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   <title>篠利幸のイタリア紀行</title>
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   <title>ヴェネツィアのカルネヴァーレ！</title>
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   <published>2010-02-12T10:12:26Z</published>
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   <summary> 冬の霧に包まれたカナル・グランデとヴェネツィアの町。サン・ジョルジョ・マジョー...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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      <![CDATA[<img alt="1_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/1_100212PH.jpg" width="540" height="361" />
<font color="#000066">冬の霧に包まれたカナル・グランデとヴェネツィアの町。サン・ジョルジョ・マジョーレ教会の鐘楼から</font>

<img alt="2_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/2_100212PH.jpg" width="540" height="351" />
<font color="#000066">リアルト橋にもカルネヴァーレの飾り</font>

<img alt="7_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/7_100212PH.jpg" width="540" height="359" />
<font color="#000066">サン・ジョルジョ・マジョーレ教会のある島を背景にポーズをとる、バウッダ（ドミノ仮面）の仮面の男</font>

今、ヴェネツィアではカルネヴァーレ（「謝肉祭」）の真っ最中。サン・マルコ広場を中心に思い思いの仮装をした人たちが現れます。中世やルネッサンス風の豪華なドレスがやっぱり歴史的な街並みにはよく似合いますね。今年は今月１０日から１６日までがカルネヴァーレ期間ですが、ヴェネツィアではクリスマスを過ぎたあたりからもうカルネヴァーレ気分で、街中の飾りもカルネヴァーレの雰囲気です。また、お土産店や仮面の専門店では年中、仮面（マスケラ）を売っていますから、真夏でも観光客がカルネヴァーレの仮面姿で歩いていたりします。


<img alt="3_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/3_100212PH.jpg" width="477" height="480" />
<img alt="4_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/4_100212PH.jpg" width="465" height="480" />
<img alt="5_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/5_100212PH.jpg" width="457" height="480" />
<font color="#000066">様々な仮面の下は、時には男性だったりすることも</font>


カルネヴァーレに仮装して舞踏会に出るという風習はヴェネツィアが発祥だそうで、１５世紀頃から始まりフランスやドイツなどヨーロッパ各地に広がりました。｢謝肉祭｣とか｢仮装舞踏会｣というタイトルの楽曲も多く作られています。ムード音楽のオーケストラで知られるマントヴァーニ楽団のアルバムに「ベニスの謝肉祭」というのがありましたが、その原曲がショパンが作曲した「ベニスの舟歌」でした。ショパンはイタリアに行ったことがなく、ずっと憧れを持っていたそうですが、この曲もそんな想いで作られたのですね。

オペラの巨匠、ジュゼッペ・ヴェルディも「仮面舞踏会」という作品を創っていますが、これは１８世紀の終わりにスウェーデン国王グスタフ３世が仮面舞踏会に紛れ込んだ暗殺者に撃たれて死んだ事件をもとにしています。

<img alt="6_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/6_100212PH.jpg" width="540" height="364" />
<font color="#000066">貴族制が廃止されてもコンテ、コンテッサなど称号は残るイタリアで、ヴェネツィアの貴族たちもカルネヴァーレはかつてのファミリーの栄光を楽しめるお祭だ</font>

<img alt="13_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/13_100212PH.jpg" width="540" height="368" />
<font color="#000066">ドゥカーレ宮殿の窓に登場した人たちはヴェネツィアの栄華な時代を思い起こさせる</font>

<img alt="8_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/8_100212PH.jpg" width="540" height="382" />
<font color="#000066">カルネヴァーレの衣装などを作っている店のオーナーが自らショーウィンドーの中に入って、道行く人を楽しませている</font>

<img alt="12_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/12_100212PH.jpg" width="540" height="360" />
<font color="#000066">ヴェネツィアで有名な仮面工房トラジ・コミカ(www.tragicomica.it)</font>

<img alt="9_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/9_100212PH.jpg" width="540" height="361" />
<font color="#000066">鏡の中のカップル</font>

<img alt="10_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/10_100212PH.jpg" width="428" height="480" />
<font color="#000066">道化師の衣装を着た可愛い赤ちゃんに周囲が注目</font>


ヴェネツィアで仮面が流行したのは平民も貴族も身分を隠して自由に楽しめるからだそうですが、そのことで風紀や治安が乱れることにもなったようで、外国では禁止令を出したこともあります。ヴェネツィアでもペストが流行した１８世紀から長く控えめになったり、世界大戦の影響で２０世紀に入っても今ほど派手には楽しまれなかったようですが、イタリア経済が復興し、また観光立国として世界中から人々が訪れるようになると、ヴェネツィアでもより観光客を呼び寄せるプロジェクトとしてカルネヴァーレの期間中に様々なイベントが企画されたり、毎年異なるテーマ性を持ったお祭に変化し、年々、盛大になってきました。

今年はチョコレートを楽しむこともテーマのひとつのようで、プログラムを見るとカフェや舞踏会でチョコレートを使った様々なメニューが宣伝されています。また、いくつかの歴史的な館の中ではドレス・コードはカルネヴァーレ衣装ということで、舞踏会も開催されていますが、あの世紀のプレイボーイと呼ばれたカサノバをテーマにしたような仮装舞踏会もありちょっと怪しげです。カルネヴァーレが一番盛り上がるのは、やはり週末で今日から３日間は舞踏会やコンサートなど様々なイベントが開催されています。

<img alt="14_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/14_100212PH.jpg" width="540" height="405" />
<font color="#000066">昨年の１２月上旬に出会ったグループ。結婚目前の友人を祝福する独身最後のドンチャン騒ぎでもカルネヴァーレの仮面を被っている</font>

<img alt="15_100212PH.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/15_100212PH.jpg" width="540" height="405" />
<font color="#000066">サント・ステファノ広場にあるちょっと変わったブティック</font>
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   <title>あれから１５年、忘れえぬトスカーナの日々</title>
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   <published>2010-01-26T00:25:47Z</published>
   <updated>2010-01-26T00:33:46Z</updated>
   
   <summary> 「トスカーナの青い空」の取材がきっかけで知り合ったアレ。最近は世界各地の旅を楽...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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         <category term="旅の思い出" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<img alt="A.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/A.jpg" width="540" height="360" />
<font color="#000099">「トスカーナの青い空」の取材がきっかけで知り合ったアレ。最近は世界各地の旅を楽しんでいるらしい。相変わらず働く必要のない優雅な日々を送っている。昨年の暮れにもインドからクリスマスメールが届いた。</font>

<img alt="B.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/B.jpg" width="540" height="343" />
<font color="#000099">かつてアレのファミリーが所有していた館の屋上から見た夜のドゥオーモ。</font>


２０１０年になって半月以上が過ぎてしまった。昨年末のピエモンテ～ヴェネツィアのツアーの後、年末年始も多忙な日々が続き、イタリア紀行のブログ更新がだいぶ遅れてしまった。１月１７日は朝からテレビではどの局も１５年前の関西の大地震の追悼番組を繰り返していた。それは僕にとっても忘れえぬ過去であり、同時に大事な思い出の年でもあった。

初めてイタリアの大地を踏んで１８年目にして、最初の著書「トスカーナの青い空」を出版した年で、１月から６月にかけてイタリアを往復した、その間にはフィレンツェに部屋を借りて住んだ。１月１７日、まさにイタリアに出発した日に神戸の地震は起きていた。更にその年の３月２０日にはオーム真理教による地下鉄サリン事件も起こった。帰国して、「トスカーナの青い空」の原稿を書きつつも、この２つの大きな出来事は現在進行形となり身近な関心ごとであり、その数年後、「住宅建築」という雑誌の取材で神戸を訪れたときにも大きな傷跡の残る街並みを見た。世界に眼を向けるとボスニアの紛争も激しさを増すばかりであったし、中東、中近東も未来の不穏な気配を孕んでいた。

<img alt="C.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/C.jpg" width="540" height="353" />
<font color="#000099">アルノ川の堰で日光浴をする人々。1995年は初夏まで天候不順で長雨が続いたが、初夏になると素晴らしい晴天が秋まで続き、この年のワインの出来も上々だった。</font>

<img alt="D.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/D.jpg" width="540" height="343" />
<font color="#000099">フィレンツェに住んでいた頃、毎日のように行ってワインを楽しんだ店のひとつ、ヴェッラッツァーノのワイン・バー</font>

大げさな言い方かもしれないが、日本も世界もそんな激動の時代にありながら、僕はトスカーナでタイムスリップしたように中世からルネッサンス時代の余韻の中を漂っていたのだ。ロベルト・ベニーニとマッシモ・トロージが共演した映画「もう泣くっきゃない（Non ci rest che piangere）」みたいな体験だった。しかし、そのお陰で、この本がその後の生き方の方向付けにもなったのだ。あれから１５年、出版界にも写真の世界にも大きな変化があり、時代は新たな方向に向かっている。不易流行、進歩と発展は否定せず、むしろ積極的に受け入れ、しかし、初心忘るべからず、そんな気持ちを込めて今は絶版となった「トスカーナの青い空」のあとがきを読み直し、２０１０年のスタートしたい。読者の皆さん、今年もご愛読のほどよろしくお願いします。


<img alt="E.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/E.jpg" width="540" height="363" />
<img alt="F.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/F.jpg" width="540" height="361" />
<font color="#000099">1995年5月上旬に撮影したコル・ドルチャの糸杉とその12年後の2007年6月上旬に撮影した同じ糸杉。</font>


『「トスカーナの青い空」
1995年の夏に出版した本の《あとがき》

今年の一月にイタリアへ発った日は、神戸の大震災の翌日だった。ローマのホテルでテレビ報道を見ながら、日毎に増大していく被害の大きさを知って驚愕し、胸が痛んだ。見知らぬイタリア人からも日本人と分かると「あなたの町は大丈夫か」と心配してくれるのだった。この本の取材のために四月から六月にかけてイタリアを旅していたときには、ある宗教集団が前代未聞の事件を起こし、日々露呈する組織の全貌に呆れるほどであったが、それで日本人の私が白い目で見られるようなことは一度もなかった。宗教が時には暴走するものであることを、歴史の中で繰り返し体験していたからかも知れない。それよりもアドリア海の対岸のボスニア紛争の方がよっぽど深刻な問題だった。

私が部屋を借りた家の大家さんは、スロヴェニア生まれのイタリア人だったし、アリナーリ画伯の家へ案内してくれたアイーダもボスニアのヴァニャルーカ出身だった。二章にも書いたマケドニアのミルチなど、私はイタリア滞在中に何人もの旧ユーゴスラビア出身者と出会った。イタリアにとってこの国のことは隣の県のように身近なものなのである。第二次世界大戦が終決して五十年が過ぎたが、太平洋戦争だけが戦場ではなかった。それどころか日本はイタリア、ドイツと同盟まで結んでいたのだ。日米だけでは捉えられない世界史をもっと知りたいと思った。特にこの三つの国の戦後の在り方を。　歴史の本を繙けば、人間とは戦争をするために存在するのだろうか、と思うほどに争いを繰り返している。諍いごとのない日常がいいに決まっている。人間は歴史にいったい何を学んできたのだろうか。旅の間ずっとそんなことを考えながら歩いていて、それだからこそ出会う人々との交感が記憶のなかに強く刻まれた。ことにヴィンチ村の帰りに、バスの中で話し掛けてきた小学生たちの無垢な眼と好奇心いっぱいの質問ぜめにあったとき、すべてはここから始まるのだと実感した。つまりどんな教育をしたらいいのか、一歩誤れば大変恐いことになる。日々の命の尊さを知るこどもならきっとよい子に育つだろう、あのピノッキオのように。

住んでみなければ解らないことがあり、住み慣れて見え難くなることもある。初めてイタリアを訪れてからの十八年の歳月を、片時もこの国のことを忘れず旅を重ねてきたことで、そのどちらでもない眼を持つことになった。多くのイタリアの友人との出会い、またともにイタリアを愛する日本の、そして外国の友人との交友がなければ、この本は生まれなかったであろう。文中に登場した友人の他にも挙げきれない方々のお世話になってきた。はじめは誰でも未知から出発している。未知（道）に迷う楽しさと思いがけぬ出会いの喜びを知れば、イタリアの旅はもっと面白くなる。そんなさまざまな出会いが物語になればいいと夢を見ていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　一九九五年、八月の光の中で、篠　利幸」』
<img alt="Davide.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/Davide.jpg" width="321" height="480" />]]>
      
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   <title>ピエモンテからヴェネツィア、そしてミラノ</title>
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   <published>2009-12-09T01:40:02Z</published>
   <updated>2009-12-09T01:54:47Z</updated>
   
   <summary>１１月中旬から下旬にかけてピエモンテからヴェネツィア、そしてミラノまで旅をした。...</summary>
   <author>
      <name>篠利幸</name>
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         <category term="街と食" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[１１月中旬から下旬にかけてピエモンテからヴェネツィア、そしてミラノまで旅をした。ピエモンテからヴェネツィアまでは私が企画した「芸術と美食の旅」で８名の友人たちとの楽しい旅であった。成田からアリタリア機でミラノ、マルペンサ空港へ飛び、そこから出迎えの専用バスでピエモンテ州カネッリ郊外にあるアグリトゥリズモ、ルペストルに到着。そして、オーナーの友人、ジョルジョ・チリオが用意してくれたチーズや生ハム、サラミなどで彼の作ったドルチェットやモスカートのワインで軽い夕食。日本から１２時間の空路とマルペンサから２時間半ほどのバス移動にも関わらず、一同元気にワインやチーズを楽しんだ。チーズは今回の旅でも訪問予定の工房が作るヤギのチーズ、ロビオラ・ディ・ロッカヴェラーノを熟成違いの３，４種を味わった。栄養価が高く消化しやすいチーズは旅の疲れをとるには一番だ。

<img alt="091209_1.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_1.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
アグリトゥリズモ、ルペストルの２階の部屋の窓からテラス越しに見えた風景。</font>

<img alt="091209_2.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_2.jpg" width="375" height="500" /><font color="#0000099">
ガヴィのレストランのカンティーナで撮影した１９５２年と１９６４年のバローロ。</font>

<img alt="091209_3.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_3.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
ネイヴェで極上バルバレスコを生産するエリオ・フィリッピーノ夫妻。</font>

<img alt="091209_4.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_4.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
トリノ、王宮広場の夜。</font>

<img alt="091209_5.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_5.jpg" width="375" height="500" /><font color="#0000099">
オルトレポー・パヴェーゼのワイナリー、カステッロ・ディ・ルッツァーノの葡萄畑の紅葉。</font>



今回の旅は４月の取材でもここぞと思ったガヴィやモンフォルテ・ダルバのレストランでピエモンテ料理の真髄を味わい、ガヴィ、バルバレスコ、バローロのワイン生産者を訪ね、そしてトリノではカフェ文化とフランスの影響を受けたエレガントな街並み散歩を楽しみ、続いて、ロンバルディアのオルトレポー・パヴェーゼにある２つのワイナリー、アルバーニとカステッロ・ディ・ルッツァーノを訪ねてからヴェローナに入り１泊、ヴェネトを代表するヴァルポリチェッラやソアーヴェのワイナリーを訪れてから、ヴェネツィアで２泊してバーカロをハシゴしながら冬のヴェネツィアをたっぷり味わうという日程。日程的にはあと２日あるともう少しゆったりと歩けるのだが、主に現役の第一線で活躍するメンバーのグループだったので最初のアグリトゥリズモと最後のヴェネツィアだけが２泊であとはトリノとヴェローナに１泊づつというコンパクトなもの。しかし、季節はピエモンテでは白トリュフが旬であり、ロンバルディアやヴェネトでも秋の味わいを満喫した。

私はこのグループとの旅の後、ミラノで少し取材する必要があり、ひとり残り４泊ほどミラノに滞在し、路面電車のトラムを活用しながらミラノを歩いた。

<img alt="091209_6.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_6.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
ヴェネツィアで写真家を撮る。ドイツ人らしいがリンホフという４ｘ５インチ判フイルムを使うカメラ。題して“Fotografo fotografa fotografo!(写真家が写真家を撮る)”。</font>

<img alt="091209_7.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_7.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
写真家が撮影していた先に見える島の教会、サン・ジョルジョ・マジョーレの鐘楼からのパノラマ。この季節は霧に包まれることが多い北イタリアだ。</font>

<img alt="091209_8.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_8.jpg" width="375" height="500" /><font color="#0000099">
夜になると霧はますます深くたちこめ、サン・マルコ広場もご覧の通り。</font>

<img alt="091209_9.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_9.jpg" width="375" height="500" /><font color="#0000099">
ツアーのメンバーを空港まで見送り、馴染みの店のひとつ、“Al Milion”で独りランチ。そして慌しくミラノに列車移動。</font>



イタリア旅行中に家人や友人に国際ローミングの携帯電話で写メールしたのだが、２，３年前にヴェローナからワイン博、VinItalyの記事を送った時にもその料金にびっくりしたが、今回はその倍になっていてより驚いた。原因は新しく買い換えたSoftbankの携帯が１千万画素、送信用に自動サイズダウンしても写真１つが２９５ｋｂ、その割にはパソコンで見るとせいぜいご覧のような程度。最近はコンパクトデジカメでも高画素を売りにするが、もともと受光素子が小さなところに画素数だけ無理に増やすのはあまり意味ないようだ。旅全体はとても満足したが、この写メだけは反省点。もともとアナログ人間ゆえの失敗。今後はよりデジタル人間を目差すか・・・

今回の旅の報告は一眼レフで撮影した写真とともに、近々、連載する予定だが、とりあえずはちょっと物足りないが携帯で撮影した写真で予告編。

<img alt="091209_10.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_10.jpg" width="375" height="500" /><font color="#0000099">
ミラノの親友、サンドロのアパートからは右手に中央駅が見える。</font>

<img alt="091209_11.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_11.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
ミラノに着いて初めて一日中太陽が輝き、青空が広がった。徒歩とトラムで夕方まで市内を歩いた。</font>

<img alt="091209_12.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/091209_12.jpg" width="500" height="375" /><font color="#0000099">
中央駅左側のトラムのターミナル。夜空には三日月も見えた。</font>

 
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   <title>「トスカーナの青い空」復刻</title>
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   <published>2009-11-16T04:53:52Z</published>
   <updated>2009-11-21T05:11:35Z</updated>
   
   <summary>　もう、かれこれ１５年ほど前になるが「トスカーナの青い空」という本を出版した。１...</summary>
   <author>
      <name>篠利幸</name>
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   </author>
         <category term="歴史と街並み" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[　もう、かれこれ１５年ほど前になるが「トスカーナの青い空」という本を出版した。１０年間発行され続け、４，５年前に絶版となったが、自分にとってはイタリアとの関係をより深めるきっかけにもなった思い出深い本である。

　その本を書くために１９９５年の１月から６月まで２回に分けてフィレンツェに暮らしたのだが、それまで閉鎖的に感じてきたこの町の人々との交流により、旅人としてではなくフィレンツェやトスカーナ各地を見ることが出来た。

もっとも、そこの何十年も暮らしている日本人の友人たちに比べれば、まだまだ知らないことばかりなのだが、生きるための基本姿勢としては、「住めば都」、「住みづらいからこそ詩が生まれ、画が出来る」という考え方を支えとしている。

すると、このトスカーナの、ことにフィレンツェという町の人々が、わが町、東京生まれの人々のように親しみを感じてくるのである。

本を書く仕事をしていると、自分の本でありながら出来上がってしまったものを、再び手に取り読み直すということはほとんどない。この「トスカーナの青い空」のように１５年も前のものであれば尚更であるが、最近、これを復刻してみようかという思いになるきっかけがあり、久々にいくつかの章を読んでみた。そして、いまだにこの本をよろこんでくれる読者もいるようなので、今日は、その序章だけを紹介してみる。
 

序章　トスカーナへの誘い

<img alt="%EF%BC%91.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/%EF%BC%91.jpg" width="500"/>
<img alt="%EF%BC%92.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/%EF%BC%92.JPG" width="500" />
<img alt="%EF%BC%93.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/%EF%BC%93.jpg" width="500" />

　トスカーナ、この美しい響きをもった地名をどれだけの人々が憧れてきただろうか。ヨーロッパの北からは太陽の光とレモンやオレンジの香りを求めて、イギリスやフランスからは食卓に置かれた葡萄酒やオリーブ油の生まれた故郷をひとめ見たくて、またスペインやポルトガルからも同じ神と学問の流れを育んできた兄弟の土地を訪ねるように、この地に向かって旅に出た。二十世紀に入ってもっとも盛んにイタリアを訪れてきたのはアメリカ人だろう。なんといっても新世界を「発見」したコロンブスはジェノヴァに生まれたイタリア人だということを知らぬ者はない。フィレンツェに生まれたイタリアン・モードを支えてきたのもアメリカだった。

　フランス料理がフィレンツェのカトリーヌ・メディチがフランスに嫁いだときに持ち込んだというのはよく知られた話。ガラスは東方からヴェネツィアを通ってヨーロッパに広まったが、その中身のワインや香水そしてさまざま薬も毒もルネサンスの時代にフィレンツェで盛んに研究されてヨーロッパに広まっていたもの。柔らかで、エレガントな革のバッグや靴、そして何よりもミケランジェロやダ・ヴィンチ、ラファエロ、ボティチェルリなどの絵画の名作、オペラの発祥もフィレンツェを中心にこのトスカーナで生まれ育ったものばかり。

<img alt="%EF%BC%94.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/%EF%BC%94.jpg" width="335" height="400" />
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　麗しきトスカーナ、オリーブの葉は銀に輝き、甘い葡萄の汁は樽の中で熟成の眠りをむさぼり、糸杉の梢はヤマバトやクロツグミの羽を休ませ、若草の野はアフロディーテがいましがたまで横たわっていたかのように、やわらかくうねり、甘い香りを漂わせている。なだらかな丘に羊飼いと農夫の小屋があり、そのまわりには真っ赤なケシやアイリスが咲いている。そこに住む人々は、悠久の日々をあたかも毛糸を紡ぐようにゆったりとしかし休むことなく生きている。

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　シエナやルッカ、フィレンツエのような町の生活もある。そこには酔い潰れた飲んだくれもいれば、気位の高い貴婦人や、河の流れに涙する詩人もいる。鼠はその河の両岸を往き来して右と左の情報を流しては、朝の鶏がそれを町中に知らせる。もう何百年もそんな毎日が飽きもせずに続き、積み重ねられ、いっそう珈琲色に艶々と照り、調合の秘密を明かさぬ香油のように、うっとりと夢想の世界に誘いこみ、道に迷った旅人をどうにでもしてくれとすべての拘束から解き放つ。

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　トスカーナの臍はどこにあるのだ。フィレンツェこそトスカーナの臍に違いない。そこからシエナの丘を越えて南の草原、マレンマの湿地帯に遊べば、エルバやジリオの島々はもうすぐそこの、青々としたティレニア海に見えるだろう。フィレンツェはトスカーナだけでなくイタリアの臍でもある。臍はちょっと窪んでいる。フィレンツエも町の周りを山に囲まれ、真ん中をアルノという河が流れている。大昔はピサから船でこの町に入った時代もあっただろうが、現代は鉄道を利用すれば、急行でローマから二時間半、ミラノからボローニャ経由で三時間、ヴェネツィアからニ時間程で着く。フィレンツェにも飛行場があるから飛行機を利用すればミラノ、ローマ、ヴェネツィアのどこからでも一時間で市内に入ることができる。

　私がいつもフィレンツェに入るときはローマからアッシジやペルージアなどのウンブリアの町を旅してからか、ミラノからヴェネツィアをゆっくり楽しんでからにしている。どちらにも古くからの友人がいるので、いきなりフィレンツェに行ってしまうと怒られる。ゆっくりと鉄道で移動する旅情もいいものだ。時間が無いときはもちろん飛行機を使う。いずれにせよフィレンツェにいればどこに出るにも都合が良い。

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　船や馬車で訪れた昔から比べれば、今では飛行機が世界のどこからでも運んでくれる。思いついたら吉日、その日の夜にはトスカーナのどこかのホテルのベッドで旅の疲れを癒すことが出来るのだ。いつかフィレンツェの中華料理の店で働く中国人に、北京へはどうやっていくかと訪ねたら、カンポ・ディ・マルテから乗ればいいと答えた。フィレンツェのふたつ手前のローカル駅だ。世界はこんなにも小さくなった。恐れることも、迷うこともない、トスカーナの魅力に誘われたあとは近くの旅行代理店へ行ってキップを手に入れさえすればいい。旅に出るより簡単な決断はない。いざ、ボン・ヴィアッジョ！

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   <title>ワインのあるべき姿、カステッジョのアルバーニ</title>
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   <published>2009-10-29T08:22:08Z</published>
   <updated>2009-10-29T11:55:59Z</updated>
   
   <summary> アルバーニのワイナリーで試飲の準備を整えたリッカルド・アルバーニ ●ミラノから...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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      <![CDATA[<img alt="001.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/001.JPG" width="540" />
<font color="#000099">アルバーニのワイナリーで試飲の準備を整えたリッカルド・アルバーニ</font>

●ミラノからポー河を越えて
オルトレ・ポー・パヴェーゼ（ポー河の向こうにあるパヴィアの地）、ミラノから車で1時間弱南下しポー河を越えたヴォゲーラの近くにカステッジョという小さな町がある。そこからもう少し南の丘陵地帯に入って行くサン・ヴィアージョ通り沿いに小さな田舎家のワイナリー、アルバーニがある。ワイナリーとしてはイタリアによくある家族経営の小さな葡萄農家だが、畑はその家や酒蔵を囲んだ周囲に広がり、ジープで左右に大きく揺られながら案内されると、サン・ヴィアージョ通りを挟んで、ここも、あそこもとびっくりする。

<img alt="002.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/002.JPG" width="540" />
<font color="#000099">サン・ヴィアージョ通りから見たアルバーニのワイナリー。建物の裏手に葡萄畑が広がる</font>

<img alt="003.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/003.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ワイナリーの前の道路の向かいにも葡萄畑が広がる</font>

明るく陽光に照らされた丘の斜面の畑にはバルベーラ、ボナルダ、クロアティーナ、ウーヴァ・ラーラ、ヴェスポリーナ、ピノ・ネーロ、リースリングと様々な品種の葡萄が畑の微妙に異なる土質や日当たりの具合により区分けされ栽培されている。クロアティーナ、ウーヴァ・ラーラはボナルダと同系の葡萄である。ヴェスポリーナは別名ウゲッタとも呼ばれるが、ピノ・ネーロ、リースリング以外はいずれもこの地方のみではなくピエモンテのノヴァーラ周辺やロンバルディアからエミリア・ロマーニャ西部で広く栽培される葡萄でいずれもローマ時代からこの土地に存在する土着品種である。

オルトレ・ポー・パヴェーゼのワインでは10年ほど前にカステッジョから東へ30キロほど車を走らせたロヴェスカラにあるカステッロ・ディ・ルッツァーノという由緒あるワイナリーを訪ね、アグリトゥリズモとしても日本に紹介しているが、トスカーナやピエモンテ、ヴェネトなどに比べ日本ではあまり知られていない地味なイメージのワイン産地であった。しかし、ワイン生産としての歴史はローマ時代まで遡り、あまり流行にも乗らずに地元の人々に愛されてきたせいもあり、伝統的でいかにもイタリアのワインと感じさせる銘酒が数多くある。

<img alt="004.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/004.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">リッカルド・アルバーニの婚約者のクリスティーナさん</font>


●アブルッツォのペペを彷彿とさせるワイン
ヴィニタリーの会場でイタリアの友人から興味深いワインがあるから飲んでみないかと誘われて行き紹介されたのがリッカルド・アルバーニであった。大柄の無骨な感じの男で、大きく見開いた眼でしっかりとこちらを見つめ、ゆっくり味わってくれと椅子を勧めるとすぐに10本ほどのワインをずらりと並べた。今年の春もヴィニタリーの会場で彼を訪ねるとすぐに、「さあ、座ってテイスティングをしてくれ。今日は“Costa del Morone”の０２，０３，０４，０５を飲み比べてもらうよ」とさっそくボトルを並べた。昨年飲んで大変気に入った99年物はすでに在庫稀少で出ていなかった。リッカルドは02年のワインをグラスに少し注ぎ、注意深く回しながらグラス全体にワインを馴染ませ、それを捨ててから改めて、ゆっくりと、慎重にワインを注ぎ、こちらに渡す。その仕草と真剣な眼差しを黙って見つめながら、彼の生涯を掛けた仕事を全身で受ける心地でグラスを手に取った。

<img alt="005.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/005.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">ヴェローナのヴィニタリーのブースでサービスをするリッカルド</font>

<img alt="006.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/006.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">ワイナリーの試飲でリースリングを注ぐリッカルド</font>

“Costa del Morone”はバルベーラ種を６５％にクロアティーナ、ピノ・ネーロ、ウーヴァ・ラーラ、ヴェスポリーナを少しづつ混ぜて造られている。このように４，５種の葡萄を混合して造るのはこの辺りでは普通に行われてきた伝統的方法で、イタリアのワイン法でのDOCに認定されている。昨年の春もその“Costa del Morone”を99年から順に飲みはじめたとき、おや、これはどこかで飲んだことがあるワインだなと感じていた。翌年、リッカルド・アルバーニから送ってもらったサンプルの02年を友人のインポーターAVICOの阿掛氏と飲んでいたときにもそのイメージが蘇り、同時に「これはペペだね」と言葉がついて出た。

ペペとはアブルッツォで頑なに伝統的な造りを守りつつ銘酒の誉れ高いモンテプルチャーノを作っているエミディオ・ペペのことである。バルベーラやボナルダ系の葡萄からえもいわれぬフルーティ且つ、晩秋の森の濡れた枯葉のような熟成香を芳醇に漂わすのは、葡萄の違いというよりも、むしろ葡萄という数千年の歴史を重ねた果実が共通に持っている要素が、大樽の中で醸されることにより、その自然の持ち味を自由に出し切ったところから生まれるものだろう。近代イタリアワインはブルゴーニュのピノ・ノワールから造られるワインを手本に長熟で複雑な味わいのワインに発展してきたと言えるが、より多種多様な葡萄を有するイタリアではフランス以上に幅広く、奥行きのあるワイン世界を更に期待させる。こうしたワインは20年、30年と長期熟成させてからじっくりと味わうワインなのだ。少なくとも10年は待って味わいたいものである。

<img alt="007.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/007.JPG" width="540" />
<font color="#000099">アルバーニの葡萄畑でAVICOの阿掛社長と記念写真を撮影</font>

<img alt="008.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/008.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">たった12本だけ在庫があり日本に輸入できた1999年のVigne Della Casonaの貴重な1本</font>

余談だが、オルトレ・ポー・パヴェーゼのピノ・ネーロはスプマンテが2007年にDOCGに認定されている。元来フランスのブルゴーニュ地方の葡萄であるピノ・ノワールだが、ナポレオンの時代にイタリアに入り、ピノ・ネーロとして栽培されてきた。現在ではピエモンテ州からマルケ州まで北を中心に多く栽培され、それぞれの土地を反映した興味深いイタリアのピノ・ネーロ種からはスプマンテやスティル・ワインが造られている。ことにフランチャコルタのスプマンテはフランスのシャンパーニュにも負けぬ味わいがある。スティル・タイプならば、ピエモンテではマルケージ・ディ・アルフィエーリのサン・ジェルマーノ、マルケではルイジ・マンチーニの赤ワインが素晴らしい。


●酸化防止剤すら使わないアルバーニのワイン
<img alt="009.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/009.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ワイナリーの樽の前に立つリッカルド・アルバーニ</font>

<img alt="010.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/010.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">春の陽光を浴びる葡萄畑</font>

<img alt="011%20%20Mamma%20Luisa.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/011%20%20Mamma%20Luisa.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">とても優しいリッカルドのお母さん</font>


アルバーニでは“Costa del Morone”とほぼ同じ組み合わせの葡萄から畑違いの“Vigne della Casona”を造っているが、この畑はアルバーニが先祖代々受け継いできた大事な畑である。半世紀ほど自分のところや友人、知人のためだけにワインを造るだけであったが、1991年からリッカルドが本格的にワイナリー経営に再挑戦し、当初は４，５ヘクタールだった葡萄畑も現在は20ヘクタールに拡大している。リッカルドのモットーは葡萄と自然の持つ力を信じ、畑には化学肥料や殺虫剤、除草剤などの浸透性農薬の一切を排除し、またワインの製造およびボトリング時にも二酸化硫黄などの化学的酸化防止剤、防腐剤など一切の薬品を使用しないということである。
葡萄の発酵も大量に収穫し厳選した房を大きなタンクに入れて、その自重によって搾り出る果汁のみを葡萄に付着している自然酵母のみで発酵させる、いわゆるフリーラン製法を取っている。畑とならぶ草地には養蜂箱がならんでいるが、葡萄の花の受粉をミツバチが行うためである。繊細な命のミツバチを守るためにも農薬はやっかいな存在なのである。近年、世界的にそのミツバチの生存が危機に晒されている。イタリアでは古来からワインは神の手によって作られ、グラッパは人の手に寄り作られるという諺があるが、アルバーニのようなワインを飲むと、これがワインの本来あるべき姿であろうと実感する。

<img alt="012.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/012.JPG" width="540" />
<font color="#000099">葡萄畑の周囲には様々な種類の木々の森があり、草地にはミツバチの養蜂箱が並んでいる</font>


●まだまだ知られぬロンバルディアのワイン
<img alt="013.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/013.jpg" width="540" />
<font color="#000099">パヴィア近郊のアグリトゥリズモで飲んだ“Buttafuoco”.はサラミやハム、肉のローストなどに良く合うしっかりしたボディのワインであった</font>

オルトレ・ポー・パヴェーゼのワインは日本ではまだまだ多く知られておらず、アルバーニと同じカステッジョ近郊からはリーノ・マーガが知る人ぞ知るという程度だが、ロンバルディア全体を見ても、山岳部のヴァルテッリーナ、ブレーシャ周辺で生産されるスプマンテのフランチャコルタが日本では良く知られているほうだ。かつてアグリトゥリズモの取材をしていたときに、“Buttafuoco”を飲んだが、やはりバルベーラ主体にボナルダやピノ・ネーロなどから構成されるもので、大変しっかりしたボディのあるワインであった。

■イタリア文化講座開講します。詳しくはこちらのURLから：http://www.bellitalia.jp/popup/mangekyo_shino.htm]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅、ピエモンテを行く　ドルチェットの郷、ドリアーニ</title>
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   <published>2009-09-10T07:43:38Z</published>
   <updated>2009-09-10T10:42:05Z</updated>
   
   <summary>今年の５月４日からスタートした「芸術と美食の旅、ピエモンテを行く」もいよいよ最終...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[今年の５月４日からスタートした「芸術と美食の旅、ピエモンテを行く」もいよいよ最終章となった。ピエモンテの州都トリノを出発して、ガヴィやアックイテルメ、ネイヴェ、ケラスコ、ブラなど実際の旅は正味４泊５日であったが、ピエモンテも他のイタリア各地と同じく、なかなか簡単に語りきれるものではなく、たった５日間の旅とはいえ、訪れた郷土の文化や歴史背景はイタリアの建国の歴史にとっても最重要地域である。そのため、つらつらと文が長くなりブログとしてはかなり重たいものになってしまったが、これもいずれはこのブログから誕生した「イタリア好き」第２弾として本にまとめることも念頭においての内容である。今回の取材では、ピエモンテ州とピエモンテ商工会議所によって運営されているCentro Estero per L’Internanazionalizzazione（www.centroestero.org 代表Angelo Feltrin氏）とトリノ在住の石井美絵氏の運営するジャパン・プランニング・アソシエツ(www.japanplanning.it)の多大なるご協力を得て実現した。この素晴らしい取材旅行を提案して頂いた御両者に心から感謝を申し上げたい。


●<b>ピエモンテの万能ワイン、ドルチェットの郷、ドリアーニ</b>
<img alt="1%29%20%20img206.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/1%29%20%20img206.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ランゲの丘陵を背景にしたドリアーニ近郊カルーのワイナリー、チェッラーリオのワイン</font>

<img alt="2%29%20%20IMG_0012.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/2%29%20%20IMG_0012.JPG" width="371" height="480" />
<font color="#000099">チェッラーリオの代表的なドルチェット“ＳＯＬ”を持つジャンピエトロ・チェッラーリオさん</font>

イタリアのワインの面白さは土着品種の多さに尽きると言って良い。イタリア２０州には必ず数種の土着品種がある。なおかつ、それらの葡萄が州の中で更に細分化され、葡萄畑の地質や微気候により個性を際立たせるのだ。そこに毎年の気象の違いが加味され、ワインの作り手の思想や土地と葡萄に対する愛情と情熱が大きく関わって１本のワインが生まれる。

ワインは地名を聞いただけでもワインの種類や銘柄がすぐに浮かび上がる。それだけ土地があっての産物なのだが、ネロ・ダヴォラはシチリア、サンジョヴェーゼはトスカーナやエミリア・ロマーニャ、プリミティーヴォはプーリア、カンノナウはサルデーニャと通常は州あるいは島など大きな範囲で葡萄から産地を想起するが、ドルチェットと言えば直ぐに思いつくのがドリアーニであり、またドリアーニと聞くとドルチェットのワインとひらめく。それだけインパクトが強い。

もちろん、ドルチェットが作られる土地はドリアーニだけではない。ピエモンテだけでもアルバ、アスティ、アックイテルメ、オヴァダ、ランゲ・モンレガージなどイタリアワイン法のＤＯＣに指定された７つの地域があり、リグリアやロンバルディアなど他州でも作られている。しかし、アルバ周辺ではバローロ、バルバレスコに代表されるネッビオーロのイメージが高く、アスティではバルベーラやモスカートが、アックイではブラケットの方が印象が強いのではないか。葡萄は土地と気候により大きく変わるが、自分の性質に合わなければ本領を発揮しないわけで、ピエモンテの地で、ネッビオーロやバルベーラという優れた葡萄が確固たる地位を占める中で、ドルチェットがまさにドルチェットらしい個性を発揮できる土地がドリアーニとその周辺の地質にあるのだろう。その地質は主に石灰と粘土質で、バローロやバルバレスコを生むネッビオーロが好む土地に比べミネラル分は少なく、ドルチェットは酸味や渋みの少ない軽快な赤ワインになる。肉料理にはもちろん、魚料理にも合わせやすい万能的な飲みやすいさを持っている。蓼沼佐和さんの著書「ゼロからわかる　イタリアワイン」でもバルバレスコ作りの王者と言われるアンジェロ・ガヤ氏が、もしも無人島に持って行くたった１本のワインならば何を持っていくかと聞かれたときに答えたワインが、このどんな食べ物にも合わせ易いドルチェットだったと書いている。

<img alt="3%29%20%20img203.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/3%29%20%20img203.jpg" width="316" height="480" />
<font color="#000099">チェッラーリオが誕生したサビノットの家の前で</font>

ドルチェット、イタリア語の甘いという意味のドルチェを語源とするので、ワインをよく知らない人には甘口のワインを思わせるかもしれないが、この葡萄はネッビオーロに比べるとはるかに酸味も渋みも少ないので甘みのある葡萄ということから「ちょっとだけ甘い」というニュアンスでドルチェットと呼ばれるようになったわけで、決してモスカートのような甘口ワインではない。また、通常は１，２年の若いうちに飲まれることが多いので、赤の色もそれほど濃くなく、明るいルビー色にやや青味がかった赤紫で、香りも若葉の青味を感じさせたりする。人によってはその青味のクセを好まないほど個性が強く出る場合もある。最近の作り方では１本の木に実らせる葡萄の房の数を減らしたり、本来は早熟の葡萄だが、ゆっくりと生育させて密度を高めた葡萄から濃厚なドルチェットのワインを作る傾向にあり、より魅力を増している。２００５年にドリアーニのドルチェットはＤＯＣＧに認定された。その後２００８年にオヴァダのドルチェットがＤＯＣＧに認定されているので、ピエモンテでは現在２つの地域のドルチェットがＤＯＣＧに認定されている。


●<b>エイナウディの生誕地、カルーのワイナリー、チェッラーリオ</b>
ドルチェットは１６世紀にはすでにドリアーニで作られていたという記録があるそうで、その地位を更に高めたのは戦後イタリアの２代目大統領となったルイジ・エイナウディであろう。ドリアーニ近郊のカルーに生まれたエイナウディは２３歳の時にドリアーニの葡萄畑を所有しドルチェットのワインを作り始めた。そのカルーで１９７１年からワイン作りをスタートさせたワイナリー、ポデーレ・チェッラーリオがある。

<img alt="4%29%20%20img195.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/4%29%20%20img195.jpg" width="305" height="480" />
<font color="#000099">１２年前、廃屋となったサビノットの古い家の中でボトルを撮影した</font>

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<font color="#000099">今年の４月に再訪したチェッラーリオの新しいカンティーナ</font>

<img alt="6%29%20%20IMGP2560.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/6%29%20%20IMGP2560.JPG" width="540" />
<font color="#000099">カンティーナの中には試飲用にお洒落なバー・カウンターもある</font>

<img alt="7%29%20%20IMG_5483%20best.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/7%29%20%20IMG_5483%20best.jpg" width="540" />

<img alt="8%29%20%20IMG_5485%20b.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/8%29%20%20IMG_5485%20b.jpg" width="540" />
<font color="#000099">セメント製やスロベニア産の大樽、フレンチ・オークのバリックが並ぶチェッラーリオの酒蔵</font>

１９９７年のヴェローナのヴィニタリー会場のピエモンテのパビリオン（イタリア語ではパディリオーネ）を歩いていると太陽の形の顔の面白いラベルが目に入った。その隣には色鉛筆で丘をイメージさせる２本の曲線をあしらったシンプルなラベルのワインが並んでいる。そのラベルに惹かれて一坪ほどの小さなブースに入ると太陽のラベルの顔と同じように目のギョロリと大きなおじさんとヒョロヒョロと痩せて背が高く眼鏡をかけた青年が起立をして出迎えてくれた。これがチェッラーリオ親子との最初の出会いで、父のジャンピエトロがニコニコと満面の笑顔で椅子を用意し、息子のファウストが緊張した面持ちで丸いテーブルにワイングラスを並べる。最初に飲んだのがまず目に入った太陽の顔のラベル、ドルチェットの“ＳＯＬ”であった。非常に凝縮感がありながら、極めてナチュラルなテイスト。品のある軽い酸味に他のドルチェットとは違ったベルベットのような厚みのある舌触り。日本の巨峰やピオーネの葡萄の皮を噛み締めた時のような微かな渋みと酸味に旨みが合わさり、思わず「ブオーノ！（美味しい）」という言葉が出た。彼らはネッビオーロからランゲ・ネッビオーロを作り、バルベーラから”Sabinot”(サビノット)という赤ワインを作っている。ネッビオーロもサビノットも飽きの来ない、飲み疲れしない銘酒である。また、ファヴォリータもナチュラルな風味で夏も冬も常に傍に置きたい白ワインである。初めての出会いで彼らの作るワインの全てを味わい気に入った。その出会いから現在まで１０年以上の付き合いが続いているのは、一重に彼らが作っているワインが純粋で、時間を繋いでいく価値と力を持っているからに他ならない。”In Vino Veritas”（ラテン語で「ワインには真実が宿る」という意味）言葉があるが、どんなワインにも真実が宿るわけではない。

この言葉を言ったら、“Dipende Vino（ワインにもよる）”と返えした生産者もいた。私の旅は常に“真実の宿るワイン”を求めての旅でもある。


●<b>２００９年誕生の新しいドルチェット“Ｓａｎ　Ｌｕｉｇｉ”di Podere Cellario</b>
<img alt="9%29%20%20IMGP2660%20b.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/9%29%20%20IMGP2660%20b.jpg" width="540" />
<font color="#000099">今年発表された新酒のＮｏ．１ボトルのラベルのサインを入れる筆者</font>

<img alt="10%29%20%20IMG_5565.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/10%29%20%20IMG_5565.jpg" width="540" />
<font color="#000099">筆者のサインが入ったマグナムサイズのＮＯ．１ボトル</font>

<img alt="11%29%20%20IMG_5555.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/11%29%20%20IMG_5555.jpg" width="540" />
<font color="#000099">カルーの青空を背景にドルチェット”San Luigi”の赤紫が映える</font>

<img alt="12%29%20%20IMGP2604.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/12%29%20%20IMGP2604.JPG" width="321" height="480" />
<font color="#000099">ワイナリーの中に日本の自然をテーマに筆者の写真を展示した</font>

<img alt="%EF%BC%91%EF%BC%93%EF%BC%89IMG_5582.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/%EF%BC%91%EF%BC%93%EF%BC%89IMG_5582.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ワイングラスを片手に写真展を見る人たち</font>


●<b>チェッラーリオのワイナリーで写真展を開催</b>
今年の４月、ピエモンテ州からの招待取材は筆者とチェッラーリオにとってとても嬉しいスケジュールが組まれていた。チェッラーリオは４月上旬のヴィニタリーで“Ｓａｎ　Ｌｕｉｇｉ（サン・ルイジ）”という新しいドルチェットを発表した。ラベルには息子が描いた可愛い魚の絵があしらってある。サン・ルイジはドリアーニの特級畑である。そして、ちょうど取材の日程の最終日にチェッラーリオのワイナリーで、そのワインのお披露目パーティを開催し、カルー市長はじめ町の名士や友人などを招いた。そして、なんと名誉なことに最初に瓶詰めされたマグナムボトルのラベルに私がサインをするというイベントとこの式典に合わせて私の写真展を開催してくれたのだ。私がボトルにサインするシーンは地元のＴＶやサイト、新聞などでも画像入りで紹介されていた。

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<font color="#000099">ランゲの自然と景観保全を提唱するスローガン</font>

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<font color="#000099">ワイナリーではジャズのライブも開かれた</font>

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<font color="#000099">中央の若いふたりがファウスト・チェッラーリオと奥さんのチンツィアさん</font>


●<b>日本のジャーナリスト、空を飛ぶ</b>
<img alt="%EF%BC%91%EF%BC%97%EF%BC%89RIMG0167%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/%EF%BC%91%EF%BC%97%EF%BC%89RIMG0167%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.jpg" width="360" height="480" />
<font color="#000099">飛ぶ前から心が浮き浮きする気球初体験</font>

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<font color="#000099">地上約３０ｍからの眺め</font>

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<font color="#000099">強風で遊覧飛行は出来なかったが楽しい体験</font>

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<font color="#000099">千年の歴史を受け継がれてきたランゲに生きる喜び</font>

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<font color="#000099">イベントを案内するパンフレット</font>

このイベントの趣旨は単に新しいワインの発表のお祝いだけでなく、自然をこよなく愛するナチュラリストでもあるファウスト・チェッラーリオがランゲの自然の素晴らしさを讃えるとともに、環境保全の意識を広めようというメッセージも含め、訪れた人々には気球に乗って空の上からランゲの自然を眺めてもらおうという試みもあった。残念ながらこの日は強風のため、なんとか気球は揚げられたがロープを切り離して空の旅を楽しむことはできなかった。それでも私は３０ｍほどの高さまで乗せてもらい、チェッラーリオのワイナリーの正面に横たわるランゲの丘陵の眺めを楽しんだ。チェッラーリオ・ファミリーと友人の皆さん、Grazie Mille!　また、晩秋の旅で再会しましょう！]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅、ピエモンテを行く　ブラのホテルとカフェ・コンヴェルソ</title>
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   <published>2009-09-07T10:26:52Z</published>
   <updated>2009-09-08T02:22:33Z</updated>
   
   <summary>ブラはスローフード発祥の地として知られている。ムラッツァーノ、モンフォルテ・ダル...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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         <category term="街と食" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[ブラはスローフード発祥の地として知られている。ムラッツァーノ、モンフォルテ・ダルバ、ケラスコと取材旅行をして夕暮れにブラに着いた。泊まったホテル、ALBERGO CANTINE ASCHERI（www.ascherivini.it）はASCHER（アシェリ）という１８８０年創業のワイナリーが経営するもので、中世の雰囲気が漂う小邑ではびっくりするようなモダンなデザインのホテルである。しかし、たった一夜ではあったが、なかなか快適で、もしまたブラに泊まるのであればここに来るだろう。ただし、ホテルの敷地内にある系列のレストランの料理はスローフード発祥の地に巡礼する美食家たちの舌を満足させるほどではないだろう。翌朝の朝食は普通と言えばそれまでだが、エスプレッソのコーヒーも美味しく、このホテルの雰囲気とあいまって満足できた。

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<font color="#000099">中世のブラ旧市街を出てホテルに着いてみると過去から現代へタイムスリップしたような気分になるデザインのアルベルゴ・カンティーネ・アシェリ</font>

<img alt="2%29IMG_5252.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/2%29IMG_5252.JPG" width="540" />
<font color="#000099">クロークに向かって左手にダイニング・フロアと小さなバールがある</font>

<img alt="3%29IMG_5253.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/3%29IMG_5253.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ロビーも寛げる雰囲気</font>

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<font color="#000099">各階のフロアはこんな感じ</font>

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<font color="#000099">広々として茶系をベースにしたシックな空間で快眠</font>

<img alt="6%29IMG_5152.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/6%29IMG_5152.JPG" width="540" />
<font color="#000099">室内の壁にいくつか開いた小さな覗き窓からの眺め</font>

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<font color="#000099">バス・ルームも快適</font>

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<font color="#000099">ダイニング・フロアの窓の向こうの建物にOsteria Murivecchiがある</font>

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<font color="#000099">大きな”ヌテッラ“が置いてあるのが微笑ましい。ヌテッラはヘーゼルナッツのクリームでピエモンテ産であり、イタリアのシンボルでもある</font>

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<font color="#000099">スプーンに載せられたジャム。最近、レストランでも料理をこんなふうにスプーンの載せるのが流行っている</font>

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<font color="#000099">朝はフルーツが特に嬉しい。食器もなかなか素敵なデザインを選んでいる</font>

<img alt="13%29IMG_5235.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/13%29IMG_5235.JPG" width="540" />
 
<img alt="14%29IMG_5237.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/14%29IMG_5237.JPG" width="540" />
<font color="#000099">チーズやサラミ、生ハムもピエモンテは美味しい。ハードな取材ではしっかり食べる</font>


●<b>スローフード発祥の地、ブラ</b>
ブラはスローフード発祥の地として、日本でもかなり知られている。今回は１０年ぶり２度目の訪問ではあるが、なにしろ短い日程の急ぎ働きで、訪ねた目的は前述のホテルと古いカフェ、コンヴェルソである。が、その前にひとつ紹介しておきたいのが、市庁舎広場に面して建つ教会、サンタンドレア（Chiesa Sant Andrea）で、この教会のファサードはローマのナボナ広場にある“四大河の噴水“や”プロセルピナの掠奪“や”アポロとダフネ“などの優美で官能的なバロック彫刻の天才、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの作品だそうである。

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<font color="#000099">ローマの巨匠、ベルニーニがファサードをデザインしたサンタンドレア教会</font>

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<font color="#000099">サンタンドレア教会の内観</font>

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<font color="#000099">１９世紀の趣を残るカフェ・コンヴェルソ</font>

<img alt="IMG_5121.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5121.JPG" width="540" />
<font color="#000099">昔ながらの製法のヌガー。後ろに型取りする手動のプレス機がある</font>

<img alt="IMG_5127.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5127.JPG" width="540" />
<font color="#000099">夕方にはほとんどのお菓子が売り切れていた</font>

<img alt="%29IMG_5128.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/%29IMG_5128.JPG" width="540" />
<font color="#000099">地元のお客さんがひっきりなしにくる町のカフェ</font>

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<font color="#000099">コンヴェルソのカフェ・マッキアート</font>


●<b>カフェ・コンヴェルソ</b>
ピエモンテの旅では州都トリノをはじめ各地で歴史のあるカフェやパスティッチェリアを見てきたが、このブラにあるコンヴェルソもそのひとつ。創業は１９０２年、フェリーチェ・コンヴェルソが菓子店を開き、フェデリーコとアレッサンドロのボリオーネ兄弟が現在のオーナーとなって伝統を継承している。カフェは地元の人のまさにオアシスと言ったところで、老若男女が入れ替わり立ち代り訪れるが、１００年の歴史を感じる店の雰囲気のせいか忙しさはなく居心地が良い。短い時間のインタビューの後、店の外に出たところをフェデリーコに呼び止められ、振り返ると手にカカオの実を持って見せてくれた。

<img alt="IMG_5132.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5132.JPG" width="540" />
<font color="#000099">大きなカカオの実を見せてくれたフェデリーコさん</font>

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<font color="#000099">ケラスコからブラに向かう途中の川沿いで見かけた19世紀のアーチ</font>]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅、北イタリア・ピエモンテを行く　銘酒と美食の宝庫、ランゲ</title>
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   <published>2009-09-01T03:29:26Z</published>
   <updated>2009-09-01T09:52:08Z</updated>
   
   <summary>ピエモンテ州クーネオ県のランゲ地方、正しくイタリアの美食街道の筆頭と言える地方で...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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         <category term="街と食" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[ピエモンテ州クーネオ県のランゲ地方、正しくイタリアの美食街道の筆頭と言える地方でバローロ、バルバレスコの２大ワインを有し、アルバ、ドリアーニなどバルベーラやドルチェットのワインやタルトゥーフォ・ビアンコ（白トリュフ）の特産地としても食通には垂涎の地である。また、ピエモンテ州は様々なチーズの生産地でもあり、ロビオラ、ムラッツァーノ、トーマ、トミーノ、ラスケーラ、カステルマーニョ、モンテボーレなど百数十種類もあり、今日ではスローフードの運動が生まれたブラの地名がいっそうランゲを美食の地というイメージを強くしている。


●<b>ムラッツァーノのチーズ工房を訪ねる</b>
ロッカヴェラーノのロビオラと並んで私が好きなチーズであるムラッツァーノを訪れた。村外れの国道沿いにあるチーズ工房を訪ねる前に、村を見下ろす小山の上にある塔を訪れた。１５世紀頃に要塞として築かれ、３３ｍの高さがある。残念ながら、塔には登れなかったが塔の立つ小広場から３６０度の眺望を楽しむことが出来た。

<img alt="IMG_5216.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5216.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ムラッツァーノの塔のある丘からの眺め</font>

<img alt="RIMG0120.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/RIMG0120.jpg" width="360" height="480" />
<font color="#000099">１５世紀に建てられた塔の高さは３３ｍ</font>

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<font color="#000099">塔のある広場から眺めたランゲの風景。小雨に霞む春の田園</font>

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<font color="#000099">メッレア通りにあり、大きな看板が目印のチーズ工房</font>

<img alt="IMG_5222.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5222.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ロビオラ・ロッカヴェーラノにも似ているムラッツァーノのチーズ</font>

<img alt="IMG_5291.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5291.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ムラッツァーノ・ペンタ農場自家製のサラミやパンチェッタの貯蔵庫</font>

<img alt="IMGP2441.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2441.JPG" width="540" />
<font color="#000099">薄くスライスして生で食しても美味しいが、カルボナーラに使うといっそう風味が香ばしく美味しいパンチェッタ</font>

訪ねたところはムラッツァーノ・ペンタ農園というところでドリアーニからムラッツァーノ村に入る２ｋｍほど手前のメッレア通り沿いにあり、店先やその上の方の坂を少し上ったところにある工房の前からはランゲの美しい田園風景を見渡せるところにある。ムラッツァーノのチーズは主に羊の乳を原料とするが、牛乳を混ぜたものもある。また、ここの売店ではヤギの乳だけのチーズもあった。その他、ヨーグルトやサラミ、パンチェッタなど加工肉もあり、パンチェッタを購入して帰国してからカルボナーラを造ったのだが、風味は抜群でやはり日本製のベーコンとは別物であった。

日本には生ハム、ベーコン、ソーセージなど国産の物が無数にあるが、数ばかりで何十年経っても本場の本物とは似ても似つかぬ物がほとんど。チーズも然り。時には偽物、紛い物に慣れた感性が本物に接したとき、その本物を受け付けられないという珍妙な現象もある。努々気をつけねばならない。


●<b>“ケラスコの接吻”というチョコレート</b>
<img alt="mappaantica.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/mappaantica.jpg" width="465" height="392" />
<font color="#000099">古地図に見るケラスコ</font>

<img alt="IMGP2258.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2258.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ノルツォーレ門のアーチ</font>

<img alt="IMGP2284.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2284.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ノルツォーレ門からヴィットリオ・エマヌエーレ２世通りを北へ直進すると“勝利のアーチ”があり、その上にはロザリオの聖母像が祭られている</font>

ムラッツァーノからドリアーニを越えて更に北上するとケラスコという町がある。歴史的には１２４３年にフェデリーコ２世の息子であるマンフレーディ・ランチャによって建設され、アルバやアスティとともに皇帝派に加わり、またミラノのヴィスコンティ家が統治した時代もあった。ケラスコの街を真上から眺めた古地図を見ると亀の甲羅のような形をして城壁が囲み、市内は碁盤の目のように道路が走り区分されている。ケラスコを挟むように左からストゥーラ・ディ・デモンテ川、右からタナーロ川が流れ、合流しアルバ方面へ流れるちょうど合流地点の丘の上にあるのだから要塞としての立地は良い。

１７９６年４月、オーストリアと戦っていたフランス軍はイタリアでの総司令官としてナポレオンを送り、ジョセフィーヌと結婚したばかりの若き英雄はこのケラスコを包囲、オーストリア軍との間に停戦協定を締結させ、５月にはパリでオーストリア側であったピエモンテ王、ヴィットリオ・アメディオ３世を講和条約に調印させフランスはピエモンテを支配下に置くことに成功する。ナポレオンはそのケラスコからの眺めの美しさをとても気に入っていたそうだ。

街の北側には”勝利のアーチ“がある。１６３０年のペスト禍から開放された記念に建てられた門で、その上には１６４７年から１６８８年の間にジョヴェナーレ・ボエット作のロザリオの聖母像が祭られている。１８３２年にはこの聖母像の両脇にサヴェリオ・フランツィ作の聖人像が２体づつ加えられた。アーチに向かって左手にある教会、サンタゴスティーノ（Ｓａｎｔ‘Ａｇｏｓｔｉｎｏ）は１６７２年の建立で、やはりジョヴェナーレ・ボエットの設計による。

<img alt="IMGP2192.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2192.JPG" width="540" />
<font color="#000099">伝統の味を伝える雰囲気のバルベーロの店</font>

<img alt="IMGP2199.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2199.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">バルベーロの定番、”バーチ・ディ・ケラスコ“</font>

<img alt="IMGP2213.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2213.JPG" width="540" />
<font color="#000099">様々なリキュール味のチョコ。唐辛子風味もある</font>

<img alt="IMGP2224.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2224.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ロマーノ・レーヴィの幻のグラッパをチョコレート中に秘めた</font>


●<b>１８８１年創業のチョコレート店“バルベーロ”</b>
今日、ケラスコの名を世界に知らしめているのは、やはりグルメ王国ピエモンテの町らしく、“バーチ・ディ・ケラスコ（ケラスコの接吻）”という名前のチョコレート菓子で、大きな釜で炒ったヘーゼルナッツを砕いてチョコレートに練りこんだもの。街の中心を通るビットリオ・エマヌエーレ通りの中ほどにある”バルベーロ（Ｂａｒｂｅｒｏ）“という１８８１年創業の菓子店のオリジナルである。他にもリキュールが入ったチョコレート、何と今では幻となったロマーノ・レーヴィのグラッパを入れたチョコレートも作っている。これらのチョコレートは東京の自由が丘に同名の店ができて日本でも手に入る。ケラスコはまたルマーケ（かたつむり）料理でも知られている。また、ピエモンテの銘酒バローロの産地のひとつでもある。


●<b>モンフォルテ・ダルバの名店“オステリア・カタリ・デイ・モンフォルテ”</b>
<img alt="IMGP2051.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2051.JPG" width="540" />
<font color="#000099">小雨に濡れたモンフォルテ・ダルバの広場</font>

<img alt="IMGP2030.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2030.JPG" width="540" />

 <img alt="IMGP2047_.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2047_.jpg" width="540" />
<font color="#000099">赤い外壁に青い鎧戸の窓、入口に描かれた絵が印象的な“オステリア・カタリ・デイ・モンフォルテ”</font>

<img alt="IMGP7926.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7926.JPG" width="540" />

 <img alt="IMGP7937.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7937.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ゴーギャンやルノワールの絵画を思わせる店内の装飾</font>

<img alt="IMGP7945.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7945.JPG" width="540" />
<font color="#000099">３階から見下ろした２階の空間</font>

<img alt="IMGP7954.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7954.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">オステリアの窓から見えるレンガ色が独特なネオゴシック様式の教会</font>

ケラスコから再びドリアーニ方面へ南下するとモンフォルテ・ダルバの町がある。ランゲのワインのラベルを見るとしばしばこの“Monforte d’Alba”という地名を目にするが、北側にはノヴェッロ、セッラルンガ・ダルバ、バローロ、カスティリオーネ・ファッレットなどバローロの主産地が点在している。そんなわけで、この街には魅力的なレストランも少なくないが、そのひとつである“オステリア・カタリ・デイ・モンフォルテ”（www.osteriadeicatari.com）で昼食を味わった。このレストランは１９５０年までふた家族が住んでいた後、廃屋となったところをジョルダーノ・ジュゼッピーナさんの家族が１９９７年に修復、改装して３階建てのレストランとして１９９８年に開業した。壁にはグレゴール・デュリクのユニークな壁画が描かれ、窓からは１９１２年に完成したネオ・ゴシック様式の教会と高さ５４ｍの鐘楼が見える。

<img alt="IMGP7889.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7889.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">この店で飲むにふさわしいと選んだドメニコ・クレリコのバルベーラ・ダルバ。向かいはガイドのピエラさん。体形のごとくまさに美食家</font>

<img alt="IMGP7892.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7892.JPG" width="540" />
<font color="#000099">前菜に出たピエモンテソース（ツナベース）を詰めたパプリカ</font>

<img alt="IMGP7910.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7910.JPG" width="540" />
<font color="#000099">絶品、バルベーラで仕上げたリゾット</font>

<img alt="IMGP7918.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7918.JPG" width="540" />
<font color="#000099">鴨肉のラグーのタイヤリン（ピエモンテ名物のタリオリーニ）</font>

昼食のワインには分厚いリストからドメニコ・クレリコのバルベーラ・ダルバを選んだ。それはメニューの中にバルベーラを使ったリゾットがあり、是非ともそれとともに味わいたかったのだ。前菜のひとつであるトンナータ・ソースを詰めたパプリカやピエモンテ名物のパスタ、タイヤリンのラグーなど料理のどれもが素晴らしかったので、タルトゥーフォの旬になる秋の旅行には是非ともここでもう一度食べたいと思っている。

<img alt="IMGP2062.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP2062.jpg" width="540" />
<font color="#000099">毎年、モンフォルテ・ジャズというフェスティバルも開催される</font>]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅、ピエモンテを行く　大統領のバローロ、エイナウディ</title>
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   <published>2009-08-22T05:46:46Z</published>
   <updated>2009-08-23T11:04:45Z</updated>
   
   <summary>イタリアの町ではどこが一番好きですか？そういう質問をしばしば受けて困ることがある...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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         <category term="街と食" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[イタリアの町ではどこが一番好きですか？そういう質問をしばしば受けて困ることがあるように、イタリアワインの中で何が一番好きですか？という質問もよくあり、これもまた返答に困る。イタリアの魅力にどっぷりつかって３０年余り、しかし、初めて飲んだイタリアのワインがトスカーナのキャンティだったことははっきりと記憶している。そして、キャンティやブルネッロなどトスカーナのワインは最も好むワインであった。そのワインを造るための葡萄、サンジョヴェーゼはあたかも古い友人のように親しみを持っている。しかし、近年、一番好きな、あるいは、もしも最後の伴として選ぶならばと考えたとき、ピエモンテやヴァルテッリーナ、ゲンメなどで造られるネッビオーロのワインではないかと思い始めている。

<img alt="IMG_5382.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5382.jpg" width="540" />
<font color="#000099">大統領のバローロ、カンティーナで撮影したエイナウディのバローロ、コスタ・グリマルディ</font>


<b>●イタリアワインの真髄、ネッビオーロという葡萄</b>
ネッビオーロは熟れてくると表面に霧（ネッビア）のように白く粉がふくことから名付けられたとか熟成が遅く収穫される１０月にはよく霧が出るのでそのような名前になったとかの説がある。ヴァルテッリーナではキャヴェンナスカと呼ばれ、ゲンメやガッティナーラ辺りではスパンナ、ヴァルダオスタではピクトゥネールと呼ばれている、名前は変わってもこの葡萄の持つ個性には共通した魅力がある。そして、ピエモンテではバルバレスコやバローロというイタリアを代表する偉大なワインになる。最近のワインは黒かと思うほど深紅で、口に含むと重油(飲んだことはないが)のように重厚過ぎ、時には柿渋のような強いタンニンとそれに負けまいとする果実味たっぷりな甘さで一口飲んだだけでもうたくさんというものが多い。また、毎年通っているヴェローナのイタリアワイン博覧会（ＶｉｎＩｔａｌｙ）でもワインの品質は向上していると感じられるが、どれもこれも均一な美味しさで、一軒、一軒違ってもよいはずのワインが似たり寄ったりになり面白みがなくなっている。しかし、ネッビオーロの葡萄で作られるワインはあまりそのような均一性を持たず、不味いところははっきりと不味いワインになり似たり寄ったりの不味さだが、美味しいところのワインはやはりそのワイナリー、即ち葡萄畑や作り手の技術、姿勢を反映した個性的な魅力に溢れている。

<img alt="IMG_5416.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5416.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">エイナウディのカンヌービ畑のバローロ　２００１</font>

ネッビオーロは若い時は色は明るいルビー色、熟成が進むにつれガーネットからオレンジがかり、２０年、３０年もすると褐色を帯びてくる。香りは複雑で、胡椒やシナモンのようなスパイシーさに干したプルーンや煮詰めたダークチェリーの香りもする。若い時にはミントのような甘い香りがすると思えば、熟成されてくると重油やなめし皮のような鉱物あるいは動物的な香りも感じる。この複雑な香りと口に含んだときの滑らかでいて、しっかりとしたボディ感と長い余韻が自然とゆっくりと味わうように仕向けてくる。それらを支えている芯となっているのが酸であり、熟成していないときのネッビオーロの酸は顔をしかめるほどの場合もある。それが時間の経過により柔らかく、しなやかにタンニンや糖分と調和を持った時には、少しでも長く口の中に留め、その酸味をも味わたいという思いになるのだ。


<b>●イタリアワインの王様、バローロ</b>
ネッビオーロの繊細なキャラクターは畑の違い、ミクロクリマを素直に反映する。ことにバローロではカスティリオーネ・ファッレットやバローロ、ラ・モッラは比較的柔らかでバルバレスコにも似た優しくエレガントな仕上がりになり、モンフォルテ・ダルバやセッラッルンガ・ダルバでは重厚で力強いものになると言われる。なかでも、バローロとラ・モッラに挟まれた地区にある小さな畑、カンヌービ、ブルナーテ、チェレクイオとサルマッサでは極めて優秀なネッビオーロを産出し、なかでもカンヌービのバランスの良さはトップ・オブ・トップと言われている。１９８０年代から９０年代にバローロ・ボーイズと呼ばれ一世を風靡した生産者のバローロは葡萄の皮からタンニンとアントシアニンをたっぷりと抽出し、フランス産のバリックで熟成させることにより、非常に濃厚なバローロを作り出したが、その方法には賛否両論あり、モンフォルテ・ダルバのパルッソのように、このグループを脱退し、カンティーナの樽の中ではなく、畑の特徴を限りなく反映したバローロに復帰しているところも少なくない。バローロのブレッツァのサルマッサやミケーレ・キャルロのカンヌービ、ブルナーテ、チェレクイオなどは伝統的なバローロの味わいと畑の個性を良く反映した味わいを持っている。

<img alt="IMG_5336.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5336.jpg" width="540" />
<font color="#000099">アスティにある樽の工房Ｇａｍｂａ社がフレンチオークを使って造ったバリックが並ぶ。中身はコスタ・ガリマルディ畑のネッビオーロでバローロになる。</font>

<img alt="IMG_5348.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5348.jpg" width="540" />
<font color="#000099">熱くワイン造りを語るエノロゴのロレンツォ・ライモンディ氏</font>

<img alt="IMG_5381.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5381.jpg" width="540" />
<font color="#000099">カンティーナで出荷までの熟成を待つボトル詰めされたバローロ。１９６６年にDOC,　１９８０年にDOCGに認定されているが、法廷熟成期間は最低３８ヶ月、リゼルバは６２ヶ月と定められている。</font>

ネッビオーロという晩成型の葡萄は歴史を重ねるごとに魅力を増し、また長期熟成にふさわしい素質があるがゆえに、自然が与える様々な要素を内包しつつ完成されていく葡萄であり、その力がバローロやバルバレスコ、ヴァルテッリーナ、ゲンメ、ガッティナーラといった魅力的でイタリアを代表する偉大なワインになるのだ。まあ、若い時にはサンジョヴェーゼから始まり、シチリアのネロ・ダヴォラだ、プーリアのプリミティーヴォだ、バジリカータのアリアニコだとプラムジュースを煮詰めたような濃厚なワインをごくごく飲んだりするのも楽しんだが、自分も齢を重ねてきたお陰で、熟成してオレンジ色を帯びたネッビオーロの魅力を心身ともに味わえる用意が出来てきたのだろうか。

<img alt="IMG_5444b.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5444b.jpg" width="540" />
<font color="#000099">４月下旬、ドリアーニのカシーナ・テックの醸造所とカンティーナから見たテックの畑。春の日差しを受け、葡萄の若葉が伸び始めている。</font>

<img alt="IMG_5414.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5414.jpg" width="540" />
<font color="#000099">バローロ・カンヌービ２００１年を注ぐライモンディ氏と現地ガイドのピエラさん。</font>


<b>●大統領のバローロ、ルイジ・エイナウディ・カンヌービ</b>
さて、今回訪ねたドリアーニに本拠地を持つワイナリー、エイナウディであるが、このワイナリーの創設者はイタリアの歴史を知っている人ならばすぐに思いつく戦後２代目の大統領ともなった偉大な政治家で学者のルイジ・エイナウディである。１８７４年３月２４日にドリアーニ近郊の村、カルーの名門の家庭に生まれたエイナウディは、１９０２年からトリノ大学で財政学の教授を務め、ファシズムが台頭するとスイスに亡命するが、戦後１９４８年から５５年までイタリア銀行総裁、副首相、財政大臣などを歴任したのち、第２代大統領となりイタリアの戦後の復興に大きな役割を果たした。彼は若い時からイタリアの農業を発展させることに情熱を注ぎ、１８９７年、まだ２３歳の時にドリアーニの葡萄畑を手に入れ、ドルチェットやバルベーラ、ネッビオーロのワインを造り始めていた。最初に手に入れたドルチェットの畑、サン・ジャコモやサン・ルイジはクリュ畑として素晴らしいドルチェットを生産しているが、更に、１９５８年にバローロのラ・モッラとノヴェッロの間にあるコスタ・グリマルディの畑を入手しバローロを生産する。彼は１９６１年１０月３０日に他界するが、ワイナリーを受け継いだファミリーは１９９７年にカネッリのガンチャが所有していたバローロの超特急畑とも言えるカンヌービの畑を手に入れ、醸造家、ロレンツォ・ライモンディ氏のプロデュースの基に優秀なバローロを生産している。

<img alt="IMG_5424.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5424.jpg" width="540" />
<font color="#000099">２００１年のバローロは近年最良の年だと語るライモンディ氏</font>

<img alt="IMG_0037.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_0037.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">帰国して見つけた１９９５年ヴィンテージのバローロ</font>


ワイナリーを訪問した時、ライモンディ氏は近年のヴィンテージでも大変高く評価されている２００１年のカンヌービ畑のバローロを開けて試飲させてくれたが、芳醇な香りと柔らかで上品な味わいは深く記憶に残るものであった。帰国してからエイナウディのバローロの１９９５年のヴィンテージを見つけ、ピエモンテ料理との組み合わせを堪能した。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

<img alt="IMG_0095.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_0095.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">Luigi Einaudi Barolo 1995と緑ヶ丘、リストランテ・コルニーチェのイベリコ豚をひよこ豆と煮込んだ料理がワインに良く合っていた。</font>]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅　北イタリア、ピエモンテを行く　バルバレスコの郷を訪ねて</title>
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   <published>2009-08-14T10:47:47Z</published>
   <updated>2009-09-10T07:43:35Z</updated>
   
   <summary>●ポンツォーネのアグリトゥリズモの一夜 アックイ・テルメから１２ｋｍほど南下した...</summary>
   <author>
      <name>篠利幸</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[●ポンツォーネのアグリトゥリズモの一夜
アックイ・テルメから１２ｋｍほど南下したところにポンツォーネという町がある。ピエモンテの州都トリノからは約８０ｋｍ、１時間ほど南下すれば地中海に面した都市、サヴォーナであり、ジェノヴァまでもおよそ８０ｋｍなのでトリノとジェノヴァの中間にある。地中海の風が届き、なだらかな丘陵と緑豊かな森が広がる。そのポンツォーネの山間部にあるアグリトゥリズモ、カシーナ・ピアッジェ（www.agriturismolepiagge.it）に宿泊した。

<img alt="IMG_5176.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5176.JPG" width="540" />
<font color="#000099">アグリトゥリズモ、レ・ピアッジェの家</font>

<img alt="IMG_4947.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4947.JPG" width="540" />
<font color="#000099">レ・ピアッジェの宿泊した部屋。シンプルだが居心地は良い</font>

<img alt="IMGP1890.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1890.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">レ・ピアッジェのオーナー、ステファニア・グランディネッティさん</font>

<img alt="IMG_5167.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5167.JPG" width="540" />
<font color="#000099">温かなカフェ・ラッテと手作りの林檎のタルトやクロワッサン</font>

アックイ・テルメでゆっくりと夕食を満喫してから到着したので時刻はすでに深夜１１時を回っていた。車から降りると小雨が降っていた。すでに休んでいたらしい宿の主人、ステファニア・グランディネッティさんがガウンを羽織って迎えに出て、ドライバーや我々にそれぞれの部屋の鍵を渡してくれた。私は２階にある部屋に入るとまず室内の撮影を先に済ませ、そしてシャワーを浴び、ベッドに入る。ふわりと適度な弾力のベッドと羽毛の布団に包まれ睡魔に身を任す。

<img alt="IMG_5194.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5194.JPG" width="540" />

<img alt="IMG_5191.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5191.JPG" width="540" />
<font color="#000099">庭先に咲くリラやチューリップの花々</font>

<img alt="IMG_5186.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5186.JPG" width="540" />
<font color="#000099">家の下の方を見ると大きな豚が見えた</font>

翌朝、開けておいたカーテンの間から弱い光が差し込み自然と目が覚めたが、時計を見ると既に８時近くになっていた。連日、中身の詰まった取材で疲労が溜まっていたが、熟睡できたお陰ですっきりとした気分である。ただし、外は雨でちょっとがっかり。下に降りて食堂に行くとすでに朝食の支度がされていて、焼きたてのタルトやクロワッサン、自家製のジャムや蜂蜜がテーブルに並んでいる。ステファニアさんが「ボンジョールノ、ア・ドルミート・ベーネ？（よく眠れましたか？）」と声をかけ、熱いコーヒーとミルクを用意してくれた。昨夜は真っ暗で何も見えなかったが母屋の下にもうひとつ建物があり、大きな豚が柵から身を乗り出していた。庭には藤やライラック、チューリップの花々が雨模様の灰色の空気に色合いを添えていた。本来ならば数日は滞在してのんびりと田園の安らぎを満喫したいところだが、取材旅行ではそういうわけには行かない。出発時刻の９時少し前に今日の本命、バルバレスコの郷へ向かった。



●バルバレスコはネイヴェが発祥の地
<img alt="IMGP7861.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7861.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ネイヴェのバルバレスコの郷。蛇行するタナーロ川が見える</font>

イタリアを代表するワインと言えばバローロとバルバレスコの名前があがる。ネッビオーロという土着の黒葡萄から作られる赤ワインはしばしばフランスのブルゴーニュワインを引き合いに語られ高く評価されている。それもそのはずで、このネッビオーロを上等なワインに仕上げる知恵と技術を伝えたのは１９世紀、イタリア王国の初代首相であるカミッロ・ベンソ・カヴールが招聘しネイヴェに居を構えたフランス人の醸造技師、ルイ・ウダールである。当時は完熟したネッビオーロから甘口の、しばしば微発泡性に作られていたワインをブルゴーニュのような辛口のワインとして新風を吹き込み、トリノのサヴォイア家の人々や貴族たちを満足させたのであった。バローロによって成功を収めると次にネイヴェでもネッビオーロから辛口の赤ワインを造ることに成功する。その啓蒙によりアルバ農業大学のドミツィオ・カヴァツァ教授はフランスのモンペリエなどで醸造技術を学んだ知識を活かし、１８９４年、ブルゴーニュに勝るとも劣らぬ赤ワイン、バルバレスコを誕生させた。バルバレスコは１９６６年にＤ．Ｏ．Ｃ．に、１９８０年にはＤ．Ｏ．Ｃ．Ｇ．に認定され、今日、バローロと双璧をなすイタリアの代表的なワインに発展したのである。その赤ワインはネイヴェ、バルバレスコ、トレイゾで生産されるが、銘柄としてバルバレスコと称されている。


 
●小さな畑の偉大なワイン
<img alt="IMG_4077%20VinItaly.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4077%20VinItaly.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ヴェローナのヴィニタリーでマイネルドのロベルト（左）とイラリオ(右)</font>

<img alt="IMGP7853%20Foto%20di%20Kyoko%20Katayama.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7853%20Foto%20di%20Kyoko%20Katayama.jpg" width="540" />
<font color="#000099">葡萄畑に立つロベルトとイラリオと筆者。隣にはガヤの畑がある（Foto di Kyoko Katayama）</font>

バルバレスコと言えば世界的にその名を知られているアンジェロ・ガヤがいる。彼とそのワインについては多くが語られ、彼自身の素晴らしい著書もあるのでここで説明する必要はないだろう。そのガヤの葡萄畑と接して小さな畑を持っているのが今回の取材で再訪したマイネルド(MAINERDO)である。マイネルドは１９２０年にネイヴェのジョヴァンニ・マイネルドによって創設された、バローロやバルバレスコを語る時にしばしば引用されるフレーズ「小さな葡萄畑の偉大なワイン」を生産するワイナリーである。１９９６年か９７年の春、ヴェローナで毎年４月に開催されるイタリアワインの博覧会、ヴィニタリーでそんな小さなワイナリーの偉大なワインを探し歩いているときに出会ったのがマイネルドであった。一坪ほどの小さなブースでいつもにこやかな笑顔を絶やさない叔父さんときりっとした眉が印象的な青年、ロベルト、そして伝統的な風格を感じさせるワインのラベル。美味しいワインがあるという雰囲気がその小さなブースに漂い、テイスティングしてみようという気にさせる。

初めての出会いの時に８１年や８２年というオールド・ヴィンテージから８９年、９０年、９１年と素晴らしい収穫年を味わい、いつかここのワインを日本に紹介したいと思っていた。ちなみに同時期に出会ったのが既に日本に輸入されているエリオ・フィリッピーノで拙著「イタリア好き」にも紹介した。２０００年にネイヴェの街中でエリオ・フィリッピーノとロベルト・マイネルドのふたりに合い、彼らのワインを撮影したことがあるが、いずれ勝るとも劣らない魅力を湛え、彼らとは毎年１度は会い、そのワインを味わってきた。



●ワインは畑で決まる
<img alt="M-1.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/M-1.jpg" width="540" />

<img alt="M-2.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/M-2.jpg" width="540" />

<img alt="M-3.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/M-3.jpg" width="540" />

<img alt="M-4.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/M-4.jpg" width="540" />
<font color="#000099">１０月の収穫風景とネッビオーロの房</font>

美味しいワインを完成させている作り手の多くが語るように、ワインの良し悪しを左右するのはまず畑で、恵まれた資質の土壌で、いかに健康的な葡萄を育てるかである。数千年の時を重ねて地球に生きてきた葡萄は本来強靭な生命力があり、太陽と適度な水分があれば他の農作物が育たないような痩せた土地にこそ良質のワインとなる房を実らせるといっても過言ではない。時々、どうしたらこんな不味いワインを造れるのだろうかと考えるようなワインに出会うことがあるが、そのほとんどが畑での面倒をあまりみていない葡萄を無造作に、大量に収穫して、ほとんど機械的に圧搾し、雑多な物が混在する果汁を酵母を加えて発酵させ管理の悪い酒蔵で熟成、瓶詰めされたものだ。質よりも量、スーパーで売れられているようなワインならばそれでも良いのだろうが、ワインという長大な歴史を内包してきたからには、それなりの敬意を持って作る心が大切だろう。マイネルドでは葡萄を発酵させるために、葡萄に付着した自然の酵母のみで行っている。しかし、葡萄の房すべてにその酵母があるとは限らず、そのためには大量の葡萄を同時に搾汁する必要があるが、それによって自然酵母による発酵を確実にしているのだ。仕上がったワインを飲めばそのヴィンテージがどんな気候であったか分かるのだ。

　バルバレスコの産地であるネイヴェ、バルバレスコ、トレイゾの３つの中で、トレイゾが最も軽やかな造りが多く、ネイヴェはタンニンもバローロほどではないがしっかりとあり、酸と糖分のバランスがよく取れている。バルバレスコ産はネイヴェとトレイゾの中間と言えようか。ネイヴェに畑とワイナリーを持つマイネルドのバルバレスコは若い内は硬さを感じるが１０年、１５年と時を経たものは実にエレガントな気品を蓄えつつも、骨格と芯のしっかりとしたネッビオーロらしさを堪能できる。おそらく２０年から３０年がこのワインの真骨頂を体験できるのかもしれない。筆者が味わったのは１９８０年、１９８１年、１９８２年の３つがオールド・ヴィンテージであるが、いずれも心地よい余韻にひたれる銘酒であった。現在は９８年、９９年がお薦めだが残り数百本と聞いている。

<img alt="IMG_5013%20Botte%20d%27Acciao.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5013%20Botte%20d%27Acciao.JPG" width="540" />
<font color="#000099">大きなステンレスタンクで収穫した葡萄を発酵させる。最初の段階は近代的な技術で葡萄の品質を１００％抽出することに専念する</font>

<img alt="IMG_4984%20a%20froten%20del%20botte%20grande.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4984%20a%20froten%20del%20botte%20grande.JPG" width="540" />
<font color="#000099">熟成はスロベニア産の大樽を主に、フランス産のバリックを適度に組み合わせる。２００６年のバルバレスコになるネッビオーロを吟味する父と伯父と息子</font>

バルバレスコについてだいぶ長く語ってしまったが、マイネルドでは当然のこと、バルベーラ・ダルバ、ドルチェット・ダルバ、アルネイス、モスカート・ダルバを造り、またバルバレスコを作った後の葡萄の搾り滓から素晴らしく口当たりのやわらかなグラッパも作っている。ただし、極めて生産量が少ないのが残念である。マイネルドはまたバローロも作っている。畑はウダールが最初にバローロを手がけたセッラルンガで、ここには日本でも良く知られているフォンタナフレッダやパッラディーノ、ブルーノ・ジャコーサなどが１９世紀からバローロやドルチェットを作っている。バローロについては次回のメイン・テーマであるが、バルバレスコに比較すればよりタンニンが強く、それにバランスをとるために酸味や糖度、ミネラル分も強いため重厚なワインになることが多い。バルバレスコは女性的でバローロは男性的だと表現する人もいる。マイネルドのワインで初めて飲んだときに感動したのがバザリンの畑で育ったバルベーラ・スペリオーレで、濃いガーネット色とコルクを抜いた瞬間から広がる香りの高さ、そして、その目と鼻で得た喜びを口の中でしっかりと再確認させ満足感を得られたことだ。その感動が１０年以上もマイネルドのワインと付き合うきっかけになったわけだが、更に、今年はアルネイスに感動と喜びを覚えた。

<img alt="IMG_5002%20barbera%20basarin.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5002%20barbera%20basarin.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">バザリンの畑の葡萄を使ったバルベーラ・ダルバ・スペリオーレ</font>

<img alt="IMG_7972.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_7972.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">筆者がアルネイスの中で一押しのランゲ・アルネイス</font>

アルネイスは主にロエロ地方とランゲ地方で作られる白葡萄だが、ネイヴェの畑で作るマイネルドのアルネイスはランゲ・アルネイスである。麦わら色の輝きを持った色の白ワインでカモミッラや白ばら、桃などの香りやアカシアの蜂蜜、熟した林檎や梨など香りのバリエーションも複雑である。ロエロの方がミネラル分が多いと言われ、ブルーノ・ジャコーザはロエロで作るが、このマイネルドのランゲ・アルネイスを飲んでみると、非常に飲み応えがあり、飽きることのない深い味わいが常に爽やかに持続する。近年、上質のアルネイスが少なくなったが、やはり伝統を基本の柱にしながらも、現代の気象状況など様々な自然条件と葡萄本来の性質を研究し、近代的な技術と伝統的な技術の利点を十分に活かして作られたワインこそ具現できた味わいと品質であろう。機会があればこのブログの読者の皆さんにも是非、味わって頂きたいマイネルドのワイン。１０月に筆者が同行案内するツアー「芸術と美食の旅、ピエモンテからヴェネツィアのバーカロ巡りを満喫！」URL<http://www.delsole.st/travel_italy/toshitour_0910.pdf>でも、マイネルドを訪問し全てのワインやグラッパを味わいプログラムを組んであるので興味のある方はこのサイトをご覧頂きたい。
http://www.delsole.st/travel_italy\toshitour_0910.pdf]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅、北イタリア・ピエモンテを行く　アックイ・テルメ</title>
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   <published>2009-07-22T02:35:03Z</published>
   <updated>2009-07-22T11:24:20Z</updated>
   
   <summary>■サンタ・ジュスティーナ修道院・教会 ガヴィからモンジャルディーノ・リグレのモン...</summary>
   <author>
      <name>篠利幸</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[■サンタ・ジュスティーナ修道院・教会
ガヴィからモンジャルディーノ・リグレのモンテーボレ・チーズ工房を訪ねた後、アウトストラーダＡ７を走りノーヴィ・リグレ、カステッラッツォ・ボルミダを通りアックイ・テルメを目指す。ガヴィのラ・スコルカから同行の現地ガイド、ピヌッチャさんが「私の住んでいる町はカッシーネですが、その少し手前に是非見せたいところがあるのよ」と案内してくれたところがサンタ・ジュスティーナ修道院であった。イタリアはどこを訪ねても教会や修道院あるいは古代ローマの植民地に神殿などがあり、旅の半分はこうした宗教関連の建築巡りということもしばしばある。

<img alt="IMGP1807.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1807.JPG" width="540" />
<font color="#000099">サンタ・ジュスティーナ教会。西日を浴びてレンガ造りのファサードがより赤みを帯びる</font>

<img alt="IMG_4813.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4813.JPG" width="540" />
<font color="#000099">サンタ・ジュスティーナ教会内部</font>

建築様式もロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロック、ロココなど様々だが、自分が好むスタイルは非常に対照的だが、静謐でストイックなロマネスク様式と躍動的で感情が迸るようなバロックである。ゴシック建築はあたかもアルプスの高嶺を仰ぐがごとくであり、ミラノの大聖堂のように華麗な美を感じるが、その緊張感と壮麗さに人を寄せ付けぬ力の圧倒があり、あまり長く見ていると首や肩の辺りに疲れが出る。ルネッサンス様式はあまりにも端正な美を求めるあまり、絵画には印象深い作品が多々あるが、建築においては時に退屈さを感じることがある。ロマネスク様式も端正ではあるが、より自然体の姿で飽きることがない。古い修道院の多くがロマネスク様式であるのは、その時代の隠遁的な修道の自然を敬う姿勢とシンプルな建築技術が合致している結果であろう。バロックには人間の力の限りを見せ付けようとする、欲望と驕りの深さをむき出しにしているところがドラマチックな面白さを感じさせる。人の心の中にはこれほどまでに対極的な、矛盾する感情が存在することをこれらの建築が証明しているようなものだろう。

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<img alt="IMG_4796.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4796.JPG" width="540" />
<font color="#000099">１階の祭壇後部のフレスコ画</font>

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<img alt="IMGP1813.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1813.JPG" width="540" />
<font color="#000099">地下にあるクリプタの床のモザイク装飾</font>

サンタ・ジュスティーナ修道院は７２２年にロンゴバルドの王、リュップランド（Ｌｉｕｔｐｒａｎｄｏ）により創建され、１０３０年にセッツァーディオの貴族によりベネディクト派の修道院として大々的な改築がなされた。ナポレオン時代には他のピエモンテの教会や修道院と同じくかなり破壊されたが、ロマネスク様式を基礎とし、後にゴシック様式の装飾を施され、また内部は１４世紀から１５世紀にかけて描かれたフレスコ画の装飾があり、地下のクリプタ(聖堂・納骨堂)の床には１１世紀にモザイク装飾が施されている。このクリプタ内には一切の照明がなく、訪れたのが日没近くであったので、ほとんど暗闇でモザイク装飾も見えないほどであったが、幸いにカメラのストロボ光で撮影することが出来た。この修道院の脇にはヴィッラ・バディアという館があり、修道院の教会で結婚式を挙げ、館のレストランやホールで披露宴が行える。URL:www.villabadia.com/Italia/Abbazia.asp



■アックイ・テルメの古代ローマの水道橋
セッツァーディオの修道院を後にしてアックイ・テルメを目指す道はボルミダ川と並んで走り、市内に入る手前の橋から河原に残る古代ローマの水道橋を見ることが出来る。アウグストゥス帝政時代のもので全長は１３ｋｍあったと推定されている。４連のアーチが美しく残り、ボルミダ川の岸から左手の野原にもアーチが落ちた遺跡が見える。河原に下りて水道橋を間近に見ることもできる。その河原から橋を見上げると夕日を浴びながらガイドのピヌッチャさんとドライバーのマウロさんが手を振っていた。

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<font color="#000099">紀元２世紀頃のものと推定される古代ローマの水道橋</font>

<img alt="IMGP1841.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1841.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">水道橋から見上げるとガイドのピヌッチャさんとドライバーのマウロ氏が手を振っていた</font>



■ローマ時代からの温泉地、アックイ・テルメ
紀元前２世紀頃から温泉地として古代ローマ人が訪れ、都市を築いたアックイ・テルメは現在もイタリアを代表する温泉保養地のひとつである。ローマ人が温泉好きであったことはつとに知られているが、このアックイ・テルメはプリニウスやセネカ、タキトゥスなども絶賛したと伝えられる。湯質は硫黄、塩分、臭素、ヨウ素を含み、おそらく格闘技や戦争などで疲労し、傷ついた身体を消毒し、癒す効果が絶大であったろう。また、臭化カリウムは高揚した精神の鎮静作用、性欲抑制などに効果があり、１９世紀には精神医療の治療薬として使われていたが、毒性もあるため現在は使われなくなったそうだ。街の中心にはラ・ボレンテと呼ばれる源泉の湧き出るところがあり、７４．５度の熱湯が毎分５６０リットルの湯量で流れ出ている。

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<font color="#000099">1879年に建築家ジョヴァンニ・チェルッティによって作られた大理石製の小堂、ラ・ボッレンテ（ボッレンテとは”沸いている“という意味）</font>

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<font color="#000099">常時７４．５度の温泉が湧き出ている</font>

アックイ・テルメはまたワインのブラケット・ダックイやドルチェット・ダックイでも知られるワインの生産地である。ドルチェットはアスティやアルバなどピエモンテ各地で作られるが、その土地の個性がはっきりと出るデリケートな葡萄で、独特の青みを感じるので、好き嫌いの差が大きいワインだが、バローロのブレッツァやヴァイラ、ドリアーニ近郊にあるカルーのチェッラーリオなどのドルチェットを飲めば、この品種の魅力を良く理解できるだろう。

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<font color="#000099">トラヴェルサのブラケット“Ｌａ　Ｔｉａ”</font>

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<font color="#000099">腹を空かしているらしいリストランテ・ラ・クーリアの愛犬がじっとテーブルを見つめる。しつけがよいので、ただこちらを見つめるだけだが。</font>

ブラケットは通常は微発泡の甘口ワインに造られることが多いのだが、それはバローロやバルバレスコのネッビオーロ同様にかつては水代わりに食事と一緒に飲まれていた時代には、微発泡でアルコール度数も低いものが好まれていたからである。バローロやバルバレスコはブルゴーニュワインの影響を受けて現在のようなスタイルに進化したが、ブラケットの主流は未だに微発泡、甘口である。しかしながら、この葡萄から辛口のスティルワインを造っているところもいくつかある。

アックイ・テルメには”ラ・クーリア　Ｌａ　Ｃｕｒｉａ“というお気に入りのリストランテがある。かつて、ここでデザートに食べたブラケットを使ったジェラートの味が忘れられない。今回の取材でも嬉しいことにラ・クーリアでディナーを楽しんだのだが、残念ながら、ブラケットのジェラートはメニューになかった。食事の後で聞いたところ、現在シェフをしているマダムのご主人が作っていたメニューだそうである。その代わりに、ブラケットの辛口ワインのとても良いものを飲むことが出来た。ジュゼッペ・トラヴェルサ(Giuseppe Traversa)のカシーナ・ベルトロットで作られている”La Tia”という銘柄のワインの２００５年で、たった２５００本しか造られていないうちの２３５番であった。スミレの花を思わせる香りに、ラズベリーやカシスの味わいが爽やかで、肉料理にも魚料理にも合わせやすい上等なワインであった。

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<font color="#000099">アックイ・テルメ名物のサラメ・バッチャート</font>

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<font color="#000099">ジェノヴァ風鱈の煮込み</font>

ラ・クーリアで食べた料理のひとつに“サラメ・バッチャート（フィレット・バッチャート）”がある。サラミをスライスするとその中に生ハムの赤み(豚肉のフィレ)が入っている。サラミと生ハムのふたつの加工肉の味わいを同時に楽しめるもので、この地方ならではのものだ。しかし、ピエモンテ料理のほとんどは肉料理で、旅の後半ともなるとやはり魚料理も食べたくなる。しかし、メニューを見ると魚料理は１種類だけで、ジェノヴァ風鱈料理である。ストッカフィッソという干し鱈の肉厚の部分をひよこ豆と煮込んだものだが、見た目のあっさり感とは違ってなかなかボリュームのある一皿であった。魚料理ではあるが言うまでもなく、ブラケット・セッコのワインにも良く合い満足した。

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<font color="#000099">リストランテ・ラ・クーリアからラ・ボッレンテを眺める</font>

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<font color="#000099">夕食の後の散策も楽しい</font>

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<font color="#000099">懐かしのカフェ・デッレ・テルメ</font>

満タンになったお腹をさすりながら、外へ出るとボッレンテ通りの奥にラ・ボッレンテの白大理石の小堂が清らかに光っている。ドライバーと合流する広場に向かい夜のアックイ・テルメを散策したが、静かで町全体にエレガントな佇まいがある。そう言えば、この町に入ってすぐ見覚えのあるカフェを見つけ中に入った。広々とした店内と豪華なシャンデリアの輝く天井、長いバーカウンターの向こうから親しげに微笑みかけてくれたカメリエーラのお嬢さんの笑顔をふと思い出す。人に優しい町、心身ともに人を癒す町、それがアックイ・テルメなのだ。]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅、北イタリア・ピエモンテを行く、モンジャルディーノ・リグレからアックイ・テルメへ　その１</title>
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   <published>2009-07-10T01:39:35Z</published>
   <updated>2009-07-13T05:41:34Z</updated>
   
   <summary>スローフードのプレシディオ、モンテーボレ・チーズ 地球の営み、歴史の変遷は誕生と...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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         <category term="街と食" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[スローフードのプレシディオ、モンテーボレ・チーズ
地球の営み、歴史の変遷は誕生と消滅の繰り返しであるとも言える。今や恐竜やマンモスの生きた姿を見ることはできないし、今も消滅しつつある動植物は数え切れない。そうした消滅の危機は生物ばかりでなく、人間の文明と文化を支えてきた様々な手業にも言える。原材料が調達できない、後継者がいないなどの理由でせっかく築かれた伝統の技や文化が消えていく。

料理は人間が火を使って肉や魚、木の実などを焼いたり、煮たりと人手間加えることから始まったと言われるが、食物を生産するためにも様々な知恵が生かされ、発明があり、そして誕生したものが人間の生活を豊かに彩ってきた。しかし、そうした食べ物の世界にも消滅していくものがあり、その理由は自然環境の変化や乱獲によるもの、食べ物の世界にもある流行や原材料の消滅ばかりでなくさまざまな理由で生産者がいなくなって消滅するものなど多様である。

スローフード協会ではそれらのいわゆる”絶滅危機品種の食品“の保護と生産の活性化を目指すと共に、そのために必要となる健全な自然環境の保全や後継者の育成などを広める運動を展開している。そして、１９９９年にトリノで開催された食品見本市”サローネ・デル・グスト“において”味の箱舟“計画を発表し絶滅危機にある食品とその生産を保護するマニフェストを発布した。ことに保護が急がれる物については”プレシディオ（砦）“という枠組みに指定し広く社会の認識を高めるようにした。そのプレシディオのひとつにモンテーボレというチーズの生産がある。

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<font color="#000099">熟成したモンテーボレは石の城を思わせる存在感のあるチーズだ</font>


１４８９年、アレッサンドリアの隣にある都市、トルトーナでミラノ公のジャン・ガレアッツォ・スフォルツァとナポリ王アルフォンソ２世の娘であり、ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァとは従妹になるイザベッラ・ダラゴーナの婚礼が行われた。そこには偉大な芸術家であり科学者であり、食通としても著名であったレオナルド・ダ・ヴィンチも招かれていた。傑作「モナリザ」のモデルはイザベッラ・ダラゴーナという説もある。その祝いの宴に唯一供されたチーズがモンテーボレであった。

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<font color="#000099">ヴァレノストラのモンテーボレ・チーズ工房のロベルト・グラットーネさん</font>

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<font color="#000099">２，３週間の熟成を経たモンテーボレ。長いものは４５日から６０日くらい熟成させる</font>


モンテーボレのチーズはすでに９世紀から１１世紀にはベネディクト派の修道院で作られていた。ブルーナ・アルピーナ種の牛の乳を７割にトルトーナの羊の乳を３割合わせて造られるチーズだが、牛も羊も放し飼いの自然放牧で、この地方の健全で豊かな田園の草を食んで育ったものである。この地が第二次世界大戦の戦災にあって以来、最後の作り手が世を去って数十年、このチーズは幻のチーズとなっていた。それを１９９９年のサローネ・デル・グストにおいて蘇らせたチーズを出展したのがヴァッレノストラのロベルト・グラットーネで、このチーズを発掘しプレシディオとして復活を実現させる原動力となったのが私の友人でもあり、当時この地域のスローフードのリーダーであったマウリツィオ・ファーヴァである。

<img alt="IMGP1735.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1735.JPG" width="321" height="480" />
<font color="#000099">モンテーボレのリコッタチーズはおぼろ豆腐のような軽い味わい</font>

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<font color="#000099">チーズに合わせたティモラッソ種の白ワインがまた美味であった</font>

<img alt="IMGP1742.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1742.JPG" width="321" height="480" />
<font color="#000099">レストランに飾ってあった籐を編んで包まれたアンティークな携帯用ワインボトル</font>


最初にチーズ工房の中に入った時には、４月下旬ながら発酵の温度を保つためか、生暖かい空気が頬に感じ、同時に強烈な匂いで眩暈を起こしそうであった。外国人の多くが日本の納豆の匂いに辟易した態度を示すが、日本人にとってはチーズの匂いが同じような異臭に感じるだろう。私はチーズが好きな方であるが、それでも熟成庫の中に入ったばかりは息が詰まるように感じることもある。まあ、それほどインパクトがあったモンテーボレだが、レストランのテーブルにカットされて並んだチーズを味わい始めると、熟成の若い真っ白なチーズから数週間の熟成を経たやや黄色実を帯びたものまで、ハーブやナッツの香りなど複雑な風味があり、なるほど奥深い味わいのチーズであることが分かった。

また、それに合わせて、添えられたモスタルダやジャム、蜂蜜がチーズの味わいをより引き立てるのである。更に、特筆したいのは一緒に試飲させて頂いた白ワインで、これはティモラッソという希少な白葡萄から造られ、これもまた１２年ばかり前にブラのレストランでマウリツィオ・ファーヴァ氏に教えてもらったワインである。その時の作り手とは別のワイナリーのものだが、１００％オーガニックで造られているもので、爽やかな若草や柑橘系の白い花の香りがするワインで、モンテーボレの熟成の若いタイプにはぴったりの組み合わせであった。

<img alt="IMGP1662.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1662.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ヴァッレノストラの建物の石積みはこの地方の伝統的なスタイルだ</font>

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<font color="#000099">チーズ工房のある家の前に広がる牧場には姫りんごの花が咲き、大きな豚が自由に歩き回っていた。牛や羊はもっと奥の草原を散歩中。豚はシエナ原産のチンタセネーゼという希少種もいるそうだ</font>


ヴァッレノストラでは観光客が宿泊しレストランで食事もできるアグリトゥリズモも運営している。今年で１０年目になるそうで、健全な自然環境の中で都会の疲れを癒し、子供たちには自然の味わい、ことにモンテーボレのチーズのような希少な食べ物を味わいながら本物の味とその伝統文化を学ぶ食育のイベントなど、親子で楽しめる様々な催しを企画し、四季を通じて楽しめるそうだ。そして、年間に１００ユーロの会費を払えば、”モンテーボレの友達“という会員になり、モンテーボレの祭りに参加できる。

Vallenostra Agriturismo e Caseificio, Soc.Cooperativa Agricola: http://www.vallenostra.it/]]>
      
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   <title>芸術と美食の旅　ガヴィの故郷を訪ねる</title>
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   <published>2009-07-06T03:30:56Z</published>
   <updated>2009-07-08T01:53:40Z</updated>
   
   <summary> マリオ・ソルダーティの著書「VINO AL VINO alla ricerca...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[<img alt="1%29img173.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/1%29img173.jpg" width="360" height="480" />
<font color="#000099">マリオ・ソルダーティの著書「VINO AL VINO alla ricerca di vini genuineワインからワインへ」純粋なるワインを求めて（1969年）表紙</font>

<img alt="2%29img174.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/2%29img174.jpg" width="540" />
<font color="#000099">「ワインからワインへ」の中のヴァルテッリーナを紹介したページ</font>


数年前にイタリアの著名な作家にして映画監督としても知られるマリオ・ソルダーティが１９６９年に出版した"VINO AL VINO(ワインからワインへ)”という本の初版本を手に入れることができた。１９７７年の夏、初めてイタリアを旅行した時、たまたまローマの書店でソルダーティの書いた新刊本の小説”La sposa Americana(アメリカの花嫁) “を買ったことがありずっと記憶にあった作家であった。マリオ・ソルダーティは１９０６年にトリノで生まれ、１９９９年６月１９日にテッラーノという町で他界しているが、この「ワインからワインへ」という本のために、シチリアからカンパニア、トスカーナ、ヴェネト、ロンバルディア、ピエモンテとイタリアを縦断している。彼はイタリア各地で土着品種による純粋なイタリアワインとは何かを追求し続けていた。

１０年ほど前、スローフードという食文化の運動が日本にも伝わり始めた頃、現地のノーヴィ・リグレ地域のリーダー的存在であったマウリツィオ・ファーヴァ氏の案内でガヴィ周辺を回った。その折に、スコルカというワイナリーをちょっと覗いたのだが、実はこのワイナリーはマリオ・ソルダーティの血筋が経営するワイナリーである。その数年前にトリノのワイン・バーをあちこち巡った時、スコルカのガヴィの黒ラベルを飲んですっかり気に入っていたので、自分にとってはガヴィと言えばまずスコルカであった。

<img alt="IMGP1488.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP1488.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ラ・スコルカのワイナリーと葡萄畑</font>

<img alt="IMGP7589.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMGP7589.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ラ・スコルカの４代目、キアラ・ソルダーティさん</font>

<img alt="%E3%82%A4%E3%82%BF%E5%AF%85%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/%E3%82%A4%E3%82%BF%E5%AF%85%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ま、こんな感じでお仕事中！</font>


現在、スコルカの運営を担っているのはマリオ・ソルダーティの姪にあたるキアラ・ソルダーティさんで４代目にあたる。曽祖父の時代にはまだワイン造りよりも小麦生産農家であったが、祖父のアルフレッドの義理の息子であるヴィットリオ・ソルダーティとマリオ・ソルダーティがワイン造りに目覚めたのがスコルカを大いに発展させるきっかけである。キアラさんは１９７４年の生まれで大学では政治経済学を専攻し、農業経営の事業家として父のジョルジョ・ソルダーティ氏とともに１９１９年創業のワイナリーのすべてを引き継いでいる。

今年で９０年目を迎える祝賀パーティの招待を頂いていたがこちらの日程が合わず残念に思っていたところ、ピエモンテ州観光局からの招待取材ツアーの日程を見たら、そこにスコルカが予定されていた。祝賀パーティより先に帰国しなければならない日程ではあったが、久しぶりにガヴィを訪ね、キアラさんにも会うことができた。もっとも、この取材の前の４月上旬にはヴェローナのヴィニタリー（イタリアワイン展示会）でジョルジョ・ソルダーティ氏には会い、１９９７年物のスプマンテをグラスに注いで頂いていた。

<img alt="IMG_4096.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4096.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ヴィニタリーの会場に並んだスコルカのワイン</font>

<img alt="IMG_4102.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4102.JPG" width="360" height="480" />
<font color="#000099">’９７年のスプマンテ”D’ANTAN”。長期熟成されたコルテーゼ種の芳醇な香りと肌理細やかな泡立ち</font>


ガヴィはコルテーゼ種という土着の葡萄から作られる白ワインで１９９８年にイタリアワイン法によるD.O.C.G.に認定されている。かつてはどちらかというと甘口のワインとして仕立てられていたが、近代に入りこの地は地中海に面したリグリア州に接し、沿岸地域の魚介料理に合わせるワインとして需要が高まると、すっきりと酸味が利いた辛口ワインとして造られるようになった。しばしば、ガヴィ・ディ・ガヴィという呼称を聞くが正式にはコルテーゼ・ディ・ガヴィやガヴィ・デル・コムーネ・デル・ガヴィと言う。ただ、ガヴィがあまねく知られるようになるとガヴィ市以外の近隣でも同じように造り始めたので、より印象を深くするためにガヴィ・ディ・ガヴィという呼称が生まれた。スコルカのガヴィは先駆者的存在でもあり品質も優秀であることから、当然、既に日本にも昔から輸入されているがトップランクの高級ワインである。他には求めやすい価格のフォンタナ・フレッダや今回の取材でも訪ねたヴィッラ・スパリーナなど数十の生産者がある。

<img alt="IMG_4676.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4676.JPG" width="540" />
<font color="#000099">勢ぞろいしたヴィッラ・スパリーナのワイン</font>

<img alt="IMG_4661.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4661.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ヴィッラ・スパリーナの酒蔵</font>

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ヴィッラ・スパリーナのレストランのバーカウンターにて

ヴィッラ・スパリーナはガヴィの東にあるモンテロトンドにある１８世紀の古いワイナリーを１９７８年に現オーナーのモッカガッタ氏が購入し、ワインの醸造家としてジュゼッペ・カ・ヴィオラを迎えて素晴らしいワインを造っている。カ・ヴィオラのワインも既に日本に輸入されているが、特にバルベーラなどの赤ワインは現代的な輪郭のはっきりした造りであるが、同時にピエモンテらしい伝統の深み、葡萄とその土地のミネラルを十分に感じさせるワインである。そのカ・ヴィオラが力を注いでるヴィッラ・スパリーナのワインは白のガヴィもよいが、バルベーラやドルチェットで造られる赤ワインも飲み応えがある。ヴィッラ・スパリーナはホテルとレストランも同時運営しており、モッカガッタ氏の趣味だという雄鶏のオブジェや絵があちこちに飾ってあり、酒蔵の中の雰囲気もなかなか良いので、次回は泊りがけで来たいものである。

午前中に２軒のワイナリーを訪問したところですっかり昼をまわっていたが、いよいよガヴィの街中にあるレストランで昼食を味わえることとなった。

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<font color="#000099">ガヴィの駐車場から見上げた中世の要塞</font>

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<font color="#000099">ガヴィのメインストリートからサン・ジャコモ教会の鐘楼を見る</font>

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<font color="#000099">サン・ジャコモ教会のファサード</font>

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<font color="#000099">リストランテ・カンティーネ・デル・ガヴィ</font>


訪れたレストランはガヴィのドゥオーモ、サン・ジャコモ教会のすぐ近くにあるカンティーネ・デル・ガヴィという店であった。サン・ジャコモ教会は１２世紀のロマネスク様式の教会で、この地域の石である砂岩質の石で造られているため、シンプルな造りとあいまって柔らかな温もりを感じさせる。そして、リストランテ、カンティーネ・デル・ガヴィの入り口にある店名が彫られたプレートもまた同質の石を使っているようである。

１７世紀の貴族の館であったという店内はベンガラ色の壁面と時代を感じさせる木のテーブルや調度の広い空間とその奥にもまたやや明るめの赤茶に壁が塗られた部屋があり、その天井にも古いフレスコ画が修復されて残っている。オーナーのアルベルト・ロッキ氏の娘、ロベルタさんがフロアを仕切っているが、厨房には若い男女の料理人と女性アシスタントが１名いた。ちょっと気忙しい取材だったので、テーブルについてまず冷えた水とそして続けて出された野菜がたっぷりと美しく飾られたサラダに白ワイン、もちろんガヴィを一口飲むととたんに全ての疲れが消えた。瑞々しい野菜サラダやホロホロ鳥の料理に合わせて出されたガヴィのちょうど良い冷え加減とその味わいに、申し訳ないがこの取材の中でももっとも印象的なもので、続けて味わったガヴィを使ったリゾット、肉料理とそれに合わせた独創的なトンナータ・ソースの味わい、そのための赤ワインなどなど最後まで満喫した。

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<img alt="IMG_4736.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4736.JPG" width="540" />
<font color="#000099">カンティーネ・デル・ガヴィの店内</font>

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<font color="#000099">瑞々しい野菜のサラダとホロホロ鳥の白ワイン(ガヴィ）蒸し</font>

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 <font color="#000099">ガヴィを使ったリゾット</font>

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<font color="#000099">前菜からプリモピアットに合わせた白ワイン、Nicola Bergalioのガヴィ・ディ・ガヴィ</font>

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<font color="#000099">肉を切り分けるロベルタさん</font>

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<font color="#000099">メインの肉に合わせたのはVaｊraのドルチェット・アルバ　Coste&Fossati</font>


食事の後にロベルタさんがカンティーナを見ないかと地下の酒蔵まで案内してくれた。小さな窓にはステンドグラスがはめ込まれ、その下には昨年他界したグラッパ造りの名人、ロマーノ・レヴィのボトルが並んでいる。奥へ入っていくと、無数のオールド・ヴィンテージのボトルが棚に並び、また床に置かれた大きな木箱にもワインが積まれている。銘柄を見るとアンジェロ・ガヤ、ビオンディ・サンティ、ピオ・チェーザレ、スカルパ、ボルゴーニョなどピエモンテを中心にトスカーナのブルネッロなどいずれも銘酒と名高いもので、３０年、４０年とここで眠らせている物だった。これはロベルタさんの父のアルベルト・ロッキ氏がコレクションしてきたものだそうである。

<img alt="IMG_5146.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_5146.JPG" width="540" />
<font color="#000099">地下のカンティーナのステンドグラス</font>

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<font color="#000099">地下のカンティーナには自家製のサラミなどが保存されている</font>

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<font color="#000099">カンティーナに案内してくれたオーナーの娘さん、ロベルタ・ロッキさん</font>

<img alt="IMG_4766.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4766.JPG" width="540" />
<font color="#000099">アンジェロ・ガヤのバルバレスコやビオンディ・サンティのブルネッロのオールド・ヴィンテージが並んでいる</font>

<img alt="IMG_4769.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4769.JPG" width="540" />
<font color="#000099">大きな木箱にもピオ・チェーザレ、スカルパ、ボルゴーニョの７０年代のボトルが眠る</font>

<img alt="IMG_4778.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/IMG_4778.JPG" width="540" />
<font color="#000099">昨年他界し貴重な遺作となったロマーノ・レヴィの手書きラベルのグラッパのコレクション</font>


今日が初対面で、最初はどことなくよそよそしさを感じていたロベルタさんだが、食事の合間にあれこれとワインの談義をしているうちに地下の酒蔵の宝物を見せてくれた上、なんとそれらのコレクションを日本のコレクターに紹介してもらえないかと、あなたになら全部任せてもいいとまで言った。これだけのコレクションはなかなか見つけるのも大変だが、それを任せると言われるのは大変名誉なことでもあり責任重大な話であるが引き受けることにした。

秋に予定しているツアー（http://www.delsole.st/travel_italy/toshitour_0910.pdf）ではもちろんこの“カンティーネ・デル・ガヴィ“で昼食を楽しみ、ちょっと高級な自腹払いになるだろうが、７０年代のバローロでも味わってみたいものである。]]>
      
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   <title>北イタリア、ピエモンテを行く　ポー川の流れる街、トリノ</title>
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   <published>2009-06-26T10:43:26Z</published>
   <updated>2009-06-29T01:21:40Z</updated>
   
   <summary> ラ・モーレからポー川河岸を望むパノラマ 世界の名だたる大都市は川とともに生きて...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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         <category term="旅の思い出" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<img alt="090626_01.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_01.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ラ・モーレからポー川河岸を望むパノラマ</font>

世界の名だたる大都市は川とともに生きている。パリにはセーヌ、ロンドンにはテムズ川が流れるように、イタリアの都市、ローマにはテヴェレ川が流れ、フィレンツェにはアルノ川が流れる。そしてトリノにはポー川とドーラ川が流れている。ラ・モーレの上から東の方に目をやると左手にスペルガの丘が見え、その下を緑の木々が茂り北から南へと伸びている。その並木の中に丸いドームの建物が見えるが、それはグラン・マードレ・ディ・ディオ（Gran Madre di Dio）教会で、ナポレオンが失脚した後、サヴォイア家の復権を記念して建設された１９世紀初頭の建築でローマのパンテオン神殿をモデルとしている。その教会の前にはヴィットリオ・エマヌエーレ１世橋があり、トリノ市内のマダマ宮殿からここまで一直線にポー通りが走っている。

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<font color="#000099">路面電車、トラムが走るポー通り</font>

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<font color="#000099">ポルティコと呼ばれるアーチが連なるアーケードの歩道は雨の日には傘要らずだ</font>

<img alt="090626_04.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_04.JPG" width="540" />
<font color="#000099">大学も近いので若者も多い</font>

ポー通りは川に向って緩やかな下り坂になっており、トラム(路面電車)も走る車道の両側はポルティコ（アーケード）の歩道がポー川に沿ったヴィットリオ・ヴェネト広場まで続いている。この通り沿いには有名なカフェやショッピングが楽しいブティック、書店などがあり、また大学もあるため若者たちも多い。夜になるとけっこう遅くまで散歩を楽しむ恋人たちや若者たち、家族づれなど人通りも多く賑やかだ。

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<font color="#000099">土日は特に夜になっても散策する人が多いポー通り</font>


ポー川の岸辺を上流に向って歩くと中世風の城が見えてくる。１８８４年の万博の時に中世の城のスタイルを模して建てられたもので、現在は手漉き紙の工房や中世にちなんだ土産物などを売る店が並び、フレスコ画で飾られた教会もあり、時々、結婚式が行われたりするそうだ。

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<font color="#000099">"中世村“（Ｂｏｒｇｏ　Ｍｅｄｉｅｖａｌｅ）の城門</font>

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<font color="#000099">レンガの壁には昔風の壁画が描かれ、タイムスリップした感じだ</font>

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<font color="#000099">教会の壁にも色鮮やかに壁画が描かれている</font>


その中世村の手前にはイドロヴォランテ(飛行艇)という名前のレストランがあり、ポー川の上にテラス席を設けているので、暖かな春から秋にかけて、ポー川の眺めを楽しみながらピエモンテ料理を味わえる。訪ねた時間がランチタイムが終わった時で、客もいないテラスの屋根に鴨が川から上がって来て、乗ったり下りたりして遊んでいた。店内の壁は１メートルほどの高さまでポルトガル製のタイルが張り巡らされているが、上流で大雨が降ったりするとポー川の水かさが増してその高さまで冠水するのでタイル貼りにしたそうだ。

少し下流にはヴァレンティーノ城というフランスの城を模した１７世紀中庸の城があり、この辺り一帯はヴァレンティーノ公園と呼ばれトリノ市民の憩いの場所である。ローマやミラノにも広々とした緑の茂る公園は少なくないのだが、やはりトリノはフランス文化の影響が色濃いせいか、セーヌ河畔の公園のような雰囲気がある。

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<font color="#000099">レストラン、イドロヴォランテの入り口</font>

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<font color="#000099">イドロヴォランテのテラスからポー川の眺め</font>

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<font color="#000099">イドロヴォランテのテラス</font>

<img alt="090626_10.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_10.JPG" width="540" />
<font color="#000099">テラスの屋根に遊びに来る鴨</font>

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<font color="#000099">ポルトガル製のタイルで飾られたイドロヴォランテの店内</font>

<img alt="090626_15.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_15.JPG" width="540" />
<font color="#000099">１８８４年の万博の時に建てられた中世風の城</font>

<img alt="090626_16.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_16.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ヴァレンティーノ公園は市民の憩いの場所</font>

<img alt="090626_17.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_17.JPG" width="540" />
<font color="#000099">近年になり造られた大噴水</font>

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<font color="#000099">大噴水を囲む彫刻</font>


ポー川を更に遡るとモンカリエーリやニケリーノなど郊外の町があるが、モンカリエーリにはサヴォイア家のレアーレ城があり、ニケリーノの近くには屋根の上に大きな鹿の像を載せたストゥピニージ宮がある。ストゥピニージ宮は１７３０年にユヴァッラの設計で建てられた建物で、ヴィットリオ・アメデオ２世が狩猟を楽しむために建てた別荘なので、そのシンボルとして大きな角の雄鹿の像を載せているのだ。現在は往時の家具などをそのままに博物館として見学できる。ストゥピニージ宮の裏側へ回ると環状線とポプラの林の彼方にアルプスの山々が連なっている。その中に一際高く三角の頂上を見せているのが標高３，８４１ｍのモンヴィーゾ山で、ポー川はこの山の中腹、２，０００ｍ辺りに源流があり、アドリア海まで６５２ｋｍの大河となって北イタリアを横断している。

ストゥピニージ宮とは反対のトリノ市の北西には"狩猟“という意味が語源のヴェナリア宮殿がある。今回の取材ではトリノの最初の晩餐会の前に訪れて見学する予定だったが、急に大統領がトリノを訪問しここに滞在することになったので、見学は出来なかった。またしても、秋の旅行に期待することにした。

トリノを去る最後の夜はカフェやジェラテリアで休みながらライトアップされた夜の街の美しさを楽しんだ。

<img alt="090626_19PalazzinadiCaccia.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_19PalazzinadiCaccia.JPG" width="540" />
<font color="#000099">屋根の上に雄鹿のブロンズ像が目立つストゥピニージ宮</font>

<img alt="090626_20.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_20.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ニケリーノから眺めたアルプスの峰々</font>

<img alt="090626_21.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_21.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ポー川の源流を抱くモンヴィーゾ山。アメリカのパラマウント映画社のシンボルマークにもなっている</font>

<img alt="090626_22.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_22.JPG" width="540" />
<font color="#000099">１７世紀にサヴォイア家が狩猟用の別荘にしていたヴェナリア宮</font>

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<font color="#000099">４月２５日のイタリア解放記念日のイヴェントで王宮前広場に集まった若者たち</font>

<img alt="090626_25.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/090626_25.jpg" width="540" />
<font color="#000099">ライトアップされた純白の壁面が夜の闇に浮かび上がる王宮</font>

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<font color="#000099">王宮広場からトリノ市庁舎に続くチッタデッラ通りの夜</font>
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   <title>北イタリア、ピエモンテの旅　トリノで小写真展</title>
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   <published>2009-06-25T07:42:36Z</published>
   <updated>2009-06-25T10:23:06Z</updated>
   
   <summary>サヴォイア家の伝統が息づく街、トリノにはどことなくフランス的な雰囲気がある。そん...</summary>
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      <name>篠利幸</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tabista.jp/italia/">
      <![CDATA[サヴォイア家の伝統が息づく街、トリノにはどことなくフランス的な雰囲気がある。そんな佇まいをポルタ・ヌオーヴァ駅から北へ走るラグランジェ通りとアンドレア・ドリア通りが交わる辺りの建物を見て強く感じた。パリのカルティエ・ラタンやサン・ジャック界隈に似ている。ラグランジェ通りの左手にはカルロ・フェリーチェ広場がある。

<img alt="1%29%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E9%80%9A%E3%82%8A%E3%81%A8%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E9%80%9A%E3%82%8A%E3%81%AE%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9%E3%80%81%E3%83%91%E3%83%AA%E3%81%AB%E4%BC%BC%E3%81%9F%E9%9B%B0%E5%9B%B2%E6%B0%97%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B.jpg" src="http://blog.tabista.jp/italia/1%29%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E9%80%9A%E3%82%8A%E3%81%A8%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E9%80%9A%E3%82%8A%E3%81%AE%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9%E3%80%81%E3%83%91%E3%83%AA%E3%81%AB%E4%BC%BC%E3%81%9F%E9%9B%B0%E5%9B%B2%E6%B0%97%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B.jpg" width="320" height="480" />
<font color="#000099">ラグランジェ通りとアンドレア・ドリア通りが交差する角の建物はまるでパリの街角を彷彿とさせる</font>

<img alt="2.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/2.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">ラグランジェ通りの店の入り口で店番をする眠そうな犬</font>

アンドレア・ドリア通りにはカーサ・デル・バローロ（バローロの家、www.casadelbarolo.com）と言う名前のエノテカがある。バローロと言えばイタリアが世界に誇る銘ワインだが、この店にはバローロばかりでなくピエモンテ各地のワインは当然、その他トスカーナからシチリアなどイタリア中のワインがある。店の１階には乾燥パスタやバルサミコ酢、蜂蜜とワインなどがあり、地下に降りていくと、ワイン好きなら思わずにんまりするような光景、四方の壁の棚にはイタリア各地のワインが並んでいる。

<img alt="3%29Damiano.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/3%29Damiano.JPG" width="540" />
<font color="#000099">ワインについて熱く語るカーサ・デル・バローロのダミアーノさん</font>

<img alt="4.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/4.JPG" width="540" />
<font color="#000099">カーサ・デル・バローロの１階には白ワインや乾燥パスタ、バルサミコ酢、蜂蜜なども販売している</font>

白ワインは１階で、地下には赤ワインがメインである。棚を隈なく見ているとカンパニア州、ソレント半島はアマルフィ海岸の銘酒を見つけた。マリーサ・クオーモ（Marisa Cuomo）という造り手のワインで、プライスを見ると３６ユーロ。バローロと肩を並べる価格であるが、それだけの価値はあるワイン。ピエディ・ロッソ種とアリアニコ種を半々にブレンドして仕上げた高級赤ワインだ。

その棚から足元に目を移すと大きなボトルが置いてある。通常のワインの６本分はあるだろう、トリプル・マグナムのボトル。ワインはこれもまたピエモンテの名門、ジャコモ・コンテルノのバローロでヴィンテージは１９６１年だ。ワインの楽しさのひとつにはこのオールド・ヴィンテージを味わいつつ、時代の流れ、歴史の記憶に思いを馳せるところだ。これまでにも１９６０年代のワインを何度か飲んだことがあるが、通常はそう長熟ではないと言われていた昔のキャンティでさえも美味しかったし、このバローロも期待を裏切らないはずだ。

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<font color="#000099">四方の壁の棚にイタリア全土のワインが並ぶ地下のカンティーナ</font>

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<font color="#000099">南イタリア、ソレント半島の名門マリーサ・クオーモの“FURORE”</font>

<img alt="7%29Giacomo%20Conterno%201961.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/7%29Giacomo%20Conterno%201961.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">ピエモンテを代表するバローロの生産者、ジャコモ・コンテルノのオールド・ヴィンテージ“Vino Monfortino 1961 Riserva”の大瓶</font>

店の案内をしてくれたダミアーノさんもワインについて語りだすと泉の水が迸るように話が途切れない。こちらも好きだから一日中でも彼と話したいところであったが、今回は取材は短期集中であるが故に、続きはまた秋にでも再会したときにと挨拶をして出た。

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<font color="#000099">オーガニックの素材から健康的且つ、味わい豊かな料理が楽しめるリストランテ“DIVIZIA”</font>

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<img alt="10.JPG" src="http://blog.tabista.jp/italia/10.JPG" width="320" height="480" />
<font color="#000099">“DIVIZIA”で日本の自然と伝統とテーマに写真展を開催</font>

今回の旅ではちょうど取材期間に重なって２ヶ所で写真展を開催することになっていた。そのひとつがこのラグランジェ通り界隈から北へ数分歩いたところにあるサン・トンマーゾ通りにある”DIVIZIA”（http://www.divizia.it）というオーガニック農産物を使ったレストランで、カネッリにあるアグリトゥリズモ・ルペストル”Rupestr”(http://www.rupestr.it)のオーナー、ジョルジ・チリオのプロデュースだった。この店で食事もしたかったのだが、やはりそんな余裕はなく、ジェラートを味わってみたのだが、天然素材の味わいがそのまま凝縮されたもので、これまでに食べてきたジェラートの中では一番美味しく感じた。ここでの食事もまた秋の旅行で再訪したときのためにキープしておこう。

さて、その秋の旅行だが、詳しくはこのURL：http://www.delsole.st/travel_italy/toshitour_0910.pdf で詳しく案内されている。今回のピエモンテ取材とこれまでに重ねてきたピエモンテ取材で訪ねた町やアグリトゥリズモを体験したりワイナリーなどで美食と芸術と歴史を探訪するテーマで、後半は我が町ヴェネツィアもたっぷり満喫する。
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