、低整備コスト、低排気物質、低騒音、低リスク設計概念などを特徴とし、環境にやさしく経済性に優れたエンジンでした。(Photo/Boeing)

ボーイング社のロングビーチ工場から4月20日に、最後のB717-200がロール・アウトしました。最終生産機は156機目であり、5月にB717のローンチ・カスタマーで生産されたB717-200の半数以上を導入した、エアトラン・エアウェイズに引き渡されることになります。

このB717-200は、標準座席数102とボーイングの中でも最も小型な旅客機ですが、実は1997年8月4日にボーイングと合併したマクドネル・ダグラス社が開発を開始したものでした。1995年10月19日にマクドネル・ダグラスがMD-90シリーズの派生型として機体計画をローンチしたもので、当初はMD-95と命名されていました。合併により、旧マクドネル・ダグラスの旅客機が製造中止となる中、受注残の多かったMD-95だけは唯一開発・製造が継続されることになり、機体の名称がB717-200に変更されたのです。

機体の開発思想は、100席級の小型旅客機の需要に応えるということでMD-90と同じ断面の胴体を短縮して100席級とし、主翼や尾翼は新設計に変更しました。ただし、エンジンをロールスロイスBR715に変更(MD-90はIAE V2500)しましたが、リアマウント方式のエンジン配置、低翼配置の主翼、T字型尾翼といった基本的な機体構造は、DC-9/MD-80/MD-90のものを受け継いでいます。

初号機は1998年9月2日に初飛行をし、1999年9月1日にFAA(Federal Aviation Administration=連邦航空局)とJAA(Joint Aviation Authority=欧州合同耐空証明局)の型式証明を取得しています。そして9月23日にローンチ・カスタマーであるエアトラン・エアウェイズに納入され、10月12日から商業運航を開始しました。

当初はB717-200以外にも、胴体を短縮するB717-100X、延長タイプB717-300Xの2種類の派生型の開発も考えられていましたが、B717-100Xはすでにボンバルディアといったコミューター・エアライン用旅客機を生産するメーカーが同タイプのジェット機の開発を行っていたことや、ボーイングが最終的に100席以下の市場に参入しないことを決定したことから実現することはありませんでした。B717-300Xに関しても、収容能力は増えるものの航続距離がB717-200よりも短くなり、同じ収容数ならばB737やエアバスのA319と航空会社の発注が流れたことにより、やはりこのタイプも開発は行われませんでした。

またB717-200に関しても乗客の収容力で見るとB767-600とほぼ同タイプであり、ボーイングとしても併売に関しては疑問符があったと思われます。ただ、マクドネル・ダグラスと合併前にかなりの機数を受注しており、発注していた航空会社が737NGへの発注切り替えに応じなかったため、製造しなければならなかったという背景もあったようですが。

ボーイングでもB717-200については、ビジネス専用機型の開発も可能であるとして、B717ビジネスエクスプレスの名称で提案活動を行っていましたが、発注する企業がなかったこともあり、存続は難しかったようです。ただ、この機体から生産の大部分を外注したり、最終工程を流れ作業化したりするなど、新たな生産形態をボーイングにもたらした功績は評価されるでしょう。でも、やっぱりダグラスから続く旅客機の名門であったマクドネル・ダグラス社の旅客機がなくなってしまうのは、ちょっと寂しいものですね。


アメリカはジョージア州のアトランタのハーツフィールド空港をハブとするエアトラン・エアウェイズ。B717-200のローンチ・カスタマーであり、156機中半数を受注し運航していたエアラインです。ビジネスクラス12席、エコノミークラス105席の2クラス制でB717-200を運航しています。(Photo/AirTran Airways)

2006年05月10日

地域の翼 コミューター・エアライン

地方空港などで見かけるヒコーキの中で、ボーイングやエアバス以外の小型ヒコーキを見かけることがあるかもしれません。そうした小型ヒコーキを運航し、地方/地方、地方/大都市圏といった路線を運航しているエアラインをコミューター・エアラインといいます。国土の広いアメリカでは多数のコミューター・エアラインが各地を飛んでいます。

日本においてコミューター・エアラインとする定義は以下の通りです(全国地域航空システム推進協議会)。
・客席数が100以下、又は最大離陸重量が50トン以下の航空機を使用する航空運送事業
ちなみにアメリカの規定では、「座席数60席以下の航空機を使用し、複数の路線を有し、時刻表を定め、週5往復以上の頻度で旅客輸送を行う航空運送事業会社」としています。

日本では主に地方路線や主要空港からの地方路線、離島などの生活路線を主に運航しています。日本のコミューター・エアラインというと、以下のような航空会社があります。

日本のコミューター・エアライン

航空会社名 使用機材 主な運航路
日本エアコミューター DHC8-400(Q400)/SAAB340B/YS-11 西日本、主に九州離島路線
琉球エアーコミューター DHC8-100/BN-2B-26、-20 沖縄離島路線
J-AIR CRJ-200ER 全国の地方路線
北海道エアシステム SAAB340B 北海道路線
エアーニッポンネットワーク DHC8-300(Q300)/DHC8-400(Q400) ※ 北海道路線、伊丹発着路線など
エアー北海道 DHC-6-300 北海道路線
エアーセントラル フォッカー50/DHC8-400(Q400)※ 中部国際空港発着路線など
IBEXエアラインズ CRJ-100/CRJ-200 成田・伊丹発着路線
天草エアライン DHC8-100 西天草・熊本・福岡・松山路線
旭伸航空 BN-2B-20 新潟/佐渡
新中央航空 Do228-212/BN-2B Islander 調布/大島・新島・神津島
エアトランセ Beech 1900D 函館/女満別・帯広・新千歳、新千歳/帯広
オリエンタルエアブリッジ DHC-8-200/BN-2B-20 長崎/壱岐・福江・鹿児島・対馬・宮崎
※エアーニッポンネットワーク、エアーセントラルの共用機材 さてこんなに狭い日本の国土をなんと13ものコミューター・エアラインが就航しているわけですが、これには訳があります。日本は狭いながらも南北に長く、また島も多い国土であり、離島と内陸部を結ぶには航空路線が重要な足となります。そこから離島路線を中心として日本のコミューター・エアラインは発展を遂げてきました。 さらに現在では、通常の大型ジェット機では運航できない規模の小さい空港への運航が可能、生活路線としては絶対に必要でも大型ジェット機では採算が取れない路線でも、運航コストが低いことから需要が少ない路線でも運航が可能、通常のジェット機では1日1便でまかなえる需要の路線であっても、1日2便、あるいは3便を飛ぶことにより、例えば日帰りができるようになるなど、利用者の選択肢が増えることにより、利便性を向上させることが可能といった利点から、注目されています。 もちろん、規制緩和により新しい航空会社が参入し低運賃が導入される一方で、地方路線を中心とする路線の減便や廃止が目立つようになってきたこともあり、厳しい状況であることも間違いはありません。ただ、羽田空港を除く混雑空港へのコミューター・エアラインの乗り入れが実現するなど、従来の離島や地方間路線に加え、大都市/地方都市間路線の開設・拡大が行われつつもあります。また、中部国際空港開港後の名古屋空港が小型機の拠点空港として再出発し、伊丹空港では暫定的にジェット機に使用させていたプロップ用発着枠が小型機に戻されるなど、日本の航空ネットワークにも変化が表れてきています。今後、コミューター・エアラインの存在は着実に高まることは間違いありません。 日本が第二次世界大戦後に日本航空機製造が製造した国産唯一の旅客機のYS-11です。ターボプロップエンジンの双発機で、1973年に生産が中止されるまでに182機(国内民間機75機、官庁34機、輸出13カ国76機など)が生産されました。日本では現在、日本エアコミューターでしか運航されておらず、2006年9月30日に引退が決まっています。現在、日本エアコミューターでは「ありがとう日本の翼YS-11キャンペーン」が行われています。YS-11に関しては機会をあらためて詳しくご紹介したいと思っています。 カナダのデハビランド・カナダ社が開発した双発ターボプロップ旅客機です。1992年にデハビランド社を買収したボンバルディア社によって現在は生産されています。日本では多数のコミューター・エアラインで運航されていて、DHC8のシリーズ100を琉球エアーコミューター、天草エアライン、シリーズ200をオリエンタルエアブリッジ、シリーズ300をエアーニッポンネットワーク、シリーズ400を日本エアコミューター、エアーニッピンネットワーク、エアーセントラルが運航しています。ちなみにシリーズ400に装備した騒音・振動抑制装置を今ではシリーズ全機種に取り付けていて、機体名にQ=quietを付けて「Q400」「Q300」としています。(Photo/Bombardier)

2006年05月08日

日韓シャトル便、羽田/金浦線が200万人突破!

韓国空港公社の発表によると、韓国・金浦空港と羽田空港を結ぶシャトル便の利用客数が4月23日、200万人を突破しました。この日韓シャトル便は、2003年11月にスタート。通常、日韓の国際線は日本が成田空港、韓国が仁川空港を発着しますが、どちらの空港も都心からのアクセスが1時間以上かかってしまいます。そこで、羽田、金浦を活用し移動時間を半分程度に抑え、日帰りもできる「一日生活圏」を目指すことに日韓で合意し、開設された路線なのです。

これまで国際線を深夜早朝チャーター便に限定されていた羽田にとって、再国際化前進につながり、また2009年にD滑走路ができれば一部の枠をアジアなど近距離線に割り当てる予定なので、再国際化が本格化する前段階の試行期間とも位置づけられています。ただ、成田空港の成り立ちからして羽田の再国際線化への反発も強く、毎日運航はしますが定期便ではなくチャーター便という名目で運航されているちょっぴり複雑な路線でもあるのです。

そんな複雑な問題を残しつつ就航された路線ですが、当初1日4便(往復ベース)で10時~15時の間運航されましたが、2005年8月からは1日8便(往復ベース)に増便され、8時~22時という運航時間となり、両国の都心部から都心部へ「日帰り」も可能となりビジネス客の利用が大変便利になりました。

そして今年の4月23日に利用客200万人を突破したのです。運航航空会社は就航当初から日本航空、全日空、コリアンエアー、アシアナ航空の4社。

日本の航空会社は、朝の便は成田発仁川行きより早い時刻に設定しています。そして金浦から羽田に戻る便の最終便の時間帯も19時~20時に設定されていますので、まさに日帰り旅行の感覚で利用することができます。午前中にソウルに到着し、午後遅い時間で帰国できるので、1日を有効に使うことができビジネス客には便利な時間設定といえるでしょう。

一方、韓国系の航空会社は、羽田空港発は昼過ぎと夜、金浦空港発は朝と夕方前となっています。日帰りビジネスにはちょっと厳しいスケジュールですが、むしろ現地を2~3時間しか滞在しないということであれば、羽田には朝ゆっくりと到着し、帰りは会社にも寄れるような時間帯に帰国できるというスケジュールが組めます。また格安航空券をゲットして観光するのであれば、格安航空券は最低2泊が義務付けられていますから、たとえば初日は夕方羽田を出発し初日は移動のみとし、2泊して帰国するというスケジュールを組めば、2日間の日程でソウルを満喫することができます。

飛行時間が沖縄よりも短いフライトタイムですので、このシャトル便はより一層ソウルを身近にしたものといえます。利用率が高いというのもうなずけますね。今年は130万人の利用を見込むとしていますが、日本と韓国がますます身近な国になることを願っています。


羽田/金浦線で使用されている日本航空のB747-400。エグゼクティブ(ビジネス)、エコノミークラスの2クラス制。


羽田/金浦線で使用されている全日空のB767-300ER。CLUB ANA(ビジネス)、エコノミークラスの2クラス制。


羽田/金浦線で使用されているコリアンエアーのB747-400。羽田/金浦線では唯一のファースト、プレステージ(ビジネス)、エコノミークラスの3クラス制を導入しています。


羽田/金浦線で使用されているアシアナ航空のA330-300。アシアナ航空の最新鋭機材で、166.7度までリクライニング可能な座席、座席間距離も58インチというベッド型座席『プレミアムビジネスクラスシート』が導入されています。ビジネス、エコノミークラスの2クラス制。

2006年04月21日

どこまで行けちゃうの? 航続距離1万kmオーバー ANAがB737-700ERをローンチ

日本初となるB737-700を導入したばかりのANAですが、航続距離を延長したB737-700ERを発注しました。イラストはボーイング社が発表したB737-700ERの完成予想イラストです。外観上はB737-700と変わりはありませんが、燃料タンクの増設などにより最大で1万kmを超える航続距離を実現しています。イラストに描かれているブレンデッド・ウイングレットはオプション装備とされています。(Image/Boeing)

ボーイング社は、今年の1月31日に全日空(ANA)から2機を受注したことにより、B737-700の航続距離を延長した“B737-700ER”をローンチしたことを発表しました。ANAは2003年に45機のB737-700を発注していますが、今回の2機はその中の2機を標準タイプからER(Extended Range=航続距離延長)タイプに切り替えたものです。

B737ファミリーは、2月23日更新の「大ベストセラー旅客機「B737型」機、5000機目がデリバリー!!」でもご紹介したように、世界中の航空会社で利用されている大ベストセラー機体です。B737型ファミリーは、1968年に就航した初代(B737-100、-200。合計1144機)、1984年就航のクラシック(B737-300、-400、-500。合計1988機)、そして1998年就航のネクスト・ジェネレーション(NG)(-600、-700、-800、-900ER。現在までに1868機)で構成されています。

今回ANAが発注したB737-700ERはネクスト・ジェネレーション(NG)と呼ばれるタイプの1つです。B737NGは、B737-600から-900ERまで、胴体長の異なる4タイプで構成されていますが、標準の航続距離はどのタイプでも約5500km前後でした。そこでボーイング社では、最大離陸重量を引き上げて床下貨物室内に4個のタンクを増設することにより、標準航続距離を約7700km程度にすることを考え、計画名“B737-700ERX”として研究していました。ANAの発注により正式にローンチが決定し、B737-700ERと名称も変更されました。

それではB737-700ERがどんな機体になるのかご紹介しましょう。
まず航続距離ですが、床下の増設タンクは最大搭載数を9個に増やすことができることと、オプションのブレンデッド・ウイングレットにより最大で約1万205kmとなるとされています。増設タンクを最大9個にした場合は1万708ガロン(4万530リットル。200リットルドラム缶にすると約203缶!)の燃料を追加で搭載することができます。

機体の外観は従来のB737-700と変わりはありませんが、B737-700ERは実際にはB737-700の胴体にB737-800の主翼とランディング・ギアを使用し、主翼と胴体の構造強化が行われるそうで、ボーイング・ビジネス・ジェット(BBJ)と同じ機体フレームを採用するそうです。

胴体長も変更がないのでB737-700と同様で、2クラス制の標準配置で126席、エコノミークラスオンリーならば最大で149席となります。ただし最大で1万kmと長距離機であることから、ボーイング社ではよりゆったりとした座席配置をしたプランの提案も行っています。現在各航空会社が力を入れているビジネスクラスを増やしたプランという感じですね(全席ビジネスクラス仕様とした場合、標準で48席というプランまで発表されています。もしどこかの航空会社が導入すると発表したら、かなり衝撃的なニュースになりますね)。また、逆に低コスト・エアラインの長距離路線機材としても適しているという発表もしています。

さてANAはこのB737-700ERについて「中期期間中(2006年~2009年度)に国際線中長距離路線に投入する戦略機材」としています。中国、アジア路線を中心に本機材を投入するとしています。単純に成田空港から約1万km圏内を考えると中国全土はもとより、今後は需要が伸びることが予想されるインドへの路線に十分対応できる機材です。ANAがB737-700ERをどういった運用の仕方をするのか今後大注目です。気になる引き渡しの予定は、2007年初頭ということです。

2006年04月05日

ヒューマン・エラーを防ぐために・・・機長が語る安全対策

第二次世界大戦後、民間での商業飛行がスタートしましたが、当初は旅客機自体の性能や安全対策などの未熟な点もあり、事故も多いものでした。しかし1960年代ごろから徐々に事故率も低下し、今では自動車よりも安全だとされています。ただ旅客機での事故は他の交通機関と違い、墜落など事故を起こすと数百人規模の犠牲者を出してしまうことがあります。このため、事故が起こるたびにその原因究明と対策に力が注がれています。たとえば日本では「航空事故調査委員会」、アメリカでは「NTSB(National Transportation Safety Board=米国交通安全調査委員会)といった調査機関が、事故が起こるたびに原因究明と今後の対策に関しての勧告や提言を行っています。

しかしこうした努力・研究を行っていても、事故率は1975年くらいから横ばいが続いているという結果が出ています。これは事故率は低い値ではあるものの、旅客機と便数が増えればそれにあわせて事故の件数は増加していくということを指すわけです。ボーイング社では、このまま便数が増え続ければ2015年には一週間に一度の大事故が起こると予測しています。

「運が悪かった」では済まされない失敗を防ぐために、安全対策はとても重要なものです。なかでも「人」が起こしてしまうエラーを防ぐことは大変重要です。今回ご紹介する『機長が語るヒューマン・エラーの真実』は、現役機長が37年間、飛行時間約2万時間の航空人生から得た知識と経験から実践的な「安全」対策について語っています。

著者は、動物的本能によるエラー、パイロットの習性によるエラー、コミュニケーションの失敗によるエラー、行き過ぎたコスト削減が生み出すエラー、などヒューマン・エラーをその原因別に過去の事故を取り上げ、徹底的に事故の真実を解明しています。そしてそれらの悲惨な事故を繰り返さないための対策を提示・提案しています。

著者は語っていますが、「人間はミスを犯す」ものと捉え、それを前提に安全対策はされなければならないのです。機械はミスを犯さないかもしれません。しかし、その機械を操作するのは人間なのですから、思い込みや間違った操作でいくらでもミスは起きてしまうのです。過去の失敗から人間が学べることは何か、本書には航空業界の現場からの切実なメッセージが詰まっているのです。

『機長が語るヒューマン・エラーの真実』 杉江 弘(著)/ソフトバンク新書(ソフトバンク クリエイティブ)
これまでに起きた航空機事故を、人的ミスによって起こるヒューマン・エラーの種類別に分析。飛行機事故だけでなく、日常的に起こるあらゆる事故の確率をゼロに近づけていくために、人間ができることはなにかを現役パイロットが知識と経験を持って、真に実践的な「安全」対策について語っています。



2006年03月31日

2文字か3文字でエアライン名がすぐわかる! レターコードのお話

フライトボードには2レターコードでエアライン名と便名が表示されています。レターコードは、略称だったり、エアラインの歴史がわかったりとただのアルファベットと数字の組み合わせなんですが、奥深いものなんです。


空港のフライトボードなどでは「UA582」とか「NH24」といった表記がされていますよね。このUANHはエアライン(航空会社)を表すコードです。UAはユナイテッド航空、NHは全日空で後ろの数字は便名を表します。

エアラインを表すコードにはアルファベット(数字を含む場合もあります)2文字を組み合わせた“2レターコード”、そして3文字を組み合わせた“3レターコード”の2種類があります。
2レターコードはATA(International Air Traffic Association=国際航空運送協会)、3レターコードはICAO(International Civil Aviation Organization=国際民間航空機関)、の取り決めによるものです。もともとは、2レターコードだけでしたが増えてきたエアラインに対応するために1987年、ICAOが3レターコードを設けました(国内線やチャーター便を専門に運航する会社などのように、2レターコードを持たない航空会社も存在します)。

2レターコードは、航空会社が自由に付けることができますが基本的には早い者勝ち(笑)なので、創業が古いエアラインでは、会社の略称にちなんだコードやエアラインの旧社名などに由来したコードが付けられていることが多いといえます(2レターコードは基本的に変更されません)。2レターコードは、航空券や旅行代理店のデータ処理などで使用されています。

3レターコードも航空会社が自由に申請して付けることができますが、やはりこちらも早い者勝ち。こちらも機体に描かれている略称と3レターコードが同じ場合が多いなど、社名の略称が付けられることが多いです。3レターコードは、航空管制やフライトプラン等、航空機の運航に関連する公的機関で使用されています。

2レターコードを見ていると面白いのは、そのエアラインの歴史が垣間見られることです。たとえば全日空の「NH」は、全日空の前身の「日本ヘリコプター輸送」(Nihon Helicopter)の頭文字を取った2レターから引き継いだものなのです。

コードが利用されるようになったのは、長い社名のエアラインであっても、正確にかつ簡単に伝達するためで、実際にエアラインスタッフや航空関係者の間では2レター/3レターコードは日常的に利用されているのです。

■日本国内エアラインの2レター/3レターコード

エアライン名 2レター 3レター
日本航空 JL JAL
全日空 NH ANA
日本アジア航空 EG JAA
JALウェイズ JO JAZ
スカイマークエアラインズ BC SKY
北海道国際航空(エア・ドゥ) HD ADO
エアーニッポン EL ANK
エアージャパン NQ AJX
日本トランスオーシャン航空 NU JTA
JALエクスプレス JC JEX
エアーネクスト 7A NXA
スカイネットアジア航空 6J SNJ
スターフライヤー MQ SFJ
ジェイ・エア XM JAR
IBEXエアラインズ FW IBX
日本エアコミューター 3X JAC
エアーニッポンネットワーク EH AKX
エアーセントラル NV CRF
琉球エアコミューター RC RAC
オリエンタルエアブリッジ ORC
天草エアライン AMX
北海道エアシステム HC HAC
エアー北海道 ADK
新中央航空 CUK
エアトランセ TSQ
旭伸航空 KOK

2006年03月29日

その大きさは世界の常識を変えた!世界初のワイドボディ・ジェット「ジャンボ」

ニューヨークを拠点に活動しているバンドです。本作品は2004年に9月に発売されたもので、The Get Up Kidsなど多くのバンドを手掛けてきたEd Roseによってプロデュースされています。キラキラと輝くギター・サウンドとハーモニーを持ち合わせたメロディック・ロックで、繊細なメロディに寄り添うように響くピアノはとても美しいサウンドとなっています。ジャケットのジャンボはウイングレットがありませんので、クラシック・ジャンボでしょうね。ちなみにパラシュートで降下している人々も一緒に描かれていますが、もちろんジャンボからパラシュートで降下はできませんので、あしからず(笑)。

今回は、THIS DAY AND AGE「…Always Leave The Ground」のジャケットを見ながら、世界初のワイドボディ・ジェット「ジャンボ」ことボーイング747型機について紹介しましょう。

30数年前に世界の人々の前に登場したボーイング747は、ヒコーキの常識を覆すものでした。1部2階建てのダブルデッキ、機内には2本の通路など、その大きさに「ジャンボ」というスワヒリ語で「巨象」を意味するニックネームが付けられました(当初ボーイングは鈍重なイメージがあるため嫌っていたそうですが)。大方の予想を超え、現在までに1400機以上が売れている大ベストセラー機となっています。


さて、ジャンボには多数のモデルがありますので、簡単にそれぞれを紹介していきましょう(モデル名の後のカッコ内の年は初飛行の年月を表しています)。

●ボーイング747-100(1969年2月)/200B(1970年10月)
-100型機は言うまでもなく、747シリーズの中でも最初に設計されたモデルです。開発当初は-100型というモデル名は付けられていなかったのですが、性能を向上したB747B(後のB747-200B)の登場によってB747-100と名付けられました。1969年2月9日が初飛行で、1970年1月21日、パンアメリカン航空によってニューヨーク/ロンドン線で初商業飛行を成功させました。-200B型機は、-100型機からエンジンのパワーアップが図られ、航続距離の延長、最大離陸重量の引き上げなどが行われたものです。-200B型はクラシックジャンボ(-400型以前のジャンボ)と言われるものの基本形となっています。

●ボーイング747SR(1973年9月)
短距離国内線で乗客が非常に多い日本の市場にあわせて-100型をベースとして開発された短距離路線用のモデルです。SRはShort Rangeの略であり、日本航空と全日空のみが発注しました。特徴としては、最大離陸重量を引き下げ、多くの離着陸に耐えるため機体構造の一部を強化し、疲労破壊に備えて-200B型と同様の降着装置への変更や、ブレーキの改良などを行っています。今年の2006年3月10日の鹿児島発羽田行NH624便をもって全日空の運航するSRが引退し、日本の空からSRの旅客機は姿を消しました(詳しくは1月31日更新の「世界で初めての“500人”乗り「スーパージャンボ」もうすぐ退役」を参照してください)。

●ボーイング747SP(1975年7月)
胴体を短くして重量を低減化し、航続距離の増大を図ったモデルです。SPはSpecial Performanceの略です。最大航続距離が1万キロを超えるスペックを持つ最初のジェット旅客機です。ジャンボのシリーズとしてはシルエットが大きく異なり、かなり異色のモデルと言っていいでしょう。

●ボーイング747-300(1986年1月)
747-100/200Bのアッパーデッキを延長したモデル。一部の航空会社では、-100型や-200型を改造して-300型のような胴体にしたところもある。-300型には全旅客型、貨客混在型(コンビ型)、そして日本の国内線に対応した-300SRの3モデルが存在しています。-300SRは、747SRで採用された短距離路線運航のための技術を盛り込んだ機体で、世界で日本航空だけが使用したとっても珍しい機体です(現在は全て改修を受け、ホノルル線などで活躍しています)。

●ボーイング747-400(1988年4月)
747-300の機体を元に、アビオニクス(電子機器)の大幅な変更を加えたモデル。いわゆる「ハイテクジャンボ」と呼ばれるこのモデル登場以降、これ以前のモデルは「クラシック747」と呼ばれるようになりました。主翼端の延長とウイングレットの追加により空気抵抗を減らした上、水平尾翼の追加タンク、最大離陸重量の増加によって、航続距離で-200B型に優る性能を備えます。コクピットは電子化され、大型機でありながら航空機関士を廃し、機長、副操縦士の2名による運航を可能としました。日本政府は、91年に2機を政府専用機として採用しましたが、旅客機以外で-400型を使っているのは、現在日本のみです。

●ボーイング747-400D(1991年10月・初就航)
DはDomestic(国内)の略で、747SRと同様、短距離路線向けの改良が施されています。-400からの改造点は主翼端のウイングレットの撤去(短距離の国内線では燃費低減の効果が少ないためと、全幅の増加による駐機場、誘導路の使用制限を避けるため)、胴体や床面の構造強化などが挙げられます。-400D型を運航しているのは日本の日本航空と全日本空輸のみで、全日空の運航している747-400Dの座席数は569席が現在のところ世界最高の座席数を持つ旅客機です。

●ボーイング747-8(開発中)
B747-8は最新技術が導入される予定で、たとえば、ボーイング777で使用している先進のアルミ合金、操縦室のレイアウト、車輪とタイヤを使用するとともに、開発中のボーイング787で使われる先端技術エンジンと最新素材、eイネーブルと呼ぶ電子IT技術の適用を設計に取り入れることとしています。このような設計により、収容力の増大と航続距離の延伸、空力特性の改善などが達成されると見られます。見た目は胴体の延長と新設計の主翼で、翼幅と一部翼弦長が増加され、面積が大きくなる予定です。さらに主翼の捻りの度合いを変更していることや、主翼端をウイングレットからレイクドウイングチップに変更しているのが大きな特徴です。

写真は世界で第2位のB747のカスタマーであるブリティッシュ・エアウェイズのB747-400がずらりと並んだヒースロー空港。ちなみに世界で第1位は我らが日本の日本航空です。ちなみにブリティッシュ・エアウェイズでは、異なる3社(プラット&ホイットニー、ゼネラルエレクトリック、ロールスロイス)のエンジンを装備したジャンボを同時期に使用したというユニークな経歴があります。 (Photo/British Airways)

2006年03月15日

客室乗務員さんの1日を追え! どんな仕事をしている?


空港で颯爽と歩く客室乗務員の姿を見かけることってありますよね。サービス・保安要員として機内で何かと私達乗客の世話を行ってくれる大変な仕事をしています。(Photo/CSA CZECH AIRLINES)

日本航空、全日空とも2006年度の客室乗務員の募集を開始しました。日本航空は、東京ベースで140名程度、全日空は東京ベースで370名程度、大阪ベースで30名程度とのことです。採用者は来年(2007年度)から順次入社というスケジュールだそうです。詳細はそれぞれの会社のホームページをご覧ください。

ヒコーキに乗ると客室乗務員さんのテキパキとした働きぶりに、憧れちゃいますよね。揺れる機内で迅速かつ丁寧にサービスを行っている姿は、カッコいいものです。さて、それでは客室乗務員さんの1日とはどんなものなのでしょう。ヒコーキの離陸から着陸という流れと、航空会社で使われる用語で紹介していきましょう。

【客室乗務員の1日(出社~退社まで)】
●ショウアップ(Show Up)
 会社に出社することです。

●プリ・ブリーフィング(Pre-Briefing)
 乗務員が出発前に保安面の確認やサービス面の打ち合わせ、申し渡しなどを行います。この時に客室乗務員のポジション(たとえばエコノミー担当とか)なども発表されるそうです。

●プリ・フライトチェック(Pre-Flight Check)
 機内に乗り込み、非常用の装備品や設備搭載品などを確認します。搭乗客を迎える準備をする時間です。

●クルーブリーフィング(Crew Briefing)
 コクピットクルーとの打ち合わせです。フライトの概要やその他の決め事などを打ち合わせします。

●ボーディング(Boarding)
 等乗客がヒコーキに搭乗することをいいます。搭乗口で笑顔で出迎えてくれる、あの瞬間です。

●ブロックアウト(Block Out)
 ヒコーキがスポット(空港で駐機している場所のこと)を離れることをいいます。この時間帯はブランケットを配ったりしていますね。

●タキシング(Taxing)
 スポットを出て、滑走路に向かうために誘導路(Taxi Way)を地上走行していることをいいます。

●テイクオフ(Take Off)
 離陸のことをいいます。この時は客室乗務員さんも専用のシートに座っています。

●クライム(Climb)
 ヒコーキが上昇していることをいいます。

●クルージング(Cruising)
 予定の飛行高度に達し、水平飛行で巡航していることをさします。この時間帯に客室乗務員さんは、飲み物や食事をサービスしたりします。

●ディセンド(Descend)
 ヒコーキが降下をしていることいいます。

●アプローチ(Approach)
 空港へ進入することをいいます。まもなく着陸となります。

●ランディング(Landing)
 着陸のことをいいます。

●ブロックイン(Block In)
 空港のスポットに入ることをいいます。間もなくドアが開き、私達搭乗客のヒコーキの旅は終了します。が、客室乗務員さんはまだ仕事があります。

●デ・ブリーフィング(De-Briefing)
 全ての搭乗客がヒコーキを降りたことを確認してから、客室乗務員さんもヒコーキを降ります。デ・ブリーフィングとは、1日のフライトを振り返るものです。今日一日お疲れさまでした。

だいぶ簡潔に書いてしまいましたが、ヒコーキが運航中以外にも私達乗客が快適に機内ですごせるようにさまざまな準備を行っていてくれます。また、ヒコーキを降りた後も次のフライトのために1日のフライトを振り返るデ・ブリーフィングを行うなど、常に安全と快適さを保つ努力をしてくれています。

華やかに見える客室乗務員という仕事ですが、フライト中では限られた時間の中でサービスを行ったり、またフライトの時間にあわせて行動するので早朝出勤や夜間勤務があったり、また国際線では時差による体調の変化があったりなどかなりの体力が必要となる実際とても大変な職業なんですよね。


機内で快適に過ごせるのは客室乗務員さんのおかげです。ヒコーキは旅の始まりであり終わりでもあります。機内でどう過ごしたかというのは、旅の思い出でも印象に残りますよね。客室乗務員さんの笑顔ってそれだけで、うれしくなるものです。(Photo/Asiana Airlines)

2006年03月10日

小さな翼は大きな力を発揮している!ウイングレット


B737ネクスト・ジェネレーションシリーズ(B737-600以降)にオプションで付けられる大型のウイングレットは「ブレンデッド・ウイングレット」と呼びます。ブレンデッド・ウイングレットは、航続距離の延長や燃費の向上、エンジン整備コストの削減、離陸時の騒音の軽減など運航性能の向上を実現しています。写真はB737-800。(Photo/Boeing)

主翼の先端が折られているような形状をしているヒコーキをご覧になったことがあると思います。この小さな翼を「ウイングレット」といいます。昔のヒコーキにはありませんでしたが、1980年代の後半以降に登場したヒコーキには、ウイングレットの装備が当たり前といってもよいでしょう。

さてさてこのウイングレット、なんのために付いているのでしょう。見栄え? いえいえ小さな翼ですが、大きな力を発揮しているのです。主翼が揚力を発生すると、翼端部に下面から上面に向かう渦流(翼端渦)が発生し、翼周りに飛行方向とは異なった気流が生じ、抗力を引き起こします、これを「誘導抗力」といいます。この誘導抗力を減らすためには、翼幅を増やすことなのですが、大型化が進むと空港のスポット幅に収まらなくなってしまいます。翼を持つ乗り物である限りこの誘導抗力を無くすことはできませんが、ウイングレットは、翼幅を増やさずに誘導抗力を減らす効果があるのです。

ウイングレットには、主翼の上下に小フェンスを立てたものや上方だけにフェンスを立てたもの、小さなやじり型をしたものなどさまざまな種類が作られています。A300-600RやA320などの主翼端に付いている小型なものは、ウイングチップフェンスと呼ばれていたり、ボーイング社のB737のネクスト・ジェネレーションと呼ばれている次世代機では、主翼面とウイングレットを滑らかに繋いだ「ブレンデッド・ウイングレット」が使われています(通常はウイングレットなしでオプションで装着します)。また、ボーイング社が考案した「レイクド・ウイングチップ」と呼ばれるウイングレットは、主翼端を延長し先細り形にするとともに上方に反り上げるもので、B767-400ERで初めて採用され、B777-200LR/-300ER、B787-8/-9でも使われています。

機能面でももちろん小さいな体で効率的なヒコーキの運航に役立っているウイングレットなのですが、私達ファンにとっては、機体の新旧を見分けるのに役立つチェックポイントにもなっています。

例えば、B747-400にはウイングレットが付いていますが、在来型といわれるB747-400Dには付いていません。同じくMD-11にはありますがDC-10にはないなど、似たものヒコーキの区別にも最適です。

小さな翼が大きなヒコーキの効率的な飛行を支えているなんて、ちょっといい話じゃありませんか?


翼の先端を先細り形にして上方に反り上げたレイクド・ウインチチップ。取り付けることにより、離陸時の滑走路距離の短縮、燃料効率の改善、上昇性能の向上が実現するとされています。上昇性能が向上すると、騒音の軽減化に効果があります。写真はB787ドリームライナー。(Photo/Boeing)

2006年03月06日

求むパイロット!! パイロットにはどんな資格がいるの?


コクピットにいるパイロットは、基本的には左側が機長、右側に副操縦士が座ります。制服の袖に階級を示す線があり、4本線が機長、3本線が副操縦士になります。操縦するヒコーキの型によっても、それぞれの免許が必要となります。写真はサウスウエスト航空のパイロットですが、B737の型式証明が必要となります。サウスウエスト航空は、B737型機だけなので問題ありませんが、もしB767やA320に乗務することになった場合は、それぞれの型式証明を取得する必要があるのです。パイロットって大変な職業ですよね~。(Photo/ Southwest Airlines)


急成長をしている中国の航空輸送市場では、パイロットの養成が追いつかない状況といわれています。中国の国家民航総局は今後5年間に毎年100機ペースで旅客機を就航させる予定ですが、そのためには1000人以上のパイロットが必要となります。中国航空業界の大手である中国国際航空(エア・チャイナ)は、国内ではまかないきれず2006年内に20~30人の外国人パイロットを雇う予定だそうです。

国家民航総局によると、2005年の中国の旅客数は述べにして約1億3800万人、運航している旅客機は863機と発表していますが、旅客も機数も過去5年間に2倍以上の伸びをしめしています。さらに、中国指導部は2005年11月の米中首脳会談時にボーイング社から旅客機を70機、12月には温家宝首相訪仏時にはエアバス社の中型機150機の購入を発表しています。こうした急速な旅客機の導入にパイロットの養成が追いついていない状況だそうです。

さて、そんな旅客機を運航するには必ず必要となるパイロットですが、日本でパイロットになるためにはどんな資格が必要となるのでしょうか。

まず、国土交通省航空局が実施する国家試験に合格する必要があります。ライセンスには、定期運送用操縦士、事業用操縦士、自家用操縦士の3つが業務の範囲別に定められていて、自家用飛行機を操縦する場合には自家用操縦士の資格だけでよいのですが、報酬を受けて航空会社のパイロットになるためには、少なくとも「事業用操縦士」の技能証明が必要となります。さらに管制官とのやり取りで必要となる「航空無線通信士」の資格、「計器飛行証明」、さらに航空会社の旅客機はエンジンが2つ以上あるので「陸上多発機の技能証明」、「第一種航空身体検査証明」、操縦する旅客機の型式用の資格「型式証明」と、私達旅客を乗せたヒコーキを運転するためには、多数の資格が必要となるのです。

さらに機長として乗務するパイロットには、機長として必要な資格があります。まずは、「定期運送用操縦士」の資格。副操縦士の場合は事業用操縦士で操縦できますが、機長として乗務するにはこの定期運送用操縦士の資格が必ず必要となります。しかし、これだけではありません(まだまだあるんですよ~)。一定の路線を飛行するためには、「機長路線資格」が必要となります。この資格は、東京/大阪、東京/新千歳など路線ごとに国土交通省航空局の機長路線資格審査官の審査を受けて合格する必要があります。審査を受けるためには、最近1年間でその路線で1回以上の片道飛行を行ったことがあること、その路線の発着空港で離陸及び着陸したこと(視聴覚機材、いわゆる訓練用のフライトシミュレータを用いて行われた教育でも可)、という経験がなければなりません(審査を受けるためのハードルも高いのです)。つまり、“機長が機長として乗務できるのは「機長路線資格」を持っている路線”のみということなのです。また、「第一種航空身体検査証明」も副操縦士は更新期限が1年なのに対し、機長は6か月ごとに更新しなければならないと、機長の資格はより厳しいものとなっています。

パイロットって、私達を安全に運んでくれるためにさまざまな資格を取得してくれているんですね~。

2006年02月23日

大ベストセラー旅客機「B737型」機、5000機目がデリバリー!!


B737型機、5000機目のデリバリーを祝って2月13日に行われた式典の様子。5000機目はサウスウエスト航空にデリバリーされました。(Photo/Boeing)

2月13日、ボーイング社で製造されているB737型機の5000機目がデリバリーされました。小型・中型旅客機であるB737型機は、航空史上最多の製造数を記録する航空機として、ギネス・ワールド・レコード社にも認定を受けている、大ベストセラー機です。記念すべき5000機目はサウスウエスト航空のB737-700で、サウスウエスト航空にとって447機目のB737型機となります。ちなみにサウスウエスト航空は、B737型の3モデル(-300、-500、-700)のローンチカスタマー(最初の顧客)でもあり、世界最大のB737型のオペレータでもあります。

余談となりますが、サウスウエスト航空は格安航空会社の走りとしても知られ、航空券はなく(電子チケット制度を採用。私はプラスチックの何度も使えるチケットを見たことがあります)、機種もボーイング737シリーズに統一、客室乗務員が清掃など複数の仕事をこなすなど、徹底したコスト削減等で、アメリカ同時多発テロ事件後も全米で黒字運営を続ける数少ない航空会社の1つです。キャビ