今年の5月4日からスタートした「芸術と美食の旅、ピエモンテを行く」もいよいよ最終章となった。ピエモンテの州都トリノを出発して、ガヴィやアックイテルメ、ネイヴェ、ケラスコ、ブラなど実際の旅は正味4泊5日であったが、ピエモンテも他のイタリア各地と同じく、なかなか簡単に語りきれるものではなく、たった5日間の旅とはいえ、訪れた郷土の文化や歴史背景はイタリアの建国の歴史にとっても最重要地域である。そのため、つらつらと文が長くなりブログとしてはかなり重たいものになってしまったが、これもいずれはこのブログから誕生した「イタリア好き」第2弾として本にまとめることも念頭においての内容である。今回の取材では、ピエモンテ州とピエモンテ商工会議所によって運営されているCentro Estero per L’Internanazionalizzazione(www.centroestero.org 代表Angelo Feltrin氏)とトリノ在住の石井美絵氏の運営するジャパン・プランニング・アソシエツ(www.japanplanning.it)の多大なるご協力を得て実現した。この素晴らしい取材旅行を提案して頂いた御両者に心から感謝を申し上げたい。
●ピエモンテの万能ワイン、ドルチェットの郷、ドリアーニ

ランゲの丘陵を背景にしたドリアーニ近郊カルーのワイナリー、チェッラーリオのワイン
チェッラーリオの代表的なドルチェット“SOL”を持つジャンピエトロ・チェッラーリオさん
イタリアのワインの面白さは土着品種の多さに尽きると言って良い。イタリア20州には必ず数種の土着品種がある。なおかつ、それらの葡萄が州の中で更に細分化され、葡萄畑の地質や微気候により個性を際立たせるのだ。そこに毎年の気象の違いが加味され、ワインの作り手の思想や土地と葡萄に対する愛情と情熱が大きく関わって1本のワインが生まれる。
ワインは地名を聞いただけでもワインの種類や銘柄がすぐに浮かび上がる。それだけ土地があっての産物なのだが、ネロ・ダヴォラはシチリア、サンジョヴェーゼはトスカーナやエミリア・ロマーニャ、プリミティーヴォはプーリア、カンノナウはサルデーニャと通常は州あるいは島など大きな範囲で葡萄から産地を想起するが、ドルチェットと言えば直ぐに思いつくのがドリアーニであり、またドリアーニと聞くとドルチェットのワインとひらめく。それだけインパクトが強い。
もちろん、ドルチェットが作られる土地はドリアーニだけではない。ピエモンテだけでもアルバ、アスティ、アックイテルメ、オヴァダ、ランゲ・モンレガージなどイタリアワイン法のDOCに指定された7つの地域があり、リグリアやロンバルディアなど他州でも作られている。しかし、アルバ周辺ではバローロ、バルバレスコに代表されるネッビオーロのイメージが高く、アスティではバルベーラやモスカートが、アックイではブラケットの方が印象が強いのではないか。葡萄は土地と気候により大きく変わるが、自分の性質に合わなければ本領を発揮しないわけで、ピエモンテの地で、ネッビオーロやバルベーラという優れた葡萄が確固たる地位を占める中で、ドルチェットがまさにドルチェットらしい個性を発揮できる土地がドリアーニとその周辺の地質にあるのだろう。その地質は主に石灰と粘土質で、バローロやバルバレスコを生むネッビオーロが好む土地に比べミネラル分は少なく、ドルチェットは酸味や渋みの少ない軽快な赤ワインになる。肉料理にはもちろん、魚料理にも合わせやすい万能的な飲みやすいさを持っている。蓼沼佐和さんの著書「ゼロからわかる イタリアワイン」でもバルバレスコ作りの王者と言われるアンジェロ・ガヤ氏が、もしも無人島に持って行くたった1本のワインならば何を持っていくかと聞かれたときに答えたワインが、このどんな食べ物にも合わせ易いドルチェットだったと書いている。

チェッラーリオが誕生したサビノットの家の前で
ドルチェット、イタリア語の甘いという意味のドルチェを語源とするので、ワインをよく知らない人には甘口のワインを思わせるかもしれないが、この葡萄はネッビオーロに比べるとはるかに酸味も渋みも少ないので甘みのある葡萄ということから「ちょっとだけ甘い」というニュアンスでドルチェットと呼ばれるようになったわけで、決してモスカートのような甘口ワインではない。また、通常は1,2年の若いうちに飲まれることが多いので、赤の色もそれほど濃くなく、明るいルビー色にやや青味がかった赤紫で、香りも若葉の青味を感じさせたりする。人によってはその青味のクセを好まないほど個性が強く出る場合もある。最近の作り方では1本の木に実らせる葡萄の房の数を減らしたり、本来は早熟の葡萄だが、ゆっくりと生育させて密度を高めた葡萄から濃厚なドルチェットのワインを作る傾向にあり、より魅力を増している。2005年にドリアーニのドルチェットはDOCGに認定された。その後2008年にオヴァダのドルチェットがDOCGに認定されているので、ピエモンテでは現在2つの地域のドルチェットがDOCGに認定されている。
●エイナウディの生誕地、カルーのワイナリー、チェッラーリオ
ドルチェットは16世紀にはすでにドリアーニで作られていたという記録があるそうで、その地位を更に高めたのは戦後イタリアの2代目大統領となったルイジ・エイナウディであろう。ドリアーニ近郊のカルーに生まれたエイナウディは23歳の時にドリアーニの葡萄畑を所有しドルチェットのワインを作り始めた。そのカルーで1971年からワイン作りをスタートさせたワイナリー、ポデーレ・チェッラーリオがある。

12年前、廃屋となったサビノットの古い家の中でボトルを撮影した
今年の4月に再訪したチェッラーリオの新しいカンティーナ
カンティーナの中には試飲用にお洒落なバー・カウンターもある


セメント製やスロベニア産の大樽、フレンチ・オークのバリックが並ぶチェッラーリオの酒蔵
1997年のヴェローナのヴィニタリー会場のピエモンテのパビリオン(イタリア語ではパディリオーネ)を歩いていると太陽の形の顔の面白いラベルが目に入った。その隣には色鉛筆で丘をイメージさせる2本の曲線をあしらったシンプルなラベルのワインが並んでいる。そのラベルに惹かれて一坪ほどの小さなブースに入ると太陽のラベルの顔と同じように目のギョロリと大きなおじさんとヒョロヒョロと痩せて背が高く眼鏡をかけた青年が起立をして出迎えてくれた。これがチェッラーリオ親子との最初の出会いで、父のジャンピエトロがニコニコと満面の笑顔で椅子を用意し、息子のファウストが緊張した面持ちで丸いテーブルにワイングラスを並べる。最初に飲んだのがまず目に入った太陽の顔のラベル、ドルチェットの“SOL”であった。非常に凝縮感がありながら、極めてナチュラルなテイスト。品のある軽い酸味に他のドルチェットとは違ったベルベットのような厚みのある舌触り。日本の巨峰やピオーネの葡萄の皮を噛み締めた時のような微かな渋みと酸味に旨みが合わさり、思わず「ブオーノ!(美味しい)」という言葉が出た。彼らはネッビオーロからランゲ・ネッビオーロを作り、バルベーラから”Sabinot”(サビノット)という赤ワインを作っている。ネッビオーロもサビノットも飽きの来ない、飲み疲れしない銘酒である。また、ファヴォリータもナチュラルな風味で夏も冬も常に傍に置きたい白ワインである。初めての出会いで彼らの作るワインの全てを味わい気に入った。その出会いから現在まで10年以上の付き合いが続いているのは、一重に彼らが作っているワインが純粋で、時間を繋いでいく価値と力を持っているからに他ならない。”In Vino Veritas”(ラテン語で「ワインには真実が宿る」という意味)言葉があるが、どんなワインにも真実が宿るわけではない。
この言葉を言ったら、“Dipende Vino(ワインにもよる)”と返えした生産者もいた。私の旅は常に“真実の宿るワイン”を求めての旅でもある。
●2009年誕生の新しいドルチェット“San Luigi”di Podere Cellario

今年発表された新酒のNo.1ボトルのラベルのサインを入れる筆者

筆者のサインが入ったマグナムサイズのNO.1ボトル

カルーの青空を背景にドルチェット”San Luigi”の赤紫が映える
ワイナリーの中に日本の自然をテーマに筆者の写真を展示した

ワイングラスを片手に写真展を見る人たち
●チェッラーリオのワイナリーで写真展を開催
今年の4月、ピエモンテ州からの招待取材は筆者とチェッラーリオにとってとても嬉しいスケジュールが組まれていた。チェッラーリオは4月上旬のヴィニタリーで“San Luigi(サン・ルイジ)”という新しいドルチェットを発表した。ラベルには息子が描いた可愛い魚の絵があしらってある。サン・ルイジはドリアーニの特級畑である。そして、ちょうど取材の日程の最終日にチェッラーリオのワイナリーで、そのワインのお披露目パーティを開催し、カルー市長はじめ町の名士や友人などを招いた。そして、なんと名誉なことに最初に瓶詰めされたマグナムボトルのラベルに私がサインをするというイベントとこの式典に合わせて私の写真展を開催してくれたのだ。私がボトルにサインするシーンは地元のTVやサイト、新聞などでも画像入りで紹介されていた。
ランゲの自然と景観保全を提唱するスローガン
ワイナリーではジャズのライブも開かれた

中央の若いふたりがファウスト・チェッラーリオと奥さんのチンツィアさん
●日本のジャーナリスト、空を飛ぶ

飛ぶ前から心が浮き浮きする気球初体験

地上約30mからの眺め
強風で遊覧飛行は出来なかったが楽しい体験
千年の歴史を受け継がれてきたランゲに生きる喜び

イベントを案内するパンフレット
このイベントの趣旨は単に新しいワインの発表のお祝いだけでなく、自然をこよなく愛するナチュラリストでもあるファウスト・チェッラーリオがランゲの自然の素晴らしさを讃えるとともに、環境保全の意識を広めようというメッセージも含め、訪れた人々には気球に乗って空の上からランゲの自然を眺めてもらおうという試みもあった。残念ながらこの日は強風のため、なんとか気球は揚げられたがロープを切り離して空の旅を楽しむことはできなかった。それでも私は30mほどの高さまで乗せてもらい、チェッラーリオのワイナリーの正面に横たわるランゲの丘陵の眺めを楽しんだ。チェッラーリオ・ファミリーと友人の皆さん、Grazie Mille! また、晩秋の旅で再会しましょう!


コメント (4)
篠さん
素敵なカンティーナの案内ありがとうございます。
In Vino Veritas 彼らのワインはまさしくそのとおり真実の姿であり人の良い彼らそのものですね。
彼らのワインを私たちもより多くの日本の消費者に楽しんでもらえるよう尽力したいと思います。
投稿者: tucci | 2009年09月16日 19:29
日時: 2009年09月16日 19:29
tucciさん、コメントありがとうございます。
ワインは畑と太陽と人がひとつになって育てた葡萄のエッセンス。温故知新、伝統の良さを受け継ぎつつ、新たな未来に向う生産者がいつも美味しいワインを作ってくれるのですね。チェッラーリオはまた友情をとても大事にする、そんな心根もまたワインに反映していますね。
投稿者: イタ寅 | 2009年10月02日 13:36
日時: 2009年10月02日 13:36
いつも楽しみにしています。今回の記事もたいへん興味深く読ませていただきました。
先日ご紹介いただいたモンテファルコのカンティナ、リアルトに9月12日に行ってきました。素晴らしいホスピタリティでした。筱さんがおすすめするわけがよくわかりました。この場をかりてお礼申し上げます。
投稿者: ikaoko | 2009年10月05日 17:14
日時: 2009年10月05日 17:14
初めまして、UTAと申します。
趣味で小説やイラストをかいていて、イタリアの観光地ではない風景やその土地に住む人々の写真が欲しいなと日頃思っているものの、主婦の為実際に現地に赴くことが出来ず悶々としながら本や写真の収集に勤しんでいたところ篠さんのブログに出会いました。
写真や記事を読んでいると、皆とても生き生きとしており、おこがましいですが創作意欲に駆られます。
とても素晴らしいブログだと感嘆しております。
これからも続けて下さい。応援しております。
投稿者: UTA | 2010年02月04日 17:43
日時: 2010年02月04日 17:43