僕がヴェネツィア滞在中にはずせないバーカロのひとつがアッラルコです。イタリア語で書くと“All'Arco”。 Arcoはアーチのことで、店がある建物のところに隣の建物の倒壊を防ぐために造られたアーチがあるからです。ボローニャにも同名のトラットリアがあって、イタリアではたびたび見かける名前ですね。イタリアの建築にはエトルリア時代からアーチの技術がさまざまに普及していたからです。
さて、アッラルコにはしばしば朝起きると真っ先に来ることがあります。つまり目覚めの一杯、オンブラとチケーティを味わうために。朝食は大事ですね。朝食に美味しくて栄養たっぷりなものを摂れば元気な一日がスタートできますからね。アッラルコはそのためにあるようなもの。だから、朝早くから店の外に溢れるほど常連が次々と出入りします。土日にはここをスタートに朝からバーカリ巡りをする人も少なくありません。何故なら、ここのチケーティは絶品の味だから。ヴェネツィアではこうした居酒屋のカウンターで気軽に注文する小料理をチケーティといいます。たいがいは、一口で食べられるようになっています。酢漬けの野菜やサラミ、チーズ、アンチョビ、肉団子の揚げ物などが一般的ですが、アッラルコでは亭主のフランコがバンコ(カウンター)の脇にある小さなキッチンで、ひと手間加えたオリジナルのチケーティを作ってくれるのです。常連にはその日のお薦め食材が何か聞いてから注文する人もいます。僕はいつもお任せで、フランコは僕の顔を見ると写真に撮ることも含めて美味しいばかりでなくフォトジェニックな一品を作ってくれます。

(左)今日のソルプレーザはサンダニエーゼの生ハムに旬のイチジクと生のズッキーニにアジアーゴのバターを合わせて超贅沢なチケーティになりました。ワインはラボーゾです。
(右)サクッとしたトーストしたパンの香りの後に生ハムと淡い塩味とイチジクの優しい甘さをバターがさらにねっとりと口の中で溶け合います。時々、ズッキーニの歯ざわりがフレッシュ感を演出、小さなパンの上で絶妙なカルテットです。

(左)まだ、朝の9時前というのに、もうグラスを傾けている人たちがいる。かく言う僕もオンブラを一杯。
(右)70歳をとっくに過ぎているマンマ・マリア。僕の顔を見るといつもスペシャルの一品を作ってくれます。
春先なら何は無くてもカストラウーラですね。4月中旬から2週間くらいが旬です。これはサンテラズモというヴェネツィアの島で採れるアーティチョークのつぼみで、丸ごと食べられる柔らかさなのです。音楽に詳しい方ならカストラウーラの語源、想像つきますね。これはあの去勢された男性歌手、カストラートと同じ語源です。つぼみの内に摘み取るからですね。フランコはこれを生でペコリーノチーズのスライスと一緒にトーストに載せて、エキストラ・バージンのオリーブオイルをたっぷりをかけます。組み合わされた食材の言葉の意味を考えながら食べてみてくださいね。
市場でもサンテラズモ島のカストラウーラと明記して売っています。

(左上)サンテラズモ島のカルチョーフィ畑。カルチョーフィは株が大きい割には小さな蕾を収穫するだけなので、土地を広く使います。狭いヴェネツィアでは贅沢なことですね。(右上)これはヴェネツィアならではの名物料理のひとつ。カストラウーラ。(左)朝の一杯はまず、プロセッコから。シャワシャワと喉から胃袋を伝って全身を目覚ませてくれます。フランコが今朝のソルプレーザ(驚き)に何を作ろうか考えてます。
店の隅の窓際に古い新聞記事が貼られています。そこには1800年代にプーリア州のブリンディシから来た人たちが出身地のワインと一緒にこのような居酒屋を始めたと歴史を紹介しています。その写真の中にはフランコの祖父もいます。ピントさんといいます。そして、僕のお気に入りのもう一つの店、ダ・ピントの創業者なのです。ダ・ピントの今の亭主、ジョヴァンニもロコロトンドというプーリアの都市と同じ名前の姓が物語る通り、プーリア出身です。チケーティ(Cicheti)は少量のグラッパとかちょっと一杯のリキュールの意味で、それがこうしたつまみを指すようになったのでしょう。スペインのバルで食べる一口料理のピンチョにも似ていますね。プーリアでは15世紀から18世紀まで長くスペインの支配が続いたので、その影響を受けた文化がヴェネツィアにも入ったのかもしれません。ヴェネツィア方言では運河をリオ、路地をカッレとスペイン語と同じです。ヴェネツィアが海洋王国としてスペイン、ポルトガルなどと競った歴史を感じさせますね。
(左)店の片隅にはヴェネツィアのバーカロの歴史を紹介した新聞記事が貼ってあります。アッラルコの創業者でフランコの祖父のピント氏も写っている写真。
(右)奥にフランコとお母さんのマリアさん、そして一番手前から息子のマッテーオにフランコの相棒のロベルト。


コメント (4)
本当に芸術的なセンスが伺える、目にも美しく、そしてたまらなく美味しそうなチケーティですね。仕事のあと、おなかが減っているので尚更刺激的です(笑)。さて、昨日、ドライブ中モーツァルトのモテットを聴いてました。カストラートの、当時の名手のために作曲されたというものです。
投稿者: おーぱすわんわん | 2006年11月06日 19:02
日時: 2006年11月06日 19:02
おーぱすわん様、ちょうどよいタイミング。モーツァルトのモテットを聞いた直後に、カストラウーラを紹介できました。当時のヨーロッパでカストラートの人気はかなりのもので、女性のソプラノが売れなくなるほどだったそうですね。カサノヴァ回想録にもそうした時代に生きるために、本来は女性なのにカストラートになりすました娘とアバンチュールを楽しみ本気で惚れてしまうエピソードがあります。この間、日本の高校生の合唱団で女子部員が足りなくて男子が裏声で参加し、全国大会で見事銀賞を獲得したと言うドキュメントをやっていました。まあ、今時、カストラートはありえないでしょうが、別の意味でそれを求め、実現させてしまい人もいるようです。
投稿者: 旅人しのちゃん | 2006年11月07日 01:01
日時: 2006年11月07日 01:01
先週、ヴェネツィアに行ってきたばかり。
アッラルコにも寄りました。
お店でとても感じのよかった青年がいて、常連さんが呼びかけた名前をチェックして帰りました。
今、ここで再確認。
息子のマッテーオでした。
いい店ですね。
わたしのようなぷらっと来た観光客をさりげなく迎え入れてくれる感じがよくて、常連さんたちもみんな暖かくて、居心地がよかった!
楽しいひとときでした。
投稿者: おかもと | 2006年12月19日 00:52
日時: 2006年12月19日 00:52
おかもとさん、マッテーオはなかなかいい青年でしょ。実はこのブログに載せたイチジクと生ハムのパニーニもマッテーオが作ったのですが、お父さんのフランチェスコが息子の勉強にとやらせたのです。最初のはお父さんからOKがでなくて、15分くらい待たされて出来上がってきました。こういう小さな料理にも手を抜かないという姿勢がいいですね。
投稿者: 旅人しのちゃん | 2006年12月19日 22:58
日時: 2006年12月19日 22:58