
イタリア男と言えばプレイボーイ、女たらしというイメージを持つ方々も多いかもしれません。そのイメージを象徴する存在がヴェネツィア生まれの世紀の伊達男、ジャコモ・カサノヴァです。しばしば、スペインのドン・ファン、と比較され、ドン・ファンは若く美しい女性だけを相手にしたが、カサノヴァは年齢や美醜にとらわれず全ての女性を愛した、ドン・ファンに勝るプレイボーイだと評されもしています。実際は女性ばかりがお相手でもなかったそうで、もうこうなると聖人の域に達しているのではないかと思うほどですね。
カサノヴァが生まれたのは1725年、ジェノヴァと双璧をなす海洋王国を誇っていたヴェネツィアの繁栄に陰りが見えた退廃期にあたります。ナポレオンのフランスがヴェネツィア共和国の終焉の幕を引きオーストリアに譲渡したのが1797年。カサノヴァはその翌年に73歳の生涯を全うします。
さて、そのカサノヴァ、色事師だ、ペテン師だ、魔術師だのといろいろと悪評ばかりがまとわりついていますが、実はヴェネツィア共和国の窮地を救おうと世界各地を命がけで駆け巡った諜報員、言わば18世紀の”007”だったという説、もあります。パドヴァ大学で神学、教会法を学び神職を志しましたし、当時、フランスから世界に広まっていた自由思想に関心を持ち、ヴォルテールを訪問したり、彼と親交を持った人物には法王クレメンス13世、フリードリヒ大王、マダム・ポンパドール、ロシアのエカテリーナ2世などすごい名前が並びます。モーツァルトが1787年に発表した「ドン・ジョヴァンニ」の初演にも列席していたそうです。
そんな彼の波乱万丈な人生については彼自ら書き残した「回想録」に様々なエピソードが語られ、しばしば映画にもなっています。1976年にはフェリーニが映画化し、ドナルド・サザーランドがカサノヴァを演じましたが、ヴェネツィアのファンタジックな世界を余すところなく描き、僕のお気に入りの作品です。
そして、今年、カサノヴァを主役にした映画が新たに誕生しました。タイトルもそのまま、「カサノバ」です。監督は「ショコラ」でアカデミー賞に作品賞を受賞したラッセ・ハルストレム。カサノヴァを演じるのは「ブロークバック・マウンテン」で 注目されオスカー候補にもなったヒース・レジャー。
先日、試写会でこの作品を見ましたが、とにかく映像が美しいです。ヴェネツィアが舞台というとキャサリン・ヘップバーンとロッサノ・ブラッツィ共演の「旅情」があり、オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ぺック共演の「ローマの休日」と並んでご当地映画の名作ですが、このラッセ・ハルストレム監督の「カサノバ」はフェリーニの作品がセットを中心とした劇場空間的映画とすると、ハルストレム監督の作品はヴェネツィアや近郊のヴィチェンツァなどのロケ撮影により、ヴェネツィア王国時代の魅力を存分に見せてくれるので、ヴェネツィアをこよなく愛する者としてはその美しい映像だけでも賛辞を送りたい作品です。カルネヴァーレの時期にヴェネツィアを訪れ、カフェ・フローリアンやサン・マルコ広場でその華麗で幻想的な美しさを体験した方なら、必ずやこの映画を見て想い出をさらに深くするでしょうし、まだヴェネツィアには行ったことがない方はぜひこの映画でヴェネツィアの魅力を楽しんで下さい。きっと、すぐにもヴェネツィアに行ってみたくなるでしょう。
もちろん、カサノヴァの波乱万丈な恋物語がこの映画の主題ですが、実はこれまで作品と異なるのは、カサノヴァが世に言われるような単なる女たらしではなく、とても知的で感性豊かゆえに、あまねく女性たちに愛される、そしてついには永遠の愛を決心させる女性と出会い、彼女のために命がけの冒険を展開するというものです。この映画によってまた新たなカサノヴァ伝説が誕生し、男性なら一度はこんなカサノヴァのようになってみたいと思うでしょうし、女性はこんな男と恋をしてみたいと夢を抱かせる映画です。
映画「カサノバ」(配給:ブエナ ビスタ インターナショナル)は6月17日から全国ロードショー。東京都内では新宿・テアトル タイムズスクエア、シネセゾン 渋谷、銀座テアトルシネマで上映。なお、藤沢の湘南オデオン座内”藤沢キネマ88”では映画に会わせて僕の写真展とトークショー(6月23日午前11時予定)を 開催し、またイタリアワインなどを楽しめるバールもオープンします。http://www.cinemabox.com

ヴェネツィアのカルネヴァーレではまさにカサノヴァの時代を蘇らせた雰囲気を楽しむことができますし、リアルトにある居酒屋”Do Spade(ド・スパーデ)”はかつてカサノヴァが美女と連れ立ってしばしば訪れ二階へ上がって行ったという伝説があります。ちなみに、ド・スパーデとは「二つの剣」という意味で、この居酒屋の手前にある小さな橋の上で、ひとりの美女を奪い合って騎士が決闘したのでこの名前が付きました。この界隈のヴェネツィア貴族の家柄の友人の家に招かれた機会がありましたが、映画の世界とまったく同じ、豪奢なものでした。この貴族の名前は非公開にしてくれとのことです。
カサノヴァは1755年に宗教裁判で異端の罪で裁かれ牢獄に入れられたことがありますが、この牢獄はヴェネツィアのサン・マルコ広場に面したドゥカーレ宮殿から”嘆きの橋”を渡った建物にあります。”鉛の牢獄”とも言われ脱出不可能と思われていましたが、カサノヴァは5年後にその鉛の屋根に穴を開けて脱出したと言われています。現在、日本では「カサノヴァ回想録」は全て絶版となってしまったようです。先週、神保町の古書店で河出書房から出ていた全6巻を見付けて買いましたが、フランス文学者、窪田般弥がフランス語から訳したもの。挿画は幻想絵画の巨匠、古澤岩美です。サイトで調べると河出書房からは挿画が池田満寿夫によるものも出ていたそうです。ちなみに岩波文庫でもありますが、こちらの方が高価でした。理由は文庫の方が小さくて人気があるそうです。もちろん、ヴェネツィアにはさまざま本が今でも出版されています。写真にあるのはFilippi Editoreという地元の出版社のものです。


ヴェネツィアで書店を営む親友、ルイジ・フリッツォは自称、現代のカサノヴァ。お腹がでっぷりと突き出た60歳のオヤジですが、本当にいろいろな女性にもてていま す。イタリア語はもちろん、フランス語、ドイツ語、英語を流暢に操るインテリです。また、ヴェネツィアでアパートや短期滞在のレジデンスなども紹介してくれます。書店はオステリア、アル・マスカロンのある路地を行けば見つかります。彼のところにもたくさんのカサノヴァの本がありますし、運河に面した小さなバルコニーが あって、そこでは大好きなワインを一緒に楽しめる空間になっています。ヴェネツィアの運河の水音を聞きながらカサノヴァの本を読み、ときおりワインも飲むなんて贅沢な時間を過ごしたいですね。


コメント (5)
篠さん今晩は。
篠さんが語るカサノヴァもおもしろいですね~。いっぺんに読んじゃいました!
私のカサノヴァといえば、上述のドゥカーレ宮殿から嘆きの橋を渡ったところにある牢獄から脱出した後、フランスで出会った女性との恋を成就するのに使った小道具(といったら失礼ですね)として、シャンベルタンとロックフォールを用意したエピソード。でも・・・、彼はイタリアのワインとチーズでは何がお気に入りだったのでしょうね?!
「ヴェネツィアの運河の水音を聞きながらカサノヴァの本を読み、ときおりワインも飲むなんて贅沢な時間を過ごしたいですね。」
私もそんな時間をすごしてみたいです!!
投稿者: vinoeformaggio | 2006年05月26日 20:03
日時: 2006年05月26日 20:03
この映画はイタリアではもうとっくに終わったのですが、其の時は何となく見る気がしなくて・・・ではビデオで見てみましょう。
ご親友の自称カサノヴァのルイジ・フリッツォ氏、写真で見ると女性は何となく引いているような(笑) 直ぐにくっ付いたりキスをする、よくあるイタリア中高年紳士 = カサノヴァ(?)
スペイン人もギリシャ人もシチリア人(イタリアですが)もちょっと違いますよね、やはりイタリア人くらいかなラティン・ラバーは。
ところで篠さん、以前の映画「LA MEGLIO GIOVENTU'」はご覧になりましたか?TVで4回に分けて放映中です。
投稿者: NO NAME | 2006年05月30日 15:42
日時: 2006年05月30日 15:42
vinoeformaggioさん、97年にカサノヴァ没後200年祭がヴェネツィアであって、それを記念してカサノヴァが食べていた(だろう)料理の大きな本がありました。もちろん、買ってきたのだけど、それをどこにしまったのか、誰に貸したのか行方知れず。ただ、綺麗な写真がたくさんあって、牡蠣とかホタテ、赤貝など貝類がお好きだったみたい。チーズはこの地方ではアジアーゴが有名ですし、彼はヨーロッパ各地、特にフランスではいろいろと食していたはずですね。たしか、その本にはゴルゴンゾーラも紹介されていたと思いますが・・・?
NO NAMEさん、たしかにルイジに迫られている女性、引き気味のようにも見えますが、この時すでに僕が持参した日本酒1本、ワインが2,3本が開いていて、僕と友人が帰った後も彼らは楽しそうに飲んでましたし、彼女達は昔からのお友達で、ルイジのバーチョには馴れっこみたいですよ。
La Meglio Gioventu'、長編すぎてまだ見る時間がありません。Videoもあるんでしょうね。TVもあんまり見る時間がないのです。このカサノバ、試写会に行けてよかった!とにかく、美しいヴェネツィアの雰囲気を楽しんで下さい。本来の「回想録」とは別のお話です。
投稿者: カサノヴァしのちゃん | 2006年05月31日 00:12
日時: 2006年05月31日 00:12
NO NAME ・・・単に名前を書き忘れただけでした(ゴメンナサイ)
投稿者: hitomi | 2006年05月31日 04:46
日時: 2006年05月31日 04:46
なーんだ、Hitomiさんだったの。R氏はL氏とはぜんぜん違うもね。高貴なフィオレンティーノだし。ヴェネツィアはビリッキーノがいっぱい。それにコルティジャーナの文化もあるし、たぶんフィオレンティーノもヴェネツィアーナには弱いんじゃないかな。ビアンカ・カッペッリの例もあるしね。ところで、トスカーナ舞台の映画と言えば邦名「踊るトスカーナ」というのがあったけど見ました。確か、95年制作です。それもブエナ・ビスタ配給で日本には5年くらい遅れて入りましたが、これも面白かったですよ。いつかフィレンツェに行ったらピエラッチョーニ監督にも会いたいと思ってます。最近、彼の新作が公開されたとか、ご存知?では、2週間したらPisaなのでTel入れます。Ciao!
投稿者: カサノヴァしのちゃん | 2006年05月31日 11:21
日時: 2006年05月31日 11:21