
ワイキキビーチを目前にしたカラカウア通りとカパフル通りの交差点に、柵に囲まれた石造りの渋い建造物があるのをご存知ですか? 見た目地味ですし、説明書きも小さいので、この三角ドームのような記念碑に注意を払う観光客は少ないのですが……実はこれ、ワイキキで発掘された多くのハワイアンの遺骨を祀る、記念碑なんです。
ワイキキにハワイアンが住み着いたのは、約1000年前。紀元1500年頃には、オアフの首長マイリクカヒが、ワイキキを首都に定めました。そして20世紀初頭に土地開発がスタートし、今や世界有数のリゾートとなったワイキキ。その歴史を考えれば当然と言うべきでしょうか。ワイキキでの建築工事の際たびたび、古代ハワイアンの遺骨が発掘されてきたのだそうです。
そういった古いお骨を祀り、過去ワイキキの地で暮らしたハワイアンを追悼するために建てられたのが、この[カヒ・ハリア・アロハ]と呼ばれる記念碑。2001年1月、当時のホノルル市長やカメハメハスクールの関係者、建設業界の要人、考古学者などが出席して、完成記念式典が行われたのは記憶に新しいところです。
ちなみに、ハワイ語で骨はIWI(イヴィ)。骨は古来ハワイアンにとって、大変、重要な霊的なものでした。ハワイアンにとり遺体は不浄とみなされていましたが、骨は別もので、逆に尊いものだったんですね。肉が朽ちても骨だけはしっかり残るため、魂の不滅を象徴するものだったようです。そのうえ骨には、死者のマナ、つまり霊気というか霊魂がこもるとも信じられていました。
そのため古代ハワイでは、愛する人の骨、特に足の骨と頭蓋骨をきれいに洗って清め、家に置いて崇めたり拝んだり……という習慣もあったそう。またクッション状のものに入れて保管し、毎晩一緒に寝たりも。……それはきっと妻が夫の、夫が妻の遺骨を抱いて寝る、といったシチュエーションだったのだと思います。骨に執着するというと聞こえが悪いですが、古代ハワイアンは、骨にはその人の魂が宿っている……とホントに信じていたのでしょうネ。
骨に対する敬意は[ハワイアンの骨]に限ったわけではなく、外国人の骨に対しても同じでした。1824年、カメハメハ2世がイギリスを訪れた時のこと。ウェストミンスター寺院に案内されたカメハメハ2世は、中に入るのを拒んだそう。そこにヘンリー7世の遺体が安置されていることを聞いて、敬意を示したからです。ハワイでは王族の遺体はしっかり外部の人間から守られているので、カメハメハ2世は「見も知らぬ自分が国王の遺体に近づいては失礼にあたる」と感じたのだそうです。
逆に死者の骨を粗末に扱うのは、古代ハワイでは大変な冒瀆。遺体、つまり骨を焼く行為は、死者への最大の冒瀆でした。というのも昔ハワイアンが遺体を焼くのは、生贄を捧げる時か、または戦いで敵側の一人目の死者を焼く時ぐらい。それもまた生贄のようなものだったので、一般の死者を荼毘にふす習慣は全くなかったようです。遺体が焼かれたら最後、魂はあの世の先祖のもとに旅立てない、と信じられていたのがその理由。だから今でも、火葬ではなく土葬を好むハワイアン家族が多いようです。
このように、お骨の扱いに大変神経質なハワイの人々。皆さんも今度ワイキキを訪れた時は、このハワイアン塚とも言える記念碑をぜひ訪れてみてください。いにしえのワイキキの住民たちも、きっと喜んでくれると思いますヨ。


コメント (2)
確かキャプテンクックは殺されたときに一度、イムにされて骨を取られてしまったと読んだ気がします。その時、首長が頭の一部と足の骨を自分のものにしようとしたと(後で返還されたらしいですが)。そんな行動の理由には、ハワイの人の骨に対するこういう特別な考えがあったんですね。こういう文化に関するお話とても興味深いです。これからも楽しみにしています。
投稿者: Mihoko | 2005年11月25日 17:02
日時: 2005年11月25日 17:02
みほこ様、いろいろディープなことを知ってらっしゃいますね~。キャプテン・クックについても、そのうち書いてみたいです。遺体の行方も含めて、その功罪とかも……。これからもよろしく!
投稿者: ホクラニ桜子 | 2005年11月25日 20:09
日時: 2005年11月25日 20:09