ピエモンテ州クーネオ県のランゲ地方、正しくイタリアの美食街道の筆頭と言える地方でバローロ、バルバレスコの2大ワインを有し、アルバ、ドリアーニなどバルベーラやドルチェットのワインやタルトゥーフォ・ビアンコ(白トリュフ)の特産地としても食通には垂涎の地である。また、ピエモンテ州は様々なチーズの生産地でもあり、ロビオラ、ムラッツァーノ、トーマ、トミーノ、ラスケーラ、カステルマーニョ、モンテボーレなど百数十種類もあり、今日ではスローフードの運動が生まれたブラの地名がいっそうランゲを美食の地というイメージを強くしている。
●ムラッツァーノのチーズ工房を訪ねる
ロッカヴェラーノのロビオラと並んで私が好きなチーズであるムラッツァーノを訪れた。村外れの国道沿いにあるチーズ工房を訪ねる前に、村を見下ろす小山の上にある塔を訪れた。15世紀頃に要塞として築かれ、33mの高さがある。残念ながら、塔には登れなかったが塔の立つ小広場から360度の眺望を楽しむことが出来た。

ムラッツァーノの塔のある丘からの眺め

15世紀に建てられた塔の高さは33m

塔のある広場から眺めたランゲの風景。小雨に霞む春の田園
メッレア通りにあり、大きな看板が目印のチーズ工房

ロビオラ・ロッカヴェーラノにも似ているムラッツァーノのチーズ

ムラッツァーノ・ペンタ農場自家製のサラミやパンチェッタの貯蔵庫
薄くスライスして生で食しても美味しいが、カルボナーラに使うといっそう風味が香ばしく美味しいパンチェッタ
訪ねたところはムラッツァーノ・ペンタ農園というところでドリアーニからムラッツァーノ村に入る2kmほど手前のメッレア通り沿いにあり、店先やその上の方の坂を少し上ったところにある工房の前からはランゲの美しい田園風景を見渡せるところにある。ムラッツァーノのチーズは主に羊の乳を原料とするが、牛乳を混ぜたものもある。また、ここの売店ではヤギの乳だけのチーズもあった。その他、ヨーグルトやサラミ、パンチェッタなど加工肉もあり、パンチェッタを購入して帰国してからカルボナーラを造ったのだが、風味は抜群でやはり日本製のベーコンとは別物であった。
日本には生ハム、ベーコン、ソーセージなど国産の物が無数にあるが、数ばかりで何十年経っても本場の本物とは似ても似つかぬ物がほとんど。チーズも然り。時には偽物、紛い物に慣れた感性が本物に接したとき、その本物を受け付けられないという珍妙な現象もある。努々気をつけねばならない。
●“ケラスコの接吻”というチョコレート

古地図に見るケラスコ
ノルツォーレ門のアーチ
ノルツォーレ門からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを北へ直進すると“勝利のアーチ”があり、その上にはロザリオの聖母像が祭られている
ムラッツァーノからドリアーニを越えて更に北上するとケラスコという町がある。歴史的には1243年にフェデリーコ2世の息子であるマンフレーディ・ランチャによって建設され、アルバやアスティとともに皇帝派に加わり、またミラノのヴィスコンティ家が統治した時代もあった。ケラスコの街を真上から眺めた古地図を見ると亀の甲羅のような形をして城壁が囲み、市内は碁盤の目のように道路が走り区分されている。ケラスコを挟むように左からストゥーラ・ディ・デモンテ川、右からタナーロ川が流れ、合流しアルバ方面へ流れるちょうど合流地点の丘の上にあるのだから要塞としての立地は良い。
1796年4月、オーストリアと戦っていたフランス軍はイタリアでの総司令官としてナポレオンを送り、ジョセフィーヌと結婚したばかりの若き英雄はこのケラスコを包囲、オーストリア軍との間に停戦協定を締結させ、5月にはパリでオーストリア側であったピエモンテ王、ヴィットリオ・アメディオ3世を講和条約に調印させフランスはピエモンテを支配下に置くことに成功する。ナポレオンはそのケラスコからの眺めの美しさをとても気に入っていたそうだ。
街の北側には”勝利のアーチ“がある。1630年のペスト禍から開放された記念に建てられた門で、その上には1647年から1688年の間にジョヴェナーレ・ボエット作のロザリオの聖母像が祭られている。1832年にはこの聖母像の両脇にサヴェリオ・フランツィ作の聖人像が2体づつ加えられた。アーチに向かって左手にある教会、サンタゴスティーノ(Sant‘Agostino)は1672年の建立で、やはりジョヴェナーレ・ボエットの設計による。
伝統の味を伝える雰囲気のバルベーロの店
バルベーロの定番、”バーチ・ディ・ケラスコ“
様々なリキュール味のチョコ。唐辛子風味もある
ロマーノ・レーヴィの幻のグラッパをチョコレート中に秘めた
●1881年創業のチョコレート店“バルベーロ”
今日、ケラスコの名を世界に知らしめているのは、やはりグルメ王国ピエモンテの町らしく、“バーチ・ディ・ケラスコ(ケラスコの接吻)”という名前のチョコレート菓子で、大きな釜で炒ったヘーゼルナッツを砕いてチョコレートに練りこんだもの。街の中心を通るビットリオ・エマヌエーレ通りの中ほどにある”バルベーロ(Barbero)“という1881年創業の菓子店のオリジナルである。他にもリキュールが入ったチョコレート、何と今では幻となったロマーノ・レーヴィのグラッパを入れたチョコレートも作っている。これらのチョコレートは東京の自由が丘に同名の店ができて日本でも手に入る。ケラスコはまたルマーケ(かたつむり)料理でも知られている。また、ピエモンテの銘酒バローロの産地のひとつでもある。
●モンフォルテ・ダルバの名店“オステリア・カタリ・デイ・モンフォルテ”
小雨に濡れたモンフォルテ・ダルバの広場

赤い外壁に青い鎧戸の窓、入口に描かれた絵が印象的な“オステリア・カタリ・デイ・モンフォルテ”
ゴーギャンやルノワールの絵画を思わせる店内の装飾
3階から見下ろした2階の空間
オステリアの窓から見えるレンガ色が独特なネオゴシック様式の教会
ケラスコから再びドリアーニ方面へ南下するとモンフォルテ・ダルバの町がある。ランゲのワインのラベルを見るとしばしばこの“Monforte d’Alba”という地名を目にするが、北側にはノヴェッロ、セッラルンガ・ダルバ、バローロ、カスティリオーネ・ファッレットなどバローロの主産地が点在している。そんなわけで、この街には魅力的なレストランも少なくないが、そのひとつである“オステリア・カタリ・デイ・モンフォルテ”(www.osteriadeicatari.com)で昼食を味わった。このレストランは1950年までふた家族が住んでいた後、廃屋となったところをジョルダーノ・ジュゼッピーナさんの家族が1997年に修復、改装して3階建てのレストランとして1998年に開業した。壁にはグレゴール・デュリクのユニークな壁画が描かれ、窓からは1912年に完成したネオ・ゴシック様式の教会と高さ54mの鐘楼が見える。
この店で飲むにふさわしいと選んだドメニコ・クレリコのバルベーラ・ダルバ。向かいはガイドのピエラさん。体形のごとくまさに美食家
前菜に出たピエモンテソース(ツナベース)を詰めたパプリカ
絶品、バルベーラで仕上げたリゾット
鴨肉のラグーのタイヤリン(ピエモンテ名物のタリオリーニ)
昼食のワインには分厚いリストからドメニコ・クレリコのバルベーラ・ダルバを選んだ。それはメニューの中にバルベーラを使ったリゾットがあり、是非ともそれとともに味わいたかったのだ。前菜のひとつであるトンナータ・ソースを詰めたパプリカやピエモンテ名物のパスタ、タイヤリンのラグーなど料理のどれもが素晴らしかったので、タルトゥーフォの旬になる秋の旅行には是非ともここでもう一度食べたいと思っている。

毎年、モンフォルテ・ジャズというフェスティバルも開催される

