シチリアの旅 その3


アグリジェントのコンコルディア神殿

シチリアと言うと"神々の島”というイメージが最初に沸き起こる。牧神の吹く角笛の音が広い野に響き、オレンジの林からは芳しい風とともに美しい花の女神、フローラがヴィーナスとともに現れそうな・・・・いつだったか、夜遅く、アグリジェントからカステルヴェトラーノの友人の家へ車で帰る途中、街灯がまばらなアウトストラーダに差し掛かると、友人は車のライトを消すから窓をいっぱいに開けるようにいいました。言われるとおりに窓を全開にして、彼がライトを消すと、車は宇宙の真っ只中に放り出されたような闇の中。そして、次の瞬間、なんともいえないオレンジの花の甘い香りが車中いっぱいに広がったのです。本の数秒のことですが、スリルとロマンと両方を味わったのを忘れません。


アグリジェント、テラモン(複製)

アグリジェント、神殿の谷にて


アグリジェントは紀元前6世紀頃からクレタ島とロードス島から渡来したギリシア人によって建設が始まった都市です。その当時はアクラガスと呼ばれ、コンコルディア、ヘラクレス、ユノー、ゼウス、ディオスクロイなどの神殿が地中海を望む南北に伸びた丘の上に建造され、今ではここを”神殿の谷”(Valle dei Tempi)と呼んでいます。丘の上にあって、谷と呼ばれるのはおかしいのですが、主婦の友社から出ていた寺尾佐樹子著「シチリア島の物語り」や最近、新潮社のとんぼの本シリーズで改訂版が出された「シチリアへ行きたい」の著者、小森谷夫妻の解説によれば、Valleには谷という意味の他、川の流れに挟まれた”中州”も意味しているので、この場合はその中州を指すそうです。僕も長年この”谷”という日本語訳に疑問を持って来ましたが、これで納得。アクラガスというのもその川のひとつの名前だったそうです。この神殿の谷から西側にはアグリジェントの新市街地が広がっていますが、これらのほとんどがこの辺りをしきっている大ボスのものだそうです。アグリジェントはノーベル賞を受賞した20世紀の作家、ルイジ・ピランデッロの生誕地で、彼の短編をもとにタヴィアーニ兄弟が作った映画「カオス・シチリア物語」があります。



アグリジェント、ヘラクレス神殿

アグリジェント、逆光のヘラクレス神殿

アグリジェントの月

アグリジェントから東へ上っていくと、パルマ・ディ・モンテキアッロやリカタ、海底油田で有名だったジェラという町があります。もう10年以上も昔ですが、チャーターしたハイヤーでラグーサまで行ったのですが、その時の運転手によるとパルマ・ディ・モンテキアッロの人口2千人くらいのうち半分は当時、ドイツに出稼ぎに出てたのが不況で戻ってきて、仕事もないので麻薬売買や強盗、ひったくりなどの犯罪で食べていたとか、ジェラの油田産業も資材などをマフィアがみんな食い潰したそうです。その時に、まだ昼下がりというのに、通り抜けたジェラのメインストリートはアメリカ西部のゴーストタウンのようでした。そんな町を通り抜けてラグーサに着いた時にはほっとしたものでした。


ラグーサ・イブラ

ラグーサ・イブラの眺望

ラグーサ、この町はイタリアで出版されているBella Italiaという雑誌で写真を見たときからずっと行ってみたいと憧れていました。初めて行ったのは1990年の春で、パレルモから列車で行ったのですが、その途中で見るシチリアの花咲く大地の美しい景色は未だに忘れません。もっとも、それ以来、何度もシチリアを訪れているので、この島がトスカーナにも負けないくらい美しい丘の風景を持っていることは十分に分かりましたが。

ラグーサもまた、紀元前の先住民、シクリ人の時代から町が造られていましたが、石灰岩の丘の側面には洞穴がいくつも見られるように、穴倉のような住居にも住んでいたようです。そして、ギリシア人、ローマ人、ノルマン人などが入れ替わり立ち代り入植しました。この旧市街地をラグーサ・イブラと呼び、谷を隔てた向かい側には17世紀の大地震の後に再構築され、18世紀には碁盤目のように整備された道路に美しいバロックの町として栄えたサグーサ・スペリオーレがあります。もっとも、観光的に散策を楽しむには迷路のような旧市街のラグーサ・イブラでこちらにも中世の町にバロックが加わり、サン・ジョルジョ教会やサン・ジュゼッペ教会など美しいバロック建築の傑作を観賞できます。また、街中には美味しいレストランやジェラテリアもあって、シチリアでも大好きな町のひとつです。


ラグーサ・イブラのドゥオーモが見える小道

ラグーサ・イブラにて

このラグーサからシラクーサに向かって行く途中にアヴォラという町があります。シチリアはワインの大地として名を馳せていますが、ギリシア人がこのアヴォラに入植したときに栽培を始めたのが現在でも優秀なワインを作っているネロ・ダヴォラ(アヴォラの黒葡萄)という種類の葡萄です。また、ノートという町の近くにはチェリー・トマトで有名なパキーノがあります。この辺りの地形も大地のかしこに穴が空いたり、奇妙な形に風化した岩山などがあります。イスピカとよばれる町の周辺には先史時代から洞窟に人間が住んでいました。この地にリオ・ファヴァーラという素晴らしいワインを生産するワイナリーがあります。シチリアに初めて行った頃に知り合ったマッシモ・パドヴァという友人が作っているワインで、この地方はイタリアのワイン法ではエローロD.O.C.に指定されたネロ・ダヴォラやノートの甘口ワイン、モスカート・ディ・ノートが特産ですが、リオ・ファヴァーラは間違いなくトップ・ランクの生産者です。


彼のワイナリーを訪れて一番びっくりしたのが、葡萄畑が砂地なのです。そこに高さ5,60cmのネド・ダヴォラがずんぐりとした太い幹を並べているのです。畑から顔を上げればもう地中海が光っている環境です。シチリアの太陽と水はけが良い砂地の畑で、ミネラル分をたっぷりと含んで育った葡萄から作られるワインが美味しくないわけがありません。


リオ・ファヴァーラは素朴かつ自然の恵みに満ちている

エローロDOCのネロ・ダヴォラ

また、ラグーサの手前にあるヴィットリオは、チェラスオーロ・ディ・ヴィットリアと呼ばれる赤ワインの名産地で、COSというワイナリーや近郊のコミソにはAVIDEというワイナリーがフラッパート種を主体に素晴らしい赤ワインなどを作っています。僕がシチリアワインの記事を初めて書いたきっかけも、このAvide社が作っているバロッコというワインを飲んだからでした。トスカーナやピエモンテにも負けない素晴らしいワインがシチリアにもあり、むしろシチリアこそがワインの大地なのだと学んだのです。この地を訪れたならば必ずや、”ワインの大地、シチリア”をじっくりと味わえるでしょう。



オレンジのように甘いレモンが実る砂地の葡萄畑

葡萄畑に立つマッシモ・パドヴァ

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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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