ヴェネツィアの居酒屋「老舗中の老舗”ド・モーリ”」


わが愛しのヴェネツィアで、もっとも心休まるのが水の上。小船に揺られて水面と対岸の歴史的建築物を交互に眺めるとき、ああ、自分は今、ヴェネツィアに抱かれていると感じるのです。水の都、ヴェネツィアでは人の心も状況に応じて水のように自由に形を変え、異国の旅人も常に快く出迎えてくれます。その例外に出会った人は、ただ運が悪かっただけと水に流しましょう。そして、バーカロと呼ばれる居酒屋の扉を押して一杯のオンブラ(ワイン)を注文するのです。二杯か三杯を飲むうちには、隣のヴェネツィアっ子と友人になっているかも知れません。



リアルトのサン・ジョヴァンニ・エ・エレモジナリオ教会の前の路地を入ると、ヴェネツィアで現存する最も古い居酒屋と伝えられる”カンティーナ・ド・モーリ”があります。“ド・モーリ”とはヴェネツィア弁で“ふたりのムーア人”という意味で、かつてのこの店の経営者から由来しているそうです。そのかつてとは・・・1462年、15世紀半ばです。もっとも、バーカロという言葉は1800年代に生まれたもので、ド・モーリは名前にもあるように、カンティーナ、つまり酒屋だったのです。今のようなカウンターだけの立ち飲みの店になったのは1966年11月の大洪水からヴェネツィアが復興してからです。







1760年6月11日土曜日に発行された地元紙、
Gazzetta Venetoにもド・モーリが紹介されている。



僕がこの店に通い始めた頃、カウンターの向こう側にはロベルトとセルジョというふたりの熟年男が渋い雰囲気で仕切っていました。それまではロベルトの父親がやっていたのですが、父の跡を継いで、高校の数学教師だったロベルトがセルジョと店を受け継いだのです。そして、97年にロベルトが引退すると同時にルディとジョヴァンニという青年にバトンタッチしました。

その交代の日のパーティに誘われたのですが、ロベルトの最後の日の笑顔もほがらかで、新しい青年たちの肩を抱きながら「これからはこのラガッツィ(少年達)を宜しく頼むよ」と乾杯し合いました。ただ、流石に長年付き合ってきた常連達に若いふたりが馴染むのは大変だったようで、しばらくするとロベルトの相棒だったセルジョが一緒にいました。こういう店が、いかに経営者の人柄に支えられているかを如実に表わしていました。
あれから10年近くを経て、ジョヴァンニもルディもド・モーリの板に着いて来ました。しかし、セルジョもまだまだ頑張っていて、僕が扉を押して入ると「チャオ!お帰り!」と我が家へ帰ってきたように迎えてくれます。ヴェネツィアのバーカリではどこでもそうですが、そこに行けば必ず顔なじみの友人に会うことが出来ます。
現在のド・モーリの面々。右からセルジョ、ルディ、ジョヴァンニ。



(左)海外でも有名になり、ことに90年代に入ってからは外国の観光客も多い。
(右)店内が込み合ってくると常連達はグラスを片手に外へでる。画家、建築家、写真家など馴染みの友人たち。

職業もまちまちで、建築家、画家、写真家、保険の外交員。なかでも、池田満寿夫とも親交があった版画家のシルヴァーノや近所で靴の修理職人をしているフランチェスコとはヴェネツィアに行けば必ず1,2度はド・モーリで一緒にオンブラを飲みます。
池田満寿夫とも親交があり、実は日本には
妻と子供もいる版画家、シルヴァーノ



ランチェスコはなかなかのインテリで、選挙間近の時期になれば政治の話を熱く語ったり、数年前に共通の友人だった詩人のマリオ・ステファーニが自殺して突然亡くなった知らせもフランチェスコからで、共に涙を流しました。2004年の11月 に僕がサン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ教会の大講堂で写真展を開催したときにはポスターや写真を店の入り口に貼って、友人たちに宣伝してくれました。
ド・モーリからド・スパーデの路地に入るとフランチェスコの工房がある。
NHKがヴェネツィアを紹介したドキュメンタリーフィルムにも登場している。


ド・モーリではプロセッコなどの地元ヴェネトやフリウリのワインの他にもピエモンテのバローロやトスカーナのブルネッロ、キャンティなどもグラスで飲めます。しかし、僕がヴェネツィアを去るときに必ず一杯は飲むのがフラゴリーノです。野イチゴのような甘い香りのワインですが、1800年代にフィロキセラという葡萄の樹を枯らすアメリカの害虫がフランスのボルドー経由でヨーロッパ各地に広がった時に、 この害虫に耐性がある野生の葡萄の樹がアメリカから何種類も移植され接木の台になりました。フラゴリーノもそのひとつですが、ワインにするにはアルコール度数が充分に達しないので今のワイン法では製造販売は禁止されています。しかし、これを一度飲んだら忘れられない魅力があり、ヴェネトではこっそり造られ売られています。。
これが幻のスウィート・ワイン、フラゴリーノは恋の酒。

もちろん非合法だからラベルも貼られていないのですが、ド・モーリに行ったらぜひフラゴリーノを試して下さい。赤と白がありますが、お薦めは白です。ただし、注文するときにはなるべくこっそりとお願いします。ボトルでも買えるのでお土産に1本持ち帰り、ヴェネツィアを想いながら日本で味わうのです。

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コメント (10)

おーぱすわんわん:

次回はリアルト界隈に宿を取りましたので、憧れの名店「ド・モーリ」にも是非行きたいと思っていたところです。観れば観るほど素敵なお店ですね~。おばさん一人で行っても大丈夫かしら??年末に行くので、営業してるかしら?という心配もありますが、お勧めのフラゴリーノを楽しめれば・・・と、思っています。

旅人しのちゃん:

おーぱすわんわん様、ヴェネツィアのバーカリは大人のオアシスですからね、堂々と入って下さい。年末?クリスマス休暇から1月6日のエピファニアにかけてはどうでしょうね。僕はこの時期には行ったことがないので。でも、ヴェネツィアの友人に確認しておきます。これからブログに紹介する”All'Arco"や
”Al Diavolo&L'Acqua Santa"にも是非行って下さいね。フラゴリーノ、持ち帰るならボトルは17ユーロです。他でも売っているところがありますが、甘味のバランスと香りはド・モーリですね。

おーぱすわんわん:

篠さま、早速のコメントありがとうございます。お心遣いありがとうございます。おそらく年の瀬押し迫って到着しフェニーチェ劇場の新年コンサートを中心に年末年始をヴェネツィアで過ごすので個人経営の素敵なお店はお休みのところ多そうです(涙)。出来れば、大晦日のサンマルコ広場のカウントダウンにフラゴリーノ、っていうの、一度やってみたいなぁと思っています。
「大人のオアシス」ですか・・・・いい響きですね。バーカリでの「お作法」がよくわからないのですが、このブログでお勉強して行くことにいたします。とても楽しみにしています。

旅人しのちゃん:

”バーカリでのお作法”、あんまり大勢でがやがやいかないこと。まあ、ないと思いますが、グループ・ツアーの大群で押し寄せるとか。つまり、地元の人が仕事の合間や後で、ほっとひといきつきたいと思ったときに行くところですから、余所者はさりげなく、その雰囲気を楽しませてもらい、1杯か2杯のグラスワインを飲んだら、グラッツィエと笑顔を残して速やかに”次の店”へ行くのです。もっとも、地元の人も同じようにやってますが。”お作法”は何度か通っているうちにいつのまにか自分もそれに習っていますから、あまり構えすぎずに楽しんで下さい。”ダ・ピント”に行ったら店主のジョヴァンニを訪ねて下さい。リラックスしてバーカロの楽しみ方を伝授してくれるでしょう。

ぐら姐:

12月24日から1週間、パドヴァのレジデンスに滞在することになっているので
1日は、ヴェネツィアまで足を延ばして、もし開いているなら、ド・モーリを訪れたいと思います。
ヴェネツィアは、何度か行っているのですが、他の土地に比べ、飲食代が高いので、
そんなに何度も通いたい気持ちにはならなかったのですが、この店にはそそられます。

おーぱすわんわん:

お作法伝授、ありがとうございます。私は一人旅ですので、一人で静かに飲むでしょう。こちらのブログも参考にさせていただいて、行ってみたいお店を地図にプロットしているところです。ダ・ピントも是非行ってみたい憧れのお店です。今回はリアルト~北方向へ行動範囲を広げて行くのが目標です。歳のせいもあって、沢山食べると疲れて動けなくなるので、少し飲んで、少し食べて、そそくさと立ち去ることが出来るお店を気の向くままに散歩しながら巡ることにいたしました。
いいですね、きちんと大人の居場所、憩いの場があるのって。

旅人しのちゃん:

おーぱすわん様、では朝はまずアッラルコ(All'Arco)に行ってみて下さい。ここもド・モーリと同じくバンコ(カウンター)だけの店。これからブログに書きますからお楽しみに。

micyu:

昨日、初海外一人旅のイタリアから帰国しました。
篠様のご本を抱きしめ、ヴェネツィアで一人「ド・モーリ」を探し回りました。ぐるぐる回ってようやく探しあてましたが、入れる雰囲気ではない・・・
が、ヴェネツィア記念にフラゴリーノを飲みたくて探しあてたのですから、エイヤ!と入りました。
店内は、外のカーニバルの喧騒とかけ離れた静けさの中、地元のご婦人お一人とセルジョさんがお話中。
思い切ってフラゴリーノとチケッティをお願いしました。
う、うま~い!!!どちらも美味い!
アルコールがぜんぜんダメな私ですが、思い切って試してみて良かった!苦手なワインの苦スッパ味も他のアルコールの苦さもなく、香りもすごく良いし!
その後、イタリア人の年配にご夫婦団体がいらして、お話を始めたので、こっそりカウンターにグラスとお皿を戻してお店を後にしました。(もしかしてそのままでも良かった?)
ちょっとアルコールが回ってグルグルしてましたが、外が寒いのですぐ醒めるだろうとそのままフラフラしてました。
ご本だけで、このブログを発見したのが今日という下調べの悪さ。
フラゴリーノがボトルで買えるなんて!残念!次回、購入したいと思います(もしご著書に書いてあったら、すみません。)


micyu様、この時期のヴェネツィアの一人旅ですか。それはいい時間を楽しまれましたね。カーニバルも今年は景気が悪いせいか人出も少ないそうですから、路地も歩き易かったのでは?今年は6月第一週にヴェネツィアを中心としてツアーを計画しています。ド・モーリのフラゴリーノ、次回は是非、持ち帰ってくださいね。この「ヴェネツィア」の本は近々、台湾で中国語に翻訳されて出版されるそうです。では、またブログの方もお楽しみ下さい。

初めまして、こんにちは。
先日カンティーナ・ド・モーリに行ってまいりました!
フラゴリーノが飲めるとは知りませんでした…(泣
次回はコッソリ頼んでみます!
トラックバックさせていただきましたので
よろしくお願いします。

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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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