前回は「構図」についての基礎的なことをお話ししましたが、今日は「シャッターチャンス」のことを書きます。僕が好きな数少ない写真家のひとりにアンリ・カルティエ・ブレッソンというフランス生まれの写真家がいました。2004年に亡くなりましたが、彼の有名な写真集のタイトルに「決定的瞬間」というのがあって、それはブレッソンが1932年にパリで撮影した写真の中に、帽子を被り、ステッキを手にした男がまさに水溜りを飛び越えようとして宙に浮いた瞬間を撮影した写真のタイトルを、そのまま写真集のタイトルにもしています。ただ、元のフランス語版のタイトルでは「逃げ去るイメージ」というもので、アメリカ版にするときに「決定的瞬間」となりました。逃げ去るイメージ、写真はとある瞬間を数百分の1秒という速度で捉えるのですが、何も動いているシーンの瞬間をタイミングよく撮ることがだけが決定的瞬間ではありませんね。この写真集は1952年に刊行されましたが、僕が生まれたのも1952年で、これもまた決定的瞬間でしたね。
旅をしていると様々な新しい発見や感動もあり、また日本でも体験したことがあるような共通した印象を受けることもあります。違和感もあれば共感することもあります。虹を見たり、猫が雀を追ってジャンプするとかなら日本でも見ることができます。しかし、人間の感情や考えていることは常に同じと言うわけではなく、同じようなシーンでも面白く感じたり、何も感じない場合もあります。「決定的瞬間」というのはその自分の心や頭で考えていることがある瞬間を見ることに寄って、その映像とうまく重なった瞬間とも言えるでしょう。つまり自分の内面と眼を通して見た外の世界が合致する瞬間です。
町を散歩していたら、ブティックの店先に飾ってある花がひときわ美しく感じるとか、あるいはすれ違う女性の横顔であったり、突然吹いた風で舞い上がった新聞紙が鳥のように見えたり、人ごみの中でポツンと立ち尽くす老人の背中であったり、鏡のように澄み切って波ひとつない湖面の何事もないような光景に心引かれる場合もあるでしょう。その時に写真を撮りたいと思い、そして撮られた写真の中に「決定的瞬間」が写っているのだと思います。写真はどこか俳句によく似ているのではないかとも思います。
この写真は中部イタリアのアドリア海沿岸の町、ペーザロの街中で撮影したものですが、イタリアならどこでも見られるような立ち話のシーンです。帽子を被り、赤いマフラーをしている男の人もよく見かけます。相手の男の人は右手を激しく動かしています。話すときに口だけなく手も使う、大げさなジェスチャーもイタリア的です。そしてレンガの壁、石畳、そこに置かれた自転車など、雰囲気全体にいかにもイタリアらしい街角のシーンだなと感じて瞬間的にシャッターを切ったものです。
つまり画面構成、人物、背景の壁や石畳に自転車などそれぞれの存在と動きのある手に、相槌を打つ帽子の男性の顔、それらの全てが写真を撮りたいという気持ちにさせたのです。ただ、こうしたシーンを撮るためにはカメラをバッグの中にしまっていてはなかなか撮れるものではありません。カメラをバッグから出してスイッチを入れて、構え、ファインダーを覗き、構図を考え、な~んてやっているうちに場面は刻々と変化していきますし、気が急いていると、構えもしっかりできず、手ブレを起こしたり、露出を失敗したり、何よりも一番はっとした気持ちのシーンを逃すことになります。シャッターチャンスは撮る前に半分は既に準備されているのです。カメラは常に手に持っているか、首から下げるかしていることが必要でしょう。そして眼だけでなく耳や体全体で周囲の状況や気配などを感じつつ歩くのです。


コメント (6)
篠さんとお知り合いになったおかげで、写真にまた興味を持っています。昨日は午前中時間があったというか、気がむいたので、30分ほど車を走らせて御岳は奥多摩渓谷をカメラをぶらさげ散策しました。デジカメはもたず、あえて古いカメラにしました。撮った写真がすぐに見れないのはしかたのない事ですが、それはそれで現像するまでの楽しみがあるわけで、そんな不便さをあえて選ぶのもたまにはいいかなぁと思ったりしました。赤、白のヒガン花、ほかたくさんの野草、花々。
深い緑、澄みきった渓流と、とても気持ちのよい時間でした。もうすぐ紅葉、色あでやかな季節が
訪れます。篠さんの「旅の写真術」は大変勉強になりますのでこれからも楽しみにしています。
投稿者: NO NAME | 2005年09月30日 09:31
日時: 2005年09月30日 09:31
no name送信したので、もいちどの描き込みでした。
投稿者: TASAKA | 2005年09月30日 09:34
日時: 2005年09月30日 09:34
遅くなりましたが、篠さん、ブログ開設おめでとうございます。
やはり篠さんの写真はどれも味があっていいですね!!
何気ない、自転車の写真もなかなか私のお気に入りです。
もちろんヴェネッイアの風景なんて最高♪
イタリアにすぐにでも行きたい気分になってしまいます。
これからまだまだ、ワイン、料理、イタリアについてもいろいろと
教えていただきたいです。
これからも楽しみ・・・
篠さんみたいな人生が歩めたら素敵な人生ですねっ!!
投稿者: takemi | 2005年10月24日 17:19
日時: 2005年10月24日 17:19
Takemiさん、「篠さんみたいな人生」う~ん、これはちょっとお薦めできませんねぇ。こうみえても何かと苦労が多いのであります。だからまたワインが旨い。気の置けない友人たちといる時が幸せであるのですが。僕がお手本にしているのは「人生の達人、イタリア人の生き方です」。でも、そんなことをイタリア人の友人に言ったら、きっと彼らも「おい、Toshi,こうみえてもいろいろと悩みがあるんだぜぇ」って言われるでしょうね。だから、また一緒にワインを飲むのが楽しいのであります。ヴェネツィアのバーカロ、フィレンツェのワイン・バー、ミラノのバール、シチリアの海、ナポリのピッツェリア、そして東京の我が家と何軒かの馴染みの店。In Vino Veritas!であります。
投稿者: パステルしのちゃん | 2005年10月25日 21:26
日時: 2005年10月25日 21:26
アンリ・カルティエ・ブレッソンは、私も大好きな写真家です。
日本では大手デパートの美術館や、写真専門のギャラリーなどで時々取り上げられますね。
写真というものは、「真実を(非情に)映し出す」そうで、
たとえば人物写真など、自分で思っていたよりも「自分」が違って写っていたりして、
そのギャップに傷つくことがありますが、
アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真にはそういうものが感じられません。
奇をてらわない日常の情景が、白黒フィルムの中で暖かく息づいている…
本当に大好きな写真家です。
もちろん!篠さんの写真も、同じような感銘を受けています。
投稿者: はったり君 | 2006年03月09日 02:41
日時: 2006年03月09日 02:41
「はったり君」コメントありがとうございます。でも、なんで「はったり君」なの?忍者はったり君とか。この間、浅草の夕暮れを歩いていました。昼間に撮影会などで行くことはあったのですが、夜はめったにありません。町は昼と夜で雰囲気が大きく変わるところも少なくないです。昼間は締まっていた居酒屋の赤提灯が点いたり、歩いている人も変わります。「決定的瞬間」もいくつかありました。夜なので少々手ブレもでますが、キャパの「ちょっとピンボケ」ならぬ「ちょっとブレボケ」でもいいときがありますね。
投稿者: 手ブレッソンしのちゃん | 2006年03月09日 07:35
日時: 2006年03月09日 07:35