ライナーテのヴィッラ・リッタ 1


ミラノからマルペンサ空港に向かう高速A8号線で20分足らずのところにライナーテという町があります。13年前に東京で知り合ったグラツィアーノ・ヴィターレ(Graziano Vitale) というグラフィック・デザイナーで絵本作家の友人が生まれ住んでいる小さな町です。彼と出会わなければ決して行くことはなかった町だったでしょう。そんな日本ではまったく知られていないような小さな町でしたが、行ってみて驚きました。この町にはつい数年前まであのイタリアの名車、アルファロメオの本社工場がありましたし、今は日本でもよく知られているミントやチューインガムの工場もあります。しかし、僕が一番驚いたのは、この町にある”ヴィッラ・リッタ”という立派な庭園と館があることです。


ミラノの中心、コルソ・マジェンタには”パラッツォ・リッタ” という大きな建物があり、旧国鉄時代からイタリア鉄道の本社に使われていました。元の所有者はマルケーゼ・ポンペーオ・リッタという貴族でした。その貴族をたどっていくとミラノを支配していたヴィスコンティ・ボッローメオ家に行き着きます。ライナーテのヴィッラ・リッタはこのヴィスコンティ・ボッローメオ家のピッロ一世伯爵が1585年頃に建設した荘園です。正式名称は”ヴィッラ・ボッローメオ・ヴィスコンティ・リッタ(Villa Borromeo Visconti Litta) と言います。そもそもこの一帯は15世紀初頭からヴィスコンティ・ボッローメオ家の領地でワインを作るための葡萄畑と農家などが数多くありました。ピッロ一世はその内のひとつをヴィッラとして作り変えたのでした。

館の建造にはカミッロ・プロカッチーニやフランチェスコ・マッズッケッリといった当時の優秀な建築家、芸術家が起用されました。内部の装飾の手本になったのはトスカーナのヴィッラやローマの建築や庭園でした。しかし、この館に描かれているシンボリックな人物像などはルネッサンス時代でもフィレンツェやヴェネツィアではキリスト教的なテーマが主だったにもかかわらず、ピッロ一世はそうした特定の主教色を一切排除した、むしろ、古代ギリシアやローマ神話に近い、まさにルネッサンス的な自由な人間世界を表現しました。

また、ピッロ一世は当時、フィレンツェやローマのヴィッラにしばしば造られていた洞窟や噴水から案を得て、様々な仕掛けのある噴水庭園を造りました。近年、これらの館や噴水庭園の修復がほぼ完了し、人が歩くと水が噴き出る仕掛けが楽しめるようになりました。実はこれは当時からフォンタニエーレと呼ばれる人が水道の蛇口を操作して、宴会の来客などが庭園を訪れると水を出して驚かすというピッロ一世のユーモア溢れる遊びを楽しんでいました。ピッロ一世はなかなか遊び心が豊かな人だったようで、ある時、フォンタニエーレが蛇口をひねったとたんに、フォンタニエーレ自身がたっぷりと水を浴びる仕掛けも作って楽しんだこともあったそうです。そして、18世紀になってからも庭園には”ガラテアの噴水”などが造られ、19世紀にイタリアが共和国になってから所有者が2回変わりましたが1971年から市の管理となりました。
 
モザイクで飾られた歩道を歩くと突然、噴水が出ます。この先には円形の中庭にバッカスの噴水があります。

回転しながら美しい曲線を描く噴水。

子供達が手を叩くと噴水から水がほとばしります。

庭園には毎日のように近隣の幼稚園や学校の子供達が見学に訪れます。
 

洞窟の中にも様々な大理石彫刻と噴水の仕掛けがあります。

ガラテアの噴水の全体は円形に造られているが、これは世界を球体と捉えて象徴的に表わしています。

噴水の水はこのバッカスの噴水の後ろに見える搭の上に水が上げられて、そこから落ちる水力を利用していました。しかし、バッカスの噴水からはワインが吹き上がる仕掛けがあったと言われています。

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コメント (3)

ぐら姐:

 こんなに遊び心に溢れた素敵なヴィッラを日常生活の中で楽しめるイタリアの子どもたちは、幸せですね。心豊かで、懐の深い大人になりそうです。

旅人しのちゃん:

このヴィッラのことを教えてくれた友人、グラツィアーノは僕と同じ一人っ子で、今は2児の父親ですが、僕とふたりでいるときには子供みたいに楽しいです。会って、ミラノを歩くときには必ず一度はジェラートを一緒に食べますし。子供のようにいつも新鮮な感性を保ちつづけたいですね。

旅人しのちゃん:

このヴィッラのことを教えてくれた友人、グラツィアーノは僕と同じ一人っ子で、今は2児の父親ですが、僕とふたりでいるときには子供みたいに楽しいです。会って、ミラノを歩くときには必ず一度はジェラートを一緒に食べますし。子供のようにいつも新鮮な感性を保ちつづけたいですね。

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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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