冬のヴェネツィア、早朝の出立

昨年の暮、ヴェネツィアからマルケ州のヌマーナへ向いました。到着地でワイナリーの友人と出会う約束が正午だったので、ヴェネツィアを出発する列車は午前7時過ぎ。荷物が多いので定宿にしている家を6時に出てリアルトからヴァポレット(水上バス)に乗りました。外へ出ると辺りは一面霧に包まれていました。気温は4度か5度、手袋をしていても指先が冷たくなります。人影のない路地を抜けてリアルトの船着場に着くと、そこにも人は誰もいませんでした。しばらくするとボートが近づいてきて船着場に寄せると、新聞と雑誌を積み下ろし、近くの売店に運び、また立ち去って行きました。

ヴァポレットが鉄道駅の方からやってきたので、駅に向うヴァポレットの乗り場はここでいいのかと訪ねると、ここかもうひとつ先の橋のところが早く来るが、駅に着くのはどちらも同じ時間だといいます。船着場で立っていても寒いだけなので、運動がてらまた荷物を引きながら橋を越えて別の船着場に移動。ところが、後に来ると言われた前の船着場へ先にヴァポレットが到着しました。思わずイタリア人のように両手を広げ、マンマミア!ついでにケ・パッレ!とローマ弁も。しかし、僕が乗ったヴァポレットも着くのは同じだからと自分を納得させました。

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そろそろヴァポレットが到着するかという頃合いになった時、50代の夫婦がやって来ました。奥さんのほうは毛皮のコートを着て、いかにもヴェネツィア婦人。こんな早朝からどこへ出かけるのでしょうか、やはり列車に乗り遠方へ向うか、それにしても荷物はほとんどないようで、別の町へ仕事に出るのかもしれません。年齢の行った夫婦の割には奥さんが亭主にぴったりと着いて仲はとてもよさそう。あるいはただ寒いからだけなのでしょうか。ヴァポレットがゆっくりとリアルト橋を潜り抜けて行きます。

「大運河」、そういうタイトルと映画があったそうですが、この間、その映画のサウンド・トラックのCDを中古店で見つけて買いました。タイトルは「黄昏のヴェネツィア」。そのタイトルに引かれて買ってみたのですが、モダン・ジャズ・カルテットの演奏で、久々にミルト・ジャクソンのヴィヴラホーンの音を聞きました。案外に、たそがれではなく、この早朝の薄暗い光のヴェネツィアにも合いそうな曲です。ちなみに、「大運河」はフランスのロジェ・バディム監督のアクション映画。ヴェネツィアとこのMJQの音楽で話題になった作品だから、見ても損はないでしょうね。

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ヴァポレットのデッキに立って岸を見ると、ファッブリカ・ヌオーヴァの広いフォンダメンタに若い男の影が街灯に浮かび上がっています。やはり仕事に出る迎えのボートでもっているのでしょうか。手持ち無沙汰そうに運河を覗き込んだりしてぶらぶらしています。警笛の音がして、霧の中から別のヴァポレットが現れました。15年ばかり前、霧がものすごく深い日にカンナレッジョのあまり広くはない運河で、ヴァポレットとヴァポレットの距離が1mもないほどに接近してすれ違うのを体験しました。

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やがてサンタ・ルチア駅に着き、出発まで30分も早いのですが番線まで行くとありがたいことに乗る予定の列車は既に入っていて、早々に乗り込むことが出来ました。ただ、コンパートメントの中はまだ暖房を入れてないので、外より少しましな温かさ。ポケットに入れていたミネラル・ウォーターを一口飲んで、眼を閉じ、列車が走り出すのを待ちました。乗ってくる人もほとんどなく、やがて列車は静かに走りだし、車内放送が、メストレ・ヴェネツィア、パードヴァ、ロヴィーゴ、フェッラーラと停車駅を挙げていきます。いつのまにか入っていた暖房で窓ガラスが曇り、あまり外は良く見えませんが、まだ暗いラグーナ(潟)の上に架かるリベルタ橋を列車は滑り出して行きました。
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「大運河」のサントラ、ジャケットの絵は英国の画家ターナーの作品

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ロジェ・ヴァディム監督「大運河」主演女優:フランソワーズ・アルヌール 1956年フランス、イタリア合作


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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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