モノクロ写真を楽しむ~その2


マルティーナ・フランカ ココ・パッツォのある広場

 プーリアの町でオストゥーニと並んで僕が好きなのはマルティーナ・フランカです。町の名前も女性の名前のようで響きがいいのですが、ツーリング・クラブ・イタリアーノのガイドブックによると、このフランカは免税という意味で、13、4世紀にターラント公爵だったフィリップ・ダンジューが、この地に移住して町造りに貢献すれば免税にすると公約して生まれた町だそうです。また、マルティーナという名前はこの地方で最も高く要塞のあった丘、サン・マルティーナに由来するそうです。その後、町は栄え、17,8世紀には町のかしこにバロック調の豪邸や教会が建設されました。この町で特に気に入っている場所がArco Mastrovito通りに面した小さな広場から見た住宅街で現在はオーナーが代わりCoco Pazzoという名前になったトラットリアがあります。トラットリアの並びには鍛冶屋があり、その右脇の路地からサン・ドメニコ教会やサン・マルティーノ教会へ散策するのです。町の旧市街を囲む大通りは大型のバスも走りちょっとした都市の雰囲気があります。その光景をセピア調にしてみると、これまた雰囲気により味わいが感じられます。また、ファサーノからこの町に向う途中には鉄道の踏切があったのですが、なんとその踏み切りは手動だったのです。時代を50年くらい遡ったような雰囲気だったのでこれもセピア調にしてみました。


プーリアの手動踏み切り

マルティーナ・フランカ市街

 プーリア地方を代表するワインの産地にマンドゥリアがありますが、マテーラ方面に行く途中にちょっと立ち寄りました。町は古めかしい建物が多く、教会や役所などがある館も古色蒼然としていますが、そこで出会った老若男女の人たちがとても素朴で、親しみ易く次回はもっとゆっくりと滞在してみたいと思いました。そこで出会った14,5歳の中学生のグループと仲良しになりワイン・バーまで連れて行ってもらったりしましたが、その中のとても大人っぽい雰囲気の少女とユニークなヘアスタイルの少年をセピア調と白黒に変換しました。セピア調の方が柔らかさが出るので女性のポートレート向きでしょう。また、マルティーナ・フランカのレストラン、ココ・パッツォの若いオーナー夫妻も白黒にしましたが、セピアにするとむしろ古さが強調されてしまい、若い夫婦には白黒のほうがいい感じでした。プーリアから隣の州のバジリカータにある洞窟の住宅で有名なマテーラに行きましたが、ホテルの窓から正面に見えたプルガトリオ教会は石造りのファサードは白黒の表現でより石の質感、陽が沈み始めた時間の光の階調が美しく見えます。最後の写真は前に紹介したガッリーポリの町で撮影したものですが、葦細工の工房の白壁の前に黒猫がいる光景ですが、壁と猫はもちろん白黒表現にぴったりですが、壁に掛けられた籠の網目模様なども白黒にすることで、よりくっきりと見えますね。


少女

少年

 2回に渡りモノクロの写真を見てきましたが、イタリアのような歴史を残す町並みはモノクロで表現するにはぴったりですね。写真も映画もテレビ画像もカラーが当たり前ですが、時にはこうして白黒やセピア調など、色彩をあえてなくし白と黒の間の階調と光と影だけで見ると、カラーでは見えてこなかった時間の積み重ねの奥にあるものなどが見えてくるように思えるのですがいかがでしょうか?


マルティーナ・フランカのリストランテ・ココ・パッツォのオーナー夫妻

マテーラのプルガトリオ教会

ガッリッポリの黒猫

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.tabista.jp/cgi-bin/Mt/mt-tb.cgi/4249

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

2009年06月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

アーカイブ

最近のコメント

RSSを取得