
イタリアの、ことにシチリアは古来から“テルス・エノトリア” ワインの大地と言われて来ました。最古の葡萄栽培の痕跡は中央アジア、現在のグルジアあたりと言われ、5千年あるいは7千年も昔から葡萄が栽培されワインが造られていたそうです。素焼きの甕を首まで土に埋め、葡萄をその中で潰して自然発酵させたものを飲んでいたようです。発掘された甕の底に残った種子から、年代などが解明されたのです。
しかし、葡萄にはワイン造りに適したものとそうでないものがあります。俗に山葡萄などと呼ばれる野生種には学名ではヴィティス・ルペストリスとかヴィティス・リパリアなどがありますが、糖分が少なく酸味や渋みが強いもの、あるいはおいしいワインと感じるには適さない独特のクセを持つものが多く、ワインには糖分が高く風味の良いヴィティス・ヴィ二フェラ種が最適なのです。もっともこの名前はワインに造ってみてから適合した種類を分けるために後付けされたわけですが。
ギリシア人のワイン文化
古代ギリシア時代になるとギリシア人の植民地や交易の拡大に従って中央アジアに誕生した葡萄が南欧の各地でも育ちます。民族と文明の移動によってワイン造りも受け継がれ、ギリシアではあの酒の神、バッカス(ディオニソス)が神話にも現れたりしていますが、ギリシア人はこよなくワインを愛したようです。そのギリシア人が紀元前8世紀頃、シチリアに植民地を建設すると同時に葡萄とワイン造りの“文化”も移植しました。やがてシチリアのシラクーサはギリシア本土のアテネよりも大きなギリシア国家にまでなったのです。
そのシラクーサ近郊のアヴォラというギリシア都市に起源を発する土地に移植されたのが現在でもシチリアを代表する赤ワインの葡萄、ネロ・ダヴォラです。ネロというのはイタリア語では”黒”を意味しますので、赤ワイン用の黒葡萄のことで、ダヴォラはd’Avoraと綴って、“アヴォラの”という意味です。タオルミーナに“ネロ・ダヴォラ”という名前の素敵なワイン・バーがありまして、そこのオーナーが現在主にオーストラリアやフランス、アメリカなどで造られているシラー種はネッロ・ダヴォラと同根でシラクーサが起源だと主張していました。この説は過去にも何度か流れているのですが、実際にはまだ確定していません。中近東のシラーズという説もありますし、少なくともネロ・ダヴォラと同根というのはかなり新説です。
パレルモの酒屋、エノテカ・ピコーネEnoteca Picone
さて、シチリアの州都、パレルモに“エノテカ・ピコーネ”という大きなワイン屋さんがあります。第2次世界大戦の後、先々代のニコロ・ピコーネ氏がダミジャーナという大きなガラス瓶(通常は33リットルの容量)からワインを量り売りしたのが始まりだそうで、現在はその孫のニコラ・ピコーネ氏に受け継がれていますが、今ではレーベルだけでも7千種を下らないという品揃えを誇る、イタリアでも有数のエノテカ(“エノテカ”はイタリアでは“酒屋”を意味する“普通名詞”)です。そのエノテカのピコーネ氏もシラーとネロ・ダヴォラの同根説には疑問を呈していますが、最近はシチリアでもシラー種だけの葡萄が人気を高めているそうです。
シチリアの人はこの島はカターニアを中心とする東部とパレルモを中心とする西部で土地の性質も文化も違うと言います。確かにギリシア側に向いた東のイオニア海沿岸にはギリシアの影響が多く残り、北アフリカを正面に見る西部では古代フェニキアやアラブの影響がより多く見られます。また、イタリア最大の活火山であるエトナ山の影響も地質的な大きな違いを形成し、カターニア近郊やエトナ山麓のワインとパレルモからアグリジェト、シラクーサ辺りまでの地中海沿岸では栽培される葡萄の品種も異なります。
エトナ山の麓では昔から白葡萄のカリカンテやカタラットが有名で、赤ではネレッロ・マスカレーゼやカラブレーゼが主流ですが、西の方では白ならインゾリアやグリッロ、カタラットがあり、赤ではネッロ・ダヴォラが代表的な葡萄です。東と西の中間あたりにあるラグーサ近郊ではフラッパート種とカラブレーゼ種から作られるチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアというワインが有名です。どのワインが美味しいかは好みですから、まずはいろいろと飲んで見るのが一番ですが、エノテカ・ピコーネのワイン・アドバイザー、ヴェラさんの好みは、赤ならエトナのネレッロ・マスカレーゼで、どちらかというとエレガントな風味で、西のネッロ・ダヴォラには力強いが野趣を感じるそうです。僕はネロ・ダヴォラが好きですが。
シチリアの葡萄にはほかにも白のマルヴァジアやモスカート、パンテッレリア島特産のジビッボ(モスカートのアラブなまり)、グレカニコがあります。料理酒として世界に知られるマルサラはカタラット、グリッロ、インゾリア種の白葡萄から造られています。近年はこうしたシチリア固有の葡萄品種に加えて、フランスで主流の黒葡萄、カベルネ・ソーヴィニョンやメルロ、白葡萄ではシャルドネなどが入り、シチリア原種と合わせたりしてバラエティに富んだワインが誕生しています。最近は北イタリア特産と言われていたゲブルツ・トラミネール酒の白ワインを飲みましたがなかなか美味しい仕上がりでした。このように、シチリアのワインはかつて言われていた“ワインの大地”にふさわしくこれからもどんどんと発展し続けるでしょう。

エノテカ・ピコーネの主人とアドバイザーのヴェラさん。デグスタツィオーネと言って試飲用のグラスワインもあって値段はワインの種類によっても違いますが、このグラスの右側に並んでいるのがこの日のテイスティング用ワインです。この日僕が飲んだのはPIANA DEI CEMBALIのネッロ・ダヴォラでボトル値段は17.5ユーロでしたが、グラスでは5ユーロでした。最近はユーロが高すぎて辛い!

エノテカ・ピコーネの店の奥にはテイスティング用に大きなテーブルがあって、壁を埋め尽くすワインのボトルを眺めながらゆっくりと味わえます。パレルモに行ったおりにはぜひお試しを!ワインはイタリアのテーブルには欠かせない文化ですから。
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