エディ・アイカウの記念碑

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サーファーなら。そしてハワイ好きなら。エディ・アイカウの名は絶対ご存知でしょうネ。エディは1970年代に活躍したサーファーであり、オアフ島ワイメア・ベイのライフガードとしても大変有名だったハワイアンです。時には数メートルの波が訪れるサーフィンのメッカ、ワイメア・ベイにおいて、エディの救った命は数知れず…。英雄的なライフガードだったと言えるのではないでしょうか。


そんなエディでしたが、1978年に海で亡くなっています。タヒチへの遠洋航海に出発したホクレア号がトラブルに見舞われた際、クルーだったエディは助けを求めてサーフボードで荒海に乗り出し、そのまま行方不明になってしまったからです。1978年3月のことでした。


あ、ホクレア号も皆さんご存知ですよね? 古代ハワイのカヌーを再現し、近代機器を一切使わずにポリネシアの軌跡をたどる航海を繰り返しているこの双胴型のカヌーは、昨年日本も訪問して、大歓迎されたのでしたよね。


ホクレア号が完成したのは1975年。76年、処女航海を終えたホクレアは、再度78年にホノルルを出航してタヒチに向かいましたが、出航第1日目に船体が水漏れし、夜中の海で転覆してしまったのでした。そこで翌朝、約20キロ離れたラナイ島に助けを求めるため、一人出発したエディ。「大丈夫だよ、僕は無事やり通せるから心配しないでくれ」と言い残して、サーフボードに乗り出立しましたが、そのまま海に消えてしまったのでした。一方、残りのクルーはハワイアン航空のジェット機に発見され、救出されたのですから、皮肉なものです。


さて、昨年のことです。ワイメア・ベイ・ビーチパークを訪れた際、公園の一角に、エディの記念碑があるのに気付きました。もしかしたらずっと昔からあったのかもしれませんが、全く気が付かなかった私。大きくて立派な記念碑なのに、なぜでしょう! 皆さんはご存知でしたか?


石でできたその記念碑には花が手向けられ、ティーリーフで包まれた石(ハワイ式のお供えですね)も置かれていました。表面には、エディを讃える言葉が彫られていますが、これがまたよく書かれていて。ジーンとくる内容だったので、以下に翻訳してご紹介します。


「エディ・アイカウ
1946年―1978年

エディ・アイカウは1978年3月17日、ポリネシア航海協会の双胴型カヌー、ホクレアのクルーのため助けを求めに行く途中、海に消えました。カヌーは3月16日の夜、オアフ島から約32キロの荒れた海上で転覆したのです。

エディは消え去りましたが、その名はハワイの英雄伝の記録の中で生き続けることでしょう。彼の精神もまた、ホクレアが航海する時は必ず、そして彼がホノルル市のライフガードとしてその危険な海から数千もの命を救ったワイメア・ベイのビーチでも、生き続けるでしょう。

彼は偉大な男であり、偉大なハワイアンでした。彼は私達の心の中で、永遠に生き続けるでしょう」


どうです? ごくシンプルな内容ですが、彼の死、英雄的な行為について、しっかり書かれていますね。もちろん私は写真でしかエディを知らないのですが、何だか彼の死が悼まれ、悲しくなってしまいました。


一方、うちのハワイアン夫は、エディをワイメア・ベイでよく「見かけた」そう。と言っても夫は当時まだ中学生だったので、話などしたことはなかったそうです。もっとも、当時エディはセレブ的な存在だったわけでない様子。もちろんサーファーとして、ライフガードとして有名でしたが、人々が遠巻きにするようなお高い存在ではなく、フツーの海の男だったようです。


ただ、ホクレアの事故の後はやはり騒ぎになったよう。夫はワイメア・ベイでのお葬式にも出かけたとか。それはフラを踊ったりミュージシャンが歌ったりという派手なものではなく、地元のサーファーがたくさん参加しての、シンプルな式だったそうです。


「でも葬式の最中でも、あのエディが死んだなんて信じられなかったなあ。今にも沖からサーフボードに乗ってヒョッコリ帰ってくるんじゃないか。そんな気がしてしょうがなかったよ」


と夫。きっと誰もがその頃、同じように感じていたのではないでしょうか。海の英雄、エディが海で死ぬなんて、バカな! と…。エディはこうして、皆の心の中で永遠に生き続けていくのでしょうね。皆さんも、もしワイメア・ベイを訪れたら。写真の記念碑、ぜひ探してみてください!

コメント (6)

tiki:


JUNさんALOHA!

実は先日までワイキキに滞在していたのですが、
「エディ ウッド ゴー!」の文字とともに
エディーアイカウの写真ポスターのようなものが
木に貼られていましたよ。
「いつも心にエディーを」の意味なのか、大きい
スウェルを待ち望んでいて「今年こそエディーアイカウ
メモリアルの実現を!」の意味なのか分かりませんが。

いずれにしてもハワイアンの心の中ではサーフボードに
乗って「ひょっこり帰って来そうなエディ」が
いつまでも生き続けているのでしょうね。
「ひょっこり帰って来そう」すごく分かります^^

そうそう、ミステリアスハワイに書かれていたカパフル
とカラカウアの交差点にある骨の記念碑で何やら
セレモニーみたいなことがされていましたよ。
オリを捧げていたようです。行った時には終わって
いたのですが、近くにいた人に聞くとどうやら
子孫に当たる人達のようです。
最初から見たかったな~。

JUN:

ティキさん、こんにちは~。
ワイキキ滞在、たっぷり楽しめたことを祈ります!
そういえばティキさんもサーファーでしたね?
「Eddie would go」、意味は「エディなら行くだろう」という感じの言葉で、私も好きな言葉です。
これは、もちろんホクレア号のため助けを求めに行ったエディの行動、
そしてワイメア・ベイでいつも、ほかの人なら躊躇するような状態の海にも入って行き、溺れかけている人を救った行動をも例えて、「エディなら行くだろう」とエディを讃える言葉ができたんですねえ。
サーフィンの世界を離れ、人生訓というか、「勇気を出せ。勇敢になれ」みたいな意味でもあると思います。
ハワイアンの遺骨の記念碑でのセレモニー、何だったんだろう?
私も見たかったです~。

COZY:

JUNさん、アロハ!

やはり、ハワイを語るのにエディは必ず出てくるハワイの英雄の一人ですね。
誰もが海でエディが亡くなったなんて信じられなかったようで、きっと彼は帰ってくる
と言うのがハワイアン全員の思いであり、望みだったようですね。
ハワイとサーフィン、やはり切っても切れませんね。サーファーで英雄と言うとヒューマンフィッシュ、
デューク・カハナモク、伝説の女性サーファーレラ・サン、まだ、健在なバッファロー・ケアウラナ、
レジェンド・サーファーと言われる方々はエディを含め、人々の中で語り継がれて行くんでしょうね。

JUN:

コージーさん、こんにちは~。
エディの逸話、「ミステリアスハワイ」にも入れたかったなあ。
私がサーファーではないので、その時は思いつかなかったのですが、今回軽くリサーチしてみたら、ジーンとくる話の連続でした。
コージーさんのおっしゃるように、ハワイとサーフィンは切っても切れない間柄ですしねえ。
せっかくですから、冬のワイメア・ベイに、サーファーでも見にいってみようかしら…。

Ako:

Junさん

こんにちは。

Gaia Symphonyというドキュメンタリー映画の中でナイノアが涙ながらにエディのことを語っていたのを思い出しました・・・

JUN:

アコさん、こんにちは! 初めまして…でしょうか?
恥ずかしながら私、ナイノアの映画を見ていないんですよ。
ナイノアさん、エディについてどんなことを言っていたのかな。
気になります!

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ハワイ在住15年目。ネイティブ・ハワイアンの夫と小学生の息子&娘の4人家族。何よりもハワイアンカルチャー、ハワイの不思議世界が好き。

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