●ポンツォーネのアグリトゥリズモの一夜
アックイ・テルメから12kmほど南下したところにポンツォーネという町がある。ピエモンテの州都トリノからは約80km、1時間ほど南下すれば地中海に面した都市、サヴォーナであり、ジェノヴァまでもおよそ80kmなのでトリノとジェノヴァの中間にある。地中海の風が届き、なだらかな丘陵と緑豊かな森が広がる。そのポンツォーネの山間部にあるアグリトゥリズモ、カシーナ・ピアッジェ(www.agriturismolepiagge.it)に宿泊した。
アグリトゥリズモ、レ・ピアッジェの家
レ・ピアッジェの宿泊した部屋。シンプルだが居心地は良い
レ・ピアッジェのオーナー、ステファニア・グランディネッティさん
温かなカフェ・ラッテと手作りの林檎のタルトやクロワッサン
アックイ・テルメでゆっくりと夕食を満喫してから到着したので時刻はすでに深夜11時を回っていた。車から降りると小雨が降っていた。すでに休んでいたらしい宿の主人、ステファニア・グランディネッティさんがガウンを羽織って迎えに出て、ドライバーや我々にそれぞれの部屋の鍵を渡してくれた。私は2階にある部屋に入るとまず室内の撮影を先に済ませ、そしてシャワーを浴び、ベッドに入る。ふわりと適度な弾力のベッドと羽毛の布団に包まれ睡魔に身を任す。
庭先に咲くリラやチューリップの花々
家の下の方を見ると大きな豚が見えた
翌朝、開けておいたカーテンの間から弱い光が差し込み自然と目が覚めたが、時計を見ると既に8時近くになっていた。連日、中身の詰まった取材で疲労が溜まっていたが、熟睡できたお陰ですっきりとした気分である。ただし、外は雨でちょっとがっかり。下に降りて食堂に行くとすでに朝食の支度がされていて、焼きたてのタルトやクロワッサン、自家製のジャムや蜂蜜がテーブルに並んでいる。ステファニアさんが「ボンジョールノ、ア・ドルミート・ベーネ?(よく眠れましたか?)」と声をかけ、熱いコーヒーとミルクを用意してくれた。昨夜は真っ暗で何も見えなかったが母屋の下にもうひとつ建物があり、大きな豚が柵から身を乗り出していた。庭には藤やライラック、チューリップの花々が雨模様の灰色の空気に色合いを添えていた。本来ならば数日は滞在してのんびりと田園の安らぎを満喫したいところだが、取材旅行ではそういうわけには行かない。出発時刻の9時少し前に今日の本命、バルバレスコの郷へ向かった。
●バルバレスコはネイヴェが発祥の地
ネイヴェのバルバレスコの郷。蛇行するタナーロ川が見える
イタリアを代表するワインと言えばバローロとバルバレスコの名前があがる。ネッビオーロという土着の黒葡萄から作られる赤ワインはしばしばフランスのブルゴーニュワインを引き合いに語られ高く評価されている。それもそのはずで、このネッビオーロを上等なワインに仕上げる知恵と技術を伝えたのは19世紀、イタリア王国の初代首相であるカミッロ・ベンソ・カヴールが招聘しネイヴェに居を構えたフランス人の醸造技師、ルイ・ウダールである。当時は完熟したネッビオーロから甘口の、しばしば微発泡性に作られていたワインをブルゴーニュのような辛口のワインとして新風を吹き込み、トリノのサヴォイア家の人々や貴族たちを満足させたのであった。バローロによって成功を収めると次にネイヴェでもネッビオーロから辛口の赤ワインを造ることに成功する。その啓蒙によりアルバ農業大学のドミツィオ・カヴァツァ教授はフランスのモンペリエなどで醸造技術を学んだ知識を活かし、1894年、ブルゴーニュに勝るとも劣らぬ赤ワイン、バルバレスコを誕生させた。バルバレスコは1966年にD.O.C.に、1980年にはD.O.C.G.に認定され、今日、バローロと双璧をなすイタリアの代表的なワインに発展したのである。その赤ワインはネイヴェ、バルバレスコ、トレイゾで生産されるが、銘柄としてバルバレスコと称されている。
●小さな畑の偉大なワイン
ヴェローナのヴィニタリーでマイネルドのロベルト(左)とイラリオ(右)

葡萄畑に立つロベルトとイラリオと筆者。隣にはガヤの畑がある(Foto di Kyoko Katayama)
バルバレスコと言えば世界的にその名を知られているアンジェロ・ガヤがいる。彼とそのワインについては多くが語られ、彼自身の素晴らしい著書もあるのでここで説明する必要はないだろう。そのガヤの葡萄畑と接して小さな畑を持っているのが今回の取材で再訪したマイネルド(MAINERDO)である。マイネルドは1920年にネイヴェのジョヴァンニ・マイネルドによって創設された、バローロやバルバレスコを語る時にしばしば引用されるフレーズ「小さな葡萄畑の偉大なワイン」を生産するワイナリーである。1996年か97年の春、ヴェローナで毎年4月に開催されるイタリアワインの博覧会、ヴィニタリーでそんな小さなワイナリーの偉大なワインを探し歩いているときに出会ったのがマイネルドであった。一坪ほどの小さなブースでいつもにこやかな笑顔を絶やさない叔父さんときりっとした眉が印象的な青年、ロベルト、そして伝統的な風格を感じさせるワインのラベル。美味しいワインがあるという雰囲気がその小さなブースに漂い、テイスティングしてみようという気にさせる。
初めての出会いの時に81年や82年というオールド・ヴィンテージから89年、90年、91年と素晴らしい収穫年を味わい、いつかここのワインを日本に紹介したいと思っていた。ちなみに同時期に出会ったのが既に日本に輸入されているエリオ・フィリッピーノで拙著「イタリア好き」にも紹介した。2000年にネイヴェの街中でエリオ・フィリッピーノとロベルト・マイネルドのふたりに合い、彼らのワインを撮影したことがあるが、いずれ勝るとも劣らない魅力を湛え、彼らとは毎年1度は会い、そのワインを味わってきた。
●ワインは畑で決まる




10月の収穫風景とネッビオーロの房
美味しいワインを完成させている作り手の多くが語るように、ワインの良し悪しを左右するのはまず畑で、恵まれた資質の土壌で、いかに健康的な葡萄を育てるかである。数千年の時を重ねて地球に生きてきた葡萄は本来強靭な生命力があり、太陽と適度な水分があれば他の農作物が育たないような痩せた土地にこそ良質のワインとなる房を実らせるといっても過言ではない。時々、どうしたらこんな不味いワインを造れるのだろうかと考えるようなワインに出会うことがあるが、そのほとんどが畑での面倒をあまりみていない葡萄を無造作に、大量に収穫して、ほとんど機械的に圧搾し、雑多な物が混在する果汁を酵母を加えて発酵させ管理の悪い酒蔵で熟成、瓶詰めされたものだ。質よりも量、スーパーで売れられているようなワインならばそれでも良いのだろうが、ワインという長大な歴史を内包してきたからには、それなりの敬意を持って作る心が大切だろう。マイネルドでは葡萄を発酵させるために、葡萄に付着した自然の酵母のみで行っている。しかし、葡萄の房すべてにその酵母があるとは限らず、そのためには大量の葡萄を同時に搾汁する必要があるが、それによって自然酵母による発酵を確実にしているのだ。仕上がったワインを飲めばそのヴィンテージがどんな気候であったか分かるのだ。
バルバレスコの産地であるネイヴェ、バルバレスコ、トレイゾの3つの中で、トレイゾが最も軽やかな造りが多く、ネイヴェはタンニンもバローロほどではないがしっかりとあり、酸と糖分のバランスがよく取れている。バルバレスコ産はネイヴェとトレイゾの中間と言えようか。ネイヴェに畑とワイナリーを持つマイネルドのバルバレスコは若い内は硬さを感じるが10年、15年と時を経たものは実にエレガントな気品を蓄えつつも、骨格と芯のしっかりとしたネッビオーロらしさを堪能できる。おそらく20年から30年がこのワインの真骨頂を体験できるのかもしれない。筆者が味わったのは1980年、1981年、1982年の3つがオールド・ヴィンテージであるが、いずれも心地よい余韻にひたれる銘酒であった。現在は98年、99年がお薦めだが残り数百本と聞いている。
大きなステンレスタンクで収穫した葡萄を発酵させる。最初の段階は近代的な技術で葡萄の品質を100%抽出することに専念する
熟成はスロベニア産の大樽を主に、フランス産のバリックを適度に組み合わせる。2006年のバルバレスコになるネッビオーロを吟味する父と伯父と息子
バルバレスコについてだいぶ長く語ってしまったが、マイネルドでは当然のこと、バルベーラ・ダルバ、ドルチェット・ダルバ、アルネイス、モスカート・ダルバを造り、またバルバレスコを作った後の葡萄の搾り滓から素晴らしく口当たりのやわらかなグラッパも作っている。ただし、極めて生産量が少ないのが残念である。マイネルドはまたバローロも作っている。畑はウダールが最初にバローロを手がけたセッラルンガで、ここには日本でも良く知られているフォンタナフレッダやパッラディーノ、ブルーノ・ジャコーサなどが19世紀からバローロやドルチェットを作っている。バローロについては次回のメイン・テーマであるが、バルバレスコに比較すればよりタンニンが強く、それにバランスをとるために酸味や糖度、ミネラル分も強いため重厚なワインになることが多い。バルバレスコは女性的でバローロは男性的だと表現する人もいる。マイネルドのワインで初めて飲んだときに感動したのがバザリンの畑で育ったバルベーラ・スペリオーレで、濃いガーネット色とコルクを抜いた瞬間から広がる香りの高さ、そして、その目と鼻で得た喜びを口の中でしっかりと再確認させ満足感を得られたことだ。その感動が10年以上もマイネルドのワインと付き合うきっかけになったわけだが、更に、今年はアルネイスに感動と喜びを覚えた。
バザリンの畑の葡萄を使ったバルベーラ・ダルバ・スペリオーレ

筆者がアルネイスの中で一押しのランゲ・アルネイス
アルネイスは主にロエロ地方とランゲ地方で作られる白葡萄だが、ネイヴェの畑で作るマイネルドのアルネイスはランゲ・アルネイスである。麦わら色の輝きを持った色の白ワインでカモミッラや白ばら、桃などの香りやアカシアの蜂蜜、熟した林檎や梨など香りのバリエーションも複雑である。ロエロの方がミネラル分が多いと言われ、ブルーノ・ジャコーザはロエロで作るが、このマイネルドのランゲ・アルネイスを飲んでみると、非常に飲み応えがあり、飽きることのない深い味わいが常に爽やかに持続する。近年、上質のアルネイスが少なくなったが、やはり伝統を基本の柱にしながらも、現代の気象状況など様々な自然条件と葡萄本来の性質を研究し、近代的な技術と伝統的な技術の利点を十分に活かして作られたワインこそ具現できた味わいと品質であろう。機会があればこのブログの読者の皆さんにも是非、味わって頂きたいマイネルドのワイン。10月に筆者が同行案内するツアー「芸術と美食の旅、ピエモンテからヴェネツィアのバーカロ巡りを満喫!」URL
http://www.delsole.st/travel_italy\toshitour_0910.pdf


コメント (2)
初めてコメントします。篠さんの記事は、以前からイタリアに関することを検索する度に出合っており、楽しく拝見しております。イタリア好き歴はほんの5年ですが、今、イタリアワインに夢中です。昨夜は私のお気に入りのGavi、Greco di Tufoのテイスティングをしてきました。ワインは作り手や畑などの情報があると、より楽しめると実感しております。
投稿者: ikaoko | 2009年08月19日 09:18
日時: 2009年08月19日 09:18
ikaoko様、イタリアワインは細長いイタリア半島の全土でその土地ならではの個性的なワインが味わえるし、そのワインの背景にある歴史と合わせて勉強すると更に味わい深くなりますね。これからもよろしく御願い致します。
投稿者: 篠 | 2009年08月20日 15:32
日時: 2009年08月20日 15:32