未亡人というなのトラットリア

“ヴェドヴァ”に初めて入ったのはかれこれ20年以上も前になります。フィレンツェから昼をだいぶ過ぎてヴェネツィアに着いたのですが、冷たい早春の雨が降る肌寒い日でした。宿は駅からも近いアマデウス。とりあえず荷物を部屋に下ろすと僕と家内は空腹をかかえてすぐに外へ出ました。目的の店はもう決めていて、道も迷わず、その路地の奥にある店の扉を押し開けました。というのも、77年に初めてヴェネツィアを訪れた時から、この店の明かりとその中で楽しそうに談笑しながらワインを飲んでいる客たちの雰囲気に惹かれていて、ずっと入ってみたいと思いつつも、常連の輪の中に入るのを躊躇してきたからです。それをやっと叶えることが出来ました。

店の中は昼食の時間のピークを少し過ぎた2時過ぎ。中年の女性と男性が忙しなく厨房やカウンターの上のケースに並んだ料理を盛った皿やワインをあちこちのテーブルに運び、また空になったボトルやグラス、皿を持って厨房へ行ったり来たり。入り口に立っている僕たちを見て、店のマダムらしき女性がここに座ってと言葉少なに空いたテーブルへ案内してくれましたが、それからまた数分待たされました。
この光に憧れ、この光に吸い込まれた。

朝から常連が立つバンコ(カウンター)

閉店までに昼食を無事に済ますことが出来るのだろうか、そんな心配が過ぎり始めた頃、彼女がテーブルにやってきて、テーブルに顎ひじを着き、僕らの顔を覗き込むように言いました。「何が食べたいの?」それはまるで母親が子供に聞くような優しい微笑でした。僕たちはとりあえずはパスタが食べたかったので、ボンゴレとハウスワインの白を注文しました。女性は「ヴァ、ベネ(いいわよ)」と言って厨房に行き、それからまたお皿をふたつ手に「これを食べてみて」と持ってきました。そこにはサルデ・イン・サオールとバッカラ・マンテカートにポレンタが添えてありました。僕らは昼の最後の客となり半リットルの白ワインとボリュームたっぷりの料理に大満足でした。そして、その日の夕食もこの店に来たのです。マダムの笑顔は一段とにこやかで温かなものでした。そしてミレッラという名前を知りました。今ではヴェネツィアに行けば必ず立ち寄る店のひとつになり、あの時に初めてあったミレッラや弟のレンツォとも友人になりました。
バッカラ・マンテカート(干鱈をオリーブ油で練り上げたペースト)とポレンタ(トウモロコシの粉を熱湯で溶いて作ったもの)

ラ・ヴェドヴァのソアーヴェはいつも美味しい。


(左)ミレッラ。たぶん、彼女を撮った最も美しいポートレートでしょう。(右)無口だけどひょうきんなレンツォ。4月25日は“ボッコロ”と言って、女性にバラの蕾を贈るヴェネツィアの粋な祝日。

(左)15世紀のゴシック建築の傑作、カ・ドーロ(黄金の家)。現在はフランケッティ美術館としてカルパッチョやティツィアーノの傑作を展示している。(右)女性の常連客も多い“未亡人”
この店がラ・ヴェドヴァ、“未亡人”と呼ばれるようになったのはミレッラたちの父親が他界して母親が未亡人となった時から常連たちがだれとなく“未亡人の店”と呼ぶようになってからで、正式な店の名前は近くにある歴史的な建築のカ・ドーロの名前をとって、“トラットリア・カ・ドーロ”といいます。この店はプーリアのブリンディシからヴェネツィアにやってきた彼らの曽祖父が130年ほど前に始め、1963年に父親のマリオ・ドーニが他界すると母親のロケーラが後を継ぎ、現在はミレッラとレンツォに受け継がれているのです。母のロケーラの時代から厨房を預かっていたのがアーダさんで、彼女の作るスカンピのリングイネは絶品です。アーダは数年前に引退しましたが、ミレッラは僕の顔を見ると必ずこの料理をだまってでも出してくれるし、その味はアーダがいた時のままです。
肝臓にもいいイカ墨のリングイネ

僕のマンマ、アーダ。


(左)サルデ・イン・サオール(鰯の南蛮漬け)(右)アーダの傑作料理、スカンピのスパゲッティは現在も受け継がれている。
弟のレンツォは写真が趣味でドイツの名機、ライカの愛好家です。僕はライカのライバル、コンタックスを使っているので、いつも会えばカメラの話に花を咲かせるのですが、レンツォはどちらかというと無口な割にひょうきんなところがあります。3年ばかり前の夏にミレッラが突然ひとりで日本へ旅行に来たのですが、着いたら僕に連絡しようと思ってバッグに入れたはずの僕の名刺を忘れてしまい結局会えませんでした。翌年の春にヴェネツィアで再会した時にその話を聞いたのですが、ミレッラはおでこを押さえながらなんてあたしは馬鹿なのと残念がっていました。僕はかねがね新橋あたりの日本の居酒屋の話をしていて日本に来たら案内すると言っていたのです。日本にもヴェネツィアのような居酒屋文化があることを知って欲しかったから。ミレッラはひとりで京都にも行って、すっかり日本びいきになったようです。

(左)蛸とジャガイモのマリネ(右)カルチョーフィのガクの下部を茹でた“フォンド”
トレヴィーゾ特産のラディッキオ(赤チシャ)のグリル

ヴェネツィアを初めて訪れて以来30年、“ラ・ヴェドヴァ”はいつも心の故郷みたいな店です。ヴェネツィアを想う時、いつもこの路地の奥にある店の夕暮れの明かりが目に浮かぶのです。
レースの覆いのランプが昼も薄くらいテーブルを照らす。

ランチタイムが終わる3時頃、店の入り口に椅子が置かれて夜までの休憩に入る。

コメント (2)

ura:

はじめまして。こちらのブログを見てアッラ・ヴェドヴァに行きました。リーズナブルな値段と予想以上のおいしさに感動し、2夜続けて食べてきました。また、ハウスワインの飲みやすさが格別で、日本へ戻ってきた後、銘柄を確認してこなかったことを後悔しています。白ワインですが、もしご存じでしたら教えていただけないでしょうか。

uraさん、こんにちは。アッラ・ヴェドヴァのハウスワインの白ですが、たぶん、SUAVIAというワイナリーのソアーヴェだと思います。僕がこの店で初めて飲んだ時にはアンセルミという日本にも輸入されているソアーヴェでした。ただ、ハウスワインは時々変わるそうなので、今回のワインがいつもあるとは限らないでしょう。ちなみに、SUAVIAはまだ二本には輸入されていないかもしれませんから、またヴェネツィアで味わって下さい。

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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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