リリウオカラニを慰めた花束

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イオラニ宮殿といえば、ご存知のようにハワイ王国の宮殿ですね。ハワイ王朝7代目のカラカウア王によって1882年に建てられ、カラカウアの死後、王位に就いた妹のリリウオカラニ女王もこの宮殿で暮らしています。


当時としては最高の贅を尽くしたイタリア調の豪華なイオラニ宮殿は、特にカラカウア時代、華やかな社交の中心として機能していました。ですがこの宮殿は同時に、リリウオカラニ女王が幽閉された、悲しい歴史の舞台としても知られています…。


1893年のこと。ハワイ在住の白人ビジネスマンを中心にする革命グループは、リリウオカラニ女王に退位を迫り、アメリカも軍艦をホノルルに派遣するなどして、革命グループをバックアップしました。そんななか、リリウオカラニは戦いによって人命が損なわれるのを避けるため、退位を決意。さらに2年後、リリウオカラニは裁判にかけられ、ハワイアンによる革命を支持した容疑で刑務所に収容されることになりました。


結局、リリウオカラニは刑務所ではなく、イオラニ宮殿に幽閉されたのですが…。上の写真で、2階の角に白い窓当てのある部屋があるのがわかりますか? 宮殿東端のこの部屋でリリウオカラニは、侍女を一人付けただけで外部との接触を一切断たれ、5ヶ月間幽閉されたということです。


当時はダウンタウンにも高層の建物など当然なかったので、本来なら2階のリリウオカラニの部屋からは、真っ青な海や、緑濃いホノルルの街の様子がよく見えたはず。でも窓も一切ふさがれ…。女王の座を奪われたうえに幽閉されたリリウオカラニは、一人どんなことを考えていたのでしょうか? …想像するだに、心が痛みますねえ。


さて、5ヶ月もの間、外の世界とは連絡の取れなくなったリリウオカラニのために、機転を利かせた一人の青年がいました。彼は毎日、リリウカラニに花を届けたのだそうです。


従来ならば外部からの贈り物も禁止されていましたが、そこは美しい生花です。守衛も、まあ花ならよかろうと、青年の花束をリリウオカラニに届けさせたのですが…。この青年が賢かった! 青年はその花束を、新聞に包んで届けたんですね~。そこでリリウオカラニは新聞を毎日読むことができて、世の中の動きを知ることができた、ということです。


この青年の名は、ジョニー・ウィルソン。後に優れた政治家にとなり、1920年から3期ホノルル市長も務めた人物です。そうそう、パリ・ハイウェイに、ウィルソン・トンネルというトンネルがありますね? あれもこの青年の名を取って、命名されたものなのだそうですヨ。


今もイオラニ宮殿では、リリウオカラニの幽閉されたその部屋の窓の白い覆いを、そのまま残しています。私も宮殿の敷地を通過するたびについ見上げては、リリウオカラニを慰めた花束(と新聞)の話を思い出したりして…。皆さんもイオラニ宮殿を訪れた際には。白い板で塞がれたその窓を、ぜひ見上げてみてくださいネ。

コメント (12)

huhu ole *wahine*:

リリウオカラニさんごめんなさい。
私はあの白い板?を見ながら
「割れて、合うガラスがないのかなー」くらいに考えていました。
本当にごめんなさい。そんな悲しい歴史的なお部屋があそこだったとは・・。
改めで、訪れたいと思います。

ジョニー・ウィルソン氏はその当時はなにをされていた方なんですかあ?
チャイナタウンの謎の花屋さん、に扮したのかな?
友達として届けたのでしょうか?  気になるところです・・

JUN:

フフオレワヒネさん、こんにちは~。
そんな、窓の話は私も最近教えられて知ったばかりですから、知らなくとも仕方ないですよお。
でもあの窓の覆いをそのまま残しているなんて、宮殿側も渋い判断ですよネ。
当時、ジョニー・ウィルソンが何をしていたのかは不明なのですが、彼の両親は、カラカウア王やリリウオカラニの友人だそうです。
そんな縁で、お友だちとして、花を届けたのではないでしょうかねえ。

makena:

泣けました. . . . 。

私が神様なら、古き良きハワイよりもっと素敵なハワイを天国に作って、リリウオカラニさんをずっと幸せに住まさせてあげたいと思いました。

ジョニー・ウィルソンさんももちろんウェルカムです。

JUN:

マケナさん、こんにちは~。
…マケナさんが涙してくださって、きっとリリウオカラニも、あの世で喜んでいると思います。
「私はもう大丈夫よ!」と言っているんじゃないかな?
リリウオカラニは宮殿を出たあと、一市民として夫の実家(今ハワイ州知事官邸のワシントンプレース)で暮らしましたが、そこでの生活も気に入っていたそうです。
それが私にとっての「救い」でした…。

COZY:

Junさん、アロハ!
リリウオカラニ女王が幽閉されていたと言う事で勝手に地下とか一階の奥の方の暗い部屋とかだと思ってました。
2回にいらっしゃったんですね。知りませんでした。
そう言われれば、確かに塞がれた2階の窓がありますね。
それにしても謎の花屋、ジョニーさんの機転は素晴らしいですね。何か方法はないかと色々考えた挙句に編み出した方法なんでしょうね。遠い昔のGood Jobです!

kino:

JUNさんアロハ!
今でも白い板を残しているなんてそれは、粋なことですね。
ハワイ巡業の時に、誕生日に掛けられるとばかり思っていたカメハメハ大王のレイが金曜日に掛けられましたと会場にいた日系人に教えてもらって、歩いても10分だというので、場所を抜け出してカメハメハ大王像に掛かっているレイを見に行きました。
その時、宮殿にも行きましたので今、写真を開いてみたら・・・?
JUNさんの画像とは反対側の向かって右側の窓に白い板が見えます。なぜでしょうか?
カメハメハ大王のお祭りの時だけ右の部屋に移動するなんてことはありませんか?

宮殿が左右対称なので私の画像はデジカメですので裏焼きということはありません。JUNさんの画像も裏焼きではなさそうですが・・・
謎です。

私が幽閉されたのなら、あらゆる手段をこうじて白い板の上から海を見ます!
女王もきっと椅子を重ねて見ていたに違いありません。

JUN:

コージーさん、こんにちは~。
まあ…地下の部屋ではなく、本来の王族の居住区である2階に部屋を与えられたのは、幸いだったかもしれませんね。
それにしてもジョニー・ウィルソン、ホントに賢い人ですね~。
もっとウィルソンに関して、いろいろなことが知りたくなってきました! どんなルックスだったのか、とか…。
きっと写真が残っているハズですよね~。

JUN:

キノさん、ALOHA!
キノさんの洞察力はさすがですね! 鋭いご指摘です。
本文では触れていないのですが、ブログの写真は、実は宮殿の側面なんです。ダイヤモンドヘッド側の…。
その日、正面から写真が撮れない事情があって(ただグータラなだけ?)横から撮ったのがあの写真です。
で、くだんの部屋は宮殿の東端なので、2方向に窓があり、両方向の窓が塞がれているわけです!
これで「謎」が解けましたでしょうか?
さて。私も女王だったら、何かによじ登って外を見ます~。
5ヶ月の幽閉なんて…辛すぎますもんね!

kino:

納得しました。左に見えるビルが正面からの絵に見当たらなかったのでおかしいなあ?と思っていました。側面だったのですね。芝庭になっていて樹木の下にホームレスの女性が陣取っていた側ですね。
このパレスは側面も同じような造りなんですね。
そこまでは見ませんでした。
勉強になりました。

JUN:

キノさん、再びALOHA!
謎が解けてよかったです~。
そういえば、四角な宮殿は、四方似たような造りなわけですね?
しかも宮殿隣のビル(背景)までチェックの目が行くとは。
重ね重ね、キノさんの洞察力に感服です!

huhu ole *wahine*:

あの白い板を残してるのは・・
あの悲しい出来事を風化させないためなのでしょうか・・?

junさん、前に質問をしたワイキキ周辺のルアキニヘイアウの件ですが、
今junさんの昔のブログをなにげに読んでて目に付いた、ピンクパレスのあたりのことじゃないでしょうか??
HELUMOA RD周辺・・(恐)

JUN:

フフオレワヒネさん、再びALOHA!
白い板の件、そうだと思いますよ。広島の原爆ドームのような意味合いで、残しているのじゃないかな~。
さて、ルアキニヘイアウ。ピンクパレス、いろいろ話はあるようですよネ。
私もフと思ったのですが、フフオレワヒネさんのコメントにあったような2階建てじゃないし…。
そこから若干離れていますが、比較的ハレクラニに近い小さな通りに、2階建ての古いホテルが2軒並んでいるところがありますよね。
あそこらへんかしら…。もしかして。

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ハワイ在住15年目。ネイティブ・ハワイアンの夫と小学生の息子&娘の4人家族。何よりもハワイアンカルチャー、ハワイの不思議世界が好き。

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