
マリオ・ソルダーティの著書「VINO AL VINO alla ricerca di vini genuineワインからワインへ」純粋なるワインを求めて(1969年)表紙

「ワインからワインへ」の中のヴァルテッリーナを紹介したページ
数年前にイタリアの著名な作家にして映画監督としても知られるマリオ・ソルダーティが1969年に出版した"VINO AL VINO(ワインからワインへ)”という本の初版本を手に入れることができた。1977年の夏、初めてイタリアを旅行した時、たまたまローマの書店でソルダーティの書いた新刊本の小説”La sposa Americana(アメリカの花嫁) “を買ったことがありずっと記憶にあった作家であった。マリオ・ソルダーティは1906年にトリノで生まれ、1999年6月19日にテッラーノという町で他界しているが、この「ワインからワインへ」という本のために、シチリアからカンパニア、トスカーナ、ヴェネト、ロンバルディア、ピエモンテとイタリアを縦断している。彼はイタリア各地で土着品種による純粋なイタリアワインとは何かを追求し続けていた。
10年ほど前、スローフードという食文化の運動が日本にも伝わり始めた頃、現地のノーヴィ・リグレ地域のリーダー的存在であったマウリツィオ・ファーヴァ氏の案内でガヴィ周辺を回った。その折に、スコルカというワイナリーをちょっと覗いたのだが、実はこのワイナリーはマリオ・ソルダーティの血筋が経営するワイナリーである。その数年前にトリノのワイン・バーをあちこち巡った時、スコルカのガヴィの黒ラベルを飲んですっかり気に入っていたので、自分にとってはガヴィと言えばまずスコルカであった。

ラ・スコルカのワイナリーと葡萄畑

ラ・スコルカの4代目、キアラ・ソルダーティさん

ま、こんな感じでお仕事中!
現在、スコルカの運営を担っているのはマリオ・ソルダーティの姪にあたるキアラ・ソルダーティさんで4代目にあたる。曽祖父の時代にはまだワイン造りよりも小麦生産農家であったが、祖父のアルフレッドの義理の息子であるヴィットリオ・ソルダーティとマリオ・ソルダーティがワイン造りに目覚めたのがスコルカを大いに発展させるきっかけである。キアラさんは1974年の生まれで大学では政治経済学を専攻し、農業経営の事業家として父のジョルジョ・ソルダーティ氏とともに1919年創業のワイナリーのすべてを引き継いでいる。
今年で90年目を迎える祝賀パーティの招待を頂いていたがこちらの日程が合わず残念に思っていたところ、ピエモンテ州観光局からの招待取材ツアーの日程を見たら、そこにスコルカが予定されていた。祝賀パーティより先に帰国しなければならない日程ではあったが、久しぶりにガヴィを訪ね、キアラさんにも会うことができた。もっとも、この取材の前の4月上旬にはヴェローナのヴィニタリー(イタリアワイン展示会)でジョルジョ・ソルダーティ氏には会い、1997年物のスプマンテをグラスに注いで頂いていた。

ヴィニタリーの会場に並んだスコルカのワイン

’97年のスプマンテ”D’ANTAN”。長期熟成されたコルテーゼ種の芳醇な香りと肌理細やかな泡立ち
ガヴィはコルテーゼ種という土着の葡萄から作られる白ワインで1998年にイタリアワイン法によるD.O.C.G.に認定されている。かつてはどちらかというと甘口のワインとして仕立てられていたが、近代に入りこの地は地中海に面したリグリア州に接し、沿岸地域の魚介料理に合わせるワインとして需要が高まると、すっきりと酸味が利いた辛口ワインとして造られるようになった。しばしば、ガヴィ・ディ・ガヴィという呼称を聞くが正式にはコルテーゼ・ディ・ガヴィやガヴィ・デル・コムーネ・デル・ガヴィと言う。ただ、ガヴィがあまねく知られるようになるとガヴィ市以外の近隣でも同じように造り始めたので、より印象を深くするためにガヴィ・ディ・ガヴィという呼称が生まれた。スコルカのガヴィは先駆者的存在でもあり品質も優秀であることから、当然、既に日本にも昔から輸入されているがトップランクの高級ワインである。他には求めやすい価格のフォンタナ・フレッダや今回の取材でも訪ねたヴィッラ・スパリーナなど数十の生産者がある。

勢ぞろいしたヴィッラ・スパリーナのワイン

ヴィッラ・スパリーナの酒蔵

ヴィッラ・スパリーナのレストランのバーカウンターにて
ヴィッラ・スパリーナはガヴィの東にあるモンテロトンドにある18世紀の古いワイナリーを1978年に現オーナーのモッカガッタ氏が購入し、ワインの醸造家としてジュゼッペ・カ・ヴィオラを迎えて素晴らしいワインを造っている。カ・ヴィオラのワインも既に日本に輸入されているが、特にバルベーラなどの赤ワインは現代的な輪郭のはっきりした造りであるが、同時にピエモンテらしい伝統の深み、葡萄とその土地のミネラルを十分に感じさせるワインである。そのカ・ヴィオラが力を注いでるヴィッラ・スパリーナのワインは白のガヴィもよいが、バルベーラやドルチェットで造られる赤ワインも飲み応えがある。ヴィッラ・スパリーナはホテルとレストランも同時運営しており、モッカガッタ氏の趣味だという雄鶏のオブジェや絵があちこちに飾ってあり、酒蔵の中の雰囲気もなかなか良いので、次回は泊りがけで来たいものである。
午前中に2軒のワイナリーを訪問したところですっかり昼をまわっていたが、いよいよガヴィの街中にあるレストランで昼食を味わえることとなった。

ガヴィの駐車場から見上げた中世の要塞

ガヴィのメインストリートからサン・ジャコモ教会の鐘楼を見る

サン・ジャコモ教会のファサード

リストランテ・カンティーネ・デル・ガヴィ
訪れたレストランはガヴィのドゥオーモ、サン・ジャコモ教会のすぐ近くにあるカンティーネ・デル・ガヴィという店であった。サン・ジャコモ教会は12世紀のロマネスク様式の教会で、この地域の石である砂岩質の石で造られているため、シンプルな造りとあいまって柔らかな温もりを感じさせる。そして、リストランテ、カンティーネ・デル・ガヴィの入り口にある店名が彫られたプレートもまた同質の石を使っているようである。
17世紀の貴族の館であったという店内はベンガラ色の壁面と時代を感じさせる木のテーブルや調度の広い空間とその奥にもまたやや明るめの赤茶に壁が塗られた部屋があり、その天井にも古いフレスコ画が修復されて残っている。オーナーのアルベルト・ロッキ氏の娘、ロベルタさんがフロアを仕切っているが、厨房には若い男女の料理人と女性アシスタントが1名いた。ちょっと気忙しい取材だったので、テーブルについてまず冷えた水とそして続けて出された野菜がたっぷりと美しく飾られたサラダに白ワイン、もちろんガヴィを一口飲むととたんに全ての疲れが消えた。瑞々しい野菜サラダやホロホロ鳥の料理に合わせて出されたガヴィのちょうど良い冷え加減とその味わいに、申し訳ないがこの取材の中でももっとも印象的なもので、続けて味わったガヴィを使ったリゾット、肉料理とそれに合わせた独創的なトンナータ・ソースの味わい、そのための赤ワインなどなど最後まで満喫した。


カンティーネ・デル・ガヴィの店内


瑞々しい野菜のサラダとホロホロ鳥の白ワイン(ガヴィ)蒸し

ガヴィを使ったリゾット

前菜からプリモピアットに合わせた白ワイン、Nicola Bergalioのガヴィ・ディ・ガヴィ

肉を切り分けるロベルタさん

メインの肉に合わせたのはVajraのドルチェット・アルバ Coste&Fossati
食事の後にロベルタさんがカンティーナを見ないかと地下の酒蔵まで案内してくれた。小さな窓にはステンドグラスがはめ込まれ、その下には昨年他界したグラッパ造りの名人、ロマーノ・レヴィのボトルが並んでいる。奥へ入っていくと、無数のオールド・ヴィンテージのボトルが棚に並び、また床に置かれた大きな木箱にもワインが積まれている。銘柄を見るとアンジェロ・ガヤ、ビオンディ・サンティ、ピオ・チェーザレ、スカルパ、ボルゴーニョなどピエモンテを中心にトスカーナのブルネッロなどいずれも銘酒と名高いもので、30年、40年とここで眠らせている物だった。これはロベルタさんの父のアルベルト・ロッキ氏がコレクションしてきたものだそうである。

地下のカンティーナのステンドグラス

地下のカンティーナには自家製のサラミなどが保存されている

カンティーナに案内してくれたオーナーの娘さん、ロベルタ・ロッキさん

アンジェロ・ガヤのバルバレスコやビオンディ・サンティのブルネッロのオールド・ヴィンテージが並んでいる

大きな木箱にもピオ・チェーザレ、スカルパ、ボルゴーニョの70年代のボトルが眠る

昨年他界し貴重な遺作となったロマーノ・レヴィの手書きラベルのグラッパのコレクション
今日が初対面で、最初はどことなくよそよそしさを感じていたロベルタさんだが、食事の合間にあれこれとワインの談義をしているうちに地下の酒蔵の宝物を見せてくれた上、なんとそれらのコレクションを日本のコレクターに紹介してもらえないかと、あなたになら全部任せてもいいとまで言った。これだけのコレクションはなかなか見つけるのも大変だが、それを任せると言われるのは大変名誉なことでもあり責任重大な話であるが引き受けることにした。
秋に予定しているツアー(http://www.delsole.st/travel_italy/toshitour_0910.pdf)ではもちろんこの“カンティーネ・デル・ガヴィ“で昼食を楽しみ、ちょっと高級な自腹払いになるだろうが、70年代のバローロでも味わってみたいものである。