芸術と美食の旅、北イタリア・ピエモンテを行く、モンジャルディーノ・リグレからアックイ・テルメへ その1

スローフードのプレシディオ、モンテーボレ・チーズ
地球の営み、歴史の変遷は誕生と消滅の繰り返しであるとも言える。今や恐竜やマンモスの生きた姿を見ることはできないし、今も消滅しつつある動植物は数え切れない。そうした消滅の危機は生物ばかりでなく、人間の文明と文化を支えてきた様々な手業にも言える。原材料が調達できない、後継者がいないなどの理由でせっかく築かれた伝統の技や文化が消えていく。

料理は人間が火を使って肉や魚、木の実などを焼いたり、煮たりと人手間加えることから始まったと言われるが、食物を生産するためにも様々な知恵が生かされ、発明があり、そして誕生したものが人間の生活を豊かに彩ってきた。しかし、そうした食べ物の世界にも消滅していくものがあり、その理由は自然環境の変化や乱獲によるもの、食べ物の世界にもある流行や原材料の消滅ばかりでなくさまざまな理由で生産者がいなくなって消滅するものなど多様である。

スローフード協会ではそれらのいわゆる”絶滅危機品種の食品“の保護と生産の活性化を目指すと共に、そのために必要となる健全な自然環境の保全や後継者の育成などを広める運動を展開している。そして、1999年にトリノで開催された食品見本市”サローネ・デル・グスト“において”味の箱舟“計画を発表し絶滅危機にある食品とその生産を保護するマニフェストを発布した。ことに保護が急がれる物については”プレシディオ(砦)“という枠組みに指定し広く社会の認識を高めるようにした。そのプレシディオのひとつにモンテーボレというチーズの生産がある。

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熟成したモンテーボレは石の城を思わせる存在感のあるチーズだ


1489年、アレッサンドリアの隣にある都市、トルトーナでミラノ公のジャン・ガレアッツォ・スフォルツァとナポリ王アルフォンソ2世の娘であり、ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァとは従妹になるイザベッラ・ダラゴーナの婚礼が行われた。そこには偉大な芸術家であり科学者であり、食通としても著名であったレオナルド・ダ・ヴィンチも招かれていた。傑作「モナリザ」のモデルはイザベッラ・ダラゴーナという説もある。その祝いの宴に唯一供されたチーズがモンテーボレであった。

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ヴァレノストラのモンテーボレ・チーズ工房のロベルト・グラットーネさん

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2,3週間の熟成を経たモンテーボレ。長いものは45日から60日くらい熟成させる


モンテーボレのチーズはすでに9世紀から11世紀にはベネディクト派の修道院で作られていた。ブルーナ・アルピーナ種の牛の乳を7割にトルトーナの羊の乳を3割合わせて造られるチーズだが、牛も羊も放し飼いの自然放牧で、この地方の健全で豊かな田園の草を食んで育ったものである。この地が第二次世界大戦の戦災にあって以来、最後の作り手が世を去って数十年、このチーズは幻のチーズとなっていた。それを1999年のサローネ・デル・グストにおいて蘇らせたチーズを出展したのがヴァッレノストラのロベルト・グラットーネで、このチーズを発掘しプレシディオとして復活を実現させる原動力となったのが私の友人でもあり、当時この地域のスローフードのリーダーであったマウリツィオ・ファーヴァである。

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モンテーボレのリコッタチーズはおぼろ豆腐のような軽い味わい

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チーズに合わせたティモラッソ種の白ワインがまた美味であった

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レストランに飾ってあった籐を編んで包まれたアンティークな携帯用ワインボトル


最初にチーズ工房の中に入った時には、4月下旬ながら発酵の温度を保つためか、生暖かい空気が頬に感じ、同時に強烈な匂いで眩暈を起こしそうであった。外国人の多くが日本の納豆の匂いに辟易した態度を示すが、日本人にとってはチーズの匂いが同じような異臭に感じるだろう。私はチーズが好きな方であるが、それでも熟成庫の中に入ったばかりは息が詰まるように感じることもある。まあ、それほどインパクトがあったモンテーボレだが、レストランのテーブルにカットされて並んだチーズを味わい始めると、熟成の若い真っ白なチーズから数週間の熟成を経たやや黄色実を帯びたものまで、ハーブやナッツの香りなど複雑な風味があり、なるほど奥深い味わいのチーズであることが分かった。

また、それに合わせて、添えられたモスタルダやジャム、蜂蜜がチーズの味わいをより引き立てるのである。更に、特筆したいのは一緒に試飲させて頂いた白ワインで、これはティモラッソという希少な白葡萄から造られ、これもまた12年ばかり前にブラのレストランでマウリツィオ・ファーヴァ氏に教えてもらったワインである。その時の作り手とは別のワイナリーのものだが、100%オーガニックで造られているもので、爽やかな若草や柑橘系の白い花の香りがするワインで、モンテーボレの熟成の若いタイプにはぴったりの組み合わせであった。

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ヴァッレノストラの建物の石積みはこの地方の伝統的なスタイルだ

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チーズ工房のある家の前に広がる牧場には姫りんごの花が咲き、大きな豚が自由に歩き回っていた。牛や羊はもっと奥の草原を散歩中。豚はシエナ原産のチンタセネーゼという希少種もいるそうだ


ヴァッレノストラでは観光客が宿泊しレストランで食事もできるアグリトゥリズモも運営している。今年で10年目になるそうで、健全な自然環境の中で都会の疲れを癒し、子供たちには自然の味わい、ことにモンテーボレのチーズのような希少な食べ物を味わいながら本物の味とその伝統文化を学ぶ食育のイベントなど、親子で楽しめる様々な催しを企画し、四季を通じて楽しめるそうだ。そして、年間に100ユーロの会費を払えば、”モンテーボレの友達“という会員になり、モンテーボレの祭りに参加できる。

Vallenostra Agriturismo e Caseificio, Soc.Cooperativa Agricola: http://www.vallenostra.it/

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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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