芸術と美食の旅、ピエモンテを行く 大統領のバローロ、エイナウディ

イタリアの町ではどこが一番好きですか?そういう質問をしばしば受けて困ることがあるように、イタリアワインの中で何が一番好きですか?という質問もよくあり、これもまた返答に困る。イタリアの魅力にどっぷりつかって30年余り、しかし、初めて飲んだイタリアのワインがトスカーナのキャンティだったことははっきりと記憶している。そして、キャンティやブルネッロなどトスカーナのワインは最も好むワインであった。そのワインを造るための葡萄、サンジョヴェーゼはあたかも古い友人のように親しみを持っている。しかし、近年、一番好きな、あるいは、もしも最後の伴として選ぶならばと考えたとき、ピエモンテやヴァルテッリーナ、ゲンメなどで造られるネッビオーロのワインではないかと思い始めている。

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大統領のバローロ、カンティーナで撮影したエイナウディのバローロ、コスタ・グリマルディ


●イタリアワインの真髄、ネッビオーロという葡萄
ネッビオーロは熟れてくると表面に霧(ネッビア)のように白く粉がふくことから名付けられたとか熟成が遅く収穫される10月にはよく霧が出るのでそのような名前になったとかの説がある。ヴァルテッリーナではキャヴェンナスカと呼ばれ、ゲンメやガッティナーラ辺りではスパンナ、ヴァルダオスタではピクトゥネールと呼ばれている、名前は変わってもこの葡萄の持つ個性には共通した魅力がある。そして、ピエモンテではバルバレスコやバローロというイタリアを代表する偉大なワインになる。最近のワインは黒かと思うほど深紅で、口に含むと重油(飲んだことはないが)のように重厚過ぎ、時には柿渋のような強いタンニンとそれに負けまいとする果実味たっぷりな甘さで一口飲んだだけでもうたくさんというものが多い。また、毎年通っているヴェローナのイタリアワイン博覧会(VinItaly)でもワインの品質は向上していると感じられるが、どれもこれも均一な美味しさで、一軒、一軒違ってもよいはずのワインが似たり寄ったりになり面白みがなくなっている。しかし、ネッビオーロの葡萄で作られるワインはあまりそのような均一性を持たず、不味いところははっきりと不味いワインになり似たり寄ったりの不味さだが、美味しいところのワインはやはりそのワイナリー、即ち葡萄畑や作り手の技術、姿勢を反映した個性的な魅力に溢れている。

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エイナウディのカンヌービ畑のバローロ 2001

ネッビオーロは若い時は色は明るいルビー色、熟成が進むにつれガーネットからオレンジがかり、20年、30年もすると褐色を帯びてくる。香りは複雑で、胡椒やシナモンのようなスパイシーさに干したプルーンや煮詰めたダークチェリーの香りもする。若い時にはミントのような甘い香りがすると思えば、熟成されてくると重油やなめし皮のような鉱物あるいは動物的な香りも感じる。この複雑な香りと口に含んだときの滑らかでいて、しっかりとしたボディ感と長い余韻が自然とゆっくりと味わうように仕向けてくる。それらを支えている芯となっているのが酸であり、熟成していないときのネッビオーロの酸は顔をしかめるほどの場合もある。それが時間の経過により柔らかく、しなやかにタンニンや糖分と調和を持った時には、少しでも長く口の中に留め、その酸味をも味わたいという思いになるのだ。


●イタリアワインの王様、バローロ
ネッビオーロの繊細なキャラクターは畑の違い、ミクロクリマを素直に反映する。ことにバローロではカスティリオーネ・ファッレットやバローロ、ラ・モッラは比較的柔らかでバルバレスコにも似た優しくエレガントな仕上がりになり、モンフォルテ・ダルバやセッラッルンガ・ダルバでは重厚で力強いものになると言われる。なかでも、バローロとラ・モッラに挟まれた地区にある小さな畑、カンヌービ、ブルナーテ、チェレクイオとサルマッサでは極めて優秀なネッビオーロを産出し、なかでもカンヌービのバランスの良さはトップ・オブ・トップと言われている。1980年代から90年代にバローロ・ボーイズと呼ばれ一世を風靡した生産者のバローロは葡萄の皮からタンニンとアントシアニンをたっぷりと抽出し、フランス産のバリックで熟成させることにより、非常に濃厚なバローロを作り出したが、その方法には賛否両論あり、モンフォルテ・ダルバのパルッソのように、このグループを脱退し、カンティーナの樽の中ではなく、畑の特徴を限りなく反映したバローロに復帰しているところも少なくない。バローロのブレッツァのサルマッサやミケーレ・キャルロのカンヌービ、ブルナーテ、チェレクイオなどは伝統的なバローロの味わいと畑の個性を良く反映した味わいを持っている。

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アスティにある樽の工房Gamba社がフレンチオークを使って造ったバリックが並ぶ。中身はコスタ・ガリマルディ畑のネッビオーロでバローロになる。

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熱くワイン造りを語るエノロゴのロレンツォ・ライモンディ氏

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カンティーナで出荷までの熟成を待つボトル詰めされたバローロ。1966年にDOC, 1980年にDOCGに認定されているが、法廷熟成期間は最低38ヶ月、リゼルバは62ヶ月と定められている。

ネッビオーロという晩成型の葡萄は歴史を重ねるごとに魅力を増し、また長期熟成にふさわしい素質があるがゆえに、自然が与える様々な要素を内包しつつ完成されていく葡萄であり、その力がバローロやバルバレスコ、ヴァルテッリーナ、ゲンメ、ガッティナーラといった魅力的でイタリアを代表する偉大なワインになるのだ。まあ、若い時にはサンジョヴェーゼから始まり、シチリアのネロ・ダヴォラだ、プーリアのプリミティーヴォだ、バジリカータのアリアニコだとプラムジュースを煮詰めたような濃厚なワインをごくごく飲んだりするのも楽しんだが、自分も齢を重ねてきたお陰で、熟成してオレンジ色を帯びたネッビオーロの魅力を心身ともに味わえる用意が出来てきたのだろうか。

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4月下旬、ドリアーニのカシーナ・テックの醸造所とカンティーナから見たテックの畑。春の日差しを受け、葡萄の若葉が伸び始めている。

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バローロ・カンヌービ2001年を注ぐライモンディ氏と現地ガイドのピエラさん。


●大統領のバローロ、ルイジ・エイナウディ・カンヌービ
さて、今回訪ねたドリアーニに本拠地を持つワイナリー、エイナウディであるが、このワイナリーの創設者はイタリアの歴史を知っている人ならばすぐに思いつく戦後2代目の大統領ともなった偉大な政治家で学者のルイジ・エイナウディである。1874年3月24日にドリアーニ近郊の村、カルーの名門の家庭に生まれたエイナウディは、1902年からトリノ大学で財政学の教授を務め、ファシズムが台頭するとスイスに亡命するが、戦後1948年から55年までイタリア銀行総裁、副首相、財政大臣などを歴任したのち、第2代大統領となりイタリアの戦後の復興に大きな役割を果たした。彼は若い時からイタリアの農業を発展させることに情熱を注ぎ、1897年、まだ23歳の時にドリアーニの葡萄畑を手に入れ、ドルチェットやバルベーラ、ネッビオーロのワインを造り始めていた。最初に手に入れたドルチェットの畑、サン・ジャコモやサン・ルイジはクリュ畑として素晴らしいドルチェットを生産しているが、更に、1958年にバローロのラ・モッラとノヴェッロの間にあるコスタ・グリマルディの畑を入手しバローロを生産する。彼は1961年10月30日に他界するが、ワイナリーを受け継いだファミリーは1997年にカネッリのガンチャが所有していたバローロの超特急畑とも言えるカンヌービの畑を手に入れ、醸造家、ロレンツォ・ライモンディ氏のプロデュースの基に優秀なバローロを生産している。

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2001年のバローロは近年最良の年だと語るライモンディ氏

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帰国して見つけた1995年ヴィンテージのバローロ


ワイナリーを訪問した時、ライモンディ氏は近年のヴィンテージでも大変高く評価されている2001年のカンヌービ畑のバローロを開けて試飲させてくれたが、芳醇な香りと柔らかで上品な味わいは深く記憶に残るものであった。帰国してからエイナウディのバローロの1995年のヴィンテージを見つけ、ピエモンテ料理との組み合わせを堪能した。                                    

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Luigi Einaudi Barolo 1995と緑ヶ丘、リストランテ・コルニーチェのイベリコ豚をひよこ豆と煮込んだ料理がワインに良く合っていた。

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コメント (2)

ikaoko:

イタリアワインを飲み始めてほんの数年ですが、初めてネッビオーロに出合ったときの感動を覚えています。そんな大好きなワインについてのお話、大変興味深く読ませていただきました。個人的には、イタリア20州のワインを飲みつくすには、ちょっと歳をとりすぎてしまった気もしますが、9月にTodiに行くので、できれば足をのばしてmontefalcoに行き、サグランティーノを味わってきたいと思っています。

ikaoko様、
9月にTodiですか。では、是非、モンテファルコのサグランティーノも味わってきて下さい。Podere Rialto(Cantina Rialto)をモンテファルコの観光局に問い合わせて、ワイナリーオーナーのEraldo Denticiに会ってみて下さい。白も素晴らしいですよ。

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篠 利幸

1977年初渡欧、画家としてしばらく活動後、イタリアの写真を撮り始める。書籍、雑誌等で写真と文筆の両面で活動、「田園のイタリアへ!アグリトゥリズモの旅」(NTT出版)、「トスカーナの青い空」(東京書籍)など著書多数。 新ブログスタートしました→http://blogs.yahoo.co.jp/fotombra

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