
文字を持たず、数百年にもわたり重要な事柄を、口承で次世代へと伝えていたハワイアン。歴史や家系図などをすべてチャント(詠唱)に盛りこんで記憶していたことは、すでによく知られています。それを身体の動きで表現したのがフラですよね。現在発売中のアロハエクスプレス86号でもふれているように、著名クムフラ(フラの教師)のサニー・チンも次のように語っています。「古代ハワイの貴重な情報や知恵が、全てチャントとフラに記録され何百年も伝わってきたんだ」。
ところがハワイがキャプテン・クックに発見され、西洋との交わりが生じてからは事情が異なってきました。キリスト教宣教師は布教の一環としてハワイアンに文字を持たせようと、まずはハワイ語のアルファベット表記の学習をハワイアンに勧めたからです。
このような意図のもと、1822年1月7日、初のハワイ語スペルの教本、「Puke A`o Kepelaプケ・アオ・ケペラ」が出版されました。ちなみにプケはブック、ケペラはスペルのハワイ語読み。ハワイ語の読み書きを習うことは、当初王族だけに限られており、当時王族の家庭はそれぞれ家庭教師を抱えて勉強に励んだそうです。それが次第に庶民へと広がり……。
口承伝承に強いハワイアンは、ハワイ語の読み書きにもその能力をいかんなく発揮しました。ハワイ語の文章を学ぶ際にも節をつけ、チャントのように謳って覚えたそうです。ハワイアンの中には、数ページにもわたり「逆さに持った教本」をスラスラ間違いなく読む人もいたそう。つまり、そのページを丸暗記していたってことですね~。この一例が示すように、ハワイアンは凄まじい記憶力の持ち主だったようです。
もっとも教本の中身は、当初の宣教師の意図を反映して、キリスト教的な教えがたっぷり盛りこまれていました。19世紀のハワイアン歴史家、カマカウによると、教本にはモーゼの十戒や聖書の一部、それに「偶像は持たない、崇拝しない」との誓いなども含まれていたとか。……ハワイアンたちは、いったいそれらをどんな気分で暗記したのでしょうか。内容はおかまいなしに、ただ記憶しただけ? それとも洗脳されたのか? ……興味の引かれるところですね~。
そんなこんなでハワイ語の学習熱は広がり、毎年4月にはオアフ島で、各地区の学校対抗発表会なども開かれていたそうです! カマカウによれば発表会が近づくと、ヌウアヌ・パリからカイムキの家々までの灯りが、夜遅くまで灯っているのが見えたとか。発表会で好成績を収めた学校は有名になり、みっともない結果を出した学校は嘲笑されたといいますから、当時のハワイアンは現代日本人も顔負け?の熱心さで、初めての読み書きに熱中したようですネ。
こうしてハワイ語教本が出版されてから2年後の1824年末までに2000人がハワイ語スペルを学んでいましたが、その数は毎年飛躍的に増加。1828年には3万7000人が、1831年には5万2000人が学んでおり、その数は実に当時の全ハワイアン人口の5分の2! すごいペースで、ハワイアンに文字が浸透したことになりますね~。
そもそもキリスト教の布教から始まった試みにしても、ハワイへの文字の導入は、よい意味でハワイの社会を変えた……ともいえるのではないでしょうか? カマカウのような19世紀のハワイアンが、当時のハワイの貴重な情報をいろいろ書き残してくれたことは、大変有難いこと。
いつかハワイ語をしっかり勉強して、それらの文献を原書で読むのが私の大いなる野望なのですが……。さあ、いつになることやら?


コメント (4)
桜子さんALOHA!そうやって、文字が浸透していったのですね~。
ハワイ人と同じように「自然崇拝」していたネイティブアメリカンも
文字を持たなかったと聞いたことがあります。
そして、ネイティブアメリカンのチャントとハワイアンチャントは
とっても似ているのです。境遇も似ていますものね。
桜子さん、原書を訳してくださいね♪(笑)
投稿者: tki | 2006年10月29日 22:16
日時: 2006年10月29日 22:16
忙しいことがビッシリ詰まっていた21日から昨夜まで。ようやくここをお訪ねすることが出来、ホッとしています。
地震の後遺症は、後でボツボツ響くものですが大丈夫かな~としつこく心配していました。更新していらしたので、よかった~、と。
文字氾濫気味のこの頃は、取捨選択の難しさを思います。口承伝達から文字に移行する頃、きっと文字に表すこと、読むことはもっと重大なことだったのでしょうね。言葉の一つ一つを大切に文字にすることは難しい。オシャベリが過ぎる私は文字にすることも雑なような気がしています。考えていることを全部知って欲しいと押し付け、消えてしまう声よりいつまでも残る文字の方が煩いかな~と反省ばかり。
でも文字の発達は恩恵の方が多い、こうやって遠い桜子さんとのお話もできるのですものね。
ハワイ語はローマ字読みでと習いましたが内容は読み方などよりず~っと難しいと思いました。一つの単語の持つ複数の意味ももともとの文化を勉強しなければ把握できず、何故コレとコレが同じ単語を使えるのか分らないまま。私のフラの先生は遠く離れたハワイの文化を知ることはとても無理なこと、そちらの文化の端っこを少し覗かせてください、フラを少しだけ楽しませてくださいという気持ちでいましょう、と仰います。ここでいろいろなお話を伺うことは本当に嬉しいことでいつも「ドウモアリガトウ」な、気持ちで読んでいます。今日もどうもありがとう。
投稿者: SONOKO | 2006年10月30日 07:24
日時: 2006年10月30日 07:24
ティキさん、ALOHA!
そういえばホントに、ネイティブ・アメリカンも文字を持たなかったそうですね?
ハワイアンのようにディープな精神性を持っていたインディアンにも文字がなかったなんて、
何だか不思議。
彼らの文化も全て書き言葉に変えられ、原語での本とかも出ているのかしら?
なんだか考えただけでもワクワクします!(ネイティブ・アメリカンの文化にも心魅かれます)
投稿者: ホクラニ桜子 | 2006年10月30日 11:19
日時: 2006年10月30日 11:19
そのこさん、こんにちは~。
こちらこそ、いつも「マハロ」です。いつも素敵なコメントを有難うございます。
文字を持たなかった時代のハワイアンの伝承とかは、きっとシンプルで美しかったのじゃないかな?
そしてハワイアンソングによく秘められているカオナ(隠喩)とかも、書き言葉ではなく口承で物事を伝えた文化ゆえのことなんでしょうね。
ライターとしても文字のインパクトを尊重し、敬意を示し、あまり軽薄なことを書かないよう気をつけなければ…と思います。
これからも、(こんなお話でよければ…)ハワイの逸話を紹介していきますので、よろしくお願いします~。
投稿者: ホクラニ桜子 | 2006年10月30日 11:25
日時: 2006年10月30日 11:25