古代ハワイと日本の関係

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日本から初の移民がハワイにやってきたのは、1868年。明治元年のことだったので、一般に「元年者」と呼ばれています。この時、149人の日本人は日本政府から正式な許可を受けて出国したわけではなく、あくまでも非公式でした。ハワイ―日本間の契約に基づく公式な移民、いわゆる官約移民がスタートしたのはグッと遅く、1885年のこと。


ところが…。以前ご紹介した「楽園考古学」(「篠等先生のハイビスカス」参照)を見ていたら、面白い話が紹介されていました。それよりはるか昔、なんと12世紀頃に、日本からの漂流者がハワイに来ている可能性がある、というのです! ハワイ王国7代目君主のカラカウア王の著書「伝説と神話」によると、12世紀、オアフ島東部のモカプに日本船が漂着。男女が乗っていたという話が残っているそうです。


その後13世紀にも、今度はマウイ島ワイルク沖でやはり日本船が見つかり、息たえだえだった男4人女1人が救助されたとか。篠遠喜彦博士がこの記録を調べてみたところ、この船の船長は日本刀を持っていて、ハワイアンは日本刀を「神聖な神よりの賜」と呼んだそうです。そして5人の日本人の子孫が、オアフとマウイに残っているとも。


古代ハワイに鉄器はなかったのでハワイアンは鉄を非常にほしがり、キャプテン・クックがハワイに上陸した際も、そもそも釘がほしくてクックの船からハワイアンがボートを盗んだのが、クックーハワイアン間の争いの直接の原因だったと言われていますネ。クックによると、クックがハワイを発見した時、ハワイアンはすでに鉄の存在を知っていたそうです(それならハワイアンの目から見た西洋の帆船は、さぞ宝の山、と映ったことでしょうね)。クックは、あるハワイアンは折れた日本刀を持っていたとも言っています。


これが19世紀に入ると、無人、有人含め、日本船のハワイ漂着の記録がたくさん残っているそう。…となると、文字のなかった古代ハワイの時代にも、日本の漁船がハワイに流れ着いていた可能性というのは、十分あるのではないでしょうか?


実際、ビショップ博物館の人類学者、ジョン・ストークス博士によると、古代ハワイには日本の影響? と思われるものが10以上も残っているそうです。たとえば、コナネというゲーム。これは石の碁盤のようなものの上で白と黒の石を使って遊ぶゲームなのですが。篠遠博士によると、ハワイのたいていのゲームは、タヒチなどポリネシアのほかの島々にも残っているのですが、コナネだけはないのですって。


そのほか、日本で大名行列などで使われた毛槍が、似たような形、同じ使い道でハワイではカヒリとして残っていたり。モコモコという、柔道によく似た格闘技が残っていたり…。もしかしたら、もしかして…! 古代ハワイに、本当にわが日本の影響が残っていたとしたら、面白いですね!


ちなみに碁は中国発祥ですが、ハワイ近辺で中国船の漂流とか沈没とかの記録はほとんどないんだそうですよ。日本も中国も地理的条件は同じですが、日本船が多いのは、鎖国時代の日本では造船についても厳しく制限されており、貧弱な船しか作れなかったからではないか、と篠遠博士。中国船は、あまり難破とかしなかったというワケですね。


もちろん、12世紀、13世紀の日本船の真偽は藪の中ですが…。おおいにロマンを感じる話ではありますよね~。

(冒頭の写真は、ホノルル港のマリタイムセンター横に停泊しているフォールズ・オブ・クライド号です)

コメント (15)

KINO:

伯父の中浜明著「中浜万次郎の生涯」によりますと、1841年1月29日、土佐の漁船で漂流。
2月5日に鳥島に流れ着いて無人島生活に入った万次郎は5ヶ月後の6月27日に捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助され、12月に最初に上陸した港がホノルルだったそうです。
捕鯨船員を経てマサチューセッツへ渡り、1850年8月末にホノルル着。12月17日ホノルル出帆、2月3日琉球に上陸、島津斉彬の取調べを受けます。
咸臨丸で勝海舟、福沢諭吉と共に浦賀を出帆したのは1860年2月10日、万次郎33歳の時でした。サンフランシスコからの岐路5月24日にホノルルへ入校しています。

朝、ホノルル入港。こちらからハワイ国王に対して21発の礼砲。それに対して応砲があって、10時過ぎ投錨、3日間滞在しています。ジョン万次郎はハワイには何度か滞在していて縁があったのですね。

伯父は万次郎の長男の息子で、遺品・資料を持って北海道へ渡り、私のおふくろ(若くして亡くした妻の妹)のそばで、この伝記を書いていました。

JUN:

キノさん、ALOHA!
そうでした。キノさんはジョン万次郎ゆかりの方でしたよね。
無人島から救助された万次郎が、初めに踏んだ陸地がハワイだったのですか?
それは知りませんでした。
米本土かと思っていました。
何度も訪れたハワイに関して、万次郎はいろいろ書いているのでしょうね…?
それも興味深いです!

tiki:

JUNさんこんにちは~。
「かもしれなかった」ことってロマンを感じますね。
いい意味での「タラレバ」話は空想家の私にとって
魅力的なお話です。(笑)そしてちょんまげ姿や
刺青姿をお互いに見たときどんな風に思っただろう
とか。
そして「モコモコ」という格闘技のネーミングが
かわいい^^あんまり強そうじゃないな~。

JUN:

ティキさん、ALOHA!
ちょんまげ姿を見たハワイアンの反応ですかあ。
そういえば古代ハワイアンのイラストに、ポニーテール姿の男性とかありますが、ちょんまげ風と言えないこともない…。
ほかにも、意外なところで日本の風習がハワイに残っていたりして?
ふんどしは、ユニバーサルでしょうか。
日本、ハワイに共通というより、むしろ世界共通と言った方がいいのかな?
いろいろ空想するのは、ホント、楽しいですね!

プアメリア:

じゅんさん、2回目のアロハ~です。
じゅんさんのブログはハワイの奥深いお話をされるので時々頭の中で(?_?)となってしまうのですがとても勉強になります。。。
ハワイの風を感じられるじゅんさんのブログを楽しみに読ませてもらっています。
お忙しいとは思いますがドンドン更新してください(^^)

地理的な環境を考えると、日本人の漂流者がハワイに流れ着くというのは、おおいにありえることだと思います。
いずれにしても世界のどこにおいても、ほんとうに孤立した文化というのは無く、なんらかの影響をもたらしあっていたといえるのかもしれませんね。

JUN:

プアメリアさん、ALOHA!
ハワイに限らず、どこの土地にも奥深~い話が隠れているのでしょうネ。
そういえば高校の新聞部時代、学園祭のために周辺のお寺や図書館を訪ねて、土地の伝説や怪談を調べたのを懐かしく思い出します…。
昔からそんな、不思議話発掘が大好きでした!
すぐに日があいてしまってゲゲッとなってしまうのですが、なるべくブログを更新するよう、頑張りますね!

JUN:

ひろさん、こんにちは~。
確かにそう考えると、純血のナントカ人、という言葉もむなしく響きますね~。
やはり人類、みな兄弟なのでしょう。
ハワイアンだけが暮らす島、ニイハウ島しかり。
一部、日系の血が島の住民にも入っている…と、ニイハウ出身の友人も言っていましたっけ!

COZY:

遠い古に思いをはせるのは楽しいですよね。
特にハワイに移民と入る前の日本人が存在してたなんて面白いですね。
難破した当人たちは面白いどころじゃないでしょうが歴史の悪戯としては
面白い話です。
太平洋をドンドン流れていけばハワイに着く可能性は大ですもんね。

話は変わりますがモーハワイブログの武闘派ジェフさんのブログに
それってペレなんじゃないの?と言う話が載ってました。
不思議な事がそれは有るだろうなと思ってしまうハワイは興味が尽きない土地ですね。

http://jeff.blog.mo-hawaii.com/462.html

JUN:

コージーさん、ALOHA!
12~13世紀の日本人漂流者の話は、どうもイマジネーションを刺激しますね。
もしかしたら王族のなかに、日本人の子孫がいたりして…。
なんて言ったら、ハワイの人に怒られそう。悪い冗談ですが。
そしてコージーさん、ジェフさんのブログ拝見しました!
これは…どう考えてもペレでしょう!
ほかに、どんな説明が考えられるでしょうか?
しかも森に消えていったとは…。
面白いニュース、有難うございました。

郡家滝雄:

教えてください?
私は咸臨丸でハワイに入港した水夫の子孫ですが、当時停泊した場所が知りたいのですが教えてください。
今度ハワイへ4月8日から行くのでそこにも行って見たいの
ですが、どなたかよろしくお願いいたします。

JUN:

郡家さん、こんにちは!
すみません…お尋ねの件、よく知らないのです…。
私がちらりとチェックしてみた限りでは、咸臨丸はホノルルに寄港していますね?
これは間違いないでしょうか?
ホノルルに来ているのなら、まずホノルル港ではないかと思います(上の写真もホノルル港です)。
ただし、はっきりとはわかりません…。すみません。
日本文化センター(Japanese Cultural Center of Hawaii。http://jcch.com/about-us.asp)とかで聞いてみてはいかがでしょうか?

郡家滝雄:

JUNさん、ありがとうございます。
咸臨丸は1860年ホノルルに予港しています。
マリタイム・センターが当時からあったのか?解りませんが
アロハタワーは1912年創建らしいですが港の配置は当時の
ままなのでしょうか?
古い地図があればわかると思います、一度日本文化センター
に聞いてみます、ありがとう御座いました。

JUN:

郡家さん、ALOHA!
はい、自慢ではありませんが、ホノルル港は大変小さな港なのです。
位置は昔から変わりませんので、咸臨丸がホノルル港に入港したのであれば、場所は特定しやすいですね。
第○埠頭、とかそういうことまでは、わかりませんが…。

郡家滝雄:

JUNさん、有難うございました。
今から関空へ向かい今日の便でホノルルへ行きます。
今回がハワイ二回目です楽しみです。
アロハタワー、マリタイム・センターにも寄ってみます。
お世話になりました、それではごきげんよう。

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ハワイ在住15年目。ネイティブ・ハワイアンの夫と小学生の息子&娘の4人家族。何よりもハワイアンカルチャー、ハワイの不思議世界が好き。

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